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私の生まれた村

「週刊現代」は、一週間遅れで、前の散髪屋さんから頂いて読ませて貰っているのですが、
今回は驚きました!

毎号の巻末に【鉄道 お立ち台】というカラーページがあり、
鉄道マニアではないのですが、いつも楽しみに目を通す私。

第109回には驚きました!
      講談社発刊・週刊現代2012・5/12号 巻末【鉄道 お立ち台】より  撮影/松本英一郎

実はコレ、私の生まれた村なのです。
ニッポン全国の双岩村出身の方々の何人が「週刊現代」をご覧になったかなあ~~

  

  次の写真は、2010年10月31日、
  伊予岩城駅から
  かって九州方面のお遍路さんが
  第43番明石寺への参拝の折、
  歩いたであろう
  旧道 笠置峠を越えて
  双岩村まで歩いたとき、



釜倉のこの農家の風景が懐かしくて、私が撮ったひとコマ。
アングルの違いと列車が走っていないことを除けば同じ場所なのです。

記者さんの筆により、村も真に美しく紹介していただき感謝です!
                講談社発刊・週刊現代2012・5/12号 巻末【鉄道 お立ち台】記事のママ 

チョイ悪(気取りの)汽車通生だった頃、
蒸気機関車に牽かれた満員の客車がトンネルに入るたびに煙にむせながら
英単をめくった(まっかなウソかも?)、青春を思い出したことでした。

当時、このホームは通勤・通学生で溢れ、
車掌さんの尻押しなんぞは東京でなくったってタップリ経験できました。

が、風のたよりによると、
卒業した村の中学校は来春、町の学校へ吸収されて廃校になるとか・・・

# by jh5swz | 2012-05-28 21:47 | 番外あれこれ | Trackback | Comments(0)

神さまと仏さま参り

平成24年5月13日、
新居浜黒島埠頭の羊蹄丸見学乗船の前に石鎚神社と第64番前神寺をお参りしました。
 
平成22年9月3日の歩き遍路のとき、
旧金毘羅街道(へんろ道)から見えた鳥居の奥の山門?が気になっていたものですから・・・
                                     ↑平成22年9月3日撮影

山門と思しきこの門は、神社では「神門」と呼ぶのだそうで、傍から見ると壮大なものでした。
            左右の狛犬が備前焼と云うのも珍しい?

なるほど立派な注連縄が架かっており,

神門左右には仁王像ならぬ天狗様がガラスのケースの中におわしました。
小天狗さま

      大天狗さま (鼻が高い ) 

一礼して神門をくぐると新緑に囲まれた参道が続きます

緋袴も凛々しい美形の巫女さんに出会って、ココはやっぱり神社なのだと・・・
  「場違いな遍路がお邪魔します」
  「いいえ~、ご信心なさいませ」
                   毎朝、境内全体の清掃から巫女さんのお勤めが始まるらしい

さらに新緑の参道を進みます

第23番薬王寺を思い出す「厄除石段」がありまして
中央の手すりは、1982年に標高1982mの石鎚山へ登ったときあった鉄の鎖です。

厄除石段を上り詰めたところに鎮座まします本殿。

石鎚神社(いしづちじんじゃ)は、愛媛県西条市にある神社。
西日本最高峰石鎚山を神体山とする神社で、
山麓に鎮座する本社(口之宮)、山腹の成就社(中宮)と土小屋遙拝殿、山頂の頂上社の
4社の総称である。-Wikipediaより-
              ここでは、神社全体を「本社」と呼ぶのだそうです。

境内からは周桑平野とはるかに瀬戸内に面した造船所などが望めて絶景!

石鎚神社境内之図(境内看板より)

さすが霊峰と呼ばれる石鎚山をご神体とする神社のご隆盛を感じたことでした。

私は、お年寄りと仏さまと神さまはエライ!主義ですから・・・
娘の厄除け守りを授かって下山。

旧金毘羅街道(へんろ道)まで戻り、第64番前神寺を目指します。


その距離わずか200mですからすぐに前神寺です。
ここには、この目で確かめておきたい建造物があるのです
それが今日の目的のようなもので・・・

前神寺伽藍配置図
 

前神寺総門をくぐり
石鎚神社の神門に比べれば実に簡素・清楚・閑静? 

「極楽橋」」を渡ると、坂の上に大師堂が見えます。

2度目の参拝ですが、やっぱり三つ葉葵のご紋が光ります

  初参りの記事にも書きましたが、 
   
   江戸時代に西条藩主 松平氏の
   尊信と保護を受け、
   藩主はここに東照宮を祀り、
   三葉葵の寺紋を許したという。





極楽橋に続いて「浄土橋」を渡り、石段を登ります。
   極楽橋といい、浄土橋といい、ネーミングがうまいなあ~


平成22年9月3日の歩き遍路のときの本堂です。
左右の回廊が新築中でした

これが回廊の完成した平成24年5月13日の第64番前神寺本堂。
ふと、安芸宮島の本殿を思い出しました、宮島は蒼い海に浮かび、コチラは新緑の山に浮かぶ・・・
                 この目で確かめたかったワンショット、          
         背後に霊峰石鎚山系をひかえて絵になる本堂になっていました。

先の団体お遍路さんの読経が終わるのを待って、ヘタな般若心経を唱え写経を奉納。
お四国遍路2巡目、12番目のお参りです。

初参りのとき、同行娘遍路さんがトライして喜んでいた投げ銭にも挑戦
お不動さんからしたたる滝水に1円硬貨を投げ

  うまくその1円が岩に張り付くと願いが叶う  
                 とか・・・

  あまりホメられた喜捨ではないが
  四国一周1200キロの道中
  ささやかな遊び心があっても
  弘法大師さまもお叱りではなかろう
  下の小池は1円の海ですから

先ほどの本堂で、
この可愛い嬢ちゃん遍路の般若心経の上手だったこと! 聞きほれました。
 参道を歩きながら、そのことを譲ちゃんの背に声をかけたら、
 同行団体の婆ちゃんお遍路さんも「この子には こたわん!」と絶賛。
 ママさんも嬢ちゃんの背中もちょっとテレてました。
 
                 いい旅 お続けなさいよ~ と声をかけてお別れ。

   
   今から、高校の同級会で100キロほど離れた小僧の生まれた町へ出発します。
   今夜は「悪いヤツほどよく飲める?」アレ!

  -5/19のその後- 
   悪友3人の集合場所で阿弥陀クジ、
   クジ運の悪い門前の小僧が”運転手”を引いてしまい
   往復、野郎どもの駕籠屋・・・

   2時間半の宴会はノンアルコールBEERで聖人君子、
   「チョイ悪の貴方はナゾを秘めた人でした」とか囁かれて
   素面で赤面の夜でした。

# by jh5swz | 2012-05-19 14:42 | その後のつれづれ日記 | Trackback | Comments(1)

お薦めのカレーショップ

 平成24年5月13日、青函連絡船・羊蹄丸見学のあと、
 Facebookで 
 知り合いのT野さんがお母さん、お祖母さんと一緒に食事に行かれて
 イイお店だったと紹介のあった「櫻櫻(さくら さくら) 」という店へ走りました。

 黒島埠頭から市街地を疾走、
 新居浜ICからいよ石鎚 SAまで爆走。
 
 情報は、Facebook 記事の店名からWebで調べた電話番号だけ。

 せっかく行って「本日休業」だったりすると残念なので、
 石鎚 SAから電話。

 「営業しておりますが、ただ今満席で、お待ちのお客様もいらっしゃいますので、
 30分以上あとならご案内できると思います」と、ご丁寧な応対。
      「予約お受けできます」
      「STで2名お願いします」
      「承知いたしました」と明るいミタさんの声。
       やれやれ、これで一安心。

 しばらく、SAで時間をつぶしてPONKOTU-SUBARU にむちを入れ、
 いよ小松JCTから今治方面へ舵を取り東予丹原 ICで高速道を降りて
 あとは電話番号で検索したルート案内だけが頼みの綱の田園を輪走。

ナビの指示どおり素直に走ったのだが、
広岡バス停付近で「目的地周辺です」とアナウンスのあとは、
細くて一部未舗装の農道みたいな里道をどんどん山の中へ、
          
あとでもらった
栞の地図



地元の人でなければ
ナビ無しでは
一発で着陸は
できそうにない・・・
 

運転しない
(できない)妹は
楽しみは
苦労のあとに
あるもんよ~
と、
極楽トンボ。




山の中腹、田んぼの奥に白い建物があり、「ココしかない!」と
「植木屋さん」と見まがうばかりの葉桜に囲まれた駐車場へ着陸。
桜やツツジが満開の頃なら、さぞや!と思われる広い庭の緑を浴びて
一段高いところにある白い建物めざして木道を登ります。

見えた、見えました!
 
けど、陶製の愛嬌のある犬が迎えてくれるのですが、看板ひとつありません・・・


「今年の春の櫻です」と、帰りにもらった名刺の表写真。
この眺めから店の名前を「櫻櫻」と称したのでしょうか!

                  お出迎えの犬と、店の栞の犬

  だんだん、期待がふくらんできました


妹が入店して、予約のSTであることを言ったのだが、
「まだ満席なので今しばらくお待ち願います」とのこと。
電話して30分しか経っていないのだから約束どおり・・・

エントランスです。

 櫻2 で「櫻櫻」と読ませるらしい、ますます期待がふくらみます。

 先客の熟女お二人にご挨拶してエントランスのベンチで雑談、
 「ここへ来はじめて、もう5年目」とのこと。
 「カレーライス専門店」で「器が又楽しめます」と教えてもらった。

 私は、しばらく外へ出て
 葉桜の下に咲き乱れるクリスマスローズなどを楽しみました。
  (余談ながら我が家では「聖夜薔薇」と呼びます)

 「お待たせ致しましたST様」
 私と妹、熟女お二人の4人が「ハイ」。
 なんと同姓!
    盛り上がりました。

 「では、ご予約のST様から」。
 「すみませんね~、お先に」。

 
 帰るまで、ずっと満席だったので写真は撮れなかったが、
 大きなガラス窓に囲まれた明るい店内の床は板張り、
 分厚い木製の6~8人掛けテーブルがドンと3卓、4人掛けが1卓
 高い天井から粋な照明が垂れて
 壁には絵が1枚。

お冷のコップがこれ。

ウワサによると、使用する器は全て著名な外人陶芸家の作品だとか。
                                 「櫻櫻」の栞(名刺大)を拡大してUP 

相席 OK で、広いテーブルの右手にお座りの
熟女お二人のアドバイスよろしく
手書きの品書きから、この店の看板メニューを注文。
 
しばらく、同姓STさんと午前中に行った羊蹄丸の話しに花咲かして~~~

妹の注文した「なんとかエビカレー」

私が頼んだ「エビトマトキノコカレー」がこれ!


熟女お二人と羊蹄丸のアレコレ話しを交えてそりゃ~楽しいひと時でした。

シマッタ!
  奮発して、食前酒(梅酒?)& デザート付きコース¥1400にすればよかった!!
 

ヨイショしようとは思いません、
ルーは甘くなく、辛くなく、エビの揚がりも申し分なし!
今度、娘や孫達が帰ってきたら、
ここへSUBARU走らせて、
ご馳走してやろう。

Facebook のT野さんご紹介ありがとうございました。
「カレーが評判のお店です~」と、薦めてくれた地元のNaoちゃんありがとう。

6年間のお遍路ブログでお店をCMするのは、
石鎚山中の喫茶「てんとうむし」以来2店目のコト、ご容赦あれ。
月並みな言い方ですが、
友達・彼女・彼氏・旦那・女房・子供・孫、どなたとでも、
「是非行ってみて下さい」。

もう1枚、名刺のウラの地図。
予約して行くと待たなくてもいいかも。
休業日にご注意!


 2回ほど遍路日記から脱線しましたが、
 次回は遍路書きます。

   

# by jh5swz | 2012-05-15 22:00 | 番外あれこれ | Trackback | Comments(2)

昭和の語り部 羊蹄丸!

平成24年5月13日(日)
旧青函連絡船「羊蹄丸」が最後の一般公開(6月10日まで)のため
新居浜市黒島埠頭へやって来た!というので出かけました。

黒島埠頭内で進入路を間違えたおかげで、対岸から羊蹄丸を撮ることができました。

昭和40年(1965)から昭和63年(1988)まで
日本国有鉄道及び北海道旅客鉄道の青函航路に就航していた鉄道連絡船で、
青森 - 函館間113.0kmを3時間50分で結び、海の新幹線と呼ばれた。 
終航後平成8年(1996)3月22日から平成23年(2011)9月30日まで東京お台場船の科学館で
屋外展示されていたが、新居浜市『東予シップリサイクル研究会』への贈与が決まり、
今回の一般公開後、解体され資源リサイクルされると云う・・・

黒島埠頭側から見た羊蹄丸


単なる解体ではなく、効率的で環境に影響の少ない解体方法の実験素材だと聞きましたが、
それが羊蹄丸でないとダメなのか?ちょっと疑問・・・
青函連絡船には乗ったことがないのですが、宇高連絡船には再々お世話になった私、
鉄道連絡船が消えるのは寂しい・・・


ファンネルマークはJNR:Japanese National Railways: 
今はJRですから、この英略称を見ることはできません・・・

 
 一般公開後、解体までに
 いろいろなパーツが
 ネットオークションされるそうですが、
 JNRマークといい、
 このイルカのシンボルといい
 一体いくらの値段がつくのでしょう?・・・

 今日も埠頭で、ほんの一部のパーツが
 オークションされており、
 ¥500でスタートした船内電話機が
 ¥7000で競り落とされていました。

         私の財布じゃとても競り落せません・・・

日曜日とあって、行列のできた羊蹄丸。

500円也の乗船券を買ってデッキを登りました。
因みに、就航時の乗船券は大人¥2000- 寝台¥2400-


とても解体直前とは思えないきれいな船内中央ロビーです


さて、船内には就航当時の青森港の町、待合室、客室の様子が精巧に再現されていましたので
いくつかご紹介します。

青森港の町並みでしょうか? 屋根に残った雪やツララが印象的でした
                   白い軍手のリンゴ屋さん以外の人物は見学者です

七輪で暖をとりながらリンゴ屋のおかみさん(リンゴ箱が懐かしかった)


こちらでも「安いよ 美味しいよ!」とリンゴ屋のおばさんの声まで再現

     湯気が出て、ふたまであがります焼き芋屋さん


さかな屋のおばさんがお父さん?の肩をもんでいました
肩もみに合わせて二人の体が前後に動いたり、
赤い裸電球が北風に揺れるところまで再現してあるリアルさにびっくり!
 

映画館です
なんだか懐かしい俳優さんの名前に昭和○○年代にタイムスリップ・・・

今となってはお宝のポスターと「貼紙厳禁」の「貼紙」の数々
「ゴジラの逆襲」は昭和30年封切だとか・・・


あえて、「貼紙」部分を拡大。
    求む女店員20才まで(そば屋) 月給3000円 住込下働女中 ホテル 月給4000円
      住込み女中さんの月給に比べれば、
       羊蹄丸就航時の普通乗船券・片道¥2000-がいかに高価なものだったか・・・


こちらには、
JNR青森駅、東北本線・奥羽本線の時刻表も当時のままに

青森駅のホームには東京に向かう本物の客車が

      上野行 急行「津軽」?


連絡船への貨車の出し入れに活躍したディーゼル機関車


だるまストーブが燃える連絡船の待合室、
 粋な兄さんが「おば~ 食べすぎだぜ~」
     そのおばさん「ほっといてくれ!」
        駅員さん「この人 食べることだけが生きがいなんだべ~」

こちらでは、食堂で酔っぱらってしまったお客さんがいます
                       TORYS WHISKYの灰皿が欲しいなあ~・・・

「鉄道弘濟會」、今では「KIOSK」ですから。

懐かしい銘柄に、お父さん思わず「ききよう3個!」と、財布に手をかけた。




桟橋で忙しそうな赤帽さんの後ろ
 デッキの美形のツブやき
   「函館で幸せになろうね・・・って言ったあの人は来ない、
        私、騙されたのかしら?
   でも私、着ては貰えぬセーターを 寒さこらえて 編んで 待ってます。」
                            
と、言ったかどうか定かではない・・・
                 美形の足元のバッグや赤帽台車のボストンバッグは実物でした 

操舵室
 説明は、かって羊蹄丸の船員さん(船長さんかも?)
 「船酔いに弱い船長の船に乗ると大波を避けて操船するので、お客さんも酔わない」
                                と云うウラ話がおもしろかったです。
  

      舵は、磨き上げた木製の操舵輪を想像していたのですが、ステアリングでした。

ガラス張りの船室から見えたピカピカの機関室

  羊蹄丸諸元
    総トン数    8,311.48トン
    全長      132.00m
    航海速力   18.20ノット(時速約34キロ)
    乗客数     1200名:新造時
    積載貨車数  ワム形貨車48両
    総運航距離  4,035,060km(地球101周に相当する)
    延べ旅客数  11,783,164人
    建造費(当時) 18億2500万円
            <日本財団・船の科学館資料ガイドより>

どうして、大先輩船を解体しっちまうのだよ~~
 と、四国オレンジフェリー・ホープが対岸でツブやいていました。

 が、今まで係留されていたお台場の船の科学館の、
 羊蹄丸一隻の年間維持費は3000万が負担になって、今回の解体が決まったのだそうです。 
 そう言われるとますます可哀相に思えて、振り返りました・・・

 ちょっと、イイ話し。  
  羊蹄丸が解体されることを知った青森市から、
  船内のジオラマ(リンゴ屋・焼き芋屋さん、キザな兄ちゃん・酔っ払った親父など)を
  引き取って記念館へ保存したい との申し出を受けて、
  新居浜市と東予シップリサイクル研究会は、要望部分すべての寄贈を決めたそうです。
  一隻の廃船が取り持った津軽海峡と瀬戸内海のご縁にバンザイ!


  書きかけ・・・

# by jh5swz | 2012-05-13 22:34 | 番外あれこれ | Trackback | Comments(2)

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