宿題が解けた!

平成25年3月15日の徒然日記。

歩いた日> 2009年10月 2日 曇り のち雨
コース>大洲市十夜ケ橋~内子町突合(つきあわせ)      
23,3Kキロ(第1番から709,5K)
疲労度>☆☆☆★★

    この日の宿題が解けました・・・

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 宇和町から大洲市まで歩いた9月4日に続き、
 この日、10月2日は、
 小雨の
 別格第8番十夜ケ橋(とよがはし)永徳寺で
 身支度調えて
 小田町突合まで23㌔の長丁場。 





   「橋の上では杖を突かない」という、
   遍路の不文律の謂れの発祥地、
   国道56号線の「十夜ヶ橋」の下の
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    羽二重の布団で?爆睡中の大師涅槃像をお参りして
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    2時間ばかり歩いた大洲市と内子町境に古い道標が建っており
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  黒内坊(くろちぼう)の古い道標
  達筆につき私には判読できないが 
   上〇生山〇九里
   左へんろちかみち

   とあり、迷わず、ちかみち を選ぶ。

   などと、半端な記事を書き、いささか心残りだったところ
   ひょんなことから
   愛媛県生活環境部環境整備課 昭和53年(1987)発行
   「伊予路のへんろ道」(題字は当時の白石知事書)を入手、
   <へんろ道 道標・丁石等の調査記録>編に
   この道標の刻まれた文字の解説がありましたので
   上記記事を訂正して補足投稿します。
   是より菅生山迄九里
   左へんろちかみち

    願主 越智郡朝倉上村 徳右ヱ門
    施主 内子町六日市 大師講中


   つまりココから(現 久万高原町)の
   第44番菅生山(すごうざん)大宝寺まで九里と示す
   建立年不明ながら、歩き遍路にとって重要な道標でした。



昭和53年9月、愛媛県により発刊された
聖カタリナ短期大学・愛媛大学名誉教授 村上節太郎著
「伊予路のへんろ道」によると、
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 越智郡朝倉上村 徳右ヱ門はよほどの篤志家とみえ、
   1)明石寺境内   是より菅生山まで二拾壱里
   2)大洲三本松   是より菅生山迄拾七里
   3)新谷町古町   是より菅生山へ十里
   4)黒内坊      是より菅生山迄九里
   5)内子        是より菅生山道八里
   6)小田・中田渡   是より菅生山迄四里
   7)小田・倉谷     是より菅生山迄三里と、
     43番明石寺から小田までに7基を建立、
     さらに、嘉永元年(1848)徳右ヱ門娘 俗名梶が
   8)久万・宮成に   左へんろ道 菅生山江五拾八丁
   と、親子二代で現在の卯之町から久万高原町間に
   都合8基の道標を建立している。

   ヒマと小遣いがあったら尋ね歩いてみたいものです。 
   
Commented by ke-ko63 at 2013-03-20 10:31
十夜ヶ橋のお大師っさん。ワタシが訪れた時もふっかふかのおふとんを何枚も着せられてて少々窮屈そうでした。
いつもオニューのお布団なんですね。贅沢さんだなぁ・・・

先日、大阪愛媛県事務所で物産展やっててちょっと見るだけと立ち寄ったら、帰りにはどっちゃりと荷物が・・・。
いよかんや、麦みそ、お菓子やじゃこ天、センザンギなどなどもりもり買って帰りました。大阪にいながらココロは伊予路を歩いてる気分でした。
Commented by 門前の小僧 at 2013-03-20 13:27 x
 そうですね、
 何処かの木賃宿の少々くたびれた布団の方がお大師さんらしくて・・・ と、私も思います。

 愛媛産品どっさりお買い上げありがとうございます。
 
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by jh5swz | 2013-03-15 19:36 | その後の徒然日記 | Comments(2)