第43番明石寺参り

平成25年9月19日(木)の日記(その2)。


宇和島市の所用・私用を終えて八幡浜市へ移動途中、
西予宇和ICで高速道を降りて第43番明石寺をお参りしました。



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 宇和高校を過ぎて県道を左折、
 歴史文化博物館への進入道路から右折して
 明石寺への細い里道は
 歩けば赤いよだれ掛けのお地蔵さんや
 修理に修理を重ねた古い道標べのある
 なかなか風情たっぷりのへんろ道です。
 が、
 如何せん、今日はクルマ・・・素通り!
 個人的には、やっぱり歩き遍路が一番! 



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 せめてここだけはと、
 狭いへんろ道にクルマを止めて
 手を合わしたのが
 注連縄に囲まれた明石寺奥の院。
 「明石寺奥の院」の石柱と
 もう少し、らしく張れないのか品疎な注連縄、
 鬱蒼とした林の中央に小さな「祠」、
 品疎な注連縄に相応しい?霊気が漂います・・・
 明石寺様、もう少し敬いましょうや!  
 


明石寺参道入り口にあった鳥居。
先ほどのへんろ道標の白王権現か?
寺の境内にある神仏習合の名残りの熊野神社の鳥居なのか、
たまたま近くにあった神社なのか? 私には解りません・・・ 
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ずいぶん昔は、ここから右へぐるりと山を回って本堂へ登ったらしいのですが、
今は、(歩けば少々キツイ坂道の)ほぼ一直線の自動車道を登ります。

駐車場へ車を置かせていただき、せめてもの輪袈裟を掛けて仁王門へ歩きます。
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   山号「源光山」は、鎌倉時代に荒れ果てた伽藍を修復し、建久5年(1194)、
   命の恩人・池禅尼の菩提を弔って阿弥陀如来像を奉納また経塚を築いた
   源頼朝が現光山から源光山に改名したと伝わります。


三間一戸八脚の重厚な仁王門と手水舎
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実は平成24年6月30日、一緒に八十八ヶ所を巡拝した同行お遍路さんと
41番龍光寺~42番仏木寺~43番明石寺を再度お参りをしたとき、
ここ明石寺本堂の向拝がちょうど改築中で、お遍路は白いテントに向かってお納経。
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なんとも心残りなお参りでしたが、
いつぞやの新聞に完工した旨の記事が出ていたのでもう一度参拝したかったワケです。


次の画像は平成21年7月3日、歩き遍路のときの写真です。
八十八ヶ所の中で赤い釉薬を施した瓦を葺いた札所はココだけだったと記憶しますが、
ウチの相方の実家、広島県北広島方面にはこの赤い(石州瓦)瓦葺きの家が殆んどで
それが妙に印象に残っている札所の一つです。
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          昭和5年(1930)完成の石垣は、完成後83年を経ても狂いや沈下はなく
          当時の石工さん達の技術のレベルの高さがうかがえるものだそうです。

さて、
平成24年参拝時、白いテントに包まれていた本堂正面の唐破風の向拝は、
平成21年参拝時のこの写真をよく見ると桧皮葺きの屋根は苔生しています・・・
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今般、ご住職はじめ檀家、信徒さんの浄財で立派に改築復元された桧皮葺きの向拝
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     左右両端が反るように天を向く唐破風造りで当初の様式を忠実に復元しています。

(お断りと訂正2013・9/26)  
  この参拝者が本堂に向かって礼拝する張出した場所のことを建築上なんと呼ぶのか?
  お納経所で尋ねたのだが「知らない」とのご返事で、私は「屋根」と書いていましたが、
  wikipediaで調べたところ「向拝(こうはい・ごはい))と呼ぶのだそうです。
   
  
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  ほかに誰も参拝者はなく、ちょっと声を大きくして下手な般若心経を・・・
  
  余談ながら・・・
   本堂のお賽銭箱は、盗難対策なのか?畳床をくり貫いて埋め込んであり、
   お賽銭を投げ込むような態勢になり、「納めた」気持ちになれない・・・
   どこかの札所では窃盗予防?で格子戸の穴から落とし込ませる・・・
   参拝者から言わせていただければ「お礼の寄進」なのだから、
   投げ込んだり、落とし込むようなスタイルはさせないで欲しい。
       「如何? お大師っさん。」
       「いや~~門前の小僧よ、
       なんでもありの四国霊場だから、捨て置け捨て置け」と、お大師っさんの声。
 
       「御意!」   


大師堂参拝、ここでは駆け足般若心経。
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夫婦杉に合掌し
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下手な般若心経でしたが納経の預かり証をいただきました。
丁寧にご朱印を押していただき、読みやすくてきれいな墨書きでした、
なんとお書きになったのか不明の前衛美術風墨書きより、素人にははるかにありがたい。
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参拝後、20日の彼岸の入りに備えてお墓掃除のため、
明石寺のある西予市の隣村、旧双岩村へ爆走。
長男である私に先祖が残した唯一の遺産たる墓所には
親父やおふくろ始め歴代が眠ります。

そう云えば、昭和25年に四国八十八ヶ所霊場を巡拝し、
隔世遺伝なのか、私に歩き遍路を決心させた爺ちゃん婆ちゃんは
明石寺のことを、さも親しげに「あげしっさん」と呼んでいた・・・
 (本来の名称は「あげいしじ」だが、「めいせきじ」と呼ぶひともある。)

  その爺ちゃんが私によく聞かせてくれた昔話。
    昔、昔、十七、八の娘が、願をかけて大きな石を抱き歩いていたが、
    寺まで来たとき夜が明けてしまい、そのまま置き去ってしまった。
    実は、その娘は観音さまの化身で「あげしっさん」の本尊千手観音になった、と。

  隣町のお寺の言い伝えを爺ちゃんなりに脚色した昔話であろうが、
  大石を抱いて歩く女の人を想像しながら、
  「へえ~~」と感心しながらよく聞いたものです・・・

墓石を洗い、お線香を灯しながら、
  「爺ちゃん、あの話しの続編はないんかい?」と、冗談をツブやいてみた門前の小僧でした(笑)。
  
Commented by 桃 ぶどう at 2013-09-21 21:26 x
こちらの山門は荘厳だったのでよく覚えています。お賽銭箱も^^;;

維持するには建て替えは大切ですが、真新しいのは味わいがないですね~

何十年もかかって、又侘び寂の風情が出てくるのでしょうね。

Commented by jh5swz at 2013-09-24 08:35
桃さん
 そりゃ~苔むした桧皮葺屋根の方が味わいがあります、
 それも本文で書こうと思ったのですが、せっかくの改装に水を差すようになってもと・・・がまん。
 何十年後に期待しましょう! 

 お賽銭箱、アレは感心できませんなあ~
 
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by jh5swz | 2013-09-21 10:22 | その後の徒然遍路 | Comments(2)