天空の郷と河合の宿場

平成26年4月29日(火)昭和の日の日記

文字通り飛び石連休。
44番大宝寺のお膝元・久万高原町内R33沿いに
「天空の郷 さんさん」という道の駅が鳴り物入りでオープンして1週間。
そろそろ落ち着いたかな? と、 
ナゾをかける女房のアッシー君を買って出た。


46番浄瑠璃寺近隣のへんろ道からR33塩ヶ森まで走り
三坂峠でいっぷくして東明神を下って道の駅まで都合40分。
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     「天空の郷」とは伊予の軽井沢と云われる高原の町を喩え、
     「さんさん」は太陽が燦燦と、R33を懸けたお洒落なネーミング。

女房殿は新鮮な産直を買い漁りに店内へ、私は高台から道の駅全貌をパチリ。
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その後、なかなか出てこない女房の捜索に店内へ入ってみた。
久万高原町の材木をふんだんに使った施設内は優しい木の香りが漂って結構な雰囲気。
野菜、山菜、久万高原町の名物名産が真新しい木製の棚に満載!

だけど、それだけでは目の肥えた「産直マニア熟女」皆さまが再々来るかなあ~
「もう いっぺん 来たい」と思わせる「天空の郷」のご発展をご期待申し上げます。

ようやく(結局)、
タラの芽やワラビ、タケノコ、ウドなど山菜を買って出てきた女房と合流。
お抱え運転手へのおみやげ↓
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 白・クロ・グレーと三色あったらしいが
 選んでくれた色と
 「南無大師遍照金剛」の薄墨の
 マッチングもよろしく、生地は綿100%
 値札もしっかり付いていて¥1980、
 いつもユニクロの¥980コーナー専門の
 お抱え運転手クン ごきげん!
 この夏の坂本屋の当番日着にしよう!

 「欲しいと言よった
  藍染の作務衣が¥9800であったよ」と女房、
 「もったいない」と小僧のつぶやき。


その後、お車遍路気分で44番大宝寺を参拝し、
5年前、初めての歩き遍路のとき、
「へえ~~~」と、郷愁を覚えた河合の宿場跡へ行ってみたくなり、
大宝寺裏山の峠御堂隧道を抜けてひとっ走り。
河合の住吉神社横から辛うじて車が通れる旧道へそろりと侵入。
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15軒の旅籠で多いときには一晩に300人が泊まった、
中でも一番大きい旅籠であったであろう「かどや」全景。
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ここを歩いた5年前から妙に気になっていた「琺瑯(ホーロー)看板」を撮り漁った。
   琺瑯看板は、1950年代~1970年代の日本で普及した屋外広告の媒体であり、
   その製品のセールスマンと看板の製造業者が各地で依頼・製作・設置していた。
   琺瑯製の看板の設置に対する広告料は現金でなく現物支給が多かったらしい。

以下、かどや旅館の建物に打ち付けてあった琺瑯看板f0213825_965062.jpg
 
星製薬は、
 SF作家 星新一の父、
 星薬科大学の前身である
 「星製薬商業学校」の創設者 星一が
 1911年に創業した名門の製薬会社。
 家庭薬「ホシ胃腸薬」は一世を風靡したが、
 戦後、経営不振に陥り
 ホテルオオタニを創業した大谷家へ
 経営譲渡を余儀なくされた。
 
 
 「特約店」と云うからには
 「かどや」はかって薬屋さん?





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 明治14年(1881)、神谷傅兵衛が
 日本人の食生活になじみがなかった
 ワインを一般に普及させようと
 樽詰めの輸入ワインに
 ハチミツや漢方薬を加えて、
 甘味(かんみ)葡萄酒に改良したものが
 「蜂印香竄葡萄酒」(はちじるしこうざんぶどうしゅ)

 Yahooってみたら
  「蜂印」という名称は、
  かつて傳兵衛が「Beehive(蜂の巣箱)」という
  フランス産ブランデーを扱ったことに因み、
  「香竄(こうざん)」とは
  父兵助の俳号であり、親の恩を忘れないためと、
  豊かなかぐわしい香りの卓越したワインのように
  という意味があることに因むとの記事があった。


台所と思しきガラス窓越しの夥しいお皿の山は、
  過って旅館・仕出し屋として栄えた名残でしょうか・・・

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 Yahoo ってみた。
 戦後の食糧不足の解消のためには
 肥料の供給が不可欠であったから、
 肥料の生産再開は最大必須の国策であった。
 終戦時、
 国内の硫安工場は爆撃などにより壊滅状態にあり、
 加えて、
 原料と資材の不足で生産の再開は困難を極めた。

 住友化学工業(のちに日新化学工業)は、
 戦後わが国で肥料生産にこぎつけた最初の工場である
  
 日新化学工業は、
 平成16年(2004)、
 現社名「住友化学」となった。 



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1904年、日本初の英米相互組織として設立された
千代田生命保険相互会社(ちよだせいめいほけん)は、
2000年に経営破綻し、
2001年にAIGスター生命保険株式会社へ包括移転、
2012年1月にジブラルタ生命保険へ吸収合併された。
          『(Wikipedia)』 より要約


人の集まる所に立てたり貼ったりするのが「看板」であり、
歩き遍路さんが普通だった当時、
全国のお遍路さんが宿泊したであろう
河合の宿場の華やかなりし頃を物語る生き証人のような琺瑯看板に敬礼!

(またまた余談ながら)ちょっと懐かしい琺瑯看板は、
昨今のマスコミを媒体とする広告やプラスチック看板の影で
琺瑯仕上げのレトロな雰囲気が好まれ、愛好家の収集の対象へと変化しており、
歴史的な価値や希少性から高値で取引される場合もあるらしい。
歩き遍路道中、そこかしこにカルピスとかボンカレーとかオロナミンとか確かにあった・・・


さて、久万高原町へ来れば小僧の昼食は、うどんの「こころ」。
開店は11時半のハズと10分前に来てみたらすでにオープン。
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f0213825_14145894.jpg 店の横壁に「本手打ち 釜あげ」と看板があるが、
 正面には縄のれんと「こころ」と書いた小さな表札だけ。
 店内は20人くらいで満席なので、
 空席待ちは表の歩道に並ぶ、
 いつも大勢が並んでいるから国道を走るドライバーが
 なんの店やと引き返して来てまた並ぶ・・・

反対側の歩道の山側へ車を止めて待つこと20分、
待った甲斐あり、こころのうどん!
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 徳利に入ったつけ汁は秘伝の?濁汁で、
 薬味は
 刻みネギとおろし生姜に胡麻とテンカス、
 品書きは釜揚げ Only!
 小¥300 大¥450 
 本日も ごっつあんでした、ペコリ。



帰路、46番浄瑠璃寺を参拝、47番八坂寺へ廻ろうとしたが、なにか大祭中で渋滞、
帰宅して¥1980のTシャツ眺めてニヤニヤしながらこの日記を書いている小僧です。

 安! 近! 短! の一日でした。
Commented by おせつ at 2014-05-03 09:08 x
初めまして、おせつ と申します。

なかなか、いい風合のビンテージ的、Tシャツですね。

うどん屋さんも行ってみたい。


門前さんも、阪急で京都でしたか。しかも、お寺巡り。

私は、もっぱら食巡りです。神戸に出張に行くようなって18年、

最近また、京都によく行くようになりました。京都の良さが分かるようになりました。


お接待所、また寄らせてもらいたく、思っております。

Commented by jh5swz at 2014-05-03 19:52
おせつさん、
某お遍路ブログでスレ違ってたおせつさん?
お立ち寄り、コメントありがとうございました。
はい はい いつの日か坂本屋でお会いできるといいですね。

 
Commented by 湖山です^^ at 2014-05-04 13:02 x
毎日お疲れ様です。

連休中はお忙しいでしょうね。

今日のだぼさんの後ろ姿もお願いいたします。ペコリ!!

Commented by jh5swz at 2014-05-04 14:33
湖山さん、
コメントありがとうございます。
daboさんは私の後姿を撮られましたが、
私は真正面を撮らせていただきました。
某市某所で酒盛りと聞き及びましたが、
目元モザイクで掲載許可をお願いして下さいませんか?
こころをこめてペコり!
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by jh5swz | 2014-04-30 20:34 | その後の徒然日記 | Comments(4)