大洲市 少彦名神社

平成27年2月18日(水)の日記。

 所用あり、ふるさとへ。

 8年前に逝ったおふくろが三人の息子に残してくれた・・・証が出てきました、
 手続きのためにお代官所へ行きますと、必要な書類一式を作成して頂まして、
 「これからあとは、となり町の奉行所へ行って下さい」。

 その奉行所が移転に次ぐ移転でアチコチたらい回しされましたが、
 親切な大岡越前様のお取り計らいで、ようやく昼過ぎに一件落着。
 
 落着後、
 前々からお参りしたかった大洲市の少彦名神社を37年ぶりに参拝しました。

f0213825_10224587.jpg  JR駅前には少彦名神社の大鳥居があり、
 その本殿が崩壊寸前にまで朽ちていたとは
 とても思えない風情で辺りを睥睨しています。

  駅前の某料苑でちょっと贅沢して「うな丼」!
  腹ごしらえのあと、
  別格十夜ケ橋永徳寺さんを(略式)参拝して
 少彦名神社へ走りました。


 将来は高速道になる予定の高規格道路のICを降りて県道を数分、
窓からお目当ての少彦名神社が見えてきました。
 車を降りてご自慢の?26倍レンズ越しに「やっと参りました」とご挨拶。
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 2014年12月22日の愛媛新聞にこんな記事が掲載されました(要略)。 
  大洲市にある懸け造りの少彦名(すくなひこな)神社参籠殿(さんろうでん)
 米国の非営利団体「ワールド・モニュメント財団」(WMF)が、このほど、
 米国バーモント州のフリーマン財団の協力で、2014年版「危機遺産」に選定し、
 参籠殿修復に16万5000㌦(約1900万円)を助成すると決定した。
  21日に参籠殿で伝達式があった。
  危機遺産はWMFが世界から助成を募る仕組みで、参籠殿への助成は初めて。
  全額寄付でまかなう参籠殿修復の資金は国内分と合わせ約3800万円となり、
 資金繰りに苦労していた事業のめどが立った。

                    (愛媛新聞ONLNE-NEWSより)
  上記の愛媛新聞記事を読んで以来、修復後の公開を待ちわびていたところ、
 つい数日前、親しいFB友達の参詣レポートを読み、居ても立ってもいられなく
 なった次第なのです。
                   

 私にとって忘れてはならない意味をのある大洲市の少彦名神社は、
 社中の調査によれば、
 昭和6年(1931)、本殿・拝殿・神楽殿などが
 昭和9年(1943)、当時の技術の粋を集めた懸造りの参籠殿が建立されたが、
 その後、70年を経てなぜだか荒廃、
 特に参籠殿は崩壊寸前となり近年は立入も叶いませんでした。
   (クリック⇒荒廃当時を偲ぶHPがありました)
 平成14年(2002)、地元有志12名が設立総会を開き、再建活動が始まった、
 との記録があります。

 
14:25 少彦名神社着、
 37年前のかすかな記憶が蘇り、ワクワクドキドキします。
 永年のご無沙汰のお詫びを込めて深く一礼して入山・・・
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    祭神・少彦名命は親しみも込めて「おすくな様」と呼ばれているそうです。
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大鳥居前の【神社縁起額】
f0213825_14312450.jpg <概略>
 当社に鎮祭される少彦名大神は
 療病の方法を教え災難を除かれ、
 種々なる医醸造の祖神
 産業農業漁業、殖産海幸の守護神また
 商の道開運の神として霊験あらたなり。
  神社住所:大洲市菅田大竹甲2583


 薬祖神の文字を見て大阪・道修町の少彦名神社を思い出しました・・・
 私が、ここ大洲市の少彦名神社参詣に執着した理由(わけ)は、のちほど・・・

参籠殿、修復工事専用道と思われる山道を50mほど登ると忽然と現れます。
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    懸造りとは(書誌によると)崖造とも云い、
      崖や池などの上に建物を長い柱と貫で固定し、床下を支える建築方法と記してあります。


f0213825_16313187.jpg ここは、
 清水寺ほど有名でもなければ
 その規模も小さいものですが、
 山や崖に向かって正面だけの
 他の懸造りに比べて
 ここの建造物としての特徴は、
 その三方に美しい木の地組が
 見れることではないでしょうか?

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   そん所そこらのハコモノと違い、使える資材はちゃんと再利用してあります。
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               修復工事が完全に終わって年月を経れば
          参籠殿は木々の緑に溶け込んで、さぞ冴え渡るに違いありません。

つづら坂を登りきった場所から見ると
   玄関部分だけが地上にあり、建物の殆んどが空中の楼閣なのです!
      それだけに、
      昨今、いくら充分な資金があっても、再建築申請を出せば
      「建築基準」とか「耐震基準」とやらで、まず許可にはならないと思います。
      だからこそ、これからもコツコツと「保全・修復」を続けて、
      この貴重な建築遺産?を守りたいものです。
      素人がちょっと稀有壮大なフロシキを広げましたが本音です。
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            行ったり戻ったりしながら床を支える柱を数えてみた、32か33本か?目がチラチラ・・・

残念ながら参籠殿の玄関は施錠してあり・・・
 小さな机の上に「修復寄付申込書」が置いてありましたので、帰宅後、些少ながら御送金させて頂きました。
  3/3追記
   わずかばかりの寄進に対し、
   ご丁寧な御礼に併せて3/7の竣工式のご案内状が届き恐縮しております。

  ※3/7(土)午前11時から竣工式・神事・餅撒き・参籠殿見学会が行なわれるそうです。      
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  玄関脇に、この改修工事中(2014・6/11)、
        不幸にして現場で亡くなられた中野棟梁の慰霊碑が・・・
      (ambition! もっと高いところに置いてあげて下さいませんか?)
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 改修中の人身事故に工事の中断も懸念されたようですが、
 告別式でご遺族からの
 「父は修復工事を誇りに思い楽しみにしていた。どうかやり遂げ完成させて欲しい」
 との言葉に、職人さん達は修復工事に奮い立ったとの新聞記事を私は覚えています。
   久しぶりに Boys, be ambitious! を思い出しました。


中野棟梁に合掌を捧げて、ガラス戸越しに参籠殿の中を拝見させてもらいました。
    建物の構造上、三方から日が差し込んで大変明るい参籠殿内部です。
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       確か37年前、ココは既に座が抜けて立ち入り禁止だったような・・・

参籠殿前の石段を登ります。
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石段半ばから参籠殿を振り返って見ます。
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さらに石段を登ります。
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狛犬のお出迎え。
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手水舎
 奉納・奉献、珍しいところで盥漱(かんそう)の文字を見ますが、
 「洗心」とは珍しくもあり、意味も深い!
  そう言えば、「洗心会」と云う書道会がありましたが現在もご活躍でしょうか?
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少彦名神社拝殿(本殿はさらに山頂へ登った所にあるとのことです)
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拝殿(ご多分に漏れず吹き抜けの床張り、ちょっと寒かったです)
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昭和52年7月23日以来、我が稼業の守護神・神農様と一緒に参拝。
f0213825_15455773.jpg 確かにココでした、
 永年勤めた会社を退社する日、
 社長から独立自営への激励を込めて頂いた
 この薬祖神(中国製・神農像)を
 (社長命令どおり)
 大阪道修町少彦名神社から
 この大洲市少彦名神社への入魂儀式の
 祝詞を拝聴したのは確かにこの場所でした。

 鯛に昆布や米、人参、大根などをお供えして
 「勤務時代の御礼を申し上げ、
     今日からもどうか御守り下さい」と、
 それはそれは真剣にお祈りをしたことです・・・



     当時、このお宮には宮司様が不在で、大洲公会堂館長さん?のご紹介で
    大洲城下の神職様をお招きして祝詞を奏上して頂いたと記憶しております。
     叶うことならお会いしてその節の御礼を申し上げたいと思っております。

暫し、拝殿に座って37年間のご無沙汰と感謝を捧げて下山、
   下の参籠殿玄関から中野棟梁の「あんた よう~参った!」
              との声が聞こえた(ような気がしました)。
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  帰宅後、常駐の店内神棚に鎮座ましました神農さんです。
     縁起笹の張子の虎は、毎年末、ご希望の虎歳のお客様に差し上げております。    
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                        博多のお福さんはご愛嬌(笑)             

          大阪・道修町の少彦名神社では
          日本の薬祖神である少彦名命とともに、
          中国で医薬の神様たる神農氏を祀ってあり、
          私の店内の神棚もその道修町の慣わしに順じております。

少彦名神社への地図
 大洲道路下り線「大洲市街地出口」を降りて直ぐ左折約300m、
ちょっとややこしいのでご注意!


<例によって余談ながら>
    門前の小僧の懸造り寺院参拝シリーズ
清水寺:2011年9月26日参拝
 甥っ子の結婚式に行って一泊、翌日、どっぷり京都寺巡り。
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  懸造りの舞台から見た音羽の滝
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                舞台の足元もしっかり撮っておけばよかったなあ・・・

仙龍寺:2013年5月 3日参拝
f0213825_8342641.jpg  中部某県のブロ友お遍路”桃さん”は
 三角寺のお納経所も薦めではなかった
 旧来の山越えルートを歩いて2時間半、
 私と妹は県道ルートで30分楽走?
 このお寺で初のご対面でした。
 これぞ別格!と感激の仙龍寺参拝
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Commented by おやっさん at 2015-02-21 21:51 x
ようお参りでした。
写真よりも実物で見ると、より迫力があるでしょうね。
こういった造りの社殿は珍しいのでしょうか。
寺院はあちこちにありますよね。
わしの故郷にも「美濃の清水さん」高澤観音さんがあります。
Commented by jh5swz at 2015-02-22 08:37
おやっさん、おはようございます。
 各地の懸造り寺院に比べれば小さいものかも知れませんが、
私の生業との関わりが大きなウエイトを占める神社なのです。
 なにより、
 国内外の浄財で修復出来た迫力はインパクトがありました。
 これから里帰りの行き帰りに時々参拝したいと思っています。
Commented by kimichan~ at 2015-02-22 09:56 x
門前の小僧様
テレビニュースでチラチラ把握はしていましたが。。。
小僧様の写真を拝見して、少彦名神社を一度訪ねてみないと…と思ってます。マップもあって分かりやすいし☆
素敵な記事をありがとうございます。
Commented by jh5swz at 2015-02-22 13:10
Kimichan
 どういたしまして。
 一度は参詣して下さい少彦名神社さんへ!
Commented by 桃 ぶどう at 2015-02-22 19:54 x
今日、知り合いの先達さんが、こちらを訪れたそうです^^
Commented by jh5swz at 2015-02-22 20:26
桃さん、
 夕方、玄関に東京たなべ製薬さんが!
 驚きました  たまげました ビックリしました ^ ^
Commented by machan at 2015-02-24 08:25 x
毎日 この ブログを楽しみに拝見しています
昨日 観自在寺から宇和島経由で松山へバス移動のとき
右の山すそに少し小さめの清水さんの舞台のようなのが見えました
ひょっとしたら この少彦名神社かなと 目を皿のようにして見える間見ていました
少彦名神社じゃなかった?のかしら
Commented by jh5swz at 2015-02-24 09:12
machanさま、
 お遍路日記か坂本屋日記か判らなくなってしまった拙ブログを
お読み頂いているようでありがとうございます。
 
 バスの窓から見えた小さめの清水さんの舞台!
 ハイ、少彦名神社は大洲道路からホントに一瞬見えますから
ご覧になった舞台はおそらく参籠殿だったでしょう。

 先ほどちょっと貴ブログ拝見致しました、
 バスツアー?歩きお遍路?されているご様子ですね、
 私は48番と49番のちょうど真ん中辺りの遍路道沿いに
住んでいますので春になると一日中お遍路さんに出会います。
 道中ご安全に楽しいお遍路旅をお続け下さい。
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by jh5swz | 2015-02-21 13:12 | 遍路の神社巡り | Comments(8)