浄瑠璃寺の蓮花と鎮魂の皿碑

平成27年7月5日(日)の日記。

土曜日(4日)、
 いつもながら新鮮無農薬野菜を差し入れて貰った坂本屋の相原会長が、
「浄瑠璃寺裏の弁天池の蓮の花が咲き出したぞな」、との一報があり、
写真撮りと朝一番参りも意識して出かけました。

 浄瑠璃寺前には以前から気になる小路があり・・・
 駐車場へ車を置いてお寺に沿ったへんろ道を下って県道を横切り、
民家の小路をしばらく歩いて振り返ると、この眺め。
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          これって、門前のへんろ道ではござらぬか?
          11日の当番日に長老に尋ねてみなければ・・・

真っ直ぐ歩けば緑の木々が山門代わりの浄瑠璃寺正面なのですから・・・
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 山門代わりの?子規さんの句
   永き日や衛門三郎浄瑠璃寺
f0213825_14525037.jpg   石段から振り返れば「長珍屋」さん
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 いつもきれいに清掃の行き届いた境内参道    
   今朝の一番参りは、母さんに手を引かれたご近所の子供さんだな。
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           こうして普段の生活リズムにとけ込んでいる「お参り」のあることこそ
          むつかしい屁理屈やスローガン抜きで、本当の日本の「遺産」だと思います。

さて、浄瑠璃寺さんは、
 人呼んで「ご利益のよろず寺」と親しまれるほどさまざまなパワースポットがあり
   ・撞けば12の願いが叶う鐘楼堂の「十二願の鐘」
   ・本堂前には、よだれ掛けを着けた「さすり仏」
   ・大師堂には、幼名真魚さまと書かれた「抱き大師」
   ・このほかに

 松山市指定文化財(天然記念物)イブキビャクシンの巨木と籾大師像、
 籾に弘法大師を刻んだ現物があまりにも小さいので拡大模造した石像。
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 お釈迦様が説法し、修行を積んだインドの霊鷲山の石が埋め込まれた「説法石」
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 健脚・交通安全を願う「仏足石」。

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 ウロキョロしていると
 本堂で夫婦づれのお遍路さんのお納経が始まったので
 小僧は大師堂から参拝、写経代参。
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 大師堂と渡り廊下で繋がる本堂濡れ縁の隅っこで納経と写経代参。
      おん ころころ せんだり まとうぎ そわか~ 
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 ただ一つの願いを叶えてくれると聞き及ぶ「一願弁天」。
 芸術の守護神らしいのだが、無芸につき「家内安全」をお願いした。
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 弁天様の左手の木立を抜けると弁天池
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 弁天池の18種の蓮の花の説明看板。
 非常に興味深いことがたくさん書かれているのだが、
 書いてある蓮は、咲いているどの花なのか判らずいささか消化不良・・・
    (せめてイラストでもあれば・・・)
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  君の名は?
f0213825_15123061.jpg    蓮野八重子と申します
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  門前の小僧は貴女が好きです!
f0213825_15144863.jpg    貴女も嫌いではないです・・・
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       この浮気者め!と一斉にこちらを向いた(気がした)蓮の花。
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f0213825_16575558.jpg 看板によると、
 日の出と共に開き始め午前中に閉じます。
 三日の間は開閉をくりかえし、
 四日目には開いたまま散っていきます。
     と、説明があり・・・
 この白い花は今日が四日目?
 余りにも儚い・・・


 居合わせたセミプロと思しきカメラマン氏に花の撮影のコツなど教えて貰ったあと、
例年、菜の花と桜を撮る場所の様子が変わっているので現場へ行ってみた。
  これは2012年4月7日の桜と菜の花
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  こちら2015年7月5日の同じ場所、
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                 花壇には芍薬や牡丹を植えられる計画らしい。
 
 目下整備中のこの公園の中央へ
 浄瑠璃寺境内の木立に埋もれていた「鎮魂の皿」の移転工事中でした。
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  なんとなんと!
  「鎮魂の皿塔」の台座部を一人でコツコツと工事中の職人さんは、
  三代目?相原石材彫刻店主、 坂本屋運営委員会相原会長!
  「この塔には親父も深くかかわっていたものでなあ~」と、
  終戦後の建立に至る来歴、エピソードをいろいろ聞かせて貰いました。
  
  以下は、相原会長の話しと
  坂本屋へ通い始めた頃、中川長老から購入した
  山野芳幸氏著「伊予久谷界隈はええとこぞなもし・(株)エーシー出版より
  抜粋、編集させて頂きましたこと、お断りと感謝を申し上げます。

     この「鎮魂の皿」は、
         太平洋戦争で亡くなった地元久谷出身者の慰霊のため
        郷土史家相原熊太郎が遺族の家を一軒一軒訪ねて巡り、
        戦死者の人となりを四行詩にまとめ、それを皿に焼付け、
        準備は整ったが多額の建設費用が集まらず計画は頓挫、
        300枚の皿は寺の床下に入れ置かれた。
         爾来25年、人々の記憶から忘れ去られていた・・・
         昭和49年、NHKの遍路番組取材班が床下から発見し、
        撮影、編集し全国放送され大きな反響を呼んだ。
         放映を見た地元の診療所三好かつみ先生は寺と諮り
        この慰霊塔建設に尽力された。
         仏教の六道にヒントを得て、六角の塔の六面の壁面に
        300枚の皿をはめ込むことに苦労を重ね完成させた。
         地元の石材彫刻店 相原誠一さんは、るり観音を刻み
        塔の上部に安置した。
            
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      砥部焼皿の四行詩からなる戦死者の略伝を拝読したが、重かった・・・
           心からご冥福を祈り合掌を捧げました・・・

        尚、菜の花畑の桜並木の根元にずらり並んでいた無縁仏は
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     お大師さんに守られるように大師堂の裏に整然と安置されていました。      
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 広い公園が完成すれば、    
  戦死者の霊は桜や菜の花、牡丹や芍薬に囲まれた青空のもとで
  ご遺族、浄瑠璃寺さん、地域檀家、お遍路さんの供養を受けることでしょう。
   

  
  私事ながら・・・  
   南方へ出征した叔父が、戦死した小島の海岸の小砂になって
  小さなマッチ箱ほどの桐箱に入って村へ帰って来た話しを聞いて育った私は、
  春秋の墓参りの度に青春真っ只中で散ってしまった多くの若い人々の無念に思いを馳せます・・・
   
   戦争は いけん! 
    
Commented by kimiko-keme at 2015-07-07 22:53
門前の小僧様
鎮魂の皿の塔の移設先の公園って、どこの公園ですか? あの写真をじっと見たのですが見当が付きません。久谷地区の戦没者の慰霊だから久谷地区内に移設してるんでしょうね?? それも会長が。。。
浄瑠璃寺の正面の参道が歩き遍路道かどうかは、物知りの会長か、郷土史家のN先生に聞いてみると確かかと。。。
Commented by jh5swz at 2015-07-08 07:52
kimiko-kemeさん、
 おや? ま~、とっくにご存知かと思っていました。
 何処?って、浄瑠璃寺本堂の裏(駐車場から弁天池への小道沿い)です。
 毎年、菜の花がきれいに咲く広い畑があったでしょう、あそこです。
 会長の一人仕事、陣中見舞いなどよろしくお願いします。
Commented by おやっさん at 2015-07-09 18:00 x
不肖私、蓮の花の満開の様子を見たことがないのです・・・先日種間寺横の蓮根畑の花が綺麗だよ!と言われて見てみたら花も終わり。いつか花の綺麗な時期に松山を訪れてみたいものです。次回松山訪問は9月~10月になりそうです!
Commented by 門前の小僧 at 2015-07-10 07:50 x
おやっさん、
 なんと、「蓮の花見たことがない」?
 お住まいの近くにないですか、きれいな花ですよ。

 9~10月、楽しみにしています。
Commented by 桃ぶどう at 2015-07-11 20:06 x
>砥部焼皿の四行詩からなる戦死者の略伝を拝読したが、重かった・・・

皿の写真を倍率を上げて見たけれど、何が書かれているか判りませんでした。
私の祖母の兄弟も離島で戦死しました。
墓石に、西孤島と刻まれています。サイパンでしょうか・・・
その文字がもの悲しく、暑い中に亡くなったと思うと、お盆にはたっぷり水をお供えしています。

母は蓮の実を生けていました。子供心に粋を感じました^^
確か~其の実を食べた記憶があるのですが・・・思い違いかな。



Commented by 門前の小僧 at 2015-07-12 08:21 x
桃さん、おはよう。
 お皿の四行詩、数枚写真撮りましたが掲載は差し控えました・・・
 300枚の内、1枚の四行詩には  
  ◇◇〇〇様
   〇〇さん、ビルマ**
   ポパの山麓で戦闘死
   召集は29、32で
   あとに残った子は二人 

 PS1)昨日、逆打ち中のdaboさん坂本屋通過して久万高原町へ、
      気の毒なほどの汗・・・
 
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by jh5swz | 2015-07-07 21:06 | その後の徒然日記 | Comments(6)