カテゴリ:43番から44番大宝寺( 1 )

卯之町~大洲~久万町へ

歩いた日>第40回・2009年 9月 4日 快晴~雨~快晴
コース>卯之町~鳥坂峠~十夜ケ橋 23Kキロ   
疲労度>★★★☆☆


09:10 明石寺のある卯之町は、
       江戸時代から宿場町として栄えた町で、
       町並みが保存されている中町通りには格子戸や白壁、
       うだつを上げた江戸時代の建物が並びます。 
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 明治15年に建てられた西洋風校舎や
 シーボルトに西洋医学を学んだ
 二宮敬作の住居跡などが現存。
 天保4年(1833)から24年間、
 この町で開業していた敬作が、
 鎖国政策への反逆者として弾圧を受けた
 同輩高野長英をかくまった隠れ家も
 路地裏にひっそりと残っていました。
      隠家跡写真は2009.7/3撮影

09:30 日本一なが~い廊下のある旧宇和町小学校校舎
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10:40 豊作の宇和盆地をひたすら歩きます 
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          後日、生放送中のTV局へ投稿したところ、即オンエアーされまして・・・
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11:40 町外れの旧街道で
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    往年の名車SUBARU360がホコリ被って・・・
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12:25 宇和パークホテルのバイキング昼食を済ませ
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13:20 いよいよ鳥坂峠へ
  峠へんろ道  5,5K 約60分
  国道トンネル 2,1K 約25分 迷うことなく「峠へんろ道」へ
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峠道登り口の大洲藩鳥坂番所跡
   玄関、座敷、襖などは藩政時代、当時のまま残っており。
   往来する人や物資の不正を取り締まり、
   通行人は身分証明書や往来手形が必要で厳しく取り締まられたが、
   四国巡礼遍路は比較的楽に通れた、 との説明板。

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13:27 頂上めざして山登り 
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13:50 標高470mの峠から、歩いて来た宇和盆地を望む
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峠の石仏
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          昔々、世の中で一番尊いものは、
          昼はさんさんと光を注いでくれる「お日様」
          夜はほのかな明かりを与えてくれる「お月様」
          この二つと考えられていました。
          この社は、この尊いものを神様として祀っているといわれ、
          「日天月天様」と呼ばれています。
          ご神体は、この山から切り出されたと思われる半月形をした石で、
          梵字(古代インド文字)が刻まれています。 
                -傍に立てられていたサビついた看板の原文のまま-
         
           「太陽と月に生かされている」人間の感謝すべき原点を教えられました・・・
            門前の小僧の”宇宙旅行”は、ついに太陽まで飛びました(笑)。 

15:00 木洩れ日
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15:05 大洲市郊外の札懸大師堂廃寺跡。
      門には「四国霊場札掛」
         「四国番外霊場佛陀懸寺」
と記してある。
     かって、門前に遍路宿まであったらしいが、
     年月を経て、しばらく住職がいない時期があった。
     その後、いつ頃のことか定かではないが一人のお遍路さんが入り、
     托鉢をしながらこの寺の復興に励んだという話しも残っているが、      
     結局、現在は草生して諸行無常の風情・・・
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15:20 今日も、サポートバスが見えつ隠れつ(大洲市南久米小学校付近)
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                    今日も誰もSOSを出さない!

16:30 水郷大洲 臥龍山荘を眺めながら
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16:40~16:55 大洲道の駅で休憩 
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16:57 せっかくですから、おはなはん通りを歩き
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17:00 城壁風の肱川土手、大橋の向こうに大洲城 
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17:16 肱川大橋から鵜飼屋形船
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17:42 夕日を浴びてゴールを目指します 
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  肱川大橋から50分、
  疲れ切った足を引きずりながら、
  夕暮れの国道56号線を
  別格8番十夜ケ橋永徳寺まで歩き
  18:00 本日23K、無事完歩!    
  

  平成18年4月7日以来、 
  延べ歩行距離686,2K
  88番の結願まで513,8K
  先は長い~
  のんびり行こう!
 



本日の足あと23K、 卯之町から大洲市・十夜ヶ橋まで

   
歩いた日>第41回・2009年10月 2日曇り のち雨
コース>十夜ケ橋永徳寺~内子町突合(つきあわせ)      
23,3Kキロ(通算709,5K)
疲労度>☆☆☆★★


08:30 小雨の別格8番 十夜ケ橋 永徳寺で身支度調えて 
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永徳寺本堂お納経
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そもそも十夜ケ橋の由来とは
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    泊まる宿がなかった という説、
    泊めてあげようという人が居なかった という話し、いろいろあるようですが・・・


今は車の往来の激しい高速道高架下の国道に架かる大きな橋の下で
写真上の高架は高速道路(お大師様もビックリ?)
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弘法大師様は爆睡中でございました
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09:10 (今朝もごゆっくりお休み下さいと)お納経済ませて出発
  最近、橋の上の高速道路が無料だ! 有料だ! と騒がしくて
           睡眠不足ナリと、弘法大師様のつぶやきが聞こえました

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09:35 右に高速道大洲ICを見ながら、矢落川土手道を内子町めざして
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09:50 造り酒屋さんもあった新谷(にいや)の旧街道  
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10:15 出発して1時間、雨天にもかかわらずいいペースです
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11:00 内子町境 
      黒内坊(くろちぼう)の古い道標
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  達筆につき私には判読できないが 
  上〇生山〇九里
  左へんろちかみち
とあり、
  古くから幾多のお遍路さんも左を選んだハズ・・・
  迷わず、ちかみち を選ぶ。 

 2013年3月15日訂正補足
  刻まれた文字は、
  是より菅生山迄九里
  が、正解であり
  つまり、
  ココから第44番菅生山大宝寺まで九里 
  でした。  



その近道は、地元の方の手により、きれいに草刈りがしてあり、
           シトシト降る雨の中、本当にありがたく思いました。
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11:40 休憩した内子町運動公園の池 
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その池の黒鳥と白鳥
  お互いが引き立て合っていました 
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池を下れば内子町の八日市町並は近い
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11:55 内子座
  大正5年、大正天皇即位を祝って建造された木造2階建て入母屋造りの歌舞伎劇場。
  一時は解体寸前まで老朽化したが、昭和60年の町並み保存で回り舞台などが復元され、
  今では文楽や歌舞伎公演はじめ、さまざまなイベントに活用されている。

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江戸時代の面影を残す八日市護国地区の町並み
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八日市の町並みで見つけた「秋」
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12:26 内子町から小田街道へ 
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産直の元祖? 「からり」の 
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  12:30~13:15
     レストラン「KARARI」で昼食して
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いよいよ第44番大宝寺の久万高原町へ42キロ
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この先の難行も知らず・・・
昼食後、「さあ~行くぞ!」などと、張り切っていたこの青年遍路が
数時間後、膝を痛めて落伍するなど、本人はもとより一体誰が予想したでしょう・・・
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  43番明石寺からここまで47K、めざす第44番大宝寺まで43K
  合計90Kは札所間距離として、88ケ寺巡拝中第2位の長旅であり、
  私達は4回(4日)に分けて歩きます。
  修行の旅も楽ではございません・・・

因みに、札所間の距離ベスト5は次のとおりです。
 ❶ 第37番岩本寺(窪川)~第38番金剛福寺(足摺岬)   100K
 ❷ 第43番明石寺(宇和町)~第44番大宝寺(久万高原)   90K
 ❸ 第23番薬王寺(日和佐)~第24番最御崎寺(室戸岬)   75K
 ❹ 第38番金剛福寺(足摺岬)~第39番延光寺(宿毛)    70K
 ❺ 第40番観自在寺(愛南町)~第41番龍光寺(三間)    55K  

13:20 すれ違った懐かしいボンネットバス
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14:30 R379号線長岡トンネル辺りから本格的な雨となり・・・
       この辺りで一番霊山寺から700Km
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15:35 大瀬・東屋で休憩。 「雨 止まないなあ~~」 
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大瀬・作家大江健三郎氏生家
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15:45 大瀬の町を 雨ニモマケズ歩きます
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実はこのあとアクシデントが・・・
  長岡トンネル辺りから私の左膝に経験したことのない鈍い痛み・・・
  先頭集団からだんだん遅れはじめ、「こりゃ~マズイ~」と、不吉な予感・・・
  大瀬の休憩後、町外れまで歯を喰いしばって歩きましたが、
  ついに左膝は激痛で屈伸不能、前進不可・・・添乗M氏にSOSを発信。
  第1番霊山寺から歩き始めて4年、
  第44番大宝寺を目前にして、チーム初の救援バスに乗った私・・・
  終点地予定地で湿布薬貼りながら、一行のゴールを待ったことでした。

  あとで聞くと、キセル乗車区間は数キロだったとか・・・
  「百里の道も九十九里を以って半ばとせよ!」 
                      と、天の声が聞こえました。
  いつの日か、JRとあのボンネットバスを乗り継ぎ大瀬まで行って
  救援バス乗車区間を歩き、完歩記録を繋ぎたいと思っております。
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             <敗軍の将、兵を労わるの図>
              翌朝の整形外科の診断書:左膝側副靭帯損傷、
              処方箋:消炎鎮痛貼付薬+膝の強制休養
本日の足あと
 キセルした最後の数キロはいつか必ず補習授業に行ってまいります!
2011年4月24日、
    この数キロを歩き繋いで参りました!⇒
その補習授業日記
            

歩いた日>第42回・2009年11月 6日 快晴
コース>内子町突合(つきあわせ)~鴇田峠(ひわだとうげ)
     久万高原町~第44番大宝寺
  20Kキロ   
疲労度>☆★★☆☆


本日のルート(愛媛県生涯学習センター資料より)
地図3ルートのうち、上段の鴇田峠越えを歩きます。
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08:40 前回、膝が泣いた突合(つきあわせ)で準備体操後、出発!
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      先月しくじった左膝の調子はまずまずながら、
      今日は、下坂場峠と鴇田峠と、二つの峠を越えなければならず、
      「また痛めるのではないか?」と、恐怖にさいなまれながら歩いた一日でした。


09:00 秋晴れのR379,田渡川の里を歩き 
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09:25~09:40 中田渡神社で1回目の休憩
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10:30 落合トンネル出口で右折して44番大宝寺をめざします
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10:57 思いっきり秋色の下を歩き
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11:15~11:50 内子町本成・三島神社境内で少し早い昼食
  本殿の神名額は、「呑まないと筆を取らなかった」と伝わる三輪田米山(みわだべいざん)の書
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12:10 上畝々(かみうねうね)で県道からへんろ道へ、下坂場峠への登り口
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12:40 炎天下・・・峠を目前・息切れ寸前・・・
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12:50 県道と合流したところが下坂場峠 
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13:00 これより久万高原町
     旧町名久万町の名は、
       巡錫中の大師を丁重に接待した老婆「久万」の名に由来するらしい

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        峠のリンドウの花  
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13:10 「今からこのへんろ道を登ります」と、お先達。 宮成の休憩地  
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宮成から大宝寺まで6K
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宮成の葛城神社は秋祭りでした
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13:15 いよいよ二つ目の鴇田(ひわだ)峠をめざして  
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13:30 林道?を登り
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13:50 秋色に包まれて一休み  
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14:00 最後の500mにトライ
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14:15 標高800mの峠にも弘法大師の足あとがありました
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鴇田峠看板 
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        「日和だ」からなら、「日和田(ひわだ)峠」では? 「鴇」はトキですよ~?
        ま~いいか、伝説や口伝は多少あいまいなところがまた一興!


14:30 峠から少し歩いた休憩所にあった可笑しなキノコ
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15:10 峠から1時間、標高差300mを下って久万高原町 
    この下り坂で左膝に軽い痛みを感じたが、大宝寺まではあと1時間、
     ギヤーを入れ替えてゆっくり歩くことにした・・・

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       久万高原で見つけた秋
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15:20 久万川に架かる遍路橋を渡ると立派な大宝寺総門があり
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総門から15分ほど歩き、境内の勅使橋を渡り本堂へ登る
    大宝寺は仁平2年(1152)焼失し、保元年間に後白河法皇が病気回復を祈願、
     全快したため帝は伽藍を再建し、勅使をたてて妹宮を住職に命じた歴史があり、
     名残りの勅使橋は今も境内に残る。

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樹齢800年の巨木や仁王門に木洩れ日がキラキラ輝いて妙に神々しく・・・
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大宝寺伽藍図
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仁王門
百年に一度取り替えられるという大草鞋は山門に入り切れず折れ曲がって奉納されていました。
 
    大草鞋にさわって「左膝」の御加護を祈願したことです・・・
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15:40 第44番 菅生山 大宝寺(すごうざん だいほうじ)   
『四国偏礼霊場記』縁起によれば、
大宝元年(701)文武天皇の勅願により創建され、年号をとって大宝寺とした。
その後弘法大師が当山に逗留し霊場と定めた、とある。
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境内:鐘楼から左手前本堂、奥に総檜造り寄棟銅版葺きの大師堂
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今日までの足あと、通算728,6K
☆いろいろ苦労しましたが、皆さんに助けられて、
ツアー39回(41日目)にして88ケ寺の半分を無事巡拝できて感謝しています☆


 次回、岩屋寺打戻です。
by jh5swz | 2010-06-12 20:04 | 43番から44番大宝寺 | Comments(0)