カテゴリ:65番三角寺~県境まで( 1 )

伊予最後の三角寺参り

歩いた日>第53回・平成22年11月 5日 
コース> 土居町寒川発
       三角寺~椿堂~境目トンネルまで18,8Km
疲労度> ☆☆★★★ 


08:50 前回ゴールの寒川ファミマで準備運動を済ませて、いざ出発!
f0213825_19385495.jpg

09:20 讃岐街道、伊予三島・具定町の古い造り酒屋さん
f0213825_9503162.jpg
             CMではございませんが、建物は登録有形文化財とか?・・・
f0213825_949221.jpg

09:40 坂の上の雲の中の三角寺めざして、ひたすら歩きます 
f0213825_19274322.jpg

(今は民家のブロックに囲まれていた)
10:06 ”弐百五十三度目”と読み取れる中務茂兵衛(なかつかさもへえ)遍路石
  四国中央市中曽根町
f0213825_10132599.jpg  中務茂兵衛は1845年(弘化2年)に生まれたとされている。
  生家は周防国大島郡椋野村(現周防大島町椋野)の庄屋で、周辺の村々は
 もとより、島外にも土地を持つ富豪であった。
  1865年、茂兵衛は恵まれた環境を捨てて家を出る。原因は恋愛を反対
 されたためと伝えられるが定かではない。
  しばらく放蕩に明け暮れた茂兵衛だったが、四国へ渡り仏教に帰依すると、
 遍路巡拝の旅に出発した。
  茂兵衛の遍路は、この時から1922年(大正11年)に没するまで一生
 続くことになり、その数なんと280回
  88回目の巡拝を記念して茂兵衛は道しるべの建立を始め、四国各地に
 現在わかっているだけでも243基の遍路石を建立している。

  遺骨を埋葬したという大島郡椋野の中司家墓地に茂兵衛の名はないが、
 四国各地の路傍に建立された多くの道しるべには「願主 周防国大島郡椋野村 
 中務茂兵衛義教」の文字がしっかりと刻まれている。

  この記事は -語り継がれる人々-
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/katari/0712/kt_712_071229.htm
        より抜粋編集転載させて頂きました 







一転、今風へんろ道案内板を横目に三島の町を歩く
f0213825_8504117.jpg       この町のマンホール蓋は
          コスモスの花

f0213825_1250505.jpg
                 
      

この辺りで
三好さんとおっしゃる方からお菓子をお接待頂きました。-合掌-
f0213825_848799.jpg

へんろ道保存会の道しるべ
f0213825_8564940.jpg
10:23 そのへんろ道、今は松山自動車道の下になってしまった・・・
f0213825_902666.jpg

     道草していたら、この「像」について、お先達の説明を聞くことができず・・・
     添乗M・MさんにSOSを発信したところ、早速、以下の通りカンペが着信。

     閻魔大王と六地蔵です
     六地蔵とは地獄界・餓鬼界・畜生界・阿修羅界・人間界・天界の六道
     をあらわしているみたいです。
 
                 とのこと、ありがとうございました!
 2010・11/07
f0213825_10124024.jpg

    へんろ道を歩いて
f0213825_1545138.jpg

10:36 四国中央市・国内有数の製紙産業工場群が見えてきた 
f0213825_14594116.jpg

10:40 戸川疎水記念公園で休憩
    地元から参加のメンバーご家族から心温かいお接待を受けました、感謝。
f0213825_1514955.jpg

     この戸川疎水記念公園は、
     16年の歳月をかけて造った法皇山トンネルによって
     この地方の農民の100年の夢だった  
     吉野川水系銅山川から当地戸川までの疎水道完成を記念する公園、とのこと。

11:00 お接待に英気快復、いよいよ三角寺めざして5Kの登り坂へ出発
f0213825_15405575.jpg

       11:15 登って
f0213825_1547775.jpg

       11:30 登って
f0213825_10493749.jpg

       11:50 登って
f0213825_15474353.jpg

       12:02 「あと200m」の標識に思わず「ばんざ~い!」 したのは私
f0213825_16321287.jpg

f0213825_1939359.jpg        三角寺伽藍図
f0213825_19392733.jpg



本堂へ最後の72段、急な石段を登り
  1段毎の段差が異常に高かったことも、三角寺の思い出・・・
f0213825_183925.jpg

鐘楼門で大師のお出迎えを受け
f0213825_18412412.jpg

「ゴーン」とひとつき入り鐘を撞き、煩悩を一つ振り落し? 
     退出時に鐘を撞くと”お金が出て行く”とか・・・遍路もゲンを担ぎます 
f0213825_18363890.jpg

第65番 由霊山 三角寺(ゆれいざん さんかくじ)本堂を参拝
   寺名は、弘仁6年(815)空海師が本尊十一面観音を安置、三角の護摩壇を築き
   21日間、降伏護摩の秘法を修行したことに因むという。
f0213825_18101134.jpg

紅葉の大師堂へお納経を済ませました
f0213825_18112078.jpg


三角寺ご朱印
f0213825_194951.jpg    本堂向拝門の彫刻(切手)
f0213825_1945880.jpg






同行20人、全員に大好評だった「昔屋」の竹皮にぎり弁当
      きれいに編んだ竹皮の折箱は、”お宝!”
f0213825_181522.jpg


寛政七年(1795)春、
 寺を訪れた小林一茶の句
f0213825_18195515.jpg    是でこそ 
     登りしかひあり 
            山桜

  今も健在の山桜は
  樹齢300~400年と云われ
  春には桜見に訪れる人も多いらしい
     
  伊予最後の札所
  讃岐との関所寺に
  相応しい山桜なのかな?
 




  ☆☆☆~~~  ☆~
  嬉しい再会がありました!
     小学5年のとき村へ転校してきて、中学1年の春他校へ転校して、
    その後、製紙会社へ就職した同級生(当時の故郷の駅長の息子)とは、
    年賀状の途絶えることは無かったが、なかなか会う機会がなかった。

     定年退職後、三角寺のある町に住んでいる彼にハガキを書いた。
     なんと、地元老舗のドラ焼持参で三角寺までお接待に来てくれた。

     五十何年ぶりの対面、鐘楼門下で人目を憚らずハグした。
     彼の転校直前、遠足に行った43番明石寺以来の再会が
    65番三角寺とは因縁ただならぬものをを覚えた。

     「弘法大師のお引き合わせやろうな~」と、彼が言う・・・
     「並なら居酒屋やろな」と、修行の足らない私。

     弁当しながら話しは尽きなかったが、私の出発時間が迫り、
    遠くない日に、村の小学校の同級会開催を約束して別れた。
                     ☆☆☆~~~  ☆~
                
13:10 さて、出発
   三角寺から別格椿堂経由県境まで9kを歩きます(三角寺駐車場の看板より)
f0213825_171278.jpg
        
f0213825_17124734.jpg

旧土佐街道 路傍の花 (どなたか、この花の名をご存じないですか?)
f0213825_11335042.jpg

13:40 標高500m、三角寺付近からの瀬戸内眺望
      是でこそ 登りし甲斐あり 秋の空  -門前の小僧-
f0213825_11274597.jpg


14:05 旅籠 島屋跡(お小屋倉跡)
f0213825_17363258.jpg
    -碑文(原文ママ- 
   土佐の国主が参勤交代の時、
   休み場が此処より
   1400米登った所にあり、
   お茶屋と呼ばれ、
   ここで休憩するとき、
   倉に格納してある
   組み立て式の材料を運び上げて
   臨時の休憩所とされた。

   お殿様の権力の象徴だった?


その石碑近くにあった中務茂兵衛遍路石
  「旧土佐街道」と書いてあるところをみると、
         上の「お倉小屋跡」も、なるほどと納得。
f0213825_964421.jpg

14:15 半田ゆらぎ休憩所は粋な東屋にトイレ完備、助かります。
f0213825_17474587.jpg   道案内はローマ字翻訳附きでした
f0213825_17535675.jpg



掲示板に映ったお遍路さん一行
   鏡は左右反対に映るのに、なぜ上下逆さに映らないのだろう?
   てな、ヒマなことを考えながら・・・
f0213825_891491.jpg

14:37 はるか正面一番奥の山頂に雲辺寺が見えた
    へんろ道は高速高知道下のトンネルをくぐります
    次回は、今日のゴール地から7K 標高900mの雲辺寺まで登る・・・
    嗚呼・・・カモシカのような己の細い足の根性に期待するのみ也!
f0213825_8401928.jpg

15:00 三角寺をスタートして2時間、別格14番 椿堂到着
     手前、大師堂 赤い柱が鐘楼門 その奥に本堂
f0213825_18401275.jpg

別格第14番 常福寺椿堂 本堂
f0213825_18432395.jpg  本寺名を「邦治山不動院常福寺」といい、
  弘仁6年(815)、弘法大師がこの地に立ち寄り、
  持っていた椿の杖を突き立て、
  当時この地方に流行していた病を大地に封じ込めた。
  その後、この椿の杖から芽が出て大樹になったところから
  「椿堂」と呼ばれる。
           -境内の由来看板より要約転記-



         杖を突いたら泉が湧いたり、
         杖が椿や大杉になったり、この種の伝承は枚挙にいとまがない・・・
         我が大師様はスーパーマンにやあらん?! 
         四国遍路は、なんでもありで面白い


18歳未満 拝観お断り!
   これがこの寺の境内に相応しいのかよく解らない・・・説明を憚る・・・
f0213825_1995488.jpg

ゴール地が国道沿いでセレモニーが出来ないとのことで、
15:30 境内で夕日を浴びながら「伊予一国完歩証」授与式!
f0213825_8175377.jpg
f0213825_750525.jpg
           必ず全員揃って88番結願寺を目指し、高野山まで頑張ろうゼ!
f0213825_7571311.jpg
f0213825_7572994.jpg
   
           おかげさまで、”菩提の道場”伊予26ケ寺を完歩することができました、
           舞い上がって?「364,4キロ完歩証」をご披露させていただきます。
           ご幼少のみぎりから「証」とか「賞」の類いに縁の無かったオトコの金メダル?
f0213825_13334374.jpg


15:40 椿堂出発、本日のゴール地まで、あと1時間の予定
   おもしろい事に、愛媛県から徳島県を通って香川県雲辺寺をめざすことになる
f0213825_12321285.jpg

    先に完歩証を頂いたのだから、歯を喰い縛ってでも県境までは歩かねば!
     だらだらと続く登り坂にはマイッタ!なう
f0213825_16214910.jpg

道中、遍路小屋で野宿支度中の若い歩き遍路さんにエールを送り、
ヘトヘトになって、辿り着いた夕暮れの境目トンネル手前の車寄せ、
16:30 紅葉の中でサポートバスがニッコリ笑って待っててくれました。
f0213825_19471625.jpg
f0213825_19523322.jpg

今日の足あと
土居町から境目トンネルまで18,8Km 1番霊場から延べ936,9Km

 
f0213825_15181151.jpg -お立ち寄りの皆さまへ-

 いつも、わが歩き遍路チームを
 見守って頂きましてありがとうございます、
 なんとしても20人揃って
 結願を迎えたいと頑張っておりますので
 最後まで応援よろしくお願い致します。

 次回は、いよいよ涅槃の道場の旅が始まります。


このブログの記事、内容ついてご叱正・ご意見は
              j5swz@orange.ocn.ne.jp -門前の小僧-まで
by jh5swz | 2010-11-06 17:15 | 65番三角寺~県境まで | Comments(0)