歩いた日>第57回・2011年3月4日  曇りのち晴
コース> 第75番善通寺~第78番郷照寺18,1キロ  
疲労度> ☆☆☆☆★


その3>77番道隆寺~78番郷照寺~坂出市まで10,4キロ
    その1>75番~76番金倉寺から読む 

13:45 道隆寺をあとに丸亀市めざして 
    この辺りが、1番霊山寺をスタート以来記念すべき、延べ1000Kmポイント!
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100㌔ごとの通過記録です
  100K 徳島・小松島市    2006・10/06 第9番立江寺山門
  200K 高知・東洋町     2007・06/01 ゴロゴロ石~番外仏海庵
  300K 高知・南国市     2008・04/02 第28番大日寺
   ( 本来、2007・12/07に歩いているハズだった・・・)
  400K 高知・須崎市     2008・05/02 道の駅すさき
  500K 高知・土佐清水市   2008・11/07 ドライブイン水車
  600K 愛媛・愛南町     2009・04/03 菊川小学校
  700K 愛媛・大洲市     2009・10/02 大瀬・大江健三郎邸
  800K 愛媛・北条      2010・04/02 別格鎌大師
  900K 愛媛・新居浜市    2010・10/01 新居浜関の戸
 1000K 香川・多度津町    2011・03/04 第77番道隆寺をあとに

13:55 美脚のラインダンスに励まされ
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田園を北に進めば
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14:35 約1時間で、古くから金毘羅様への玄関口として栄えた丸亀市街地  
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14:40~14:50 築城400年、石垣の高さ日本一の丸亀城で小休止
            石垣周囲の枯木(に見える)は、すべて桜の木。
           春になると、満開の桜の海に浮かぶお城が見事なんでしょうね~~
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15:00 蓬莱橋から讃岐富士と呼ばれる飯野山を眺めながら土器川を渡り
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15:35 昭和40年代まで日本屈指の塩の生産地だった宇多津の古い町並みを歩きます 
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15:42 ほどなく郷照寺参道へ 
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15:44 町の高台に石垣を配した閑静な佇まいの郷照寺山門
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第78番 仏光山 郷照寺(ぶっこうざん ごうしょうじ)左奥 大師堂
四国88ケ所中、唯一の時宗の札所で「厄除うたづ大師」として親しまれる。
元々は行基開祖の真言宗だったが、天応元年(1288)遊行中の一遍上人が
三か月ほど逗留し、踊り念仏の道場として中興した法縁によると云う。
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         東大寺など奈良時代の寺院によく見られる奈良様式の造りで、
          二層屋根の本堂は札所の中でも珍しいとのことです。


本堂遥拝の彫刻絵天井
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16:00 大師堂お納経
      全国の時宗の寺で大師堂があるのはここ郷照寺だけらしい
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大師堂回廊の彫刻絵天井
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  本堂、大師堂合わせて
  ざっと200枚?の天井絵は、
  すべて浮き彫り、極彩色の花絵柄で
  結構手の込んだものでした。





ご朱印(初参拝)
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 切手
 (雲上二十五菩薩来迎仏と天井絵)
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庚申堂という小さなお堂があり、瓦の上の猿がちょっと気になった・・・
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手元のお遍路雑学参考書によると
 庚申堂とは、
 庚申信仰という民間信仰を伝えるお堂で、
 諸病平癒に霊験のある6本の手を持つ「青面観音」と
 「見ざる言わざる聞かざる」の三猿が祀られているとのこと。
 人間の体の中にいる「三戸(さんし)」という霊物が庚申の夜、
 眠っている間に体から抜け出て、天に昇って天帝にその人の罪状を告げるというので、
 人々は庚申の夜には庚申堂に集まり、眠らずに語り明かすという風習があったと云う。
 「話しがあるのなら庚申の夜に聞こう」と云うのはここから出ているらしい。

                どうも私の遍路旅は道草話が多い・・・と常々反省しております。

讃岐三大ポックリさま
これをあれこれ書くほど門前の小僧は野暮ではございません。
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境内から遥か、瀬戸大橋が見えます
 市街地と空の境目に5本の橋脚
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      郷照寺参拝後、
15:40 ちょうど宇多津の町は明日からの「ひな祭り」に備えて最後の飾り付け中。 
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   江戸時代後期から大正にかけて建てられた「町家」約100戸の町並みの
  玄関先や座敷に雛人形が飾られ、春の訪れを満喫することができました。


店舗いっぱいの雛飾り
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 へえ~~~
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町家の玄関にもお雛様
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年代物と思しき七段飾りも
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16:30 町家のおもていっぱいに花を飾ってお見事!
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16:40 お雛様に見送られて坂出市へ 
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16:45 郷照寺から見えた瀬戸大橋の橋脚下を通過 
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16:58 坂出旧道
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坂出商店街
f0213825_1263391.jpg     感電しないのかな~?
     (写真はT・Tさん撮影)
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17:10 JR坂出駅へゴールイン! 
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今回の足あと 善通寺~丸亀市~坂出市まで18,1キロ

by jh5swz | 2011-03-21 12:16 | 75番から78番郷照寺まで | Comments(0)

歩いた日>第57回・2011年3月4日  曇りのち晴
コース> 第75番善通寺~第78番郷照寺18,1キロ  
疲労度> ☆☆☆☆★ 


その2>76番金倉寺から77番道隆寺まで3,9キロ

12:00 天下一品の釜揚げでたっぷり充電して午後の部出発
「べつ腹」に もう一杯いけたなあ~~
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絶好のお遍路日和り、道隆寺めざして
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  古い石柱や
  立派な木柱の
  道しるべもいいのですが
  手造り
  手書きの
  案内板には癒されます
     -葛原八幡宮境内-


12:06 葛原(かずはら)正八幡宮の大楠 
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由緒ありそうな八幡宮から少し歩いたところで、
地元の優しいお母さんから全員にMini-ドリンク剤のお接待を頂きました。
               ありがとうございました!!
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12:18 多度津町葛原界隈で、同行のT・Tさんが又見つけたシロモノ!
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      実はT・T氏は2月4日弥谷寺へのへんろ道でも・・・
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                       撮影は2枚ともT・T氏提供         

☆☆☆~~
長い遍路ブログ道中、2度目のクイズです
それぞれの背景からその大きさが、
         その形から、その用途は凡そ見当がつくと思いますが、
問題>彫ってある漢字はなんと読むのでしょうか?
解答は Mail to ☞ jh5swz@orange.ocn.ne.jp  門前の小僧まで!
                              ~☆☆☆
正解は、右から読んで「〇◇△▽」         2011.3/27記
    

12:48 春の陽射しを浴びながら道隆寺を目指します
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    いつものことながら、あと100mを目にすると元気が出ます
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12:53 第77番 桑多山 道隆寺(そうたざんどうりゅうじ)仁王門到着
   寺縁起によると、
    奈良時代に領主和気道隆が、誤って乳母を矢で撃ってしまい、
    供養のため桑の木で薬師如来を彫り、お堂を建てたのが始まりという。
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             山門正面の無粋なバスは私たちのサポートバスではありません!

270体以上の観音像に迎えられて本堂へ参ります
   境内には、西国、秩父、坂東はじめ全国の観音霊場や有名寺院、
   水子、交通安全の観音像が立ち並んでいました。
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大師堂前の空海と衛門三郎像
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  眼病にご利益があると信仰される(本堂左手裏)潜徳院殿堂
     丸亀京極藩の御典医・眼科の達人・京極左馬造公(法名潜徳院殿)の墓所。
     堂には年の数だけ[め]の字を書いた眼病平癒の願札が沢山奉納されていた。
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  お納経所前に咲いていた
  クリスマスローズ。
  我が家ではこれを聖夜薔薇と呼んで
  その白い花を探しています



地元の方と思しき親子連れの方から、
わざわざ「貰って頂けますか?」と、ご丁寧なお言葉があり、
お接待頂いた手造りの小さな(陶器)仏像さん。
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ご朱印
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          山門の切手
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山門前の「お遍路shopサンエイ」と云うお店で目に効くというお茶のお接待を頂きました。
 お接待のお礼にCM画像をUPさせていただきます。
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   店の看板は、
   目に効くと云われる民間薬メグスリノ木が入った<眼蘇茶(め生きる茶)>らしく、
   眼の病にご利益があるという潜徳院殿堂とのマッチングもよろしく商売繁盛でした。

 続く 78番郷照寺から丸亀市・坂出市へ
by jh5swz | 2011-03-10 21:47 | 75番から78番郷照寺まで | Comments(2)

歩いた日>第57回・2011年3月4日  曇りのち晴
コース> 第75番善通寺~第78番郷照寺18,1キロ  
疲労度> ☆☆☆☆★ 


その1>75番善通寺から76番金倉寺へ3,8キロ

07:50 昨夜来の冷え込みで桜三里はうっすら雪化粧 
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桜三里峠の雪景色
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信心の甲斐あって?スタート地善通寺は晴れ!
09:20 駐車場で準備運動済ませて大師堂へ
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戒壇巡り(オプションコース:宝物館拝観料セット¥500)
善通寺の御影堂(大師堂)の地下は、約100mの戒壇巡りになっていて、
胎内のような真っ暗な間を壁伝いに歩き、心身を鍛えようというものです。
灯りのない通路はかなりスリリングなもので、弘法大師生誕の間では、
(科学的に合成した)大師のナマ声が聞こえます。

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 子供の頃、
 爺ちゃん婆ちゃんに連れられて
 真っ暗な地下道をグルグル回って
 弘法大師が生まれたという
 地下室?へ辿り着いた記憶があり
 今回はご遠慮。


同行の皆さんが戒壇巡りをされるこの時間に
先月お接待を頂いた長年のお得意先へお礼に伺った。 

仁王門を出たところで、先月「売り切れ」で買い損ねたカタパン屋さんへ寄り
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家族みやげに買った噂のカタパン(袋の上の石ころのようなものがパン)
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食べてみて判ったカタパンの名の由来・正解は「硬いパン」! 

お得意先へのお礼を済ませ南大門から再入門、後方は五重塔
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金堂(本堂)を参拝し、
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09:50 戒壇巡りを済ませた同行皆さんと合流 
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東の赤門(東大ではない)から退出
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10:00 赤門商店街名に相応しくランドマークも山門風
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善通寺から金倉寺へのルート
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 赤門を出て商店街を
 10分ほど東進し
 左手の布団屋さんの角から
 細いへんろ道を歩き
 JR土讃線の下を潜り
 住宅地を抜けて
 高松自動車道善通寺ICの
 高架を潜り、
 ほぼ直進すると
 金倉寺は近い。



10:25 古い道しるべに花が供えてあり
f0213825_2151263.jpg    10:35 市民バスも空海号とは
        如何にも善通寺らしい
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10:40 第76番 鶏足山 金倉寺(けいそくざんこんぞうじ) 仁王門
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金倉寺本堂
仁王門を入ると本堂まで一直線に石畳が続く閑静なお寺でした
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     寺は弘法大師の甥で天台宗寺門派の宗祖智証大師の祖父和気道善の開祖。
     宝亀5年(774)開祖当時、本人の名前から道善寺と称していたが、
     延長6年(928)、勅命により、界隈の郷地名から金倉寺と改名した。
     因みに、現在住所は善通寺市金蔵寺町1160番地。

本堂の巨大数珠
   釣瓶のように両手で引くとカタカタガラガラと音を鳴らしながら
   数珠玉が回り落ちて願いごとが叶うという
   信じる者は救われるという理もあり「皆んな幸せに」と願掛けました
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満開の白梅を背に大師堂お納経
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  (いつの時代の戦乱か?)
  兵火を免れたという古い鐘楼、
  やけに背が高く、
  12本柱が
  目に焼きついています。



ご朱印(初参拝)
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        切手(本堂)
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音に名高き?「乃木将軍妻返しの松」 (現在の松は2代目らしい)
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乃木希典将軍が善通寺師団長を務めた明治31年10月から2年7ヶ月の間、
金倉寺客殿を宿舎として居住し、将軍はここから師団へ馬で通ったという。 
碑文は
           乃木将軍妻返しの松
明治31年12月31日夕景、静子夫人東京より態々来訪せられしも
将軍は面会せず直ぐ帰京すべし旨厳命により夫人は途方に暮れ
松下に永らく佇み後一応引き返したり故に此名あり   と語る。


   門前の小僧は思いました。
   名将?軍人の誉れ高しとは云え、「そりゃあ~あんまりじゃございませんか?」と、
   はたまた、「一応引き返したり」が、妙に引っかかりWeb散歩を致しましたところ、

   実は・・・
   「会う必要な無い」と、直ちに帰京を命ぜられた夫人は、
   寺を辞去するとき、本堂脇の松の木の下に佇み、もの思いに耽ったという。
   ここまでの話しが、「妻返しの松」と呼ばれ、とかく講談で持て囃やされたらしい。

   実際は、
   一旦多度津の 「花びし」という(明治・大正・昭和に亘って栄えた老舗)旅館
   戻った夫人は、翌日(元旦)、住職の取り計らいで将軍と会うことができ、
   その後1週間ほど滞在したという、顛末の詳細は、第76番金倉寺HPをご覧下さい。
 
   この種の話しは、その一部だけが針小棒大に語られるという代表例か・・・
   よろしゅうござんしたね~ 静子夫人!  -門前の小僧-  

           ~~~ ~~~ ~~~ ~~~
           参拝を終え、金倉寺から徒歩3分
11:15~11:55 讃岐でも評判のうどん屋さん「長田in香の香」で昼食休憩
     地元出身の添乗員M・Mさんが、時間を計算し尽して予約をしてくれたらしい、
     そうでないと、昼前にいきなり20人が行って待たずに食べれるハズがない。
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      さぬき観光マップを見ても、うどん本を見ても、うどん通に聞いても、
      釜揚げなら「長田in香の香」をはずせない、というのが定説らしい。
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 釜揚げ一筋
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 とっくり、蕎麦猪口、どんぶりにまでこだわり、
 味は頑固一徹、これぞ讃岐の釜あげうどん。
     -某新聞の「うどん遍路」記事より-f0213825_8544665.jpg

 釜あげ大 ¥350-
 いなり寿司¥300


同行遍路20人一同、本場の味に感激! 


健康・観光・信仰の私のへんろ旅ですが、本日は「べつ腹」を堪能しました。
続く>77番道隆寺をめざして


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   jh5swz@orange.ocn.ne.jp まで
   よろしくお願い致します。-門前の小僧-
by jh5swz | 2011-03-05 22:25 | 75番から78番郷照寺まで | Comments(0)