カテゴリ:大瀬から小田 補習遍路( 1 )

大瀬から小田 繋ぎ歩き

2009年10月2日のアクシデント
大洲市の別格8番十夜ケ橋から小田町突合まで歩くハズの日・・・
雨の内子町大瀬の大江健三郎氏生家前を通過した午後4時過ぎ、
f0213825_1646284.jpg
実は、1時間ほど前から左膝に経験したことのない鈍い痛みがあり、
先頭集団からだんだん遅れはじめ・・・
大瀬の町外れまで歯を喰いしばって歩きましたが、
ついに左膝は激痛で屈伸不能、前進不可・・・添乗M氏にSOSを発信。
この日のゴール地まで数キロを残してサポートバスに乗った私は、
終着地バスの中で湿布薬を貼りながら一行のゴールを待ったことでした。
f0213825_16553484.jpg
              <敗軍の将 兵を労わるの図 2009・10/2>
           ~~~☆ ~~~☆ ~~~☆
         いつの日か、結願までにJRとバスを乗り継ぎ大瀬まで行って
         救援バス乗車区間を歩き、完歩記録を繋ぎたいと、
         ずっ~と思い続けていたところ、
         この5年、ずっと一緒に歩いていただいた淑女皆さんが
         脱落地大瀬まで真っ赤なポルシェで送迎して下さる由、
         地獄に観音様とはこのことでしょうか!
         おかげさまで、本日、キセル遍路区間s数キロを歩き、
         延べ1023Kが一本の線で繋がりましたことご報告致します。

歩いた日 2011年4月24日 快晴
区間    内子町大瀬から小田町突合
(つきあわせ)約6K
     その節、サポートバスに乗った所からとも思いましたが、
11:27 区切りのいいところで、大瀬の町から出発!
     (淑女皆さんは、内子町の産直市場「からり」へお買いもの) 
f0213825_17363243.jpg

作家 大江健三郎氏の生家前を通り
f0213825_17452862.jpg

11:41 町はずれから、目指すは大宝寺・岩屋寺方向
f0213825_17504135.jpg

f0213825_12583997.jpg
 やけに気になった
 「曽我十郎首塚」案内標識
 徒歩20分と書いてあり
 スルーしたが・・・
 どうして富士の裾野の
 仇討ち話の主人公の
 首塚がここにあるのだろう?


旧道を歩き、春を満喫
f0213825_17543821.jpg
   飲んで見たくなるよな支流の水
f0213825_14122799.jpg

11:58 清流小田川沿いの旧道を歩きます
f0213825_18552399.jpg


「交通安全」の文字より大きく「へんろ道 左へ」、なんと優しい!
f0213825_1915945.jpg

12:12 千人宿大師堂
持ち主が千人の遍路を宿泊させたのを記念して建てられたとのこと。
俗に"通夜堂”と呼ばれる設備だろうか?
f0213825_13573418.jpg


千人宿大師堂の里がなにやら賑やかだと思ったら、f0213825_19125014.jpg
 今日は年に一度の「いかだ流し」だとか
f0213825_1981661.jpg
 うわさに聞いたことはありましたが、
 弘法大師様のお導きにやあらむと、
 暫し、遍路信仰忘れて、筏流し観光!



12:20 河原へ降りてみると、ちょうど体験筏乗りの最中
f0213825_19294367.jpg

子供たちの目がキラキラ輝いていました
こうして清流小田川の伝統は受け継がれていくのでしょう~
f0213825_1935895.jpg

にぎやかな里はニッポンの宝だと思います
f0213825_19394738.jpg

昔は、2泊3日かけて遥か瀬戸内の長浜町まで木材を運んだと聞きました
f0213825_19425316.jpg

木曾節に歌われる木曾の中乗りさん~とは、
組んだ筏の真ん中に乗る筏師のこと、と聞いたことがあります。
因みに、先頭は「舳(へ)乗り」さん・後ろは「艫(とも)乗り」さんと。
   (艫乗りさんの足元の石臼は錨りの代りらしい)
f0213825_19505123.jpg

組んだ筏は凡そ全長50m、蓑笠姿の筏師の巧みな棹さばきもよろしく
小田川の流れに乗ってゆっくり下って行きました。
f0213825_19555531.jpg

それにしても年に一度、その日1回限りの筏流しに遭遇とは、
日頃の信心の賜物でしょうか? おかげさま!
「川登地区筏流し保存会」の皆さんありがとうございました。
f0213825_1956247.jpg

国道の橋の名前も「筏流し橋」、粋じゃございませんか。
f0213825_13104154.jpg


目に幟り 山ホトトギス 初筏 -パクリの一句-   
f0213825_20133722.jpg


おっと、拙者、遍路旅の途中でござった。 
筏流し会場をあとにして、ちょいと急ぎ足になりながら
路傍の仏さまにも手を合わせ始めた近頃の門前の小僧です
f0213825_14574291.jpg

        12:50 梅干しむすびを食べた梅津の遍路お接待所 
f0213825_2017714.jpg
f0213825_20173671.jpg


大瀬の町からずっと前後して歩いた東京からお越しのお遍路さんご一行
お先達とご婦人4人の通し打ち、今日で35日目とか・・・
(筏流しもゆっくり見物され、予定時間より遅れられたか?)
先を急がれる風情のご一行、何度も私を振り返りながら、ここでお別れ、
このあと結願まで道中ご安全に! 合掌・・・
f0213825_20375474.jpg

御一行の頭上、なにやら意味ありげな里道の注連縄?、
左が箸 中央、しゃもじ?とすれば・・・右は特大にぎり飯か?
村の入り口に大草鞋を置いて「オラの里にはこんな大男がいるんだ!」との
悪魔祓いの類いか?と想像たくましい門前の小僧でした。 
 
f0213825_20271883.jpg

まったく個人のお家のご好意と思しき休憩所、
            ご親切を無にしてならじと、ひと休み
f0213825_20294172.jpg

13:10 小田町へ入りました
f0213825_20403062.jpg

13:20 ほどなく、本日の目的地、突合(つきあわせ)の里へゴールイン!
ここは、砥部町・小田町・内子町からの幹線道がT字型に交差しており、
地名の「突合(つきあわせ)」は、三つの町が交差(突き合う)するからだろうと、
勝手に想像しています・・・
f0213825_20455034.jpg

淑女皆さまとの合流時間まで少し余裕があったので、新国道へ引き返してみました

かって三つの町が交差し栄えたであろうこの里も、
松山・砥部方面への新国道が完成して町中を走る車は無い・・・
(堀り切った新国道の右手が旧商店街)
f0213825_8284829.jpg

小田町~久万高原方面の新国道も開通まじか・・・
(左手奥の集落が旧道の商店街)
f0213825_8274086.jpg

もう一度旧道へ引き返し、かって賑わったであろう町中をブラりと歩き
田渡簡易郵便局で一人歩き遍路の記念をガラスに写し込んでパチリ。
   と、云っても遍路は弘法大師(お杖)と同行二人ですが・・・
f0213825_9142219.jpg

このあと、筏流し祭りさ中の川登の里まで歩いて引き返したところで、
内子町の産直KARARIの買い占めを終えた淑女皆様と合流。
       お世話になった淑女連と親切なおじさんの記念写真
f0213825_2103131.jpg
お蔭様で、第1番霊山寺から第81番白峯寺までの1023キロを
一本の線で歩きつなぐことができ「キセル歩き遍路」の汚名返上。
胸のつかえを筏に流せて、感謝! 感謝! 感謝!

足あと

 
by jh5swz | 2011-04-24 21:26 | 大瀬から小田 補習遍路 | Comments(0)