カテゴリ:83番一宮寺から84番( 2 )

84番屋島寺と源平古戦場

歩いた日>第60回・2011年6月3日 遍路日和
コース>83番一宮寺から
     84番屋島寺~八栗寺ふもとまで18,2キロ  
疲労度>★★★


その2>屋島寺登り下り~八栗寺ふもとまで6,2キロ 
 その1>から見る

かって、ふもとから屋島中腹までは、
「屋島ケーブル」が運航されていたが、ドライブウエイができて現在は休止中、
車輛2台の名は、「弁慶」と「義経」号だったと云うから地元の愛着は大きいものだったと思います。
爺ちゃんと,このケーブルに乗った懐かしい思い出があり、少し調べてみました。


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           -2枚の写真は屋島登山鉄道(株)関連資料より-
         階段に座るような座席を子供心にしっかり覚えています
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<以下、地元観光関連資料各種より繋ぎ編集>
  屋島ケーブル(屋島登山鉄道)は1929年に開通。
  「登山口駅」と「山上駅」間、高低差265mを800mの軌道で5分で結んでいた。
  戦時中に不要不急路線として休止された期間があるものの1950年に復活、
  ピーク時には年間200万人の利用があったものの、
  屋島ドライブウェイの開通や屋島観光の衰退の影響で利用客が減り、
  2004年10月15日をもって運行休止。
  運行最終日には、約800人の観光客が詰めかけたが、
  運行直前の試運転時に電気系統にトラブルが発生。
  登り下り車輛ともに駅から約50mの位置に停止したまま動かなくなり、
  結局、終日事故運休。まさに「弁慶の立ち往生」となる形で、一層淋しい終焉となった。


運転されていても”乗らない掟”の歩き遍路は琴電「潟元駅」を素通り
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13:10 ほどなく登り坂が始まり 
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    この界隈では
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      100m毎に21m登る急勾配
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13:25 こんな坂道とは聞いてなかった・・・  
     頂上の無い登山道はないのだ~ がんばれ~!
       とか言ってた私が最後はバテました・・・ 
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加冶水(かじすい)
 干ばつでも涸れることが無い と、四国霊場ではよくある伝説
    Kobo Daishi held a religious service in・・・ 看板は国際的
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13:35 ひと休みのあと、地蔵さんに背中押されて再出発
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不喰梨(くわずのなし)
大師に「一つくれないか」と頼まれた農夫は「食べられない梨だ」と断った。
その後、この梨は本当に硬くて食べられない梨になった、という伝説の場所。
     十善戒に「不妄語」とあるではないか!  
 
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13:45 不喰梨地蔵前 
     参道はずっと舗装はされていますが、それがかえって膝に堪えます・・・
      歩いては休み、休んでは登り、あと15分!ここで最後の充電休憩
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13:55 「畳石」、極彩色の不動明王
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不動明王足元の「畳のような奇妙な石」
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14:05 悪戦苦闘55分、標高293m、ようやく辿りついた仁王門
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                 伽藍図
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           先に昼食したのですが、
            このまま境内をご紹介します


四天門
阿吽の仁王像と違い、持国天・増長天・広目天・多聞天が睨みを利かす。
第55番今治の南光坊を、霊場唯一の四天門と書きましたが訂正します。
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第84番 屋島寺本堂
本堂は、鎌倉時代の創建ということが解体修理のとき判明、
往時そのままに復元されていて、国の重要文化財に指定されている。
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本堂右・蓑山大明神
日本三大狸、四国の狸の総大将と呼ばれ、
弘法大師が屋島で道に迷ったとき、老人に化けて大師を助けたと云う
太三郎狸(たさぶろうたぬき)を地主神として祀ったもの。
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 いい顔していました
  狸は夫婦仲がいいそうで、
  夫婦円満・家庭円満・
  縁結び・子宝授けに
  ご利益があるという


大師堂お納経中
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         東日本大震災被災地の皆さん、頑張って下さい
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       ご朱印
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          切手
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七福神さまもおそろいでした
  七福神とは、インドのヒンズー教(大黒・毘沙門・弁才)、中国の仏教(布袋)、
  道教(福禄寿・寿老人)、日本の土着信仰(恵比寿・大国主)が入りまじって
  形成された、神仏習合からなる、日本的な信仰対象である。-Wikipedia- 
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広大な境内を振り返る
左から、鐘楼(梵鐘は重文)、奥に宝物館、本堂、納経所
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東大門
  門前に「無料観光案内所」があったりして・・・(伽藍図参照)
  なんだか大駐車場からの参拝者用にわざわざ建てたように思えた門。
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本日の昼食
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 2月4日 道の駅みの うどん定食
 3月4日 香の香  釜揚げうどん
 4月1日 山下うどん
 5月6日 五色台休暇村 うどん定食
   に続いて
 本日も「うどん定食」。 さすがうどん県!

女将さんが商売熱心で、昼食の惣菜から店頭のオリーブ油まで
昼食中、ず~っとご自慢とPR、疲れ切った門前の小僧、う~んざりでした


食事後、せっかくの屋島ですから、山頂観光めぐり
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    草生した旅館や解体中のホテルが二つ三あり、寂れいく観光地の感否めず・・・
     2004年6月の四国新聞記事ですが読みますか?  


みやげ物屋さん通りをブラブラ・キョロキョロ
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ランドマークはやっぱり「狸」?
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          あちらにも こちらの店にも た・ぬ・き
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屋島ならではの伝統のお遊び
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       開運 かわら投げ
       盃のような素焼き瓦 
       5枚入り¥200を買って
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     高松市街を望む展望台から、はるか眼下の「獅子の霊巌」めがけて遠投、
     門前の小僧の投げた1枚だけが霊巌に奇跡的に命中!(ホントですから!)
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          解体?工事中の現場を囲う洒落た塀画(壁画ではない)
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洒落にしては立派な源平合戦絵巻!
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もう一面には人物絵巻があり、那須与一さんもここにおいでました
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   こちらも負けじと、
   ふもとの新川橋の
   平家の美形とコラボレーション
   と洒落てみました・・・
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-番外雑感-
山頂あちこちの老舗と思しきホテルや旅館が廃屋或いは解体工事中の
現場を目にするのは観光気分に水を注し、寂しいかぎりでした・・・


~小僧の道草~
屋島は小さな半島のようでもあるが、地図をよく見ると、
小さな川が高松市街地と屋島側を区切るように流れており、島のようでもでもある・・・さてさて???
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このあと、屋島寺からドライブウエイを串刺しに下って(地図にある)マルナカまで下ります

15:40 義経率いる源氏の兵が血まみれの刀を洗い、
      真っ赤に染まったと伝わる瑠璃宝池(血の池)畔から下ります
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     参道を逸れて、ここが「下りへんろ道」の始まり
     おおよそこの角度の夏草道が約40分続きました
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     それもつづら坂・・・
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16:00 古戦場・檀ノ浦を背に交差するドライブウエイで後続を待つ健脚組
      私と皆さんの直線距離は30mほどですが、この高低差!
      この後もガードレールの切れ目から、更に急なへんろ転がし坂が続きます・・・
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     夏草茂るへんろ道を下ります
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16:10 ふもとが近くなると石畳道、今度はスッテンコロリに注意しながら
     四国巡礼の全行程中、屈指の急坂とか!  雨の日だったらどうなるのだろう・・・
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     向う正面に見える、ゴール地、五剣山中腹まで、まだ40~50分・・・
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16:20 足元の早苗に励まされて 頑張んべ~
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檀ノ浦の町は源平合戦ゆかりの史跡が続きます
16:25 安徳天皇社
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                (写真は「屋島古戦場めぐり」パンフレットより)

      安徳天皇は2歳で81代天皇に即位したが、実権は平清盛が握った。
      しかしながら、、
      源義仲の入京により源氏に追わた平家一門と都落ち、屋島に行宮を置いた。
      檀ノ浦の決戦で平氏が敗北、一門は滅亡、海上へ逃れた祖母の二位尼は
    「波の下にも都はございます」と、8歳の安徳天皇を抱いたまま入水崩御。
     79番天皇寺で書き始めた武家を巻き込んだ皇位継承内乱はここで終わります。


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16:35 菊王丸の墓
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16:40 義経の弓流し
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ゆかりの史跡をあとに
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         先を急ぎます
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バテ気味ながら、まだ花を振り向くゆとりはありまして
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      ところが花の名を知らない 
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「名を聞くは 好きになったと云うことヨ」と申しますが、どなたか教えて下さい。 

   このブログの読者から「つりがね草」のよう、とのご一報を頂き、
   かれこれ3年ぶりに
   好きになった花の名前が判りました、ありがとうございました! 2014・2/9追記 


16:55 他所にあった真念さんの墓を持ってきた洲崎寺到着 
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        元々、別の場所にあった人様のお墓を移転していいのかなあ~?    

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 移された真念さんの墓
  この方の偉いところは霊場を88ヶ寺に限定し
  巡拝者の結願目標を定めたところではないかと・・・
  今、88番を目前にした門前の小僧の正直なツブやき



洲崎寺から、疲労困憊の細い足のご機嫌を取りながら急坂を20分、
17:20 五剣山のふもと、八栗ケーブル駅へゴールイン! 
     (こちらのケーブル鉄道は現役活躍中です)
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「おつかれさま~」と、リムジンバスがニッコリ迎えてくれました
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本日の足あと
一宮寺~屋島寺~檀ノ浦~八栗登山口まで18,2キロ


帰路、車中の菅笠もやれやれ~~、
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今後の計画
 第61回 85番から87番長尾寺まで14,3キロ
 第62回 87番から88番結願の大窪寺まで12,7キロ
  5年半の長旅のファイナル!
  ワクワクしながら入山し、神妙にお参りしたい  と思っています。
 
 
 第63回 88番から1番霊山寺へ歩く(1泊2日)40,4キロ
  世間では「お礼参り」と云いいますが、
      誰にお礼を云うのか意味がよく解りません・・・?
 

  ただ私はここを歩き繋ぐことで、
  88のが、1200㌔の一本のになり
  ”生まれた四国という島を歩いて一周できた”
  コトになると、ソレだけを楽しみにしています。   

 第64回 満願達成の高野山へ(1泊2日)24,1キロ
  お大師っさんには、
      生まれた四国を ”健康で無事一周できた” お礼と報告に参上します。
 

  ご意見・ご叱正は
  jh5swz@orange.ocn.ne.jp まで
             -門前の小僧-
by jh5swz | 2011-06-11 10:50 | 83番一宮寺から84番 | Comments(2)

歩いた日>第60回・2011年6月3日 遍路日和
コース> 
  83番一宮寺から84番屋島寺~八栗寺ふもとまで18,2キロ  
疲労度> ☆☆★★★ 


その1>一宮寺から屋島のふもと潟元(かたもと)まで12キロ 

09:20 第83番一宮寺到着、西門から入山 
     なるほど、この西門は自動車お遍路さん専用の山門にあらむ
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09:30 前回、5時到着のためできなかったお光お香を灯し、
      今一度お納経しながら、大師堂天井いっぱいの燈籠を拝観
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09:35 準備体操済ませて、第83番一宮寺仁王門を出発
          こちらが、そもそもこの寺の正面玄関です
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           このお寺とお宮、いろいろあって仲良しじゃないんじゃとか・・・

09:40 一宮寺に隣接する讃岐国一宮 田村神社の大鳥居
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        地元の方々から『一宮さん』と呼ばれ、親しまれている田村神社は
         稲作に不可欠な水を守る神社として、長く信仰を集めてきました。
          その歴史はとても古く、和銅二年(西暦709年)建立と伝えられ、
         俗謡で『嫁にやるなら一宮におやり、市や祭りが二度、三度。』と歌われる様に、
         季節ごとのお祭りや定期的に開かれる朝市では沢山の笑顔であふれます。
          ぜひ一度、讃岐一宮・田村神社に”おいでまい(いらっしゃい)”

                        -田村神社HPより-

09:45 「道中お気をつけて!」と、軽自動車いっぱいの花屋さん
         屋号『森田園芸』は、ブログ掲載ご承諾済
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<本日、午前中のへんろ道>
  高松市内、琴電とJRの踏切4つを渡り、
       屋島のふもと潟元(かたもと)駅まで12キロのジグザク歩き
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            (この地図は、前回、鬼無のお接待所でいただいものです) 

09:50 のどかな田んぼのあぜ道を歩き
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09:55 県道の陸橋を渡り
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10:20 路地裏から
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         石畳道へ
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    伏石神社で、同行T・Tさんが又々見つけた「盥漱水」
   これで3回目!「あるような予感がした」とは、素晴らしき霊感力。 (TTさん撮影)
     因みに「盥漱水は<かんそうすい>と読むらしい

                   過去2回の「盥漱」は⇔クリック
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10:55 花へんろ あな よろし!
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11:10 野田池の土手を歩き
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11:20 5年半の歩き遍路で初めての地下道 、お大師っさんもびっくり?
      かなり大きな地下道で、ちょっとした地下街があってもいいような広さでした
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11:25 地上は新緑のケヤキ並木!
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11:40 歴史ある遍路道も天下の琴電さんには勝てません(高松⇔琴平線)
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11:58 「二股」ではない「分かれ股」地蔵さん
      地蔵さんの右に並ぶ道標には
       江戸時代の遍路の歴史を語る貴重な碑文が刻まれているようです。

       もっと読む⇒クリック:四国遍路道学術調査研究会・近江屋庄七の道標
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-門前の小僧のちょっと道草-
往来手形(往来一札)とは
江戸時代、庶民が旅をするときに必要な(主に本人の菩提寺が発行する)パスポートで
この往来手形持参の者は当檀家の者であることを記した身元証明書。
旅人の住所・氏名・旅の目的などを記し通行の許可を願うもの。
今のお寺は葬儀・法事専門だが、昔は役場でありビザまで発行していた? 
    
その結び文がスゴイ!
国々所々 御関所 村々役人御中
是者万一相果候時ハ其所之御作法通リ御取置仕舞可被下候
         別段此方ヘ御届ケ不及候其為一札仍件如し
           〇〇寺末寺 〇〇国〇〇郡 〇〇村 〇〇寺


 諸国関所 村々お役人さま
  「この手形持参の者が御地で行き倒れ果てた節には、
  お所の作法通りお取置仕舞下されたく候、
  別段、私どもへの連絡には及びません」   〇〇村 〇〇寺

 当時のお遍路の厳しさが偲ばれる手形の結び文ではござらぬか・・・
              
こちらは今風通行手形f0213825_914334.jpg            
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さすがに、至れり尽くせりではございませんか。
       ☆☆~~~ ☆☆~~~ ☆☆~~~

へんろ道へ戻ります。
12:12 今度はJR高徳線の高架下を腰を低くして?通過
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12:37 やっと特徴のある屋島の稜線が見えてきました
     「屋根のように見えるから屋島と呼ぶ」とか、なるほどさもありなん
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    我が家の近郊にも良く似た山がありますが、お皿を伏せたようだと「皿ケ峰」と呼びます。

その屋島のスター那須与一さん(画像は屋島山頂の観光看板) 
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 ものの本によると
 「与一」とは
 十に余るという意味で
 彼は十一番目に生まれた男だったらしい
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 ご登場は、マンホールだけではございません


12:50  「しんかわはし」の欄干にも
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馬上凛々しく橋柱にも
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     こなた揺れる小舟に扇を立てて
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 日暮、沖の平家軍から若い美女を乗せた小舟が
 扇を竿先に挟んで船べりに立て、源氏に向かって手招きをしている。
 これを見た義経は弓の名手那須与一宗高に扇を射抜くよう命じた。

 与一は馬を海に乗入れたが、扇の的までは、まだ40間余り(約70m)もある、
 「南無八幡」と念じた与一が矢を放つと、矢は見事に扇の要に命中。
 固唾を飲んで見守っていた源平両軍は歓声を上げて与一を褒め讃えたのであった。
                       -平家物語・斜め読み-
  
   射止めたのは船上の扇にあらず、
     平家方のこの傾城のだったり?すると次回大河ドラマのヒーロー、ヒロインだなあ~


12:55 その橋を渡ると、今から登る屋島が迫ってきました
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13:00 国道11号線の陸橋を渡り
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13:02 屋島登り口、琴電志度線「潟元(かたもと)駅」到着
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小休止のあと、全員が悲鳴をあげた屋島寺への登り坂物語へ続きます、
昼食は、60分登って屋島寺のおみやげ屋(食事処)だとおっしゃいます。
満腹で登山も疲れますが、空腹の山登りも辛いものでございました・・・

 続く・・・
by jh5swz | 2011-06-04 18:05 | 83番一宮寺から84番 | Comments(2)