カテゴリ:85番八栗寺から87番( 3 )

志度寺から87番長尾寺へ

歩いた日>第61回・2011年7月1日朝から雨・・・ ☂
コース>85番八栗寺~86番志度寺~87番長尾寺 14,3キロ 
     第1番霊山寺から延べ1072,3キロ 
疲労度>★★★★
      

その3>第86番志度寺から第87番長尾寺まで
その1>から読む  

14:00 五重塔を振り返りながら志度寺を出発 
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  志度寺から長尾寺へ7キロの道
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相変わらず雨は止みません・・・
「5年半、61回歩いて、6回目の雨だから信心の賜物よ」と自惚れてみたり
「なまじカンカン照りより楽かも知れん」など開き直ってはみるものの
             雨はつらい・・・
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志度町内、国道11号を横断
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14:22 雨は止んだがダラダラ続く長い坂道は足腰に堪えます
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14:40 当願堂と云う小さなお堂でひと休み、長尾寺まではまだ遠い 
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14:50 雨具を解いて身軽になったところで、県道を逸れてへんろ道へ 
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15:00 早苗の成長も足取りも順調 
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     この20人の仲間に引っ張られ、
     通りすがりの方々の「頑張って行きま~せ」のお声掛けに励まされ 
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15:13 87番長尾寺奥ノ院 玉泉寺 
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15:20 造田宮西のCVSで休憩 
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”みぞれ練乳かけ金時” ¥103- の美味しかったこと!
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  道中各地で地元の方々のご親切なお接待も然りながら
  あちこちのCVSで
  トイレをお借りしたり、駐車場で休ませてもらったり
  幾度となく「ありがたい」と感じました。

  もっとも、あまりのマナーの悪さに
  ツアー社指定で「ご利用お断り!」と
  絶縁された団体もあったらしい。
  気を付けなければ・・・と。
 



15:40 あと2,3キロ  
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15:55 長尾橋東屋で最後の休憩 
    立派な東屋だったが、どなた様のご寄進だろう・・・
        ありがとうございます。
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    あと200m、足取りも軽くなります
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16:20 第87番長尾寺仁王門到着(太鼓橋の名は福聚橋)
     門の中に吊り鐘が下がる鐘楼門で、左右に仁王さんの大草履。
     この仁王像は大阪で造られ船で志度浦へ到着したが、長尾まで運ぶ者がなかった。
     そこで当時の長尾寺の住職・名僧桂同法印が仁王さんに向かって念じると、
     仁王像は法印の祈願どおり長尾寺まで歩いて来たという稀有壮大な伝説がある。
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     左右の電話BOXのような建物の中の石柱は「経憧(きょうどう)」と呼ばれ、
     写経を埋納する施設で元寇の役の犠牲者の供養の為立てられたと伝えられています。


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     長尾寺伽藍配置図
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      車で参拝される方は仁王門も東門もスルー? 

第87番 補陀洛山 長尾寺本堂、左大師堂
本堂は平成18年4月から平成20年9月にかけて大改修されたと聞き及びます。
明るくて実に開放的な境内でした
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88番まであと1ヶ寺・・・
この石柱をみてファイナルステージの近いことをしみじみ感じました。
一文字一文字が「最後まで気を抜くな!」と、読めた石柱でした
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どなたの名言だったか?
「100里の道も99里を以って半ばとせよ!」って・・・ 頭を駆け巡りました。


   ご朱印(初参拝)
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       切手
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源義経の側室静御前が、屋島合戦場の跡を訪ねた折り、義経の霊を弔うために、
母磯禅尼と共にここ長尾寺で得度剃髪して尼となったという言い伝えがあります。


境内の楠の大木
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今回の足あと
八栗寺~志度寺~長尾寺 14,3キロ

長尾寺では正月2日に「三味線餅つき」が行われるそうです
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         写真は香川県観光協会の転用承諾済画像
http://www.21kagawa.com/kagawa-kankosyashin/thumb/tousan/syamisenmotituki.html

     長尾寺三味線餅つき」のYou Tube動画サイトをご紹介します。

  ご意見・ご叱正は
  jh5swz@orange.ocn.ne.jp まで
             -門前の小僧-
by jh5swz | 2011-07-09 11:16 | 85番八栗寺から87番 | Comments(0)

歩いた日>第61回・2011年7月1日朝から雨・・・ ☂
コース>85番八栗寺~86番志度寺~87番長尾寺 14,3キロ 
     第1番霊山寺から延べ1072,3キロ 
疲労度>★★★★


         
その2>八栗寺から第86番志度寺まで
その1>から読む  

八栗寺から志度寺へ7,3キロの道
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10:50 雨に煙る五剣山を振り返りながら志度寺めざして再出発  
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雨の下り坂
志度寺へは下り急勾配21%
  2011・7・1撮影
f0213825_20501657.jpg 屋島寺へは登り急勾配21%
     2011・6/3撮影
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        地球は絶妙のバランス感覚を発揮してくれます

11:00 参拝者の自家用車が多く、雨で足元は滑りそうだし・・・
傘さして、杖持って、歩きながらではピンボケもやむなし・・・
カメラのグレードとカメラマンの腕前は、この際棚上げして
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11:20 30分ほど転がらないように滑らないように歩いてやっと牟礼の里へ 
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洲崎寺にあった真念さんの墓は
f0213825_1642218.jpg     本当はココにあったと云う・・・
     人様のお墓を移すなど、どうも釈然としない・・・
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11:45 ”道の駅 源平の里むれ” 到着                  
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道の駅 源平の里むれ
牟礼町の特産、庵治石のモニュメントがふんだんに配置してありました
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  にぎやかな店内で
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12:30 昼食休憩して小雨の中を再スタート
少し歩いたところで、
何度も「撮り鉄」にトライして、やっと収めた琴平電鉄<ことでん>
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12:46 5年半のへんろ旅、ここで見納めかも知れない「海」
     中央の黒い建物は、志度町名物「牡蠣焼き」専門店
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12:51 エレキテルの平賀源内旧邸 
天才・非才・蘭学者etc etc・・・ 多才な源内さんの詳細は平賀源内記念館HP
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          ご存じの通り「土用の丑の日にウナギを食べると夏バテしない」は、
         夏になると脂っこいウナギが売れなくて困っていた蒲焼屋の知人に頼まれて
         源内が考えたキャッチコピー。
 


12:56 志度寺奥の院”地蔵院”
     こじんまりした伽藍は、古い町並みにしっくり馴染む佇まいでした
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13:05 第86番志度寺到着
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仁王門への参道手前、
13:06 志度寺の塔頭自性院常楽寺の平賀源内の墓をお参り
f0213825_17254974.jpg 先ほどの旧邸庭にあった源内像
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f0213825_1823439.jpg         志度寺伽藍図
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13:10 志度寺仁王門 (寛文10年(1670)頃建立された国指定重要文化財)
     天正11年(1583)讃岐に進攻した土佐の長宗我部元親が、山門を潜ろうとした時
     急に馬が動かなくなった。
      不思議に思った元親が両脇の仁王像を見ると、後光がさしていたので部下に命じ、
     志度寺を焼く事を禁じ、恭しく寺仏に礼拝して古高松に引き上げたと伝えられる。

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           私達は、運慶力作の仁王像と巨大わらじに快く迎えられました。

五重塔
     少年時代から志度寺33代住職十河龍澄和尚に可愛がられ、励まされた
     東大阪市の竹野二郎氏が、報恩と仏法興隆のため、私財3億余円を寄進し、
     3年3ヶ月の歳月をかけて、昭和50年5月18日落慶した高さ33mの塔。
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第86番 補陀洛山 志度寺本堂(国指定重要文化財)と大師堂
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                お納経中ず~っとヤブ蚊が多くて困りました・・・ご住職殿

本堂の裏手に藤原不比等ゆかりの海女の墓あり
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格子に囲まれた五輪塔と高浜年男の句碑
    盆にきて海女をとむらふ心ありf0213825_19361851.jpg
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讃岐遍路の途中で高浜年男の句碑に巡り会うとは思わなかった・・・         
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   ご朱印
f0213825_17505986.jpg         切手
       仁王門と大草鞋
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■曲水式庭園と無染庭
 残念ながら無染庭を納経所のガラス越しにチラッと見ただけでしたので、
さぬき市観光案内HPの画像と記事を紹介します(⇐ クリックするとHPへ飛びます
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水墨で描いた山水画をほうふつとさせる景観で知られる曲水式庭園は、室町時代に讃岐の守護であった細川氏の寄進による美しい庭で、滋賀の秀隣寺、三重の北畠神社と並んで、わが国には三つしかない珍しい庭園。この庭園に続く無染庭は、海女の玉取り伝説の情景を七個の石と苔むした岩、そして庭一面に敷き詰めた白砂で表現している(HP原文のママ)


なお志度寺は、ご葬儀御承りはもちろん、
      境内に診療所や老人保健施設もありました。
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       (ポタラとは志度寺山号「補陀洛山(観音浄土)」のこと)
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         広告画像は、NPO四国路おへんろ倶楽部発行・「讃岐23ヶ寺参り」冊子より
by jh5swz | 2011-07-04 17:56 | 85番八栗寺から87番 | Comments(2)

85番八栗寺参拝

歩いた日>第61回・2011年7月1日朝から雨・・・ ☂
コース>85番八栗寺~86番志度寺~87番長尾寺 14,3キロ 
     第1番霊山寺から延べ1072,3キロ 
疲労度> ★★★★


その1>第85番八栗寺参拝
  
09:40 前回ゴール地、八栗寺ケーブル乗り場で準備体操 
背後の五剣山も雨に煙ってまったく見えません・・・
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八栗ケーブル電車
    YAGURI2号
f0213825_156396.jpg    6月3日見たYAGURI1号
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 休止中の屋島ケーブルの「弁慶」と「義経」の名前を譲ってもらったらいかが?

さて、片道5分¥550をケチったわけではありませんが、
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  「全行程1200キロを歩く」と、
  決めて始めた
  この遍路旅ですから、
  (赤い点線に沿って)
  ケーブル電車を横目に
  急坂を八栗寺へ登り
  源氏ヶ峰側の急坂を
  牟礼町へ下ります。
  -画像はケーブル駅看板より-



09:50 いざ出発!
5年半、61回歩いて、6回目の雨を楽しもう!(などと、カラ元気?)
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へんろ道を歩いてこその「名物・名所?」
f0213825_16265556.jpg 「男はつらいよ」第46作
 ”寅次郎の縁談”(1993年)の
 ここ八栗山ロケの際、
 渥美清さんが
 うちの店のよもぎ餅を食べた。
 マドンナ役の松坂慶子さんも
 ベタ褒めだった!
   -と、餅屋のおばさんの口上-



10:00 なんだか、屋島寺への登り坂を思い出しました
昨日の真夏日と雨に降られる辛さを天秤にかけながら・・
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10:10 お迎え大師 
晴れていれば、展望台から屋島がきれいに見える とのこと
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10:15 八栗寺到着
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 寺名はNPOおへんろ倶楽部提供冊子より
 伽藍図はClub88資料より
  (いつも資料をありがとうございます)


  八栗寺の寺名は、
   五剣山の山頂から四方を見渡すと、広く八国が望めるので「八国寺」と呼ばれていた。
   その後、入唐前の大師が八つの焼き栗を植えて唐へ渡った。
   帰国後、大師がこの山へ登ると、埋めた焼き栗は芽を出して成長していた。
   そこで八国寺を八栗寺と改めた。 と、手元の参考書伝。
 

          
境内案内絵図看板より
歩き遍路は左下山門から入山、時計回りに参拝し、右(茶色)山道を下る
ケーブル参拝は、右下(空色)の駅舎から境内を往復されるのだろう・・・
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歓喜天鳥居の向こうに山門(神仏習合の名残りでしょうか?)
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小雨の中、弘法大師のお出迎えを受けて山門をくぐり
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左手に歓喜天、正面に第85番 五剣山 八栗寺本堂
高松藩主・松平家の祈願寺であったため、屋根と白い幔幕には葵の紋が入っている
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f0213825_19505665.jpg      好天だったらこの眺めだったらしい
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       画像2枚は、手元参考書「四国88ケ所巡り」
                -昭文社-より



ご朱印(初参拝)
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    切手にも五剣山
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(本堂拝殿から)手前、聖天堂歓喜天、左手お納経所
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歓喜天は商売繁盛、合格祈願、縁結びなどに霊験があるとされる
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10:30 本堂から100mほど歩いて大師堂を参拝
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大師堂に隣接する多宝塔の朱が雨に冴えてきれいでした
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八栗寺本坊
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10:45 ケーブル駅舎近くで、雲間からようやく見えた五剣山の一峰
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  志度寺へ続く
by jh5swz | 2011-07-02 18:13 | 85番八栗寺から87番 | Comments(0)