高野山⑧奥の院御廟参拝

第2日 平成23年11月4日(金) 2日目その4  
数珠屋さん~奥ノ院御廟参拝 

ふもとの慈尊院からお読みなりますか?

昼食後、おみやげを買ったり高野山上の町並みを散策、
                 しばらく自由時間を過ごしました。
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                 遍路がよく似合いそうな町並みでした。

買ったおみやげは、珠数屋さんが最終集合地の橋駐車場へ届けて下さる由、
13:10 お参り身支度整えて塔頭(宿坊)が並ぶ高野町を奥ノ院へ歩きます。
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13:25 刈萱堂(かるかやどうをお参り 
苅萱道心が出家し、実子、石道丸と父子を名乗ることなく、
                ともに仏道修行に明け暮れたと伝わるお堂。
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13:35 ほどなく奥ノ院表参道入り口「一ノ橋」です
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      全員集合!  
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      ここで昨夜の夕食会で皆さん衆議一決した「写真屋さんの集合写真」を撮りました、
      思えば平成18年4月7日、一番霊山寺を出発したあの日以来の”記念写真”でした。
     
           参道入り口
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ここから約2キロは、鶴田浩二さんほか歴史に残るオールスターの供養塔が続きます。
    <表参道>一の橋~中の橋~御廟~納経所~<裏参道>~英霊殿~中の橋駐車場
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                             高野観光協会イラストより

参道を歩きながらのショットですから画像はパッとしませんが一部をご紹介します
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標識の番号は高野山観光協会が1日¥500で貸出す「音声ガイド機」用の表示。
私達は同行のお先達に説明頂きましたが、専門ガイドさんは2時間¥6000とか。

明智さん、「敵は本能寺にあり!」って
    「その敵」は、一体誰だったのですか?
              と尋ねてみましたが・・・ 無言・・・
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参道半ば、中の橋の傍に「汗かき地蔵尊」がありました。
地蔵尊は私たちの身代わりに罪を背負われ汗をかくのだそうです。
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     覗いて自分の姿が映らなかったら3年以内に×××と云う「姿見の井戸」がありました、
      この類いの井戸は四国霊場のあちこちにもあり、ここが家元なのかと笑ってしまった。
 


13:50 覚ばん坂。
    43段の緩い階段で、四二(死に)越えるという意味があるとかないとか・・・ 
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14:00 通称「一番石塔」と呼ばれる崇源院(小督(こごう))の供養搭 
f0213825_12285356.jpg 奥の院参道最大の五輪搭で高さ6,6m 台座の広さ2,75㎡だと云う
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小督(こごう)って、どなた様かお分かりですか?
<ヒント>
浅井長政とお市の方の三女・二代将軍秀忠の妻・駿河大納言及び千姫の母。
 <2011年9月21日・地元「橋本新聞
 この墓碑は1627年に三男の徳川忠長が建てたとされ、
 それ以来法要は営まれていないらしく、
 このほど384年ぶりに追善法要が営まれた。
 と云う、ご当地大河ドラマ便乗とも思われる心中複雑な記事を読みました。  

一番石塔のみならず、今は無縁仏となり苔むした五輪塔を含めて
                30万基以上と云われる供養塔が延々と続きます。
因みに(手元資料によると)
 二番石塔は安芸浅野家供養塔
 三番石塔は加賀前田家供養塔
 四番石塔は薩摩島津家供養搭。
 ほか、天樹院千姫供養搭、浅野内匠頭・赤穂浪士供養塔、春日局供養塔等々・・・ 
                        (次の画像と関係はありません)
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一段高い所には、史跡・豊臣家墓所が・・・
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相変わらず名もないお地蔵さんが気になる門前の小僧です
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恩讐を超えて、明智光秀さんと並べてあげたかったな~
   ここでしかできない、積もる話しもあっただろうに・・・
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          夫々の生国或いは終焉の地には菩提寺・墓所があり、
          ここは分骨供養の五輪塔と思われますが
          一の橋から続く高野山奥の院参道とは
          広大な墓地なのだ、と思うことにしました。

  門前の小僧、
  本日は弘法大師空海にお線香を手向けに参りましたので真直ぐ御廟へ進みます。

14:15 高野山奥ノ院御廟橋(ごびょうばし又はみみょうばし とも呼ぶらしい) 
御廟橋の敷板石数36枚には37尊の諸仏諸菩薩の象徴が梵字で板裏に彫られており、
板数が一枚足らないのは橋全体を一つと見ているからだと言われている・・・とか。
大師はここで参拝者を出迎え見送ると伝わり、遍路は御廟に深く一礼するのが礼儀だと教わりました。
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これより先「撮影禁止」につき、上の画像からせめて御廟前の燈籠堂をトリミング・拡大。
石段左手前に、檀上伽藍から数えて最終の36町石がありました。 
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f0213825_11531722.jpg 御廟橋の欄干にドンと建つ
 禁煙
 写真撮影禁止
 飲食禁止
 浴衣・丹前・肌着での参拝禁止の高札
 
 この先、石段を登り燈籠堂をお参り、
 その奥の大師御廟で般若心経を納めるわけですが、
 画像がなくて、くどくど長い文章になるのか・・・と、
 色々資料を探していたところ
 

月夜閑話」というブログに、
 管理者自身がお書きになったイラストがあり、
 メールで転用をお願いしたところ
 快くご承諾下さいましたので掲載させていただきます。
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        「月夜閑話http://shimeusa.exblog.jp/6339218/」管理人さんありがとうございました。                            

少々補足
 ❶ 御廟橋で合掌一礼
 ❷ 御廟の前室・燈籠堂礼拝(るぶぶ・comより)。
   大師へ献上する2万個とも云われる燈籠が堂内いっぱいに下げられている。
   1016年(長和5)、祈親燈は、俗称、貧女の一灯ともいわれ、
   1088年(寛治2)に白河法皇が献じた白河燈とともに「消えずの燈明」とよばれ、
   絶えることなく燃え続けている、と云うがどれがソレやら判らなかった。
 ここで同級生から預かった写経88巻と自分の1巻を納め、家内安全お守りを受けました。
 
 ❸ 燈籠堂裏・御廟参拝(手元参考書より)
   御廟は大師が承和2年(835)3月21日,62歳の時に入定された場所であり,
   以後1200年間
   地下の霊窟で生身のまま、人々を導き続けていると信じられている場所でもあり、
   この霊窟には,延喜10年(910)弟子の観賢(かんげん)が入ったのを最後に,
   今日まで足を踏み入れた人はなく、
   数ある霊域の中でも筆頭にあげられる,神聖な場所だと言う事です。
   御廟でお灯明を焚き20人で般若心経を奉納、不肖、門前の小僧も真面目に読経。
 
 ❸ 一巡して燈籠堂へ戻り、地下へ下り霊窟の正面にあたる場所で最後の般若心経を奉納。
 ❹ 参拝後、御廟橋からお見送りのお大師に合掌礼拝。

 以上が奥ノ院におけるお先達の先導による参拝作法です。
 聖域だから「一切撮影禁止」なのでしょうけど・・・、
 提供戴いたイラストがなければ全容は闇の中・・・
 月夜閑話さんありがとうございました。
 
御廟橋へ引き返し納経所前で奥ノ院参拝の余韻に浸りながら暫し休憩。

水向地蔵(みずむけじぞう)
 御廟橋手前、水行場を背にして地蔵菩薩や不動明王、観音菩薩などが安置されており、
 夫々の仏像に水を注ぎ、先祖代々、亡き人々の冥福を祈る参拝者が絶えませんでした。  
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           私は東日本大震災で犠牲になられた多くの方々の霊にお水を捧げました・・

御廟橋下を流れる玉川の水行場
    霊峰揚柳山から湧き流れる神聖な川で禊の場となっており、
    雪の降る厳寒の水行場で、
    胸まで清水に浸かり一心に般若心経を唱え、
    厳しい修行を務める方々があると云う。
    気温0度、水温3度、1回の水行は約15分とか・・・、
    私にはとても耐えられない・・・
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高野山参詣から5年・・・
 平成28年2月、毎日新聞にこんな写真と記事が・・・

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                            画像帰属:毎日新聞社                
          山に籠って修行中の高野山高校の学生さんと教師三人が
          2001年2月ハワイ沖で、急浮上した米国潜水艦に衝突され
          海に散った宇和島水産高校生の慰霊法要水行を厳寒の玉川で行った。
              と言う記事を読んで胸が熱くなった・・・
      転載のお断りができていませんので、詳細は毎日新聞記事を是非読んで欲しい・・・
 

高野山奥ノ院ご朱印(なるほど、ご本尊名は弘法大師)
f0213825_1475271.jpg          御姿
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  手元書誌の中に
  「56億7千万年の後、弥勒菩薩がこの世に出られるまで、
  生きとし生けるものすべてを見守る」と誓って大師は洞窟で入定された、
  と云う稀有壮大なお話しがありました・・・。

5年7カ月、暑さ寒さを共にした白衣(びゃくえ)のご宝印
      自己満足ながら、最上段に高野山奥の院
      中段中央に一番霊山寺・左右に20番鶴林寺の鶴と39番延光寺の亀
      下段なったが、結願の大窪寺
 
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14:50 満願成就の参拝を終えた「がんばった歩き遍路」一同、満面の笑み
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14:55 わが伊予藩のお殿様のお参りも済ませ  
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帰りは裏参道を歩きましたが、企業殉職者供養塔や・・・
 年間100万人の参拝者の目に留まるとすれば広告塔???
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15:00 ユニークな句碑などがたくさんありました 
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中の橋駐車場の小さなテントで、
年配の夫婦が「高野槇」の苗木を売っておられ、歩き遍路の記念樹を買いました。
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f0213825_13482624.jpg 小僧:  「いくらですか?」
 おじさん:「2000円」
 小僧:  「素直に育つ苗を選んで下さい」
 おじさん:「ワシに任すか?」
 小僧:  「はい」
 おじさん:「えらい素直やな~」
 小僧:  「はい」
  選んで貰った苗木がコレ。
 (画像は帰宅後、庭のメダカ壺傍で撮影) 
 
 現在、玄関の小庭で
 ”門前の小僧お手植えの高野槇” なり。
 蒲鉾板で高札を建てなくては・・・ 
   

f0213825_13451794.jpg 妙に波長が合ったそのおじさんが
 苗木を新聞紙に包みながら
 「気をつけてお帰りよ」と、
 握らせてくれた「交通安全御守」。

 ほかにもお客さんは居たのに・・・
 屋号も名前も聞いてないから
 礼状も出せない・・・
 「おじさん、
  ありがとう、お元気で」。
 
 おばさんが睨んでいたけど
 あとで「サービス過剰や!」と
 叱られんかったですか~(笑)


 
 高野山参拝旅の忘れることのできない、ほのぼの出会いでした。 

昭和25年頃、ばあちゃんと四国88ヶ所を歩いて巡拝したウチのじいちゃんの
生まれ変わりかも知れない高野槇売りのおじさんの小屋があった中の橋駐車場
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          この画像は中の橋駐車場紹介Webページより借用しました

<高野槙その後> 
     ちょうど2年後の2013年11月4日、四国巡拝旅の終了後、
     この旅の途中受けたお接待のお返しがしたくて入門させて頂いた
     遍路茶屋・坂本屋へスペイン大使ご夫妻が体験遍路にお見えになった日、
     将来、我が家の小庭では窮屈になるであろうと、許可を得て
     坂本屋前の旧街道沿いの畑に移植、現在、すくすくと育っております。

15:30 駐車場で珠数屋四郎兵衛商店から届いたみやげ物を受け取り、
     名残り尽きない高野山をあとにお遍路リムジンバスは四国へ出~発  

2日間のツアー時程表
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          因みに、2日間のツアー代金は¥32000-
                
   携帯の歩数計
   11月3日 慈尊院から矢立まで 24942歩
   11月4日 矢立から奥ノ院まで 24464歩

16:12 途中、「道の駅」紀ノ川万葉の里で買った”柿の葉すし”の美味しかったこと
        3個 ¥310、余りに美味だったので、1個女房に持ち帰った門前の小僧
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このあと、バスは何処をどう走ったのか、まったく????ですが、
関空から飛び立つ飛行機や神戸の百万ドルの夜景を海側から眺めながら爆走。

18:30~19:00 淡路サービスエリアで夜食・休憩 
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がんばった20人のチーム名(淡路SA)
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                  がんばった20人の「お杖」(淡路SA)
                   一番奥、一番チビた緑の杖袋が私のお杖
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  淡路海峡大橋・鳴門大橋・松山自動車道を爆走、
  長い間、励まし、励まされながら1150キロを歩いた皆さんとお別れして午後11時、帰宅。
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 長い間、このブログにお立ち寄り戴き、
 コメント書き込みや
 たくさんの励ましメールを戴いた皆さま
 本当にありがとうございました。





 四国一周と高野山参りを終えて、
 大きな達成感と些かの虚脱感が五臓六腑を複雑に交錯しておりますが、
 落ち着きましたら、
 引続き「お遍路よもやま話」など書き綴ってみたいと思っておりますので、
 時々、ブログ覗いてみて下さい。



ファイナルですから、緞帳の陰からマスク無しで正体バラします、
           私が「門前の小僧」です(笑)。
          裏を見せ 表を見せて 散るもみじ ってね
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      1150キロ、歩き遍路への応援ありがとうございました。 
                      合掌・・・  



<このブログ編集にあたり、参考にした書誌及び閲覧サイト>
  「四国八十八カ所を歩く」  発刊:山と渓谷社 2006年2月初版1刷
    歩き遍路を始めるにあたり購入した本 ¥1500+税
  「四国八十八ケ所巡り」  発刊:昭文社  1997年1月1版10刷
    歩き遍路を始めるにあたり同級生が貸してくれた本(¥1333+税)
  「四国八十八カ所霊場」  発刊:NPO伊予路おへんろ倶楽部
    おへんろ倶楽部より戴いた小冊子
  「癒しの遍路旅」  発刊:愛媛新聞社月刊アクリート特集号
    愛媛新聞エリアサービスより戴いた小冊子
 
   四国八十八所霊場会公式ホームページ
    http://www.88shikokuhenro.jp/index.html 
   高野山真言宗金剛峯寺公式ホームページ
    http://www.koyasan.or.jp/ 
   四国島内各市町村ホームページ及び観光サイト
   和歌山県各市町村ホームページ及び観光サイト
     
  ご意見・ご叱正は jh5swz@orange.ocn.ne.jp までお願い致します。

 (ひと言)
 このブログは、
 「孝行がしたいときには親は無し」の歳になった一人のオトコが
 (隔世遺伝でしょうか)
 爺ちゃんが婆ちゃんと歩いたという四国霊場を歩いてみたくなり、
 その道中日記を忘備録的に書き綴った日記であり、
 いかなる団体企業、宗教とも無関係です。
 
 あえて、宗教感につきましては、
 心の中では仏教徒だと思っていますが、
 正月には神社へ詣出、
 お盆には墓参り、
 X’masには孫に小さなケーキを送る器用さも持ち合わせております。
 
 生まれた四国という島を歩いて一周してみたい気持ちと、
 素晴らしい同行20人の仲間と
 懐深い二人のお先達に恵まれ、
 さらに加えて、この拙いブログをお読みの皆さまから
 途中で脱落するわけにいかない程に沢山の激励メールを戴いたことが
 ゴールに辿りつけた決め手だったと確信しております。
 
 そうそう5年7ヶ月の間、
 毎月1回好きなように歩き遍路に送り出してくれた女房殿には 
 あの 「柿の葉すし」1個のおみやげでは
 とてもとても落とし前がつかないと、心から感謝しております。Hi
                          -門前の小僧-

by jh5swz | 2011-11-19 13:04 | 高野山結願報告参拝 | Comments(8)

高野山⑦壇上伽藍

第2日 平成23年11月4日(金) 2日目その3  
大師教会~檀上伽藍~金剛峯寺~昼食 


卍マークは、ほとんど宿坊(塔頭)で高野町には58院あるとか
 霊宝館左に私達が泊まった「遍照尊院」の名前も見えます)
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                    昼食した数珠屋さんのイラストから

大師教会を出ると、赤地蔵常喜院という派手な塔頭(宿坊)?がありました
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蛇腹坂を歩けば檀上伽藍です 
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11:50 檀上伽藍 
手前から東塔(とうとう)・大会堂(だいえどう)・根本大塔(こんぽんだいとう)
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高野全山の中心をなす檀上伽藍の、その又中心、根本大塔の 
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総高48,5mの威容が陽射しを浴びて周りを圧倒します 
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                       右下隅っこ杉の木に並ぶ石柱にご注目
檀上伽藍から奥ノ院への1町石です
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  実は、昨日からあれほどの執念で追っかけた180町石の
 慈尊院への1町石が蛇腹坂の手前にあったらしいのですが、
 モミジに見惚れて撮影チョンボ・・・
  集めて帰った観光パンフレットの一つ「町石道案内」から
 その写真をスキャンして紹介させていただきます・・・
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 慈尊院の180町石を撮り損ね、その1番石の撮影もチョンボして・・・
 修業が足らねえなあ~
 先にお断りしておきますが奥ノ院の最終36町石は撮影禁止区域にありますので(笑)

12:05 それにしても見事な檀上伽藍の紅葉でした 
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12:10 高野山真言宗総本山・金剛峯寺です 
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参拝者が途切れません
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山門正面に本堂
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金剛峯寺本堂お納経
躾けがいいものですから、真正面を大勢の参拝者に譲ってf0213825_15501732.jpg
  ご朱印
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     弘法大師は奥ノ院におわしますので、ここには大師堂がありません

本堂、檜皮葺き屋根上の天水桶(防火用水)
 かっては高野山各寺に備えられていたが、現在ではここだけと聞く。
 当時は幕府のお許しがないと天水桶は設置できなかったとか・・・
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 2010年4月2日、今治市延命寺参拝の日
 延命寺手前の大西町の旧家にもありました。
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             帰宅後、大西町のお得意先に聞いてみると、
             今は空き家になっているが、地元名門 井〇邸で、
             かって参勤交代時の本陣、その後お庄屋・役場など
             町の歴史の中心であった由緒ある建物とのこと。
             さもありなん。

同行TTさんの菅笠をお借りして総本山前で「正装」してみた門前の小僧
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12:26 金剛峯寺を参拝後、高野町を歩きます。 
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      お遍路さんが歩くとぴったり絵になる町並みでした


      由緒ありそな数珠屋四郎兵衛さんの 
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  2階で昼食
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  一階の売店で新品のお杖と背比べ、
 チビた!(緑の杖袋の)お杖殿、苦労かけました。
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 是非買って帰りたかった”生どうふ”は、「万一傷むと心配です」とのこと、
 売店のお嬢さんのお奨めで”ごまどうふ”をお土産に少々買い込みました。
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とても美味だったので追加購入しようと思い、
角濱総本舗のHPを開くと興味深い記事がありました。
御仏になられた弘法大師空海師は、
今も一日2度食事<生身供(しょうじんぐ)>をされるそうで、
珍しい画像付きでコンテンツが貼られいます、是非ご覧ください。

考えてみれば特別なことでもないか~
我が家でも、毎朝女房殿が炊立てのご飯と一番茶を仏壇にお供えしている・・・
宗派は禅宗であるが。

 


  奥ノ院御廟参拝⑧へ続く
by jh5swz | 2011-11-16 17:16 | 高野山結願報告参拝 | Comments(0)

高野山⑥お授戒

第2日 平成23年11月4日(金) 高野山2日目その2 
大門~真言密教お授戒体験

10:27 高野一山の総門「大門」から広大な境内へ入山  
    高野山は総門から門前街を含めて奥の院まで延々3キロ以上続く一大観光宗教文化都市でした
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大門から、ゆるい坂を下れば高野門前町
  坂道の左手に6町石がありました
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                    昨夜の宿坊・遍照尊院
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                   イラストは高野町商工会案内マップより
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門前町は紅葉街道でした
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10:33 こんな素晴らしいタイミングで高野山を歩けるとは幸せMAX! 
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10:40 霊宝館前 
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    弘法大師空海師が、町の風情に違和感なく溶け込んだ素晴らしい町並みでした

10:45 お先達さんの薦めで高野山真言密教「お授戒」を体験してみることとなり大師教会へ 
大師教会は布教その他各種研修会や講習会が開催されている高野山真言宗の総本部とのことです。
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10:50 おろそかになりそうな当たり前のことがトイレに張り紙してありました 
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さて「お授戒体験」レポートは少々長くなりますので興味の無い方は読み飛ばして下さい。

11:00 とてつもなく広い大講堂の壇座に拝礼して、講堂奥の「授戒堂」へ導かれます 
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暗闇の堂内で行われる「お授戒」は、静寂と闇に包まれて執り行われる真言密教の儀式で、
写真など撮れる雰囲気ではありませんでしたので、その有り様を記憶を頼りに書いてみます。

講堂奥の授戒堂入り口でお坊さまから粉末になったお香を少量いただき両手に擦り込みます、
それがとってもいい香りで、おそらく修行不足門前の小僧のお清めの儀式だったのでしょう。

授戒堂壇座は、先ほどの大講堂壇座に比べると閑静ですが凛とした威厳を感じさせるもので
壇座正面には弘法大師空海像が鎮座、脇仏は不勉強な私にはわかりませんでした・・・

儀式の開始前、
「儀式が終わるまでいかなることがあっても退室できません」と、厳しいご注意があり、
幾つかのお灯明が点いている他は窓も扉も全部閉じられ真っ暗になり、
お灯明の光だけが見える中で、一同緊張しながら待つこと数分・・・

暗やみの中、左手の襖が開き先導僧の御鈴に導かれて※阿闍梨様が中央の壇座に座られ、
授戒の儀式が始まりました。

阿闍梨様が静かに「南無大師遍照金剛」の御宝号を唱えられること数十回、一同唱和します。
初めから数えて無かったのですが、108回だったかも知れません・・・
時おりわずかにお体が動くのですが、お護摩を焚かれていたのか定かではありません。

お経が終わると参加者全員に「菩薩戒牒」と書いた小さな御札が授けられます。
畏れ多くも、私は同行20人の代表者に指名され壇座の阿闍梨様の御前に上がります。

ご指名を受けて立ち上がろうとした門前の小僧に想定外の事態勃発です!
板の間に座ること30分~~~、そうです、両足がシビレMAX!
なんとか数段の階段をあがり壇座の前に進み「菩薩戒牒」を拝受。
一瞬でしたが、お灯明越しに阿闍梨様と目線が合った
「いいのですよ、シビレるのは生きてる証拠ですよ」
と、言わんばかりの優しい眼差しでお許しをいただきました。(と自己解釈・・・)

それでもシビレは消えず、壇座から降りる数段にも苦労致しました・・・
お先達様、同行皆様、毅然とした「菩薩戒牒」の代表拝受ができなくてすみませんでした。

儀式の終わりに阿闍梨様が、静かに述べられたお言葉。
  <真意を正確に再現できてないかもしれませんが> 
 「これで皆さまはお大師様の立派なお弟子さまになられました、
 それぞれのお里へお帰りになられましたら、
 なにか些細なことでお困りの方々のお力をなって差し上げて下さい」
          要約すると以上のようなお言葉でした。

「助ける」などと大それたことではないぞよ、
「人様の役に立てることはなかろうか、そこからが人の人たる姿ぞよ・・・」なのかナウ。

お言葉(ご法話)が終わると、先導僧の御鈴の音とともに阿闍梨様は暗闇の中へ消えられ
一切の「お授戒」の儀式は閉幕、閉められた窓と扉が開かれて現世(俗世)へ帰りました。

拝受した「菩薩戒牒(ぼさつかいちょう)」(表)
f0213825_20151495.jpg    (裏)
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f0213825_20303689.jpg  不謹慎ながら、ちょっと中を拝見させていただきました。
    (簡単に開ける折りたたみ方ではないのです)    
   
   不殺生:生きものを殺さない
   不偸盗:人の物を盗まない 
   不邪淫:ふしだらなことをしない
   不妄語:うそをつかない
   不綺語:お世辞を言わない
   不悪口:悪口をいわない
   不両舌:二枚舌を使わない
   不慳貪:欲張らない
   不瞋恚:怒らない
   不邪見:間違った考えは起こさない







 88ヶ寺霊場巡拝仏前勤行次第の「十善戒」が読めました。
 遍路に限らず、「人」なら誰れでもが守るべき当たり前の戒めなのだが、
 当たり前であるが故に難しい戒めもある・・・
 修業不足の門前の小僧、いまだ煩悩去り難く、反省しております。
 日々、努めることを阿闍梨様にお約束申し上げたい。

 ”モーゼの十戒”にもこのような「戒め」があり、
 洋の東西を問わず人の道、道徳は不変のものなのですね~~~


※「阿闍梨(あじゃり)」とは <Wikipediaより>
一般には衆僧の模範となるべき高位の僧侶の称号で日本では天台宗および真言宗において
高貴な身分の僧や天皇の関わる儀式において修法を行う僧に特に与えられる職位である。

11:45 お授戒体験後、檀上伽藍へ向かうとき見た大師教会大講堂 
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           この大講堂の奥に儀式が行われた授戒堂があります

大師教会・大講堂の正面
(この写真は大師教会紹介HPの画像です)
f0213825_1927503.jpg  私もこのアングルで撮影したかったのですが、
 ある団体御一行が、手前石段いっぱいに陣取って記念お写真撮影中・・・
  ほかの参拝者は石段の隅っこを小さくなって通行。
  四国霊場88ヶ所各寺でお納経をするその都度に
 お先達さんがほかの参拝者の邪魔にならないようにと、
 必ず、本堂・大師堂脇へ私達を並ばせて納経されていましたが、
 最後になって、そのマナーの大切さがよくわかりました。


あれから4年、(2015年11月某日追記)
 もう時効でしょうから大師教会正面玄関での現場写真をUPします。
 革靴履いて金ぴかの輪袈裟を架けた団体さんの傍若無人ぶり、
 お遍路が小さくなって石段の隅っこを危なっかしく降りる・・・
 お坊さんは・・・
 金ぴか輪袈裟のお客様にもみ手すり手で観光写真屋の助手・・・
 情け無い!

 世界遺産になって、観光地にもなった高野山の一面を見てしまった、残念・・・
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   ⑦壇上伽藍へ続く  
by jh5swz | 2011-11-13 21:01 | 高野山結願報告参拝 | Comments(0)

高野山⑤矢立~大門

平成23年11月4日(金) 高野山2日目 その1 
 宿坊・遍照尊院 朝のお勤め~矢立~大門まで


5時30分起床、(ちょっと慌てながら)洗面して宿坊・遍照尊院本堂へ
06:00 朝のお勤め  
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        第24番最御崎寺でも体験しましたが、
        比べものにならないほど本格的な勤行であり、
        高野山の冷気・霊気の中、
        座主さまの読経、(申込者の)護摩供養、ご法話など約40分・・・
        バチバチ撮影も如何なものかと躊躇、画像は1枚のみ。

最後に本堂地下に設けられた四国八十八ヶ所お砂踏み
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四国霊場各寺のお砂が入った
小さな白い座布団を踏みながら一巡するわけですが
その88ヶ所霊場1125キロを歩いてきた私には
ありがたさ?より、
一寺一寺の参拝時の思い出が五感に蘇りました。
     (画像は遍照尊院HPより)


一連の朝勤行のあと大広間で
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   一汁三菜?の朝食をいただき
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       朝食会場画像:Mお先達提供

ツアーの宿命でしょうか? バタバタと身支度を調え玄関前集合です
昨夕は撮り損なった遍照尊院の中庭
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07:50 宿坊側と本堂 
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宿坊のお見送りを受けて、昨夕のゴール地、「矢立茶屋」へバス移動30分
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                          画像提供:Mお先達

08:20 このツアーの掟に従い、
    昨夕、バスに乗車したその場所から歩き始めます 
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60町石「矢立」~8町石「大門」~1町石「檀上伽藍」まで約6キロのイラスト
 (赤い線がへんろ道、黄色い線は県道)
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                          (イラストは和歌山観光情報より)
08:28 いきなりのへんろ転がし 
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08:33 ①袈裟掛け岩 
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  この岩から
  高野山の”清浄結界”となる、
        と書かれています


08:36 押上げ石 
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09:00 この辺りでは、まだ先頭を歩いた私・・・ 
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09:08 県道と交差する40町石広場で休憩 
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  09:12 お助け地蔵 
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   登りに弱い門前の小僧の細い足に
   どうぞパワーをお恵み下さいませ。
   そんなに下りは強かったかい?




09:18 「やった!県道を歩かせてもらえる」と、思いきや・・・
     その県道をチラッと横目に見て、町石道へ再突入、甘くはなかった・・・
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09:21 それでも少し下り坂で助かります 
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09:36 ③ 28町石の鏡石 
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 袈裟掛け石・押上げ石・鏡石を
弘法大師伝承の三石と呼ぶそうです


10:00 沢に架かる木橋を渡り 
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10:08 しっかり読み取れました12町石 
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10:10 12町石通過したあたりからの”悲鳴坂(私が勝手に付けた名前です・・・) 
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10:15 9町石あたりの”地獄坂””(私が勝手に付けた名前です・・・) 
            息は上がりますが足があがりません・・・
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10:23 「あと一歩で大門です、頑張って下さい」と、お先達さんの声が地獄に仏 
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 赤い点線の町石道を
 2,3歩 歩いて立ち止まり
 肩で息して
 酸素を補給し
 まさに喘ぎながら
 県道へ登り切ると
 突然 目に飛び込む
 朱色大建築物!

 誰もが
 「ウワ~ッ!」と感嘆の声


10:24 これが高野一山の総門「大門」(標高900m)! 
     五間三戸(さんこ)の二階二層門で、高さは25.1m。
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左右には運長作の金剛力士像を安置
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それぞれ高さは5,50cm前後あり、東大寺南大門の仁王像に次ぐ、国内二番目の巨像とのことです。

10:27 深く一礼して入山 
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ここまでの歩行時間
 1日目 慈尊院から矢立まで4時間30分  13,6キロ
 2日目 矢立から大門まで  2時間       5,8キロ

 続く
 
by jh5swz | 2011-11-13 11:25 | 高野山結願報告参拝 | Comments(0)

高野山④宿坊の夜

第1日 平成23年11月3日(木)  
その4> 宿坊・遍照尊院

17:00 矢立茶屋前17:00発 宿坊「遍照尊院」行 リムジンバスの発車でございま~す。
     明朝、ここまでバスで引き返してココか歩くのですよ~~~
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         登り下りの車で混雑する県道を走ること30分、宿坊到着 
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お坊さんと高張提灯に迎えられて
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  17:30 遍照尊院山門をくぐります。 
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  大阪某市から予告無く会いに来てくれたお孫さんに
                 同行の若いおばあちゃん、大喜び!
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玄関の”生け花”や「こうやくん」の笑顔が疲れ切った足に嬉しくよく効きました
                           (画像はM・M先達提供)
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金屏風を背に真っ赤なモミジとユルキャラ「こうやくん」がお出迎え
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部屋へ渡る廊下の”おもてなし”
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門前の小僧の小僧の部屋は、庭こそ見えなかったが☆☆☆f0213825_191174.jpg
              薬湯もあった大浴場も◎!
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                  上の2枚は宿坊ホームページから借用
            宿坊の詳細は「遍照尊院HP」を是非ご覧ください。

早速、大浴場で矢立までの汗と疲れを流したあと、宿坊名物の精進料理で夕食会。
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お坊さんのご発声で食前の言葉を唱和
「一滴の水、一粒の米にも万人の労苦と、天地の恵みに感謝して慎んで戴きます」
に続くありがた~いお言葉、
「葷酒山門に入らずと申しますが、
   本院の米般若湯・麦般若湯はお金さえ出して頂ければ無制限でございます」

このひと言で夕食会は大宴会となりまして・・・
薄味ながら素材の味をしっかり生かした料理に般若湯も捗りました。
先達M・Mさん提供の「(画像)お品書き」をご披露致しましょう。
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例によって個人情報保護条例に配慮して宴の詳細は割愛致しますが、
盛り上がったところで、同行20人で極秘のうちに進めたサプライズパフォーマンス
ここまで5年7ヶ月、1番霊山寺から高野山まで1150キロをお導きいただいた
大先達K・M氏・先達M・M氏に手作りの感謝状と記念品の贈呈式を行いました。
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    大先達へのプレゼンターは、ご高齢ながら完歩、めでたく満願成就されたお二人
    先達へのプレゼンターは、誰もが認める最後尾歩き組のお若い娘遍路さんお二人

歓談は尽きない夕食会でしたが宿坊に破門されない時刻で宴を中締め。
宿坊のごく近くにある根本大塔がライトアップ中とのことで酔い覚ましに出かけました。
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高野山のシンボル、根本大塔は総高48,5m、手前左の拝観者が小さく見えます。

根本大塔鐘楼
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日本三大名鐘のひとつとして紹介されることのある大塔の大梵鐘(ぼんしょう)は
室町時代の作で口径179,5cm 総高251,0、現在、国内4位の大きさだと云う。
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とかく、高さ、大きさが語られることが多いようですが、秋の夜空にライトアップされた
大塔とその鐘楼が見せた朱色と純白のお洒落な色の対比に思わず息を呑みました。
            素晴らしい夜景を見せていただきました。

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 この日出発した
 ふもとの慈尊院辺りに比べると、
 標高900mの高野山上では
 気温も5~6度低いとか・・・


 宿坊 遍照尊院中庭の
 イチョウや高野槇もライトアップされて・・・
 宿坊の夜は静かに更けていきました、
 
 明日は、この旅の掟に従いバスに乗った矢立茶屋まで護送されて、
 矢立から大門まで歩いて、
 いよいよ
 檀上伽藍、金剛峯寺から奥ノ院御廟参拝です。


 続く
by jh5swz | 2011-11-11 21:25 | 高野山結願報告参拝 | Comments(0)

高野山③矢立茶屋まで

第1日 平成23年11月3日(木)  
その3> 六本杉峠から二ツ鳥居・応其池から矢立まで

14:15 六本杉峠を出発、応其池まで2,6キロ
地名は、六本の杉があったのではなく、大杉の見事な並木が続いていたからだと云うことです。 
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峠からは看板どおり平坦な道を歩き
14:36 古峠を通過 
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    高野山道で筏乗り???
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14:46 ほどなく標高700m、二ツ鳥居(標高700m)へ到着 
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<看板ママ
 この鳥居は、弘仁10年(819)5月3日弘法大師によって建立された。(紀伊続風土記)
 当時は木製であったものを慶安2年(1649)5月、
 補陀洛院叟遍(そうへん)が私財を以って今の鳥居にした。
 高さ1丈7尺(約5,6m) 広さ2間(約4,7m)   -かつらぎ町観光協会-


二ツ鳥居側、丹生都比売神社との分岐点の120町石
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  こうして町石を辿りながら歩くから”歩けた”に違いない! 

14:56 白蛇の岩と鳥居(の一部) 
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 <看板>
  前段略

 この岩には、
 白蛇が棲みついており
 この岩にお参りをし、
 白蛇の姿を見ると
 幸せになると
 言い伝えられています。
         和歌山県
  

 お参りはしたが、
 白蛇の姿は見えなかった。
 けど、楽しくて幸せな気分になれた。

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15:03 神田応其池(こうだおうごいけ)のゴルフ場 
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神田応其池は木食応其上人(もくじきおうごしょうにん)が神田の里人のために築造した溜め池で、
名前も応其上人の名前がそのまま池の名前となっています。 -町石道資料より-

 
15:05 神田地蔵堂(こうだじぞうどう) 
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 平重盛の妹で舞の名手横笛が
 高野山の滝口入道に会うため
 ここで待ち続けたという
 悲恋の物語が伝わる
 神田地蔵堂。

 第31番竹林寺(桂浜)
 僧純信と鋳掛屋の娘お馬の
 話しを思い出した・・・



境内にスタンプ台があったので旅程表の裏へ押してみた
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     世界遺産高野山町石道 神田地蔵堂朱印?
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どうやらこのスタンプ台は慈尊院から奥の院までの道中そこ彼処にあったようで、
長い町石街道を楽しく疲れないよう”仕掛け”られた遊び心満点のポストらしい。


15:10 ここ神田の里の人々は、
      昭和初期まで地蔵堂でお遍路にお茶の接待を続けたと云う。 f0213825_12185959.jpg
 
 神田(こうだ)というのは
 文字通り神様の田で、
 現在は地名になっていますが、
 古くから
 丹生都比売(にうつひめ)神社の
 御供田であったということです。
         -町石道資料より-


 応其池の恵みを受けたこの神田の里山で御供米が作られていたのだろう、
 などと、思いを馳せながら眺めたことです



15:16 神田の里をあとに歩き始めたあぜ道にリンドウがたくさん咲いていました 
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応其池・地蔵堂から矢立へなだらかな下り坂を6キロ
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霧雨は止んだがモヤった15:50 へんろ道 
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山の紅葉が疲れた細い足を励ましてくれました
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16:05 上古沢との分岐、86町・笠木峠で小休止、今日のゴールまであと3キロ 
     午前中に済ませた「早弁」の祟りで腹ペコペコ・・・
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ひもじさ(空腹)と寒さを比ぶれば、恥ずかしながらひもじさが先 
と云う戯れ歌がありますが、
「早弁」の祟りか、空腹でフラフラ・・・ この間40分、写真がありません・・・
”歩き遍路隊記録係”失格!

63町石(だったと思います・・・)、あと327m
右真下、国道線を行きかう車をチラチラ見ながら 16:45 
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61町石、あと1町!109m
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16:55 ばんざ~い! 矢立茶屋へゴールイン 
 ホッとして60町石の撮影ド忘れ・・・
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 慈尊院180町石から60町石まで約13,6キロ 4時間30分 
よく頑張った細い足、金メダル!

        恥ずかしながら、にわか遍路で、卒塔婆の意味も解らず
        たくさんの「五輪塔」を数えながら、ここまでたどり着き、
        夕暮れの矢立にあった「五輪塔」説明看板をしっかり読んだことです・・・
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                (この看板と高野山資料からまとめてみます)
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 <五輪塔>
 仏教では、宇宙を形成する物質は
 空・風・火・水・地の五つの要素からなると説いてあり、
 この五つの構成要素を、宝珠、半月、笠、円、方形に
 かたどったものが五輪塔です。

 それぞれの部分に空・風・火・水・地を意味する
 梵字(サンスクリット文字)が刻まれています。

 180町石は朽ちた木製卒塔婆に代わり
 20年の歳月をかけ石造の五輪塔形の町石が建てられました。
 高さ3メートル、幅30cm、重さは750Kgもある石は花崗岩で
 慈尊院から運び上げられました。



ここから30分ほどバスに乗り、根本大塔近くの宿坊(塔頭)「遍照尊院」へ移動
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宿では熱いお風呂と米般若・麦般若湯が真面目な遍路20人を待っていてくれました!

 続く
by jh5swz | 2011-11-09 13:02 | 高野山結願報告参拝 | Comments(0)

第1日 平成23年11月3日(木)  
その2> 女人高野 慈尊院社から雨引山~六本杉

慈尊院から雨引山分岐(標高400m)へ2キロ
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                イラストは「和歌山観光情報・街道マップ高野山町石道」より          

別格慈尊院参拝を済ませ、丹生官省符神社境内から
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神社の駐車場へ出たところに179町石がありました。
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 今から登る高野山への表参道にある町石は
 大師開山以来その道しるべとして建てられた
 高さ3mを超す五輪塔形の石柱で、
 その8割が鎌倉時代の建立といわれます。

 根本大塔を起点として
 慈尊院まで180基、
 大師御廟まで36基あります。
 因みに、1町109m×180=19620m、
 根本大塔まで約20キロ、計算は合います。

 

 尚、このブログ記事中の町石数は、
 撮影直後のメモと観光マップなどの画像を照合して編集しますが、判読不能の石柱が多く、
 間違いもあろうかと思いますがご容赦願います。
 
 
 

12:23 神社駐車場から高野山大門をめざしてスタート 
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178町石(ちょういし)に見送られて
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     へんろ道沿いには無数のお墓が・・・
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12:32 右手頭上はるか雨引山を望みながら難行苦行の始まりです 
正面の橋は「農免道路」だというから驚きました
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12:38 町石を数えながら 
刻まれた町石の漢数字がだんだん少なくなっていくことが、この先ずいぶん励みなりました
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12:45 「私しゃ あなたのソバがいい」という某蕎麦屋さんのCMを思い出しました 
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柿の実に
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   12:46 先を歩く仲間が隠れます  
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紀ノ川が見えてきました 
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13:00 紀ノ川眺望 
現・紀ノ川市生れの花岡青洲先生もこんな景色を眺めたのだろうか・・・
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13:07 歩いたようでも慈尊院からまだ2キロ・・・先は長い 
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13:20 撮影に夢中になっていると健脚組がどんどん先を行く・・・ 
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13:24 「銭壺石」私は「欲張ってもダメ石」と名づけました)
f0213825_1673486.jpg  この石の上に金を入れた壺を置き、
   卒塔婆町石を運んで来た職人達に、
     好きなほどわしづかみにさせた。
      壺なので沢山掴んでも手が抜けなくなり、
       結果ほぼ大差なく賃金が支払われた。
        と云うエピソードが書いてありました。

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13:26 157町石 
急な坂道は石段が整備してありましたが、キツイへんろ転がしでした
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13:40 149町石 
修理の跡が窺えます
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13:46 やっと雨引山分岐で休憩 
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 いつの頃からか
 立派なお堂の地蔵より
 名もない石のお地蔵さんが
 気になりだした門前の小僧・・・
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 雨引山分岐から六本杉辺りまで 3キロ
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                イラストは「和歌山観光情報・街道マップ・高野山町石道」より          

13:53 144町石と1里塚 
 向かって左奥144町石、右手前は慈尊院から1里(36町)を示す里石とのことです
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13:56 天候のせいもありますが鬱蒼とした杉木立を進み 
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14:06 雨に抉られV字峡谷のようになった遍路道を登り 
      大雨でも降ったら急流・激流になるのでしょうか?
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14:10 137町石 
      137×109m=14933m、あと15キロ・・・
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六本杉 到着、暫し休憩 14:15~14:20
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      当初の木製卒塔婆は、1266頃から20年の歳月をかけて現在の石造になったとの説明あり

  続く
by jh5swz | 2011-11-07 20:47 | 高野山結願報告参拝 | Comments(0)

 5年半かけて、四国霊場88ヶ寺1125キロを歩いて廻り、
 9月に結願を果たし、10月に88番から1番まで歩き繋いだ
 20人の同行皆さんと高野山へ満願お礼参拝に行ってきました。

 語り尽くせないほど沢山の思い出がありますが、
 なにが弘法大師空海師のおかげだと聞かれれば、
 迷わず、「すばらしい同行20人と出会えたこと」と、
 確信を以ってお答えしたいと思います。

 それでは高野山への山の旅をご報告させていただきます。

第1日 平成23年11月3日(文化の日)  
 その1>自宅から慈尊院・丹生官省符神社まで   
            じそんいん    にうかんしょうぶじんじゃ

05:50 まだ暗やみの松山IC、旅はここから始まります。
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08:35 徳島自動車道経由、鳴門大橋を渡り 
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淡路島を爆走し 
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09:10 淡路海峡大橋を渡ると 
 この大橋を渡るのは初めてでした
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  お蔭さまで、しまなみ海道・瀬戸大橋と合わせて瀬戸内海3本の橋をやっと走破できました

あっと言う間に神戸の街並みが見えてきました
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祭日がらみの飛び石連休で、SAは観光バスで満車です 09:35~09:50
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                  お杖立てはバスへ戻る目印???

このあと名神~近畿~南阪奈~京奈和高速道(だったと思う)を疾走。
出発地、慈尊院の参拝が終わるとすぐに歩き始めるので車中で弁当昼食。
  朝が早かったもので皆さん「早弁」

11:35 女人高野 別格本山 慈尊院到着 
 弘法大師母君の没後、女人禁制の高野山に対し女人高野と呼ばれると云うf0213825_847839.jpg
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  平成16年7月世界遺産に登録された慈尊院は、
  弘仁7年(816年)弘法大師(空海)が高野山開創に際し、
  高野山参詣の要所にあたるこの地に表玄関として伽藍を草創し、
  一切の庶務を司る政所、高野山への宿所、冬期の避寒修行の場所とされました。

  慈尊院名は、本尊弥勒菩薩(国宝)の別名「慈尊」に由来します。

  承和元年(834年)、「我が子が開いているお山を一目見たい」と、
  讃岐国善通寺から高野山を訪れた弘法大師の母公は、
  女人禁制のため入山を許されず、この慈尊院で暮らしておられました。

  弘法大師は月に九度(9回)、高野山からお母様に会いに来られました。
  そうしたことから、この地は九度山と名付けられたという説があります。
                 -九度山町役場 産業振興課-

11:45 慈尊院本堂お納経 
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f0213825_9243939.jpg    弘法大師の母が入滅して
    弥勒菩薩に化身したという信仰から、
    慈尊院が女人高野と呼ばれるようになり、
    良縁・安産・授乳・育児を願う女性の信仰篤く
    女性の厄除けに
    「乳房形の絵馬」が奉納されていました。
                  画像左のEカップ⇔ 
  
      「乳房形絵馬」は慈尊院だけに見られる珍しい絵馬であると云う。


11:50 慈尊院大師堂お納経 
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慈尊院ご朱印と御姿
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参拝を済ませた頃から雲行きあやしく・・・雨具をザックに
(ここでバスと別れると、夕刻の矢立まで会えません・・・)

12:00 慈尊院境内から119石段を登り 
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(右の町石拡大画像掲載についてお断り)
       あとから気が付いたことですが、石段途中、鳥居の右手前雑木の中に
       高野山への石標の1番目、180町石が木立に埋もれていました・・・
       私は、この旅で180の町石を辿って歩くことを楽しみにしておりました。
       その第1歩目の町石を撮影できなかったことが残念でたまりませんので
       「高野山町石道紹介記事」からご紹介させていただきました。


丹生官省符神社二の鳥居と拝殿
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   -弘法大師創建の社とあり、聖なる領域との結界、慈尊院の鎮守社と思われます-

丹生官省符神社境内で
今から登る20キロの高野山表参道の町石道に備えて入念な準備体操を済ませ出発です。
私たちは慈尊院から出発、「健脚組」につき?二ツ鳥居・矢立経由大門まで町石道20キロを山歩き、
大門からは檀上伽藍・金剛峯寺・一の橋・奥ノ院・中の橋駐車場までの高野山5キロの寺町歩き。

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こんな楽しそうなパンフレットを見ていた私の細い足には些か想定外の登山?でしたが、
苦しみながらも楽しかった道中記を少しずつ編集致しますのでご一緒に歩いて下さい。
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                 イラストは「南海電鉄・お出かけマップ」より  

次ページへ続く

by jh5swz | 2011-11-06 12:53 | 高野山結願報告参拝 | Comments(0)