カテゴリ:その後の徒然日記( 74 )

重信川の鯉のぼり2015

平成27年5月2日(土)の日記。

     facebookで知り合い、坂本屋でオカリナの演奏お接待して貰った
     山内英彦さん始め地元公民館の関係者30人がお世話をされている
     重信川上流の除ケ堰堤の21回目の鯉の掛け渡しを見にいきました


除ヶの堰堤(よけのえんてい)は横河原橋から車で7,8分、

       数も末広がり、88匹の鯉のぼりが
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     萌える緑の玄関で出迎えてくれます
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 色とりどりの鯉の乱舞は迫力満点です。
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           登録有形文化財・除ヶの堰堤とは
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      河原へ降りてみました、
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    皐月の空に薫風受けて
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 気持ちよさそうに泳いでいます、
 静かな山あいの豪快な鯉の掛け渡し、是非お出かけになってみてはいかがですか?
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 この鯉の掛け渡しは5月10日朝まで、
 登録有形文化財「除ケの堰堤」の見学に併せてお奨めの連休ポイントです。
 なお、地元公民館では不要になった鯉のぼりを随時某集中とのことです。

 5/6 追記
   山内英彦さんからのコメントのとおり、
   ご不要になった鯉のぼりを寄贈下さる方は、
  「掛け渡し会場(除ケの堰堤)前の元食堂へご持参願います。」とのことです。
   記念のDVDのお受取もお忘れなく!
 
   
by jh5swz | 2015-05-04 12:56 | その後の徒然日記 | Comments(2)

いいこと尽くめ

平成26年12月13日(土)の日記。

 遍路にも坂本屋にも関係ないのですが、
 ちょっとばかりイイこと尽くめの一日でした。


早朝、スーパージェット(水中翼船)で広島まで70分の船旅。

身内が身内を褒めたのでは、
文字通り手前味噌ながら、しっかり者の甥っ子が
おとなしそうだが芯のしっかりした美形のお嬢さんと結婚式を挙げました。

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 双方緊張の親族紹介のとき、
 花嫁側親族の5歳の坊やが元気な声で
 「どうじょ よろしくお願いします」。
 私は坊やに大きな拍手を贈って
 「こちらこそ よろしく」と敬礼!
 両家緊張のセレモニーは坊やのひと言で
 緊張がほぐれ一瞬で親族になれました。


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 式典は、神父様のお導きで
 イエス様に偕老同穴の契りを宣し、
 同席の両家爺さんもばあさんも
 一同そろって「アーメン」。
 
 何度挙式に立ち会っても
 花嫁と両親の涙には
 迎える側の私の目にも涙・・・
 
 一転、いまどきの披露宴は
 屋久島へ式前旅行を済ませたカップルを
 同僚・友人が遠慮容赦なく祝福。
 真に厳粛ながら和やかな宴でした。

甥っ子カップルには無断掲載につき、宴の現場中継省略をご容赦下さい。


御開きのあと、水中翼船で70分、高浜で下船して帰宅の道すがら
女房のリクエストで市内花園町へ寄り道。
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             ♪小僧のつぶやき~♫      
        ちょっと都会でちょっと田舎の松山にはちょうどよい
        電飾の数も明るさも松山にはちょうどよい
        イチョウ並木の落ち葉の数もそれはちょうどよい。
  
        観るがいいと
        ゆっくり代わった赤信号もちょうどよい、
        まばらな観客の数も
        横切る車の少なさも松山にはちょうどよい。

        「ちょっと歩いてみるか」と誘った亭主に
        「ココからの眺めがちょうどいい」と
        寒さのせいにしなかった女房のせりふもちょうどよい。

        派手でなく地味でもなく
        自慢も卑下もうぬぼれもせず
        ルミナリエ花園町は松山にはちょうどよい。  
  

おまけ。
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 式場のホテルは繁華街と目と鼻の先。
 開式までの時間に、
 退社時、貯金は限りなくゼロに近いほど
 青春しまくった流川・薬研堀を歩いた。
 移転した会社跡地は居酒屋に変身、
 隣りに忘れもしない喫茶店の看板!
 迷わず入ってCoffee!
 桜木のカウンターも当時のまま。
 
 
 当時、高校生だった看板娘さんと40年ぶりのご対面!
 名前まではご記憶でなかったが、
 「仕事ができてお遊び上手だったあのお兄さん?」と、
 さすが2代目ママもお上手。

 西日本でも有数のこの繁華街で
 開業50年、場所も看板も変わらない「店」は数軒とか。
 表の通りは仏壇屋さんが並んで
 前にクリーニング屋さん、その隣りが旅館、
 隣りにタクシー屋さんがあって・・・と話は尽きない。
 
 一杯のCoffeeを飲み干して、
 「花嫁、花婿が待ちよるけん」と辞去。
 「ゼッタイ また きんさいよ~」と、
 広島弁の送り言葉も懐かしい・・・

 夕べの喧騒を忘れたような静かな朝の広島繁華街の出来事でした。

 なんだかいいこと尽くめ!
by jh5swz | 2014-12-15 19:19 | その後の徒然日記 | Comments(10)

心をつなぐ黄色い旗

平成6年12月6日(土)徒然の記。

 お遍路さ~ん 乗って行かれませんか?

 国道・県道などでしばしば歩きお遍路さんとすれ違ったり追い越したりします。
 
 すれ違うお遍路さんには
 「私も歩き遍路をやりましたよ~、道中お気をつけて」の思いを込めて
 軽いクラクションを鳴らしたり、
 目線が合えば、親指を立てて「頑張って下さい!」のサインを送ります。

 悩むのは、
 追い越したり、道の駅などでひと休み中のお遍路さんに・・・
 「同じ方向へ走りますが、途中まででも乗って行きませんか?」と
 お声をかけたいのですが・・・
 せっかく、ココまで頑張って歩かれたお遍路さんに
 「車に乗りませんか?」は、無礼千万・・・ 
 それこそ「おせっかい」ではなかろうかと、なかなか言葉に出来ません。

 島外の親しいお遍路さんに
 島内のドライバーの一人として、そんな躊躇、逡巡のあるのことを語らったとき、 
 疲れきったり、定時までに予約した宿まではマに合わない etc etc
 ワケはなんでも、とにかく
 「私、今日は疲れました、便乗希望です」の意思表示に
 例えば、黄色い旗(ハンカチ)をザックに立てたり、留めたりしてあると
 「どうぞ!」と言い易いですのですがね~、と。

 話しはそこで「宿題」になっていましたが、
 なんと、3度目の区切り打ち歩き遍路に出かけられたその方が
 ご覧のとおり、ザックに「黄色い旗」を立てて歩かれています。
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 一巡目は、ガチガチの歩き遍路、
 二巡目は、奥さん、お母さんとお車遍路、
 今回は、歩き基本で、
 電車、バスあり、ヒッチハイク?ありの一人旅。

 先日のお遍路では幸い、乗り継ぎも順調で
 黄色い旗のご厄介にはならなかったとのこと。

 もっとも、永い四国遍路の歴史で
 このシグナル旗を立てて歩かれたのは
 このお遍路さんが初めてでしょうし、
 ドライバー側にも「なんじゃ、あれは?」
 だったことでしょうけど・・・
  

このブログを読みの歩きお遍路さんへ  
  ガチガチの歩き遍路はお四国参りの醍醐味でしょう、
  しかしながら、時としてお疲れ或いはお困りのときに備えて
  黄色い旗(ハンカチ)をザックの底にご用意されませんか?
  門前の小僧からのご提案です。  

このブログをお読みのドライバーの皆さん
  今後、(このお方に限らず)
  背中のザックに黄色い旗を付けたお遍路さんと
  貴方の車の進行方向が同じでしたら、
  「私、疲れました、便乗希望です」のサインです、
  ドライバーさんの都合のよい所までだけでも「お接待」しませんか?
  お遍路さんとの小さな交流の輪が大きく広がればいいなあ~ と
  門前の小僧からのご提案です。  

門前の小僧から ひと言
  おせったい と おせっかい は一文字違いです。
  押し付けてならず、断ることもまた難しい・・・
  お接待と称して、よからぬ事を企む人もある・・・らしいのでご用心。

  この黄色い旗が繋ぐこの「お接待」は
  自然発生、断固無償、ゼッタイ双方の自己責任を「約束ごと」として
  ご提案させていただきます。
 
by jh5swz | 2014-12-06 12:40 | その後の徒然日記 | Comments(9)

坂本屋のナデシコが歩く

平成26年10月26日(日)の日記。

       前々から計画を聞いておりましたが、
       今日は坂本屋のナデシコ嬢とそのお知り合い皆さまが、
       46番浄瑠璃寺さん~51番石手寺さんまで約13キロを
       「とにかくお遍路さん気分で歩いてみよう」体験お遍路日。


09:25 ちょっと気になって内大さんの携帯を鳴らしてみると
   「ただ今、番外文殊院さんを通過したところで~す」と弾む声。

    よし!
    せめて48番から小僧の自宅まで懸け連れ遍路しよう! と、急遽身支度。

09:40 自宅発
10:00 高井の里の疎水
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 民謡”伊予節”に
 ♪高井の里のていれぎや~♪ と
 謡われるテイレギ
 澄み切った水辺にしか育たないと
 云われるが、
 なるほどこの辺りの疎水は
 西林寺奥之院 杖之淵の水に
 勝るとも劣らない透明度!
 咲く花の化粧鏡かも知れん・・・

10:18 第48番西林寺着
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 西林寺第1駐車場は満パイ。
 県外ナンバーの大型バスから
 お遍路さんがどんどん降車されて
 お先達さんの誘導よろしく
 境内へ吸い込まれて行きます・・・

 団体お遍路さんの出発まで
 しばらくカメラマンに専念?


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             イラストはNPOおへんろ倶楽部冊子より


この仁王門は門前の小川より低い場所にあることから
罪ある者が奈落に落ちるといわれる無間地獄に喩えられ、
西林寺は伊豫の関所寺とも呼ばれるそうです。
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仁王門を入った所にあるベンチに腰を下ろして暫し休憩
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いつ参拝しても境内は計算し尽くされたような美しさを覚えます、
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                     ホースドラムだけは艶消しでしたがね・・・

 さて、午前9時に浄瑠璃寺スタートの御一行は
      八坂寺~文殊院~札始大師堂~久谷大橋を渡って
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        46番~47番 0,7キロ  47番~48番 4,5キロ

10:46 今は裏道になってしまった遍路道を歩いて、
    西林寺前の小川にかかる太鼓橋からご入山、
    皆さま、お忍びの旅なれば、心ならずもご尊顔はカット・・・
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今回は、「浄瑠璃寺から石手寺までを歩いてみる」ことが目的なれば
暫し休憩のあと、49番浄土寺めざして、昔ながらの遍路道を歩きます。
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                 48番~49番 3,3キロ

11:00 ちょっと評判のお好み焼き屋さん辺りを
      坂本屋のナデシコが 歩く 歩く 歩く!
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             みんな 主役気取りでございます!
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 小野川に架かる、
 その名もゆかし「遍路橋」を渡ると
 民宿「門前のあばら屋」はすぐそこ。

 御一行は
 平素、坂本屋でお接待はなさるが、
 お接待を受ける体験もよかろう~ と、
 あばら家で暫くご休憩をいただき、
 小さな果汁パックと
 小さなクッキーでおもてなし。

 お粗末でござりましたなあ~
 
 
11:40 ご休憩遊ばされたのち、皆さまご出発。
     頼まれもしないのに押しかけてストーカーまがいの懸け連れ遍路をした
     門前の小僧は、ここでリタイヤー、
     ご一行様をお見送り致しました。

その後の通信によると、
  49番浄土寺~50番繁多寺~しゃれたお店で昼食後、51番石手寺を参拝。
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            49番~50番 1,7キロ  50番~51番 2,7キロ

石手寺さんから1キロ、道後湯之町 
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 宮内庁御用達「ふなや」
 足湯もお楽しみになり、
 お友達様のお迎え車両で
 ご帰還遊ばされた由、
 まさにナデシコパワーを
 遺憾なく発揮されたご様子
 慶賀に至りに存じまする。

 ふなやの庭園内の足湯は泊まってなくても足湯が楽しめるのだそうです。

    なお、足の痛みと湿布・ケロンパスの類いの消費量は
    参加者の年齢に正比例したとの貴重なレポートも頂戴いたしました。
       
by jh5swz | 2014-10-27 20:11 | その後の徒然日記 | Comments(6)

番外89番般若寺参り

平成26年 8月30日(土)
 ひとつ歳を取って若返った今日の日記。

 2005年8月、垂直?に3776mを登った己の細い足の実力にうぬぼれて、
 2006年4月、水平?に1200㌔を歩いて、生まれた四国を一周してみたくなり、
 一念発起してスタートしたお四国参り(まだあの頃の霊場は静かでした)。

 決して楽ではなかったが楽しかった同行20人とのお遍路道中を振り返りながら、
 8月28日、久しぶりに呑み会した15人との「居酒屋お参り」を日記にしてみたい。
 

思い出の1125㌔
 2006年4月7日、満開の桜に背中押されて第一番霊山寺を出発。
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 以来、毎月1回(延べ62回)、5年7ヶ月かけて
 四国霊場1125キロ(88番から1番へのお参りを含む)を歩き繋ぎました。

  第一番霊山寺山門の大提灯
          2006・04/07
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  第八十八番大窪寺本堂の大提灯
             2011・09/23
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そして八十八番から一番へ一泊二日のラストラン?
誰が云ったか「雨降って地固まる」・・・
  5年7ヶ月ぶりに帰ってきた第一番霊山寺は土砂降りの大歓迎、
           雨も、今はいい思い出。
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                          2011・10/14 門前通りから
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 歩き始めたときから
 「88の点を繋ぎ結んで丸い円にする」
 夢を実現したくって
 さらに大窪寺から霊山寺まで
 41㌔を1泊2日で歩き繋いで
 178回目のお納経のあと
 うけた墨書きは「願行成圓」。
 ”修行を重ねて願いは か成った ぞよ”
 みたいな意味らしい・・・
         
 「お礼参り」とか仰るお方もおられますが
 私は最初からお四国参りをしながら
 生まれた四国を歩いて一周したかったので
 出発地へ戻って来ただけなのです。





 続いて、九度山町・慈尊院から町石道を歩き、高野山奥の院を参拝した20人。
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                        2011・11/4 御廟への参道・一の橋
 背中を染めた一番~鶴~亀~結願~満願朱印
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 「がんばる歩き遍路 愛媛4期」20人はその後、「お遍路四季の会」と称して、
 不定期ながら折に触れてお遍路したり食事会を続けて愉快なお付き合いをしております。
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                         2012・11/22  紅葉の第82番根香寺

 思い出話が長くなりましたが・・・

 計画した三坂峠~坂本屋~46番浄瑠璃寺歩きが大雨で流会となるなど
 ここしばらくチョットご無沙汰が続いていたところ、
 有志謀議の結果、「暑気払い・番外別格居酒屋参り」と洒落込みました。
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    こんな宿坊?の
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                    JR松山駅にも近くて般若寺お薦めの店です。

こんな精進料理で
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 こんなんつけて
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   あまりにも話しが弾み、般若湯も忙しくて写真が撮れず・・・
   上の3枚の画像は、いずれも「飯台」さんのパンフレットから借用しました。  


善男善女の揃い踏み!
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  高野山参りのあとの「気まぐれ遍路」からご参加の方にも合流して頂き総勢15人!

 「なにか御利益あったかい?」と聞かれると
 「道中の 人の情けがあり難かったこと」、
 「かけがえのない20人の友達ができたこと」と、決まって答える私、

 あっと云う間の2時間半でしたが、
 気持ちが一つなった夕食会の盛り上がりは素晴らしいものでした。
 
  

 当日の謀議?したこれからの企みごと。
  ・今秋、有志を募って紅葉の別格仙龍寺参りはどうじゃろか?
  ・初めて20人が出会ったアノ日に拘って
   来春4月7日、1番から10番までをのんびり歩き遍路をしては どうじゃろか?
  ・ほか、アレコレ。
by jh5swz | 2014-08-30 16:06 | その後の徒然日記 | Comments(5)

8月6日のヒロシマ

平成26年 8月 6日(水)の日記。 
       ヒロシマ原爆記念日、合掌・・・


 広島の地方新聞テレビ番組表の
 広島の地元テレビ局の番組欄。


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 広島生まれのひろしま育ち、
 昔から
 「カープ女子」のウチの奥さん、
 この番組欄見つめて合掌。

 流川、薬研堀で青春した
 門前の小僧も
 家庭平和のために
 近頃、カープオトコ。
  
 広島カープ頑張れ、
 今日は負けたらイケン!

 ところで、
 イケメンの堂林クン
 両親が愛媛県出身で
 堂林クンも生まれは愛媛県って
 本当な~~ん!
 
by jh5swz | 2014-08-06 16:31 | その後の徒然日記 | Comments(0)

三ケ村泉

平成26年7月20日(日)の日記❷

葉佐池古墳見学を終えて、車で10分、
うん十年前、子供が小さい頃、ちょいちょいトンボ遊びに通った
東温市の三ケ村泉(さんがそんいずみ)へ足を延ばしました。

この泉は流域の三つの村の農業用水の確保のため
江戸時代に重信川の伏流水を引いて作られたと聞き及びます。
高速道(上)と重信川(下)に挟まれた中央の泉の巾が膨らんだ所が三ケ村泉。

暗渠をくぐって湧き出てきた伏流水が流れる
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       小川の岸もすっかり護岸整備されていましたが
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小さな森に囲まれた泉の周りはマイナスイオンたっぷりでちょいと癒されます。
泉の真ん中辺りの小池から上流の眺め
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同じ場所から下流の眺め
澄み切った小池の水草の中ををスイスイと泳ぐ小魚が手に取るように見えます。
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 昔、トンボ遊びに通った頃は
 護岸は無くて、水辺へ降りて
 冷たい水に足を濡らして
 キャ~キャ~遊んでいました。

 遊ぶための泉では無いので
 護岸が整備されるのも必然でしょう。


 <当時の写真がありませんので、当日撮った写真の一部をイメージとしてトリミングしたものです>

護岸が整備され、すっかり様変わりした三ケ村泉ですが、
お目当てのハグロトンボは健在で、水辺や草むらにたくさん飛んでいました。
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灌漑用水保全のために必要な護岸工事と水辺の生き物の共存を願うばかりです。
    
by jh5swz | 2014-07-21 16:04 | その後の徒然日記 | Comments(0)

葉佐池古墳

平成26年7月20日(日)の日記❶

連休初日、門前の小僧、古代人のお墓参り。

自宅から車で10分足らずの北梅本町にある葉佐池(はざいけ)古墳へ行ってきました。 f0213825_7552066.jpg
















葉佐池古墳は平成4年(1992)、開墾中に横穴式石室が偶然発見され、
未盗掘であったことから、古墳時代後期の葬送様式を知ることができる
貴重な遺跡として20年に亘り発掘調査が続けられてきました。
平成23年(2011)に国の史跡に指定され、市が進めてきた保全工事と
周辺整備が終わり、平成24年7月12日に開園・公開された古墳です。

発見された20年前、
 発掘調査公開日に見学に行った思い入れの深い当時の古墳全景です。
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発掘調査のため、はげ山になった小道を登り、指定された穴?から
覗いた石室内部は次の画像のとおりで、今も鮮明に記憶しています。
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以上3枚の画像はガイダンス棟で貰ったパンフレットから借用したものです。

20年後の今日、行ってみて驚いた!
石室開口部保全のための建屋を山頂に設置して復元された古墳丘全体は、
開園・公開直後の今はちょっと作り物的な違和感がありますが、
数十年後、木々の緑に覆われた史跡として周囲の風景に馴染むのでしょう。
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                     (駐車場に隣接するガイダンス棟より撮影)      

復元古墳に向かって左手から山頂まで遊歩道が整備されていましたが、
私は20年前を思い出すように駐車場から一直線に伸びる小道?を登りました。
この小道は結構キツい坂道で途中からは備えてあるロープを引きながの登山?
このルートは少々危険なので近々閉鎖して遊歩道へ案内したい、と管理者談。


最後の階段を登り、
頑丈な鉄筋構造で覆われた建屋の引き戸を開けて石室へ入ります。
おお~~土嚢に守られた20年前の「遺跡」が!
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よくある「撮影禁止」の警告板が無いので、思いっきり開口部を覗いて驚いた。
なんと! なんと!
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 横穴式石室は実物に違いないが、
 内部は20年前に発見された「石室遺跡」の復元のみならず
 最後に埋葬された葬送様式であろう様子が復元されてありました。
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 左:6世紀後半に埋葬された人骨に続いて
 中央の箱型木棺の人骨と右側の遺体?
 ちょっとやり過ぎではないかと思うほどに
 遺体レプリカで復元されたいました・・・



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 発見当時の人骨、木片、埋葬品などから
 遺骨レプリカを作製したとの説明板がありました。

 また、
 このうち1体の人骨には
 多量のハエの蛹(さなぎ)の殻が付着しており
 そのハエの種類と習性から
 死後、遺体の安置から埋葬に至る
 十数日間の経過が判明したとか・・・

 古い遺骨CからA・Bに至る追葬様式の復元は、
 未盗掘遺跡ならではの研究成果だろうが
 考古学の世界はすごい!
     



6~7世紀時代の仏様に暫し合掌を送って、
建屋を出て改めて目にした足元の駐車場とガイダンス棟。
 (ロープをつたって登ってきた山肌はほぼ垂直・・・とても下る気にはなれない)
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夏の陽射しを浴びながらも山頂からの松山市内方面の眺望。
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帰りは古墳丘を一周する本来の緩やかな遊歩道を歩きます。
古墳名称の由来となった葉佐池。
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遊歩道終点のガイダンス棟からみた古墳丘。
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このあと、冷房の利いたガイダンス棟で展示資料見学。

発掘副葬品のほとんどは松山市考古館に展示されており、
ここはパネル写真ばかり・・・
ここから遠く離れた市街地の考古館に展示するより
立派な現地ガイダンス棟にあってこその「案内資料館」だと思うのだが・・・
ここでは盗掘ならぬ現代人の窃盗対策だろうか??? さてさて???


とにもかくにも、
20年ぶりの葉佐池古墳石室との対面は私にはタイムカプセル開封でしたが、
開けてみると6世紀から7世紀初期までの石室遺構のみならず
当時の追葬様式まで見せられた、と云ういささか驚きの1時間でした。

このあと、
同じく、うん十年前、子供達とちょいちょいトンボ遊びに行った
東温市、重信川沿いの「三ケ村泉(さんがそんいずみ)」へ足を延ばしました。
by jh5swz | 2014-07-21 08:59 | その後の徒然日記 | Comments(2)

常緑ヤマボウシ余談

平成26年6月30日(月)の日記

 真夜中の「常緑ヤマボウシ”月光”」 (”月光”は品種名)
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 数年前、春の植木市で
 高さ2m足らずの苗木を買って
 庭に植えた常緑ヤマボウシ。

 今では3mを越える成木になり、
 毎年この季節、満開の白い花を楽しんでいます。
 秋には赤い実を付けて、
 常緑のくせに紅葉も楽しめる優れものなのです。

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 この写真は(フラッシュは使いましたが)夜11時頃撮影。
 ”月光”という品種の真っ白い花で狭い庭が明るいのです。




 昼間、その白い花に
 おしゃれな蝶が飛んできて、ひねもすユラリ~ゆらり~。
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 蝶はベニシジミだと思ったのですが、いまひとつ確証がないので
 その方面にお詳しい某県のブログお知り合いに
 「ベニシジミでしょうか?」と、お尋ねしたら
 「ツマグロヒョウモン♂だと思います。」と即答あり。
 さらに、
 「翅の表と裏で模様が違い、♂と♀でも模様が違います。」とのこと。

 早速、Web散歩してその世界を楽しませて貰いました、ナルホド納得。
 (翅のふちが黒いことと、すそ模様の黒い和服を懸けて?)
 漢字で「褄黒豹紋」と書くそうで、なんだか小粋で艶っぽい字面、
 「袖褄を引く」などと申すではござらぬか・・・

   この蝶の特徴・習性などは ⇒「ツマグロヒョウモン」のページへ。

 たかが蝶、されど蝶、楽しい勉強になりました。
 Q-10の先輩、教えて貰ってありがとうございました。 

             
by jh5swz | 2014-06-30 19:16 | その後の徒然日記 | Comments(2)

道後オンセナート

平成26年 5月10日(土)の日記

日本最古と伝わる道後温泉では
温泉本館改築120年の大還暦を迎えて「道後オンセナート2014」を開催中。
GWの間は県外からのお客さんでメチャ混雑だろうと避けていたが、
今朝、ちょこっと出かけてみた。

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 ところで「オンセナート」ってなんぞなもし?
 温泉&アート?
 記念の120年祭を 
 そこまでゲイジュツ的な
 名前にせないかんのかなあぁ~

 そう思う自分が古臭いんやろうなあ~

高台の駐車場へ車を置いて本館を眺める。
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       Q10の望遠ズームをセットして標準レンズを忘れるという大ポカで半端な画面・・・

看板は「霧の彫刻」。
1970年の大阪万博で「霧の彫刻」を発表以来、
世界各地で活躍中の中谷芙二子さんの作品だとか。

本館北側の某ホテル前から「霧」を待つ。
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09:15 始まった!
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 風任せのゲイジュツなので「毎日毎回霧の彫刻に同じ姿はない」ところが看板?
「火事場」みたいだと評した人もいたが、今日は程よく風が吹いて本館が見えつ隠れつ。
                   私は楽しかった。

 霧(ミスト)は、2014年12月31日まで
  毎日、09:15から2時間ごとに3分間吹き出され、
  「本館を幻想的に変貌させます」とはパンフレットの口上。

小説「坊ちゃん」の
 野だいこ 教頭 山嵐 マドンナ 坊ちゃんの面々や 
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風情のある人力車が遠来のお客様を迎える、本館前。
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ちょっと観光客気分で歩いた湯之町商店街から湯屋を撮る。
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    道後温泉本館は、
    アニメ映画「千と千尋の神隠し」の湯屋「油屋」のイメージの一つとされる。

ふと、思ったこと。
 ◇道後温泉本館改築120年
   ・その改築に情熱を燃やした伊佐庭如夫のミュージカルが坊ちゃん劇場で上演中
 ◇四国へんろ道開創1200年記念
   ・88ケ寺中、最多26ケ寺が愛媛にあり、
   ・その内、8ケ寺が松山市にある

 これらが、まれにジョイントすることはあるようだが、
 年間を通じてトータルで”お祭り”ができないものだろうか、
 せっかくの県外からのお客さんに少しでも喜んで欲しい・・・
 門前の小僧も「旅」が大好きだから。
by jh5swz | 2014-05-10 17:52 | その後の徒然日記 | Comments(6)