カテゴリ:その後の徒然日記( 78 )

三ケ村泉

平成26年7月20日(日)の日記❷

葉佐池古墳見学を終えて、車で10分、
うん十年前、子供が小さい頃、ちょいちょいトンボ遊びに通った
東温市の三ケ村泉(さんがそんいずみ)へ足を延ばしました。

この泉は流域の三つの村の農業用水の確保のため
江戸時代に重信川の伏流水を引いて作られたと聞き及びます。
高速道(上)と重信川(下)に挟まれた中央の泉の巾が膨らんだ所が三ケ村泉。

暗渠をくぐって湧き出てきた伏流水が流れる
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       小川の岸もすっかり護岸整備されていましたが
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小さな森に囲まれた泉の周りはマイナスイオンたっぷりでちょいと癒されます。
泉の真ん中辺りの小池から上流の眺め
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同じ場所から下流の眺め
澄み切った小池の水草の中ををスイスイと泳ぐ小魚が手に取るように見えます。
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 昔、トンボ遊びに通った頃は
 護岸は無くて、水辺へ降りて
 冷たい水に足を濡らして
 キャ~キャ~遊んでいました。

 遊ぶための泉では無いので
 護岸が整備されるのも必然でしょう。


 <当時の写真がありませんので、当日撮った写真の一部をイメージとしてトリミングしたものです>

護岸が整備され、すっかり様変わりした三ケ村泉ですが、
お目当てのハグロトンボは健在で、水辺や草むらにたくさん飛んでいました。
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灌漑用水保全のために必要な護岸工事と水辺の生き物の共存を願うばかりです。
    
by jh5swz | 2014-07-21 16:04 | その後の徒然日記 | Comments(0)

葉佐池古墳

平成26年7月20日(日)の日記❶

連休初日、門前の小僧、古代人のお墓参り。

自宅から車で10分足らずの北梅本町にある葉佐池(はざいけ)古墳へ行ってきました。 f0213825_7552066.jpg













葉佐池古墳は平成4年(1992)、開墾中に横穴式石室が偶然発見され、
未盗掘であったことから、古墳時代後期の葬送様式を知ることができる
貴重な遺跡として20年に亘り発掘調査が続けられてきました。
平成23年(2011)に国の史跡に指定され、市が進めてきた保全工事と
周辺整備が終わり、平成24年7月12日に開園・公開された古墳です。

発見された20年前、
 発掘調査公開日に見学に行った思い入れの深い当時の古墳全景です。
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発掘調査のため、はげ山になった小道を登り、指定された穴?から
覗いた石室内部は次の画像のとおりで、今も鮮明に記憶しています。
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以上3枚の画像はガイダンス棟で貰ったパンフレットから借用したものです。

20年後の今日、行ってみて驚いた!
石室開口部保全のための建屋を山頂に設置して復元された古墳丘全体は、
開園・公開直後の今はちょっと作り物的な違和感がありますが、
数十年後、木々の緑に覆われた史跡として周囲の風景に馴染むのでしょう。
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                     (駐車場に隣接するガイダンス棟より撮影)      

復元古墳に向かって左手から山頂まで遊歩道が整備されていましたが、
私は20年前を思い出すように駐車場から一直線に伸びる小道?を登りました。
この小道は結構キツい坂道で途中からは備えてあるロープを引きながの登山?
このルートは少々危険なので近々閉鎖して遊歩道へ案内したい、と管理者談。


最後の階段を登り、
頑丈な鉄筋構造で覆われた建屋の引き戸を開けて石室へ入ります。
おお~~土嚢に守られた20年前の「遺跡」が!
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よくある「撮影禁止」の警告板が無いので、思いっきり開口部を覗いて驚いた。
なんと! なんと!
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 横穴式石室は実物に違いないが、
 内部は20年前に発見された「石室遺跡」の復元のみならず
 最後に埋葬された葬送様式であろう様子が復元されてありました。
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 左:6世紀後半に埋葬された人骨に続いて
 中央の箱型木棺の人骨と右側の遺体?
 ちょっとやり過ぎではないかと思うほどに
 遺体レプリカで復元されたいました・・・




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 発見当時の人骨、木片、埋葬品などから
 遺骨レプリカを作製したとの説明板がありました。

 また、
 このうち1体の人骨には
 多量のハエの蛹(さなぎ)の殻が付着しており
 そのハエの種類と習性から
 死後、遺体の安置から埋葬に至る
 十数日間の経過が判明したとか・・・

 古い遺骨CからA・Bに至る追葬様式の復元は、
 未盗掘遺跡ならではの研究成果だろうが
 考古学の世界はすごい!
     



6~7世紀時代の仏様に暫し合掌を送って、
建屋を出て改めて目にした足元の駐車場とガイダンス棟。
 (ロープをつたって登ってきた山肌はほぼ垂直・・・とても下る気にはなれない)
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夏の陽射しを浴びながらも山頂からの松山市内方面の眺望。
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帰りは古墳丘を一周する本来の緩やかな遊歩道を歩きます。
古墳名称の由来となった葉佐池。
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遊歩道終点のガイダンス棟からみた古墳丘。
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このあと、冷房の利いたガイダンス棟で展示資料見学。

発掘副葬品のほとんどは松山市考古館に展示されており、
ここはパネル写真ばかり・・・
ここから遠く離れた市街地の考古館に展示するより
立派な現地ガイダンス棟にあってこその「案内資料館」だと思うのだが・・・
ここでは盗掘ならぬ現代人の窃盗対策だろうか??? さてさて???
お代官様、是非是非 ご再考を!

とにもかくにも、
20年ぶりの葉佐池古墳石室との対面は私にはタイムカプセル開封でしたが、
開けてみると6世紀から7世紀初期までの石室遺構のみならず
当時の追葬様式まで見せられた、と云ういささか驚きの1時間でした。

このあと、
同じく、うん十年前、子供達とちょいちょいトンボ遊びに行った
東温市、重信川沿いの「三ケ村泉(さんがそんいずみ)」へ足を延ばしました。
by jh5swz | 2014-07-21 08:59 | その後の徒然日記 | Comments(2)

常緑ヤマボウシ余談

平成26年6月30日(月)の日記

 真夜中の「常緑ヤマボウシ”月光”」 (”月光”は品種名)
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 数年前、春の植木市で
 高さ2m足らずの苗木を買って
 庭に植えた常緑ヤマボウシ。

 今では3mを越える成木になり、
 毎年この季節、満開の白い花を楽しんでいます。
 秋には赤い実を付けて、
 常緑のくせに紅葉も楽しめる優れものなのです。

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 この写真は(フラッシュは使いましたが)夜11時頃撮影。
 ”月光”という品種の真っ白い花で狭い庭が明るいのです。




 昼間、その白い花に
 おしゃれな蝶が飛んできて、ひねもすユラリ~ゆらり~。
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 蝶はベニシジミだと思ったのですが、いまひとつ確証がないので
 その方面にお詳しい某県のブログお知り合いに
 「ベニシジミでしょうか?」と、お尋ねしたら
 「ツマグロヒョウモン♂だと思います。」と即答あり。
 さらに、
 「翅の表と裏で模様が違い、♂と♀でも模様が違います。」とのこと。

 早速、Web散歩してその世界を楽しませて貰いました、ナルホド納得。
 (翅のふちが黒いことと、すそ模様の黒い和服を懸けて?)
 漢字で「褄黒豹紋」と書くそうで、なんだか小粋で艶っぽい字面、
 「袖褄を引く」などと申すではござらぬか・・・

   この蝶の特徴・習性などは ⇒「ツマグロヒョウモン」のページへ。

 たかが蝶、されど蝶、楽しい勉強になりました。
 Q-10の先輩、教えて貰ってありがとうございました。 

             
by jh5swz | 2014-06-30 19:16 | その後の徒然日記 | Comments(2)

道後オンセナート

平成26年 5月10日(土)の日記

日本最古と伝わる道後温泉では
温泉本館改築120年の大還暦を迎えて「道後オンセナート2014」を開催中。
GWの間は県外からのお客さんでメチャ混雑だろうと避けていたが、
今朝、ちょこっと出かけてみた。

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 ところで「オンセナート」ってなんぞなもし?
 温泉&アート?
 記念の120年祭を 
 そこまでゲイジュツ的な
 名前にせないかんのかなあぁ~

 そう思う自分が古臭いんやろうなあ~

高台の駐車場へ車を置いて本館を眺める。
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       Q10の望遠ズームをセットして標準レンズを忘れるという大ポカで半端な画面・・・

看板は「霧の彫刻」。
1970年の大阪万博で「霧の彫刻」を発表以来、
世界各地で活躍中の中谷芙二子さんの作品だとか。

本館北側の某ホテル前から「霧」を待つ。
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09:15 始まった!
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 風任せのゲイジュツなので「毎日毎回霧の彫刻に同じ姿はない」ところが看板?
「火事場」みたいだと評した人もいたが、今日は程よく風が吹いて本館が見えつ隠れつ。
                   私は楽しかった。

 霧(ミスト)は、2014年12月31日まで
  毎日、09:15から2時間ごとに3分間吹き出され、
  「本館を幻想的に変貌させます」とはパンフレットの口上。

小説「坊ちゃん」の
 野だいこ 教頭 山嵐 マドンナ 坊ちゃんの面々や 
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風情のある人力車が遠来のお客様を迎える、本館前。
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ちょっと観光客気分で歩いた湯之町商店街から湯屋を撮る。
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    道後温泉本館は、
    アニメ映画「千と千尋の神隠し」の湯屋「油屋」のイメージの一つとされる。

ふと、思ったこと。
 ◇道後温泉本館改築120年
   ・その改築に情熱を燃やした伊佐庭如夫のミュージカルが坊ちゃん劇場で上演中
 ◇四国へんろ道開創1200年記念
   ・88ケ寺中、最多26ケ寺が愛媛にあり、
   ・その内、8ケ寺が松山市にある

 これらが、まれにジョイントすることはあるようだが、
 年間を通じてトータルで”お祭り”ができないものだろうか、
 せっかくの県外からのお客さんに少しでも喜んで欲しい・・・
 門前の小僧も「旅」が大好きだから。
by jh5swz | 2014-05-10 17:52 | その後の徒然日記 | Comments(6)

天空の郷と河合の宿場

平成26年4月29日(火)昭和の日の日記

文字通り飛び石連休。
44番大宝寺のお膝元・久万高原町内R33沿いに
「天空の郷 さんさん」という道の駅が鳴り物入りでオープンして1週間。
そろそろ落ち着いたかな? と、 
ナゾをかける女房のアッシー君を買って出た。


46番浄瑠璃寺近隣のへんろ道からR33塩ヶ森まで走り
三坂峠でいっぷくして東明神を下って道の駅まで都合40分。
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     「天空の郷」とは伊予の軽井沢と云われる高原の町を喩え、
     「さんさん」は太陽が燦燦と、R33を懸けたお洒落なネーミング。

女房殿は新鮮な産直を買い漁りに店内へ、私は高台から道の駅全貌をパチリ。
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その後、なかなか出てこない女房の捜索に店内へ入ってみた。
久万高原町の材木をふんだんに使った施設内は優しい木の香りが漂って結構な雰囲気。
野菜、山菜、久万高原町の名物名産が真新しい木製の棚に満載!

だけど、それだけでは目の肥えた「産直マニア熟女」皆さまが再々来るかなあ~
「もう いっぺん 来たい」と思わせる「天空の郷」のご発展をご期待申し上げます。

ようやく(結局)、
タラの芽やワラビ、タケノコ、ウドなど山菜を買って出てきた女房と合流。
お抱え運転手へのおみやげ↓
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 白・クロ・グレーと三色あったらしいが
 選んでくれた色と
 「南無大師遍照金剛」の薄墨の
 マッチングもよろしく、生地は綿100%
 値札もしっかり付いていて¥1980、
 いつもユニクロの¥980コーナー専門の
 お抱え運転手クン ごきげん!
 この夏の坂本屋の当番日着にしよう!

 「欲しいと言よった
  藍染の作務衣が¥9800であったよ」と女房、
 「もったいない」と小僧のつぶやき。


その後、お車遍路気分で44番大宝寺を参拝し、
5年前、初めての歩き遍路のとき、
「へえ~~~」と、郷愁を覚えた河合の宿場跡へ行ってみたくなり、
大宝寺裏山の峠御堂隧道を抜けてひとっ走り。
河合の住吉神社横から辛うじて車が通れる旧道へそろりと侵入。
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15軒の旅籠で多いときには一晩に300人が泊まった、
中でも一番大きい旅籠であったであろう「かどや」全景。
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ここを歩いた5年前から妙に気になっていた「琺瑯(ホーロー)看板」を撮り漁った。
   琺瑯看板は、1950年代~1970年代の日本で普及した屋外広告の媒体であり、
   その製品のセールスマンと看板の製造業者が各地で依頼・製作・設置していた。
   琺瑯製の看板の設置に対する広告料は現金でなく現物支給が多かったらしい。

以下、かどや旅館の建物に打ち付けてあった琺瑯看板f0213825_965062.jpg
 
星製薬は、
 SF作家 星新一の父、
 星薬科大学の前身である
 「星製薬商業学校」の創設者 星一が
 1911年に創業した名門の製薬会社。
 家庭薬「ホシ胃腸薬」は一世を風靡したが、
 戦後、経営不振に陥り
 ホテルオオタニを創業した大谷家へ
 経営譲渡を余儀なくされた。
 
 
 「特約店」と云うからには
 「かどや」はかって薬屋さん?





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 明治14年(1881)、神谷傅兵衛が
 日本人の食生活になじみがなかった
 ワインを一般に普及させようと
 樽詰めの輸入ワインに
 ハチミツや漢方薬を加えて、
 甘味(かんみ)葡萄酒に改良したものが
 「蜂印香竄葡萄酒」(はちじるしこうざんぶどうしゅ)

 Yahooってみたら
  「蜂印」という名称は、
  かつて傳兵衛が「Beehive(蜂の巣箱)」という
  フランス産ブランデーを扱ったことに因み、
  「香竄(こうざん)」とは
  父兵助の俳号であり、親の恩を忘れないためと、
  豊かなかぐわしい香りの卓越したワインのように
  という意味があることに因むとの記事があった。


台所と思しきガラス窓越しの夥しいお皿の山は、
  過って旅館・仕出し屋として栄えた名残でしょうか・・・

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 Yahoo ってみた。
 戦後の食糧不足の解消のためには
 肥料の供給が不可欠であったから、
 肥料の生産再開は最大必須の国策であった。
 終戦時、
 国内の硫安工場は爆撃などにより壊滅状態にあり、
 加えて、
 原料と資材の不足で生産の再開は困難を極めた。

 住友化学工業(のちに日新化学工業)は、
 戦後わが国で肥料生産にこぎつけた最初の工場である
  
 日新化学工業は、
 平成16年(2004)、
 現社名「住友化学」となった。 



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1904年、日本初の英米相互組織として設立された
千代田生命保険相互会社(ちよだせいめいほけん)は、
2000年に経営破綻し、
2001年にAIGスター生命保険株式会社へ包括移転、
2012年1月にジブラルタ生命保険へ吸収合併された。
          『(Wikipedia)』 より要約


人の集まる所に立てたり貼ったりするのが「看板」であり、
歩き遍路さんが普通だった当時、
全国のお遍路さんが宿泊したであろう
河合の宿場の華やかなりし頃を物語る生き証人のような琺瑯看板に敬礼!

(またまた余談ながら)ちょっと懐かしい琺瑯看板は、
昨今のマスコミを媒体とする広告やプラスチック看板の影で
琺瑯仕上げのレトロな雰囲気が好まれ、愛好家の収集の対象へと変化しており、
歴史的な価値や希少性から高値で取引される場合もあるらしい。
歩き遍路道中、そこかしこにカルピスとかボンカレーとかオロナミンとか確かにあった・・・


さて、久万高原町へ来れば小僧の昼食は、うどんの「こころ」。
開店は11時半のハズと10分前に来てみたらすでにオープン。
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f0213825_14145894.jpg 店の横壁に「本手打ち 釜あげ」と看板があるが、
 正面には縄のれんと「こころ」と書いた小さな表札だけ。
 店内は20人くらいで満席なので、
 空席待ちは表の歩道に並ぶ、
 いつも大勢が並んでいるから国道を走るドライバーが
 なんの店やと引き返して来てまた並ぶ・・・

反対側の歩道の山側へ車を止めて待つこと20分、
待った甲斐あり、こころのうどん!
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 徳利に入ったつけ汁は秘伝の?濁汁で、
 薬味は
 刻みネギとおろし生姜に胡麻とテンカス、
 品書きは釜揚げ Only!
 小¥300 大¥450 
 本日も ごっつあんでした、ペコリ。



帰路、46番浄瑠璃寺を参拝、47番八坂寺へ廻ろうとしたが、なにか大祭中で渋滞、
帰宅して¥1980のTシャツ眺めてニヤニヤしながらこの日記を書いている小僧です。

 安! 近! 短! の一日でした。
by jh5swz | 2014-04-30 20:34 | その後の徒然日記 | Comments(4)

重信川の鯉のぼり2014

平成26年4月26日(土)の日記。


先日、坂本屋でオカリナ演奏のお接待をいただいた山内さんが、
今朝のfacebookで
「今日は重信川の鯉の掛け渡しを行います、
   20年目の今年は88匹の鯉を泳がせます」との投稿に惹かれて出かけました。

見事な掛け渡しをご紹介します、
5月10日10時までだそうです、ローカルの皆さん、是非お出かけ下さい。

旧R11、横河原橋から上流の山之内方面へ約10分、
菖蒲堰から数百メートルの「除(よ)ケの堰堤」がその場所。

皐月の空と山の緑を背景に
重要有形文化財の除ケの堰堤を舞台に88匹の鯉が翩翻と泳ぎます。
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圧巻です!
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少し急な土手を河原へ降りてみました。
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雄大な堰堤の迫力に鯉も負けてはいません、
                    「鯉の滝のぼり」です!
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ここまで近づくと堰堤を流れ落ちる水しぶきが・・・
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目に青葉 山ホトトギス 鯉の滝のぼり   (季重なり)

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私の連休の幕開けは、今年も 安! 近! 短! 


カメラひと休み、
先人の残された重要有形文化財「除(よ)の堰堤」の看板を読み耽ったことです。
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日記書きかけ・・・
 早昼済ませて、今日(4/27)は坂本屋の総会に行ってきます。
by jh5swz | 2014-04-27 11:49 | その後の徒然日記 | Comments(3)

桜 定点観測

私がお遍路クンレンと称して、
ほぼ毎日、夕方歩く近くの小野川の土手道。

ここ数日、PENTAX Q10 をポケットにして桜の追っかけ。

 3月28日(金) 五分咲き
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 3月29日 う~ん 六~七分咲きかな 
         川面に映った桜がきれいでした
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 3月31日(月) 八分咲き 
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 4月 1日(火) 満開宣言!
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 4月 1日 (火)小野川の先住民カルガモも下から花見してました。
        5・6羽泳いでいるのですが、小さくて見えにくいです?
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 数日、雨が降ったり、風が吹いたりで、
  枝に桜花はあるのですが、チト可哀想なのでQ-10が川面をみつめました。
 
 4月 4日 花筏!  
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  ♪ 風が吹いて 春を運んできました 
    ♪ 花が散って 川になって 流れて行きます
       ♪水を蹴って カモの子が 泳いで行きます
         ♪ 今 春 まっさかりですねえ~
           ♪ 恋をしてみませんか~    なんて歌ありましたね?
                                      
by jh5swz | 2014-04-04 21:31 | その後の徒然日記 | Comments(2)

桜戦線!接近中

平成26年3月28日の日
 やがて咲く花 散る桜。 
 いい政咲(せいさく)満開にしてください。
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(お知らせ)
 3月29・30日は、坂本屋のひな祭り。
 坂本屋の享保古式雛がお遍路さんをお迎えします、
 お接待は「ぜんざい」、ローカルの皆さまも是非遊びにお越し下さい。
    「寺は西国 情けは四国」  
             -坂本屋一同ー
by jh5swz | 2014-03-28 18:07 | その後の徒然日記 | Comments(0)

イエローカーペット

平成25年11月23日(土)勤労感謝の日の日記

連休、それも絶好の空模様。
毎年秋になると気になるイチョウの絨毯を観に行ってきました。

目的地は、
東温市・国道11号線桜三里峠の「道前道後第三発電所」。

       定かではありませんが、律令政治の時代?
       国名をつけるとき、都と地方を結ぶ重要な街道に沿って
       国府が置かれた地域を「中」、
       国府から京の都に近い地方を「前」、
       京の都から遠い地域を「後」と呼ばれた名残りでしょうか?
            (例:越前・越中・越後など)
       国府のあった今治?より都に近いこの辺り一帯を「道前」、
       都からより遠くにある地方一帯を「道後」と称したとすれば、
       この発電所のある場所は、ちょうどその境目だったのでしょうか、
       「道前道後第三発電所」と、その両方を名に冠しています。
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           国道左側のわずかな車寄せへ駐車して発電所の谷へ下ります。

来る度に駐車に苦労するほどにカメラマン諸氏の車でいっぱいなのだが、
今日は空いている・・・と思ったら、
イチョウの紅葉ピーク時期を逸したようで発電所構内舗装道が丸見え。
運がよければ、この構内道は踏むのも惜しくなるような真っ黄色の絨毯道なのですが・・・
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樹齢60年と聞き及ぶ大木の並木道
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先週の雨の影響?もあり、イチョウの絨毯は、いささかお疲れ気味・・・
それでも、見事なイエローカーペット!
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フラッと訪れて散ったイチョウの化粧崩れを責める気など毛頭ございません。
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彼女達は、精いっぱいの化粧絨毯ぶりを見せてくれます。
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        この辺り落ちたギンナンの実やたら多し、後ほど車中で匂います、ご注意あれ!

谷川のモミジも薄化粧で迎えてくれました。
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例年、イチョウの葉からこぼれる陽光も、今日は小枝越し・・・
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それでもたっぷり「秋」を楽しませてもらいました、ありがとう!
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大木を振り返り、絨毯を踏みしめながら、サヨウナラ、ありがとう!
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2003年11月4日、
ちょうど10年前、初めて撮影に行った年のイチョウの絨毯、
この絨毯が忘れられなくて、ほぼ毎年、ここへ入り浸りの門前の小僧なのです。
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          来年こそ、最高のイエローカーペットを歩きたいものです!
by jh5swz | 2013-11-24 15:36 | その後の徒然日記 | Comments(4)

ヘチマ大豊作

平成25年10月14日(月)体育の日

借りている玄関前の畑に植えたヘチマが思いのほか大豊作。
「ヘチマたわし」を作ってみました。

40~50cm大のヘチマが10本ほどブラ下がって壮観。
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輪切りにして鍋で20分ほど煮て、皮を剥いでほぐして種を取り去り乾燥。
新発売「エコたわし」と称してご近所へ配り、懐かしいと喜ばれて自己満足。
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        完全乾燥後の風呂が楽しみです。
        少しは色白になるとか・・・ ツラの皮が薄くなるとか・・・

全部収穫したあと、せっかくですからヘチマの水も取ってみたい。
9月18日の糸瓜忌は過ぎましたが正岡子規さんを偲んでみるのも
坂の上の雲の町・松山に住む無粋な門前の小僧の努めかもしれない・・・ 合掌

  正岡子規 絶句三句
  
  糸瓜咲て痰のつまりし仏かな

      痰一斗糸瓜の水も間にあはず    

         をととひのへちまの水も取らざりき
by jh5swz | 2013-10-14 21:23 | その後の徒然日記 | Comments(3)