カテゴリ:その後の徒然日記( 78 )

 歩き始めて2年が過ぎた頃、
 遍路の服装について
 お先達にお尋ねしました。

 私、
  「白衣(びゃくえ)を着る意味は?」
 お先達、答えて曰く
  「意味はありませんが、
  特に一人歩き遍路のときは、
  白衣を着て、輪袈裟くらいは身に付けるのがよろしいでしょう、
  白衣も着ないで一人でウロウロ歩いていると
  知らない町や村では浮浪者・不審者と間違われますから
」。

 わかりやすい名回答を戴いた歩き遍路の禅問答でした。

 
 さて、12月の日曜日も今日を入れてあと2回、
 忘れたいけど、忘れてはいけない大震災など
 今年もいろいろありましたが、
 皆さん「忘年会」は終わりましたか?

 「忘年会」と云えば、
 2008年12月4日は足摺岬第38番金剛福寺参拝のあと、
 岬のホテルで開いた「遍路忘年会」が忘れられません。

 カテゴリー38番足摺岬一泊」ページの再編集をしながら
 思い出にどっぷり浸かっております。
 
この絶壁の向こうが足摺岬 2008・12/4  15:11
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見えた、見えました! 足摺岬灯台
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足摺岬の大忘年会
門前の小僧自作、1番霊山寺出発以来のスライド放映中
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こんな出会いがありました 2008・12/5 11:00 
クレヨン信ちゃん&お遍路信ちゃん、双方ワケありで顔マスク
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自転車で日本一周しながらクレヨン画修行中の彼の作品
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こんな出会いもありました 2008・12/5 13:00
 今ごろ、大阪海洋館で元気に泳いでいるかなあ~~~
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by jh5swz | 2011-12-18 13:32 | その後の徒然日記 | Comments(4)

カテゴリー20番から21番太龍寺」の後半記事について、
同行お遍路T・Tさんから貴重な情報提供がありましたので一部を削除し
追記の上、訂正させて頂きます。

歩いた日> 第8回・2006年12月1日 快晴
コース> 那賀川を渡り、難所第21番太龍寺へ
      10,5キロ 4時間10分
疲労度>★★★★★

前回、鶴林寺裏参道を1,2キロ、
転がるように下りきった所から歩き始めて  11:10
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に続く、中ほどの画像記事を訂正します。

日本最古の鉱道跡だという、
   弘法大師となんだか絡みがあるらしい??
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上記の鉱道跡は、
縄文から弥生・古墳時代にかけて、神聖な顔料色とされた朱色の原料<辰砂>の
採掘鉱道・若杉山遺跡の一部とのことです。
次のへんろ道看板の現在地に「若杉山遺跡」と標記してあり、
<弘法大師となんだか絡みがあるらしい>の一行を削除し記事を訂正致します。
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若杉山遺跡は、阿南市西部を流れる清流那賀川南岸にあり、
弥生時代から古墳時代の全国有数の水銀朱<辰砂>の産地だったようです。
T・Tさん、貴重な情報のご連絡ありがとうございました。

詳細は、<水井鉱山と辰砂>
及び
<徳島県立埋蔵文化財総合センター オフィシャルサイト>
をご覧下さい。
 
by jh5swz | 2011-12-17 13:48 | その後の徒然日記 | Comments(1)

 -忘れられない言葉- 

 歩き始めた頃は
 ほとんど最後尾を皆さんについて行くのが一生懸命の私でしたが、
 およそ100キロを歩いた23番薬王寺から室戸岬への長い道中の頃から
 気が付くと、
 時おり、先頭のお先達さんと話しながら歩いている自分がいました。

 私、
 「こんな不真面目な遍路ですが、極楽へ行けましょうか?」
 
 
 お先達さん、笑いながら答えて曰く
 「大丈夫!、死んだら人は みな仏さま」。


 「お先達」というお仕事は
 お納経導師・へんろ道先導・道中ガイド・交通安全や遍路の体調への気配りetc etc・・・
 大変なお役目だと思うのですが、
 その道を修められた方のお答えは禅問答のようで、
 珠玉のひと言でした。
 
 よっしゃ~!
 この旅、とことん楽しく歩こう!
 と、つぶやいた門前の小僧、
 以来ずっと「落ちこぼれ遍路」でした。

 その足摺岬への道中を思い出しながら、
 記事カテゴリー薬王寺から東洋大師室戸岬・24番最御崎寺
 画像を入れ替え、道中エピソードを追記、再編集し投稿を完了しました。
 
 いい旅だったなあ~ と自己満足(笑)。 

薬王寺から 2007・4/6
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花へんろ  2007・4/6
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花へんろ 2007・5/5
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ゴロゴロ石、ここもへんろ道 2007・6/1
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行けど歩けど空と海・だから「空海}? 2007・6/1
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ゆっくり時間をかけて歩く、こんな贅沢な旅がありましょうや 2007・6/1
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室戸の奇岩 2007・6/2
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by jh5swz | 2011-12-11 11:47 | その後の徒然日記 | Comments(0)

夢をみました 2011・12/06

 昨夜、
 火野正平さんの「こころ旅」 (NHK BSプレミアム3)の影響でしょうか?
 年代物のスポーツワゴンに愛用の折りたたみ自転車を積み込み
 5年7カ月かけて歩いた四国88カ寺の内、
 もう一度参拝したい寺、歩きたい所を放浪している夢を見ました。

 人偏に夢と書いて「儚い」と読みますが
 儚い夢に終わらせず、なんとか実現したい「夢」でした。

 高野山参りから帰って1カ月、
 この遍路日記ブログを読み直し、誤字脱字を直し、写真を入れ替え
 寺や道中のエピソードを書き加え
 カテゴリー1番霊山寺から23番薬王寺までの阿波コースを再編集、投稿を完了。
 門前の小僧、夜な夜な思い出にどっぷり浸っております。

 歩き始めた年、2006年12月は阿波の難所21番太龍寺参りでした
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by jh5swz | 2011-12-06 13:03 | その後の徒然日記 | Comments(2)

番外:岩木のわらぐろ象

昨日、所用で宇和島市~八幡浜市へ出かけた道草白書。

県内屈指の「桜の名所」、野福峠の桜は残念ながら葉桜・・・
峠から明浜の町へ下るつづら坂の桜の古木が満開の頃、
「桜越しの豊後水道」は絶景とのことで、
プロのカメラマンも大勢訪れると聞きます。
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野福峠から宇和町へ引き返し走行約15分、
JR岩木駅近くの「わらぐろマンモス」とご対面。

あいにくの雨の中、
国道へ止めた車窓から線路越しに後ろ姿を
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踏切を渡って正面から撮った美男ぶり。
高さが約5m?
大人が立っても、マンモスの足の長さに及ばないジャンボは
某美術大学生の藁アート作品。
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4月29日の「れんげ祭り」の頃、
足元のレンゲも咲き乱れれば、
わらぐろマンモスも空を泳ぐ鯉のぼりも一段と冴えることでしょう。
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因みに、「わらぐろ」とは、
ワラの屋外貯蔵スタイル。
納屋に入りきれないワラを田んぼで傷まないように積み上げて保存します。
この地方では、3枚目のマンモスの右にある筒状が一般的なスタイルです。

現地

 
by jh5swz | 2011-04-19 17:33 | その後の徒然日記 | Comments(0)

東日本震災お見舞い

     3月11日の東日本巨大地震に被災され、
     不幸にしてお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りし
     かろうじて避難されたおおぜいの皆さまに
     心からお見舞いを申し上げます。
     大変厳しい避難生活の報道に接しておりますが、
     体調ご自愛のうえ、復興をめざして頑張って下さい。

        ☆☆☆~    ☆☆   ~☆☆

実は・・・
14日になっても被災地〇〇市の同業知人の安否がまったく不明で
お遍路日記の編集UPどころではありませんでした・・・
思いあぐねて、近所のパソコンの師匠に教えてもらった、
Google Person Finder(2011日本地震消息情報)へ投稿しました。
(以下、固有名を伏せ、一部を割愛させて頂きます)


投稿者: jh◆swz 日付: 2011-03-14 時刻: 17:57 JST
私はABC XYZさんの同業知人です、
連絡が取れなくて大変心配です。
どなたか情報をお願いいたします。 と、私の書き込み

投稿時点でサイトには25万人余の尋ね人が登録されていましたが、
約1時間後、

投稿者: 〇△ ☆◇ 日付: 2011-03-14 時刻: 18:53 JST
TM子さん(ABCさんの長女)の婚約者の者です。代理でコメント致します。
数分前、XYZさん(奥様も一緒)からご親戚にご連絡があったそうです。
(避難していた方の携帯電話が回復し、それを使ってご連絡されたようです)
現在、〇〇小学校に避難されており、なんとか栄養を採っているようです。

23時間後、 
投稿者: ABC TM子 日付: 2011-03-15 時刻: 16:23 JST
ABC XYZの長女です。
私たち兄弟に両親から携帯電話で「生きている」と連絡がありました。
〇〇小学校に避難しており、無事です。
ご心配頂き、ありがとうございます。

あの神戸大地震の6日目、
家屋全壊で近くの公園で避難生活中の同郷の友人から
「生きてるぞ!」の電話に涙した、あのときを思い出したことです。
 


今回の震災の後、悪質なチェーンメールや不見識な風評がネット上に流れ
ネット社会の功罪が浮き彫りになりましたが、「功」の面に救われました。
読者皆さまで、未だ安否不明のご親戚やお知り合いの方がおられましたら
Google Person Finder(2011日本地震消息情報)
                 を是非ご利用下さい。

以上、ブログに記事するする内容で無いかも知れませんが、
被災地へ電話を架けまくると返って現地の通信回線を混雑させるようです、
ここは一番じっと我慢をして、静かにネット機能を有効に活用することも、
一人一人が出来るささやかな復興のお手伝いかも知れません・・・    

ご意見・ご叱正は
   jh5swz@orange.ocn.ne.jp まで
   よろしくお願い致します。
明日から、お遍路日記を再開させて頂きます。
            -門前の小僧-
by jh5swz | 2011-03-20 10:04 | その後の徒然日記 | Comments(0)

 お遍路並びに当ブログお立ち寄りの皆さまへ

 霊場ご近所やへんろ道沿いにお住まいの方々には
 以下の写真の小さな「遍路道しるべ」をご記憶のことと思います。
 また、歩き遍路皆さまには、
 この赤い小さな「道しるべ」に助けられ、励まされた方は数多いことと思います。
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 この標識を四国各地のへんろ道に2000箇所も設置され、
 その遍路道の草刈りに汗を流され、
 「四国遍路ひとり歩き同行人」と云う歩き遍路のバイブルとも云える
 地図帖を刊行中の
  ”へんろ道保存協力会”代表者 宮崎建樹氏が
 去る11月8日に出かけられたまま行方不明とのことです・・・

続報
へんろ道保存協力会代表宮崎氏の車は、
7日、松山市内山中で発見されたが、
本人はなお行方不明で、所轄署では、8日から周辺を捜索する。
                  (2010 12/8 愛媛県新聞より) 
  

続報の通り事態が変わりましたので、
投稿しておりました不明車輌ナンバー及び
11月19日付け愛媛県新聞記事(写真)を削除致します。
ご無事なご帰宅を祈念致します。 2010 12/8 09:04
                    当ブログ管理人 
                    jh5swz@orange.ocn.ne.jp


<速報>の<続報>の<続報>
 へんろ道保存協会代表者宮崎建樹氏は
 12月10日朝、車輌発見場所から2キロ離れた山の斜面で
 遺体となって発見されました。
 誠に残念で痛ましい結果となりましたが、
 へんろ道の整備保存に格別ご尽力されたご功績を偲び
 謹んでご冥福をお祈り致します。
         合掌・・・ ブログ管理人  2010年12月11日
 
by jh5swz | 2010-11-19 11:28 | その後の徒然日記 | Comments(0)

 7月19日投稿の今治市内巡拝編・南光坊」のとろこで、
「韋駄天(いだてん)」について、
クイズ ? もどきの出しっぱなしになっていましたので、
今日はその結末と余談を書きます。
 <前置き>
  第55番南光坊山門で四方に睨みをきかす四天王
  
   持国天(東方)
f0213825_8181951.jpg     広目天(西方)
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多聞天(北方)
f0213825_8212633.jpg     増長天(南方)
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この持国天・広目天・多聞天・増長天を四天王と呼びます、
ところで、「韋駄天」って?? とクイズもどきの書きっぱなしでした。
     ~~~~  ~~~~  
その解答などと大げさなものではありませんが、
以下、手持ちのいろいろな本やWebサイトを参考に編集を進めます。
            ~~~~ ~~~~ 
                ☆ ☆ ☆
この四天王にはそれぞれ八将が仕えており、四天王×八将=32将の内、
増長天の一将「韋駄天」は32将の首位に位置するのだそうです。

 「韋駄天」の謂れ partⅠf0213825_951034.jpg  釈迦様が亡くなったときのこと・・・
 捷疾鬼(しょうしつき)と言う足の速い者が、
 お釈迦様の遺骨を奪い須弥山へ逃げた。
 それを見た「韋駄天」が、
 一瞬の内に頂上まで追いかけて
 無事遺骨を取り戻した。
 約132万Kmを一瞬のうちに走ったので、
 韋駄天は足の早い事で有名になり、
 韋駄天走りという言葉が生まれた。
 また、この由来から、
 修行をさまたげるものがあると、
 走ってきて魔障を除くといわれ、
 修行をする場所に守護神として祀られる。 
     (「仏像辞典」より)


「韋駄天」の謂れ partⅡ
NHK教育テレビ、
2006年9月~11月の「趣味悠々・はじめてのお遍路」を
ご覧になられた方も多いことと思いますが、
2010年6月~7月の「和の極意・とっておきの宿坊を楽しむ」のテキストP40
「精進料理とは」のページに次のような記事がありました。f0213825_952343.jpg 禅寺では、台所に祀られる韋駄天。
 韋駄天が釈迦のために
 ほうぼうを駆け回って
 食材を集めたという話しに由来する。
   (写真、記事は原文のママ)
 なるほど、
 できた料理が「おご馳走」、
 馳せ走ると書きますなあ~。
    -門前の小僧-

 


うむ!
元阪急ブレーブスの盗塁王福本選手はじめ
足の速い人が「韋駄天」と呼ばれ、
物流、運送関係の社名や、
Web関連の検索簡易ソフト名にも「韋駄天」があり、
お寿司屋、割烹料理屋さんの暖簾が「韋駄天」だったりするのも
むべなるかな!

ただ、迅速を以って善しとする とは云え、
どこかの国の総理大臣のように
あまりにも早くコロコロ交替なさるのはいただけない・・・(小僧の脱線)。

      ☆☆☆~~~☆☆☆~~~
7名の方から「韋駄天」についてのご返事(メール)をいただき、
 1・「俊足」というキーワードでご返事を頂いた方 6名
 2・「俊足」+「食材・料理」というキーワードでご返事を頂いた方 1名
 皆さま 大正解!
 賞品がなくてすみません・・・
 それぞれの方と愉快な韋駄天談義やお遍路よもやま話しが弾み
門前の小僧は幸せでした、ありがとうございました。
     ☆☆♪♪~~♬♬☆~~☆☆♪♪~~    

さて、古代インドの修行者たちが希求した「天上界」とは、
一体どんなところだろう?
「韋駄天」は書いたとおりだが、
フーテンの寅さんが産湯をつかった「帝釈天」や
そもそも「有頂天」の意味とは?
ものの本によると、これがまた楽しくておもしろい!

興味とご関心がありましたら
「有頂天にはなるまいぞ!」ページをご笑覧下さい
抱腹絶倒まちがいなし!

        
  
by jh5swz | 2010-08-19 07:44 | その後の徒然日記 | Comments(0)