カテゴリ:小島通いの郵便船・たいゆう( 2 )

平成27年9月19日(土)の日記。
 
 彼岸の入りを目前に仏さんに呼ばれて朝早くから田舎へ墓参り、
墓参のあと銀色連休気分で八幡浜港の沖に浮かぶ大島へ海外旅行!
 我が家の連休はいつも安近短なのだ。

       八幡浜と大島を結ぶ小島通いの郵便船「たいゆう」への
       私の”うん十年”に及ぶ長くて深い思いのあれこれは
       お盆前の墓参り日記をご笑覧願うことにします・・・
 
 今回は相方と高校時代の同級生(元郵便船勤務)と三人で密航を企てた。

 待ち合わせ場所・道の駅「みなっと」へ。 f0213825_15525324.jpg 
 
 九州とのフェリー基地港に
 新鮮な魚市場や産直、食堂などが併設された港は
 銀色連休初日とあいまって朝から駐車場も大混雑、
 因みに港湾ビル内の乗船待合所も人・人・人の波、
 あんな賑やかな切符売り場は見たことがなかった。


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      少し時間があるので相方は魚市場へ、私はフェリー乗り場視察?
      ちょうど別府行きと臼杵行きが同時入港、乗船待ちの車で大混雑。
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         右 「えひめ」 2486㌧ LBD 116,5×16,0×5,7m
         左 「さくら」 2334㌧ LBD 114,3×16,0×5,7m
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      みなっとで¥300のレンタル自転車を借りて大島行き桟橋へ。
      憧れのビッグアイランド(大島)への定期船「たいゆう」待機中。
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          総トン数 40㌧ 航行速度 18,5㌩ 定員85名
             LBD  22,8× 5,20×2,00m
 
      小さな島でも「大島」だぜい、ワイルドだろう!。
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11:30 出航!
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     左舷に諏訪崎              右舷に向灘を眺めながら
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          あっと云うマに八幡浜港をあとに
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          今は廃校になった大島小中学校が見えて
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          ほどなく大島の家並みが
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11:52 定刻着岸、桟橋から「たいゆう」にありがとう!
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 ※以下の記事は限られた滞在時間中の記憶から編集しましたので、年代及び地名
  神社仏閣等の固有名詞に間違いがありましたらコメント欄からご教示願います。


  下船後、まずは桟橋近くの東屋で腹ごしらえしながら大島巡りの作戦会議。
  膝を痛めている相方は、ここで荷物の番をして待機してくれることになった。
f0213825_915587.jpg 東屋の前に建つ「通水の碑」。
 昭和31年の電気の導入に続いて
 昭和57年、海底水道管工事により、
 上水道が整備された「記念碑」。

 島の人々の喜びがヒシヒシと伝わります。



   
開島300有余年の島の人々の電気・水道その他苦難の歴史の詳細については、
  <愛媛県・生涯学習センター「大島のくらし」>サイトを是非お読み頂きたい。 

大島の地図上の位置
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      大島は栗ノ小島・大島・山王島・地大島・貝付小島の五島からなり、
      時間の制約もあり今回は大島漁港から海水浴場の間を輪行します。     
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          地図イラストは「日本の島へ行こう」サイトよりお借りしました。
       画像帰属 http://imagic.qee.jp/sima3/ehime/yahatahamaohshima.html

12:20 桟橋のすぐ近くの(地図では)若宮神社を参拝して
f0213825_17344650.jpg  鳥居の神名額では稚宮社・・・ これが判らない・・・ 
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 信心深い島の人達が長年お参りした石段の真ん中辺りが凹んでいます・・・
     
      海岸側の軽四用?の道路を避けて、
      軒と軒がぶつかりそうな巾1m?程の昔ながらの路地を
      ゆっくり山王島へ向ってペダルを踏みます。

12:30 大島と山王島を結ぶ(太鼓)橋。
      橋の中央がトンネルになっており、小さな漁船が通れます。
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                           (後方の山は地大島です)

     山王島は島全体が神域とされる無人島で山王神社が祀られています。
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     神社の前に波に打たれて古い桟橋が・・・
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    山王島と(同じく無人の)地大島を結ぶ橋はシケたら渡れそうにありませんが、
    ベタ凪の今日は、ちょいと海の上を自転車で走っているような気分でしたぞ。    
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      かってこの辺りはハマユウの花が咲き乱れる賑やかな海水浴場だったハズだが・・・ 
     
     上の写真正面の山王島には、とんでもないお宝があります。
     地震の化石と呼ばれる国の天然記念物シュードタキライトと云う岩盤?です。
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          画像帰属 http://www.nishiiyo.jp/play/with/oshima_pt/    
      時間の都合でカットしましたのでサイト「ほっと西伊予」を紹介します。      

       
       また、地大島の端っこには、引き潮時に渡れる貝付小島がありますが、
        この時間帯は満ち潮と判断、あきらめて引き返すことにしました。        
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         画像帰属 http://iyokannet.jp/front/spot/detail/place_id/486/
          画像は「いよ観ネット」サイトからお借りしました。

      大島は「佐田岬半島宇和海県立公園」に含まれる風光明媚な島です。
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ちょっとイイ出会い
  八幡浜港の乗船時から旅なれた風情の中年男性が気になっていたのだが、
 地大島の岬側から引き返してきたその男性に出会った。
  ついつい坂本屋ペースで
  「どちらからお越しですか?」
  「神奈川県です」
  「ひとりブラ旅ですか?」
  「国内の有人島400有余をすべて歩く旅です」
  「なんと!」
  「JR全線を乗り鉄したものですから、今度は有人島を歩いています。」
  「次は宇和島の九島とか日振島とか?」
  「正解!です」。

  「遊び心のない男はつまらない」が、口ぐせの私ですが、
          なんとも素敵な遊び心を発揮なさる旅の人に出会いました。
  厚かましくも
  「次は四国88霊場歩きをなさいませんか?」と、余計なこと言っちまった・・・
        趣味道楽の押し売りほど無粋なものは無いのだから。

 さて、その男性と別れて、自分たちは桟橋のある島へ引き返します。
 地大島からみた山王島の向こうに、その大島(本島)の集落が見えます。
    (山王島の青と茶色の屋根は貸しバンガロー)    
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13:02 五つの島の内、唯一人々の住む大島(本島)へ引き返し、 
     桟橋の東屋へ自転車を置いて、ここからは港に沿って集落を歩きました。             
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    しばらく歩いたところで、
    夏休みになると「たいゆう」初代船長さんの家で数日を過ごした小学生の頃、
    フジツボを取って遊んだ微かな記憶の残る石積みの古い波止を見つけて
   ひょっとすると? と、その忘れかけの記憶を辿りながら
   石積み波止から20mほど山側を通る集落の細い路をゆっくり歩いてみました。

    有りました!

    ここでは写真もお名前も載せません、書けませんが
    今では空き家風情ながら立派な門構えの家の表札

    間違いなく親父の親友で、夏休みになると私を遊ばせてくれた船長さんの家! 
    双方元気な頃に親父を連れて来てやったら、さぞや喜んだに違いない・・・

    さすれば近所にお寺さんがあったハズ!

    細い路地をほんの少し歩くと「津波 避難所⇒願海寺」の高札。
    ⇒印しに沿って小さな公園を横切ると正面に臨済宗 妙心寺派 願海寺」
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 鐘楼があった、
 梵鐘を鳴らして
 初代船長と親父の冥福を祈りたかったが
 知らない町の知らないお寺の鐘が
 打ち様によったら
 避難信号になっているかも・・・と
 思い止まって、海に向って黙祷・合掌。


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 寺へ登り始めた時から
 何枚も目に付いて津波避難看板、
  
 このお寺さんで海抜14m
 このお寺さんから50m上が
 指定避難場所になっていた、
 
 


 鐘は撞けなかったが・・・  

 そろってヤセ男のくせに、
 直ぐステテコ姿になってビールを酌み交わしていた二人にバカ息子の思いは届いたかな?
 などとキザなことも考えながら・・・
 
 13:18 「たいゆう」が待つ桟橋へ戻った。
      大島歩きを終えた地大島で出会った男性も戻られ、
      同行した同級生がナシのお接待、「美味しい!」と喜ばれた。
                 よかった。
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13:30 定時出航。
    出航前、お願いして操舵室を撮らせてもらった、昔と比べると超ハイテク!
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 元小中学校舎。
 閉校後、マナコの陸上養殖などの
 地場産業施設として試験操業するも
 採算ベース確保への道のりは厳しく
 試行錯誤中と聞き及ぶ・・・
 島の人口は216人(平成26年4/1現在)
 地方の過疎・・・なんとかならぬものか。
 
               学校の沿革(抜粋) 
 小学校は明治8年(1875)開校、        中学校は昭和22年(1847)開校
 昭和33年(1958)児童数230人、      昭和37年(1962)生徒数107人
 平成20年(2008)在籍児童無くなり休校、   過疎化と少子化に伴い最後の生徒数2名
 平成21年(2009)閉校。           平成21年(2009)閉校記念式典。    
 Wikipedia記事では中学校の開校西暦年が(1847)となっていますが、昭和22年(1947)では?・・・                
   
13:44 八幡浜港へ快適なクルージング
     甲板の自転車は私のレンタル車と同級生の自家用車。
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  昔、精錬所のあった佐島や
f0213825_8162956.jpg  魚霊塔と赤灯台を眺めるとほどなく入港
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13:52 八幡浜港、定時接岸。
     ありがとう~! 小島通いの郵便船 たいゆう。
     「次回は帰りを一便遅らせてゆっくり島巡りをする」と、
     今回の旅に同行してくれた同級生の感想。    
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  かくして、お一人様往復¥1320(自転車搬送料¥400別)の海外旅行はお終い。

 下船後、桟橋前の(有)田中運輸さんを訪問、3代目船長ご家族にご挨拶。
 八幡浜⇔大島の時刻、料金及び季節イベントクルージングなどについては、
 「たいゆう」を運航する(有)田中運輸さんのホームページを是非ご覧下さい。

 レンタル自転車を返して、
 駆けつけてくれたもう一人の同級生を迎えて、
 「みなっと」内の小粋なレストランで八幡浜高校〇〇部会を開催!
 部活ではみんな頑張ったので? 話しは尽きなかった。
by jh5swz | 2015-09-22 15:33 | 小島通いの郵便船・たいゆう | Comments(4)

小島通いの郵便船との縁

おくればせながら・・・
平成27年7月20日(月)海の日の日記。

 春盆秋暮、恒例「名門?門前家」の墓参り。
 
 山が涼しい内にと早朝スタートして旧西宇和郡双岩村まで100キロ。
 我が家と跡継ぎのいない叔父、浪花に住んで帰ることのない遠い親戚、
三箇所のお墓掃除とお参りを済ませると11時。

 町へ出る前に難病を患って療養中のガキ大将時代からの朋輩を見舞う・・・
不治の病に耐える幼なじみとの対面は辛い。
 近所の人に信坊・健坊と可愛がられたハナ垂れ小僧時代の思い出が駆け巡り
言葉にならない目と目の会話が・・・弾んだ・・・
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      私にもあった ♪高校三年生♪ のある雪の日、
        双岩(ふたいわ)村のランドマーク「夫婦岩」の鉄橋を登坂する蒸気機関車

 
 村には食堂などない(のが又素晴らしいのだが)、
 10分ほど走った港町にある「海の駅・みなっと」で昼食。
 その後、女房は海鮮市場荒らし。
      私は内港に停船中の”気になる船”を訪問。

 彼女の名はたいゆう
 昭和〇〇年代、この船の初代船長とウチの親父がらみの思い出も尽きない・・・
 郵便局職員だっイチの親父が、
 この町の沖に浮かぶ小さな島(名前は大島という)への郵便船として業務委託、
 親父が冗談半分に ♪小島通いの郵便船♪ と呼んでいた「たいゆう(四代目?)」が接岸中。
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 現船長は当時の船長のお孫さんであることは
 facebookを通じて確認できて交流はあるのだが未だに会えていない。

 ちょうど桟橋で船員さんと業務中の美形に船長一家のことを尋ねたら、
 「あっ! 門前さん!ですか? それは私です!」。
 まさに邂逅! お墓参りのご利益にやあらむ!
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 定期便の出航で忙しく、短い時間だったがご挨拶が叶った「たいゆう」を見送る。
    初代「たいゆう」に乗って大島の船長さんの家で夏休みの数日を過ごした小学生時代、
   帰る日には魚やカバンいっぱいの文房具をお土産をもらった懐かしい記憶が蘇ります。

 いつか必ずこの船に乗って夏休みの数日を船長さん宅で過ごした大島へ行きたい! 
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      ◇大島の人々の唯一の交通手段としての「たいゆう」の詳細は    
          田中輸送(有) http://www.tanakayuso.co.jp/        
        ◇ 定期航路利用の湾内クルージング(海の散歩)などのご案内は
          たいゆうhttps://www.facebook.com/tanakayuso?pnref=story をご覧下さい。        



 さて、松山へUターンの途中、
 先週に引き続き、
 久万高原町から1泊2日で内子町まで歩くと聞いていた土佐さんに??してみると
約5キロ(一時間?)で内子町、そこからJRで松山経由で帰宅するとのこと。
 歩き区切り地点のJR内子駅から「お車お接待」を申し出るとOK!
 
 時間稼ぎは、女房のリクエストで内子町・産直市場「からり」。
 おそらく、今、大流行「産直」の元祖だと思われるこの市場は私もお気に入り。

 なんと云っても売り場を通り抜けると目に飛び込むこの「緑」こそお宝!
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 緑の天然テラスの遊歩道沿いにパン屋、突き当たりのレストランKARARI.
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 レストランの前にかかるつり橋などがあり、
 買い物以上に楽しめるところが☆☆☆☆☆!で、お遍路さんの休憩にもお奨め。
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13:30 土佐さんの予告どおり、
      小雨の「水戸森峠へんろ道」を歩いて町へ入ったと??あり町内へ移動、
      商店街で後ろ姿を見つけて乗ってもらおうとしたら、
      「次回の歩きスタート地点がJR内子駅前なので駅まで歩きます」。
      私もそうだったが、区切り歩き遍路・究極のこだわりを垣間見たことです!

 JR内子駅前広場のSL
 機関車の写真で始まったこのページのトリはSLでなくっちゃ~!
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       車の窓越しに撮った「怪我の功名ならぬ雨粒の巧妙?」ショット

 振り込む雨粒を気にしながら窓を開けて撮るとこの通り・・・
                    雨粒の演出に喝采を送りたい!!!
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   土佐さんに乗ってもらって三人で愉快に松山まで「お車お接待」。
14:30 松山ICでお別れ。
      先祖敬って、朋輩見舞って、
      親父の親友のお孫さんに会って
      緑の産直で遊んで、
      友達お遍路さんに「お車お接待」して、中身の濃い一日でした。
       
by jh5swz | 2015-07-22 23:55 | 小島通いの郵便船・たいゆう | Comments(4)