大瀬から小田 繋ぎ歩き

2009年10月2日のアクシデント
大洲市の別格8番十夜ケ橋から小田町突合まで歩くハズの日・・・
雨の内子町大瀬の大江健三郎氏生家前を通過した午後4時過ぎ、
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実は、1時間ほど前から左膝に経験したことのない鈍い痛みがあり、
先頭集団からだんだん遅れはじめ・・・
大瀬の町外れまで歯を喰いしばって歩きましたが、
ついに左膝は激痛で屈伸不能、前進不可・・・添乗M氏にSOSを発信。
この日のゴール地まで数キロを残してサポートバスに乗った私は、
終着地バスの中で湿布薬を貼りながら一行のゴールを待ったことでした。
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              <敗軍の将 兵を労わるの図 2009・10/2>
           ~~~☆ ~~~☆ ~~~☆
         いつの日か、結願までにJRとバスを乗り継ぎ大瀬まで行って
         救援バス乗車区間を歩き、完歩記録を繋ぎたいと、
         ずっ~と思い続けていたところ、
         この5年、ずっと一緒に歩いていただいた淑女皆さんが
         脱落地大瀬まで真っ赤なポルシェで送迎して下さる由、
         地獄に観音様とはこのことでしょうか!
         おかげさまで、本日、キセル遍路区間s数キロを歩き、
         延べ1023Kが一本の線で繋がりましたことご報告致します。

歩いた日 2011年4月24日 快晴
区間    内子町大瀬から小田町突合
(つきあわせ)約6K
     その節、サポートバスに乗った所からとも思いましたが、
11:27 区切りのいいところで、大瀬の町から出発!
     (淑女皆さんは、内子町の産直市場「からり」へお買いもの) 
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作家 大江健三郎氏の生家前を通り
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11:41 町はずれから、目指すは大宝寺・岩屋寺方向
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 やけに気になった
 「曽我十郎首塚」案内標識
 徒歩20分と書いてあり
 スルーしたが・・・
 どうして富士の裾野の
 仇討ち話の主人公の
 首塚がここにあるのだろう?


旧道を歩き、春を満喫
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   飲んで見たくなるよな支流の水
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11:58 清流小田川沿いの旧道を歩きます
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「交通安全」の文字より大きく「へんろ道 左へ」、なんと優しい!
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12:12 千人宿大師堂
持ち主が千人の遍路を宿泊させたのを記念して建てられたとのこと。
俗に"通夜堂”と呼ばれる設備だろうか?
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千人宿大師堂の里がなにやら賑やかだと思ったら、f0213825_19125014.jpg
 今日は年に一度の「いかだ流し」だとか
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 うわさに聞いたことはありましたが、
 弘法大師様のお導きにやあらむと、
 暫し、遍路信仰忘れて、筏流し観光!



12:20 河原へ降りてみると、ちょうど体験筏乗りの最中
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子供たちの目がキラキラ輝いていました
こうして清流小田川の伝統は受け継がれていくのでしょう~
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にぎやかな里はニッポンの宝だと思います
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昔は、2泊3日かけて遥か瀬戸内の長浜町まで木材を運んだと聞きました
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木曾節に歌われる木曾の中乗りさん~とは、
組んだ筏の真ん中に乗る筏師のこと、と聞いたことがあります。
因みに、先頭は「舳(へ)乗り」さん・後ろは「艫(とも)乗り」さんと。
   (艫乗りさんの足元の石臼は錨りの代りらしい)
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組んだ筏は凡そ全長50m、蓑笠姿の筏師の巧みな棹さばきもよろしく
小田川の流れに乗ってゆっくり下って行きました。
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それにしても年に一度、その日1回限りの筏流しに遭遇とは、
日頃の信心の賜物でしょうか? おかげさま!
「川登地区筏流し保存会」の皆さんありがとうございました。
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国道の橋の名前も「筏流し橋」、粋じゃございませんか。
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目に幟り 山ホトトギス 初筏 -パクリの一句-   
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おっと、拙者、遍路旅の途中でござった。 
筏流し会場をあとにして、ちょいと急ぎ足になりながら
路傍の仏さまにも手を合わせ始めた近頃の門前の小僧です
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        12:50 梅干しむすびを食べた梅津の遍路お接待所 
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大瀬の町からずっと前後して歩いた東京からお越しのお遍路さんご一行
お先達とご婦人4人の通し打ち、今日で35日目とか・・・
(筏流しもゆっくり見物され、予定時間より遅れられたか?)
先を急がれる風情のご一行、何度も私を振り返りながら、ここでお別れ、
このあと結願まで道中ご安全に! 合掌・・・
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御一行の頭上、なにやら意味ありげな里道の注連縄?、
左が箸 中央、しゃもじ?とすれば・・・右は特大にぎり飯か?
村の入り口に大草鞋を置いて「オラの里にはこんな大男がいるんだ!」との
悪魔祓いの類いか?と想像たくましい門前の小僧でした。 
 
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まったく個人のお家のご好意と思しき休憩所、
            ご親切を無にしてならじと、ひと休み
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13:10 小田町へ入りました
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13:20 ほどなく、本日の目的地、突合(つきあわせ)の里へゴールイン!
ここは、砥部町・小田町・内子町からの幹線道がT字型に交差しており、
地名の「突合(つきあわせ)」は、三つの町が交差(突き合う)するからだろうと、
勝手に想像しています・・・
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淑女皆さまとの合流時間まで少し余裕があったので、新国道へ引き返してみました

かって三つの町が交差し栄えたであろうこの里も、
松山・砥部方面への新国道が完成して町中を走る車は無い・・・
(堀り切った新国道の右手が旧商店街)
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小田町~久万高原方面の新国道も開通まじか・・・
(左手奥の集落が旧道の商店街)
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もう一度旧道へ引き返し、かって賑わったであろう町中をブラりと歩き
田渡簡易郵便局で一人歩き遍路の記念をガラスに写し込んでパチリ。
   と、云っても遍路は弘法大師(お杖)と同行二人ですが・・・
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このあと、筏流し祭りさ中の川登の里まで歩いて引き返したところで、
内子町の産直KARARIの買い占めを終えた淑女皆様と合流。
       お世話になった淑女連と親切なおじさんの記念写真
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お蔭様で、第1番霊山寺から第81番白峯寺までの1023キロを
一本の線で歩きつなぐことができ「キセル歩き遍路」の汚名返上。
胸のつかえを筏に流せて、感謝! 感謝! 感謝!

足あと

 
by jh5swz | 2011-04-24 21:26 | 大瀬から小田 補習遍路 | Comments(0)

番外:岩木のわらぐろ象

昨日、所用で宇和島市~八幡浜市へ出かけた道草白書。

県内屈指の「桜の名所」、野福峠の桜は残念ながら葉桜・・・
峠から明浜の町へ下るつづら坂の桜の古木が満開の頃、
「桜越しの豊後水道」は絶景とのことで、
プロのカメラマンも大勢訪れると聞きます。
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野福峠から宇和町へ引き返し走行約15分、
JR岩木駅近くの「わらぐろマンモス」とご対面。

あいにくの雨の中、
国道へ止めた車窓から線路越しに後ろ姿を
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踏切を渡って正面から撮った美男ぶり。
高さが約5m?
大人が立っても、マンモスの足の長さに及ばないジャンボは
某美術大学生の藁アート作品。
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4月29日の「れんげ祭り」の頃、
足元のレンゲも咲き乱れれば、
わらぐろマンモスも空を泳ぐ鯉のぼりも一段と冴えることでしょう。
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因みに、「わらぐろ」とは、
ワラの屋外貯蔵スタイル。
納屋に入りきれないワラを田んぼで傷まないように積み上げて保存します。
この地方では、3枚目のマンモスの右にある筒状が一般的なスタイルです。

現地

 
by jh5swz | 2011-04-19 17:33 | その後の徒然日記 | Comments(0)

国分寺から白峰寺まで

歩いた日>第58回・2011年4月1日  快晴
コース> JR坂出駅前~
  79番天皇寺~80番国分寺~81番白峯寺まで15,8キロ  
疲労度> ☆☆★★☆ 


その3>80番国分寺から81番白峯寺まで6,5キロ
           その1から読む
13:50 国分寺参拝後ひと休み、今から正面の山の頂きをめざします。
     尾根の県道まで急坂3,4K 標高差300m お先達の計画で1時間20分
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           私、勝手に「イエロートライアングル」と命名
           あまりにも単純!とお叱りがありました
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14:10 いよいよへんろ転がし坂 
     左 白峯寺・根香寺 右 国分寺
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現在地
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 国分寺から
 地図中央の一本松まで登り
 尾根沿いの県道(青い点線)を
 白峰山▲337mマークの
 古田の分岐まで歩き、
 県道から地図にはない
 山道を
 白峯寺へ一気に下ります。

 山は白峰
 寺は白峯・・・
 どちらも正解なのでしょうね~





14:20 前途多難を思わせる遍路道
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14:30 石鎚神社への分岐  
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この辺りで人馴れしたヤマガラがいると聞いていたので、
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 前日、近所のペットショップで
 買い求めたヒマワリの種を
 皆さんにお接待。

 ヤマガラ君
 500g ¥298の高級品だぜい!


同行20人、手のひらにヒマワリの種を載せて待つこと暫く・・・

2,3m先の小枝にはチョイチョイ現れ、首をかしげて安全確認。
一羽が一度だけ同行娘遍路さんの手のひらから一粒啄んだが、
なかなかゆっくり舞い降りてはくれない・・・
艱難辛苦、必撮のお宝!
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 その後も
 手のひらに
 ヒマワリの種を載せ
 執念で山道を登る 
 同行M・Mさん
         



     ヤマガラと戯れたあと、延々と続く段差の高い丸太階段
14:45 登りに弱い私・・・ 前を行く人の背中も見えない・・・
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15:05 県道まで100mの東屋で小休止
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     東屋からの眺めは、まことに素晴らしいものでした
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     東屋下の修業地蔵さ~ん
     「私、艱難辛苦の旅半ば、修業が足らず未だ煩悩去り難く困っておりま~す」
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15:20 東屋から100mを肩で息して登り、やっと尾根の県道へ
     同行仲間を杖で引く人、引かれる人、
      サポートバスが救急車に見えました・・・
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     救急車が心配そうに、「乗る人いませんか~」
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15:40 誰も救援バスへSOS発信せず、しばらく平坦な県道を歩きます 
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f0213825_16245545.jpg 延々と続く
 県道沿いの金網は
 9・11 NY のテロ以来
 張り巡らされたという
 自衛隊演習地を囲む金網。
 ”警告看板”
  平和なようで  不安なニッポン・・・

15:50 お堅い自衛隊の粋なはからいでしょうか、古来あった道だからと?
    へんろ道の一部は金網の設置が無く、足元の丁石を数えながら
    遍路は天下御免で?歩かせていただきました。
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           Keep Out の印籠が見えねえ~か!
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f0213825_1658792.jpg 金網越しのオトコ、
 テロではございませんので、
 なにとぞ
 お見逃し下さい。
   画像 M/Mさん提供

15:55 古田の分岐
    ここから山道1200mを一気に白峯寺へ下ります
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16:05 摩尼輪塔(まにりんとう)と下乗石(げじょういし) 
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      <説明板>
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<説明文要約>
 摩尼輪塔(県指定有形文化財)は、
 長く辛い仏道修業を経て悟りを得た究極の位を表す「摩尼輪」(塔の円い部分)に因む呼び名です。
 摩尼輪の下(四角い部分)には「下乗」と彫りこみ、ここからは聖地であるから、
 いかなる高貴なお方でも乗り物を降りて歩いて参拝しなさいと示しています。
 と、長い遍路道もやっと聖地に近づいたことを教えています。
 この塔は、元応3年(1321)金剛仏子宗明が建立した全国でも珍しい塔です。
 左の下乗石裏には、
 天保7年(1836)高松藩が摩尼輪塔を小屋で覆って保存、新しくこの添碑を建てたと刻まれています。
                            昭和59年3月 香川県


 今日まで決して楽ではなかった1000Kを歩きましたが、
 恐れ多くも究極の位に達したなどとは毛頭思ってもおりません・・・
 ただ、ここまでずっと歩いて参りましたので、
 昔の高貴な方々の如く馬や駕籠を降りる必要は無く、暫し休憩後、先へ進みます。


16:10 摩尼輪塔から、300mほど下ってやっと白峯寺到着 
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    駐車場看板
    青峯、黄峯、赤峯、白峯、黒峯の5色山の白峯にある静かな古刹でした。
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第81番 綾松山 洞林院 白峯寺(りょうしょうざん どうりんいん しろみねじ)
     五つの棟しか見えませんが、さらに裏側に二つの棟があり、
     七棟門(しちとうもん)と呼ばれる大変珍しい高麗式の塀重山門です。
     ここは、今回のお遍路旅で私が一番楽しみにしていた霊場でした。
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      御成門
      中には、徳川親藩高松藩初代藩主松平頼重(徳川光圀の兄)が
             延宝8年(1680)に建てた客殿や庫裏などがある

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     護摩堂
     山門の真正面にあり、本堂と見まがうほどに立派な納経所を兼ねた護摩堂
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      頓証寺殿勅額門(とんしょうじでん ちょくがくもん)
       頓証寺の随身門で,左右に保元の乱で崇徳天皇を守った
       源為義・為朝父子の武将像が置かれています。
       正面に足利義持の奏請によって後小松天皇の御宸筆になる
       「頓證寺」の扁額(重要文化財)が掲げられており、
       この門を勅額門と呼ぶようになりました。
       現在のものは模刻であり実物は宝物館に収蔵されています。
                             -坂出市HPより-
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      勅額門を入ると、父・後鳥羽天皇に疎まれ、
      弟・後白河天皇に讃岐へ流された悲運の崇徳天皇を祀る頓証寺殿、
      その奥に白峯崇徳御陵がありました。
 
      天皇家肉親同士の皇位継承の勢力争いに、
      武士(平氏と源氏)が巻き込まれ、
      敗者の処遇に不満をもった源義朝は「保元の乱」から3年後(1159)、
      「平治の乱」を起こしてしまいます・・・
      79番天皇寺・白峯宮から始った物語は、
      84番屋島寺の壇ノ浦・源平合戦まで行かないと終わりそうにありません。


     勅額門の手前から右に折れ、本堂へ最後の92段の石段
     国分寺からのへんろ転がしを登ってきた細い足には少々堪えました・・・
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第81番綾松山白峯寺本堂
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    大師堂
     ・・・弘法大師さま、東日本を見守って下さい・・・
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    本堂・大師堂幔幕
    崇徳天皇ゆかりの寺らしく、白地に菊の紋章が染め抜いてあり・・・
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 ご朱印
f0213825_8181882.jpg            切手
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16:55 本日も無事16Kを完歩! 「お疲れさま」と、ドライバーさん
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17:05 五色台から夕焼けの瀬戸内を眺めながら(車中) 
        あと7ケ寺・・・ 結願への高揚感と終わってしまう寂しさが交錯、心中複雑です。
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今回の足あと
 坂出~八十場~国分~白峰寺 15,8K
 第1番霊山寺から延べ1,039K、おかげさまです・・・


<私の歩き遍路とブログ編集参考書、HP>
  「四国八十八カ所を歩く」  発刊:山と渓谷社 2006年2月初版1刷
    歩き遍路を始めるにあたり購入した本 ¥1500+税
  「四国八十八ケ所巡り」  発刊:昭文社  1997年1月1版10刷
    歩き遍路を始めるにあたり同級生が貸してくれた本(¥1333+税)
  「四国八十八カ所霊場」  発刊:NPO伊予路おへんろ倶楽部
    おへんろ倶楽部のご好意で戴いた小冊子
  四国八十八所霊場会公式ホームページ
    http://www.88shikokuhenro.jp/index.html 
  通過各市町村ホームページ観光サイト

      ご意見・ご叱正は
        jh5swz@orange.ocn.ne.jp まで
        よろしくお願い致します。-門前の小僧-
by jh5swz | 2011-04-06 18:23 | 79番天皇寺から81番 | Comments(0)

讃岐うどんと80番国分寺

歩いた日>第58回・2011年4月1日  快晴
コース> JR坂出駅前~
  79番天皇寺~80番国分寺~81番白峯寺まで15,8キロ  
疲労度> ☆☆★★☆ 


その2)79番天皇寺から80番国分寺まで6,6キロ
 
10:35 天皇寺(高照院)・白峰宮の鳥居をあとに国分寺をめざして出発  
  私は「お寺」をお参りしたハズなのですが、鳥居に見送られております
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今日も讃岐うどん昼食が楽しみです
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11:05 予讃線鴨川駅を通過 
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綾川の河川敷を歩き
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11:30 山下うどんは近い!  
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        信心の賜物でしょうか、
            本日も雲一つない青空
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11:40 行列のできる「山下うどん」は、至って普通の民家でした。  
     事実、到着時から出発時まで、行列は店外まで絶えることがなかった
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うどん玉数を注文して自由にトッピング、勘定は自己申告!
私は、玉2+エビかき揚げ+じゃこ天+生たまご=¥580- f0213825_12383662.jpg

       うどんを漢字で書くと・・・ 勉強になりました
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12:40 地元で「うどんは別腹」と云いますが、満腹に足重し?・・・
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12:50 高松市へ  
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   電柱に貼ってあったへんろ道しるべ
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現在地:高松市国分寺町国分
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12:55 第80番国分寺仁王門到着
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      仁王門には我が家の玄関に似合いそうな?見事な枝ぶりの松が
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山号は「白牛山(はくきゅうざん)
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仁王門を入ると参道左右にミニ四国本尊の石仏が
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             参道の見事な松並木の正面に本堂が
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第80番 白牛山 千手院 国分寺(はくぎゅうざん せんじゅいん こくぶんじ)  
聖武天皇創建当時の遺構をよく残した寺で、旧境内の全域が国の特別史蹟。
本堂は鎌倉中期に再建されたもので、周辺に創建当時の礎石が点々と残る。
                           -手元資料より引用-

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13:13 中門の奥に礼拝殿
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      礼拝殿とはもったいぶった呼ばせ方?(撮影禁止だったのだ・・・ドキッ)
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         正面の窓みたいな所の奥に別棟の大師堂が見えました。
         屋内はお納経所兼参拝用品&お土産売り場になっており、
         おびただしい数のお守りや遍路用具が所狭しと並べてありました。

ご朱印
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                 切手
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  国分寺の切手を紛失しました・・・
  どなたかお手持ちの方が
  おられましたら
  ¥80-で譲っていただけませんか?
  お願いします・・・



納経を済ませ外へ出ると
水子地蔵がびっしり並べられており、三毛猫が水子供養をしていました。
     猫:兄さん、お前さんもかニャン。
     私:拙者、お前ほど悪ではニャン。
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見上げれば、多宝塔と見まがうような大師堂が
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創建当時から残る四国霊場最古の梵鐘(本堂とともに国・重文)
慶長年間に高松城に移そうとしたが祟りを恐れて寺へ戻されたとか
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現存していれば
京都・東寺の五重塔を超す大塔だったといわる創建当時の七重塔の礎石
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七重塔芯柱の礎石上に古い七輪塔が
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実物大に復元された広大な敷地を囲む築地塀の一部
 20mの築地塀復元工事費が2000万円とか?
 右後方の掘立柱は伽藍の一部の柱を再現したものとのこと
  

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僧坊?の発掘調査遺構一部を屋根で覆った資料館
全国各地にある国分寺の中でもその規模は屈指のものであったらしい
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資料記念館などを見学後ちょと休憩、

13:50 今から正面の五色台(白峰山)の頂上まで、細い足に鞭打って
    約3,5K 標高差300mのへんろ転がしを登ります 
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   ご意見・ご叱正は
   jh5swz@orange.ocn.ne.jp まで
   よろしくお願い致します。-門前の小僧-
by jh5swz | 2011-04-04 14:39 | 79番天皇寺から81番 | Comments(0)

歩いた日>第58回・2011年4月1日  快晴
コース> JR坂出駅前~
   79番天皇寺~80番国分寺~81番白峯寺まで15,8キロ  
疲労度> ☆☆★★☆ 


その1)JR坂出駅から79番天皇寺まで2,7キロ
 
08:30 松山自動車道豊浜サービスエリアの半旗  
東日本大震災犠牲者に捧げる参拝の一日にすることを決めました。
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09:10 JR坂出駅到着
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09:20 駅に隣接する公園でストレッチ
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地図中央の坂出駅から赤い点線に沿って天皇寺めざしてスタート
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09:45 JR予讃線を渡って
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09:50 桜チラホラのへんろ道を歩くと
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09:55 ほどなく八十場(やそば)の泉に到着
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f0213825_1336373.jpg  この霊泉は、
  瀬戸内の悪魚を退治した
  日本武尊(やまとたけるのみこと)
  88名の兵士が、
  その魚毒に当ったとき、
  この泉の水を飲んで
  蘇生したという伝説があり、
  八十八名の兵士が蘇えった
  ことから
  八十蘇場の泉と呼ばれるらしい




保元の乱で讃岐へ流された崇徳天皇は長寛2年(1161)、坂出府中で崩御、
朝廷の令旨が届く21日間、遺体が傷まないように使われたのが八十場の泉。
その間、棺を安置したのが、このあと参拝する79番天皇寺。
令旨後、五色台白峰山で荼毘にふされ、80番白峯寺には御陵が残る・・・
                               手元参考書より抜粋
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八十場名物 清水屋(きよみずや)のところてん
崇徳上皇ゆかりの八十場の泉の”ところてん清水屋”さんの創業は江戸時代とか

                メニューも豊富で
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                あれこれ品定めして・・・
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桟敷で食べる ところてんは、夏場なら界隈の風物詩でしょうか?
左ききのクセに甘党の私も定番からし醤油(¥250-なり)で一杯 
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10:05 花見にはチト早い桜・・・
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   実際には八十場の泉から歩いて白峰神社裏から参拝したのですが、
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   ここでは正面参道の赤い鳥居からご紹介させていただきます。
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             お納経所前の「赤門」がお寺の玄関なのでしょうか?



10:10 第79番天皇寺到着
人伝てに聞いた話し・・・
赤い鳥居は白峰神社参道入り口なので、
写真手前の天皇寺石碑側の駐車場から入山するという説もあるとか・・・

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国内で3ヶ所しかないという、左右に脇鳥居を持つ白峰神社の鳥居
(参道中ほど左手に天皇寺本堂、右手にお納経所、正面は白峰神社本殿)
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第79番 金華山 天皇寺<高照院> (きんかざん てんのうじ・こうしょういん)
75代天皇崇徳上皇(1119~64)は保元の乱(1156)に敗れ、讃岐へ配流され、
長寛2年(1164)、坂出府中の鼓ヶ岡で崩御、朝廷からの令旨が届く間、
柩を当寺へ安置したことから上皇を祀る白峰宮の別当として「天皇寺」となった。
明治政府の神仏分離令により崇徳上皇社は白峰宮となり天皇寺は廃寺となったが、
筆頭末寺高照院が跡地に移転、本尊を遷座し札所天皇寺高照院となった。 んやて~
                          -以上、手元参考資料から抜粋- 
   ここにも神仏分離令に翻弄された寺院と神社の歴史があった・・・
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      崇徳上皇ゆかりの寺らしく、
      天井には金箔の菊の御紋が貼られているという話しを聞いていたが、
      覗き見ることを忘れてしまった・・・


天皇寺大師堂
・・・弘法大師さま 東日本を応援して下さい・・・
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 御朱印 勿体ないような寺名なのに
    「皇」の字をカタカナで手抜きして欲しくなかったなあ~
 
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     赤門:本堂・大師堂とお納経所を結ぶ参道にある。
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          (四国霊場記念切手シリーズより)



崇徳天皇ゆかりの札所として「天皇さん」とも呼ばれるらしいが、
それにしても高照院と書いてあったり天皇寺となっていたり、
どちらで呼ぶのがよいのだろう? 帰ってきてもわからない・・・

まっいいか、
なんでもありの四国霊場八十八ケ所巡りですから。
 
 第80番国分寺へ続く

by jh5swz | 2011-04-02 14:39 | 79番天皇寺から81番 | Comments(0)