小僧の愛車

 酷使に耐えて
 
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             歩き遍路旅では1㌔たりとも愛車は使っておりません、
                 
by jh5swz | 2012-02-29 17:23 | その後の徒然日記 | Comments(0)

県境:讃岐から阿波へ

 2006年 4月7日 第1番霊山寺を出発 
 2007年 5月4日 徳島県から高知県へ
 2009年 3月6日 高知県から愛媛県へ
 2010年 12月3日 愛媛県から徳島県経由香川県へ
 四国4県の県境を通過して
 2011年9月23日 第88番大窪寺へたどり着き、めでたく結願しましたが、
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出発以来同行20人揃って、ここまで歩き通した旅ですから
ここ88番から1番まで40㌔を歩き繫げば文字通り「四国一周」達成!
というわけで、
もう一つの県境(くにざかい)越えを体験することができました。

県境越え・その4) 香川県から徳島県へ
歩いた日 2011年10月13~14日・1泊2日 40㌔

10:00 結願の大窪寺をあとに f0213825_1093457.jpg
  足どりも軽く
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山を下り
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  谷を越え
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スタートして1時間20分、香川県から徳島県市場町へ越境!
11:20 農家へ通じる細い道に標識があり、一人で小さなバンザイをしました
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               ここで4県の国境を無事通過することができました!
      ☆☆☆~~~  ☆☆☆~~~  ☆☆☆~~~

このあと、娘お遍路さんに引っ張られて第1番霊山寺目指して歩きました。
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1日目の夜はは”これでもか これでもかと料理が出る”というお宿で満願成就の前夜祭!
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2日目は、9番法輪寺から1番霊山寺へ”逆打ちの旅”でした
9番法輪寺
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  8番熊谷寺仁王門をチラッと横目に
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雨になった7番十楽寺を通過
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  6番安楽寺前を通過
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5番地蔵寺山門
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  4番大日寺はパスして
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昼食は、6年前第1番霊山寺を出発した日の食事処
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   2006年 4月7日の暖簾
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          お先達の この粋なこだわりが嬉しかった! 

3番金泉寺
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  2番極楽寺で身なりを整えて・・・
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正面に1番霊山寺山門を見ながら、ばんどう門前通りをラストラン?
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仁王門の大提灯に明かり灯して弘法大師のお出迎え
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かくして1200㌔の四国一周へんろ旅のファイナルを迎えたわけでした。
by jh5swz | 2012-02-26 15:44 | 5つの県境を越えて | Comments(2)


 伊予路364㌔を歩き、26ケ寺を参拝すると巡拝の旅は讃岐路へ入ります。
 車お遍路では、愛媛県から県境を越えて香川県へ入り、
 ロープウエイを利用して雲辺寺をお参りされるのが一般的なコースだと思いますが、
 歩き遍路では、少し複雑で・・・
 愛媛県から一旦徳島県へ入り、雲辺寺境内で香川県との県境を越えることになります。

県境その3:愛媛県から徳島県経由香川県へ
歩いた日:2010年12月3日 曇天~小雨~寒空
愛媛から徳島、そして香川へ。1日3県を踏破したへんろの日記

 愛媛県川之江から国道192号線の県境・境目トンネルを抜けて徳島県池田町佐野へ
 その池田佐野から標高差800mの急坂を登り、
 山の尾根を1時間ほど歩き66番雲辺寺を目指します。
 実は、香川県第1番雲辺寺の住所は
     徳島県三好市池田町白地763-2であり、
 寺の境内に徳島県と香川県の県境が走っています。

 と、書いている自分でも頭が混乱しそうですが、画像でご紹介します。

09:20 四国中央市川之江側から、境目トンネルへ突入  
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   愛媛と香川の境を「県境」、愛媛と徳島の境を「境目」と呼んで区別していたことが由来のようです

遍路は香川県の第1番雲辺寺を目指している心算なのですが
国道の標識は徳島県三好市を示しています。
f0213825_1124322.jpg       銘板:1972年9月完成 855m
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09:32 ご他聞にもれずトンネル中央が県境のようで、出口の標識は徳島県三好市
ここで、まず愛媛県から徳島県の県境を通過したことになります
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10:00 しばらく徳島県池田町佐野の集落を歩き  
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10:40 高速道高架下から、約2㌔、標高差800mの遍路ころがし坂を登ります 
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弘法大師も想定外だった? へんろ道から高速道の眺め
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あいにくの小雨と強風の中
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   へんろ道のお地蔵さんに励まされながら
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12:00 登り始めて1時間20分、やっと山の尾根、ここから雲辺寺までさらに60分  
比較的平坦な舗装道で助かりました
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12:40 尾根の高冷地野菜畑を通過、雲辺寺手前1㌔の看板  
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12:58 四国霊場最高峰900mの雲辺寺到着  
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              境内は弁当の箸もしっかり握れないほど寒くて寒くて・・・

第66番雲辺寺の詳細は本編をご覧頂くこととして、
忘れられないのが、この等身大の五百羅漢像、実に壮観!
じっくり探せば自分に似た羅漢さんが必ずいらっしゃるそうな・・・
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参拝後、徳島県雲辺寺の羅漢さん道から香川県大野原町へ2時間下ったわけですが、
このトラバース途中、県境標識があるかと期待したのですが遭遇できませんでした・・・
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ところが、
もう一度、五百羅漢さんに会いたくて
2011年5月4日、香川県側からロープウエイを利用して再訪したとき
下りのゴンドラとスレ違いです、こうして見ると「「綱渡り」? 
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山頂駅から境内への参道にちゃんと県境銘板がありました。
ここで徳島県から香川県へ県境を越えました
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この1枚の画像紹介のために長い記事になりました・・・
                    おつき合いありがとうございました。
by jh5swz | 2012-02-23 21:00 | 5つの県境を越えて | Comments(0)

県境:土佐から伊予へ

土佐遍路道の総延長距離は380㌔、
四国四県で一番長く、札所は16ケ寺と一番少ない。

県境を越えると、室戸岬への道は、
行けど歩けど空と海のはざまの一直線の道。
この頃になると、
足と靴が馴染んだものか、決して楽ではないが苦痛は感じません。
室戸岬を回ると、
太平洋に沿って桂浜を経て、四万十川を渡り、足摺岬までひた歩き。

足摺岬から打戻り、
土佐最後の札所第39番延光寺を参拝して、いよいよ伊予を目指します。
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くにざかい その2 土佐から伊予へ
関所通過日>2009年3月6日 小雨のち晴れ
   第1番霊山寺から約580㌔地点

宿毛市街地から松尾峠をめざします。
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 R56を車で走れば
 第40番観自在寺までは30分の道のり。
 歩く と決めた このへんろ旅、
 丸一日かけて歩きます。


 こんな贅沢な旅がありましょうや、などと負け惜しみを言いながら・・・

12:24 松尾峠ふもと坂口番所跡 
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12:50 峠まで1,4㌔、眼下に出発した宿毛湾が  
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13:17 当時、整備された石畳も今は木の根っこ坂  
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13:25 ふもとから1時間、やっとたどり着いた松尾峠の”くにざかい” 
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旧街道(遍路道)沿いに建つ伊予藩石柱
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     向かい合うように土佐藩石柱      
      従是土佐國貞享5年(1688)建立
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苔むした石柱と刻まれた文字に、    
「くにざかい」の持つ、当時の両藩の厳しいせめぎ合いをかいま見たことです。

松尾峠でしばらく休憩して第40番観自在寺のある愛南町へ下ります。
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当然のことながら、伊予藩側にもちゃんと番所跡がありました。
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☆☆~~☆~
予断ながら、R56沿いの県境には
全国的にも珍しい2県(高知県と愛媛県)にまたがる県境の組合立学校があります。
正式な学校名は、
「高知県宿毛市愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立篠山小学校」
「高知県宿毛市愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立篠山中学校」という、
日本一長い学校名で、
平成19年3月に小中学校合同校舎が完成し、
同じ校舎で小学生と中学生が共に学んでいます。
by jh5swz | 2012-02-19 22:05 | 5つの県境を越えて | Comments(0)

県境:阿波から土佐へ

ぐるりと四国を一周して霊場88ケ寺を歩いて巡拝すると
                都合5回「県境」を通過することになります。


        四方を海に囲まれた日本に住んでいると、
        海の上に国境線が引いてあるわけでもないので、
        海外旅行でパスポートを提示するとき以外、
        「くにざかい」の実感がなかなか湧きません・・・
     昨今の北方領土や尖閣諸島、竹島問題には複雑な思いがありますが・・・

     そんな不謹慎で平和ボケの門前の小僧、
     5年7ヶ月の歩き遍路をしながら、それぞれの「くにざかい」を通る度に、
     そこが旅の一里塚に見えたり、道路事情の変遷を感じたり、
     ある時には刻まれた歴史に思いを馳せたり、さまざまな思い出があります。


     今回は、
     へんろ道それぞれ思い出の「くにざかい」をご紹介させていただきます。

その1>阿波から土佐へ
関所を通過した日 2007年5月4日
第1番霊山寺を出発して13日目、
阿波最後の霊場第23番薬王寺から室戸岬の第24番最御崎寺までは
札所間距離が3番目に長い75㌔を4日(ツアー4回)かけて歩きます。

道中、霊場はありませんが、
弘法大師ゆかりの鯖大師・東洋大師・佛海庵などの番外札所を参拝します。

徳島県から高知県への県境は、
温泉、レストラン、ホテルを兼ね備える巨大施設「道の駅・宍喰温泉」から
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2キロほど歩いた「水床(みとこ)トンネル」です。
自動車の轟音と排気ガスの中を638メートル歩き、
トンネルを抜けると、そこは雪国ならぬ南国・土佐の東端、東洋町甲浦でした。
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 トンネル正面に高知県の標識
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     振り返れば徳島県海陽町
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思わず、「ありがとう徳島県・どうぞよろしく高知県」とつぶやいた門前の小僧でした。

この日のゴール地は、県境から約6㌔、番外・東洋大師。
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by jh5swz | 2012-02-18 19:05 | 5つの県境を越えて | Comments(0)

四国霊場国分寺のラストは香川県の国分寺です。

Wikipediaによると、
国分寺(こくぶんじ)、国分尼寺(こくぶんにじ)は、
741年(天平13年)、聖武天皇が国情不安を鎮撫するため、各国に建立を命じた寺院。
壱岐や対馬には「島分寺」(とうぶんじ)が建てられた。
正式名称は、
  国分寺が金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)、
  国分尼寺が法華滅罪之寺(ほっかめつざいのてら)と、記述してあります。

その3<讃岐国分寺>
四国霊場第80番 白牛山 国分寺 高松市国分寺町国分2065
参拝日:2011年4月1日

79番天皇寺(高照院)参拝後、1時間ほど歩いて綾川沿いの山下うどんで腹ごしらえ。
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    知る人ぞ知る山下うどんのお代は
    「うどんを食べる人に悪人はいない」と云う
    店主の心意気で
    ”トッピング自己申告制”でお支払い。
    さすが、「うどん県」の山下さん!


満腹のうどん腹には少々堪えましたが、
その山下うどんから1時間歩くと第80番国分寺仁王門に辿り着きます。

手入れの行き届いた枝ぶりいいの松の木が、今も印象に残っています。
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仁王門をくぐると長い参道の正面に本堂が見えます。
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境内左右の松の生い茂る参道を進みます。
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重厚な国分寺本堂です。
現存の本堂は9間四面の入母屋造りで鎌倉時代中期の建築。 
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本堂手前松並木の中に、
奈良時代の金堂(講堂)跡を示す33個の礎石と、
金堂は実測間口(東西)十四間、奥行(南北)七間(天平尺)の大堂であった。

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参道右手には、
七重塔の跡を示す15個の礎石が残っており、
七重塔は五間四方の塔で、京都東寺五重塔(高さ東洋一)以上の規模の大塔であった。 
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       お断り)測量データー及び想像イラストは<讃岐国分寺境内案内看板>から転記しました

七重塔礎石中央の心柱礎石には鎌倉時代に建立されたという七重の石塔が建っていました。
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これらの礎石群の規模と、この後見学した境内の遺跡などから、
ここは、全国の国分寺を代表する壮大な七堂伽藍であったことが十分に窺えました。


大師堂にも山門がある札所の記憶は他にありません・・・
門柱には、恭しくも”礼拝殿”とかいてあり、
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堂内の一角の額縁を覗くように、お大師さまへお納経です。
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お納経所を兼ねた大師堂内は、
ご当地おみやげ品のほかお数珠、蝋燭、お線香、納め札はもちろん、
これ以上は無かろうと思しきおびただしい各種お守りがところ狭しと陳列販売されており、
遍路はみやげ物陳列台の無いスペースを探し?小さくなってお経を唱えるが如しで・・・
さらに万引き監視よろしき目つきのおばさんの眼が鋭く360度回転しておりました。

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  大師堂参拝後、
  外からゆっくり振り返れば、
  それは多宝塔かと見まがうような
  鉄筋コンクリートの二重塔であり
  手前でネコが水子供養をしておりました。

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  大師堂山門右手に
  願掛け金箔大師堂があり、
  お納経所で一金300円也の小さな金箔を購入し
  願い事を唱えながら大師像に貼り付けると
  願いが叶うのだそうです。

  人それぞれですが、
  遍路の身分で金箔を買って
  大師像に貼り付けるなどとは、拝金主義?的で
  私には理解できなかった・・・のでパス。     


 本堂裏手?には
 創建当時の広大な伽藍を囲んでいた築地塀の一部が復元してありました。
 復元工事費は20mで2000万円とか・・・ へイ~~  囲っこイイ??? 
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資料館を見学のあと、一休みして、
正面の山を越えて81番白峰寺を目指した登り道は
金箔大師像に願いをかけなかった罰当たりかと思われるほどの難行苦行でした・・・
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これで四国4県の国分寺シリーズを終わります。
市町村合併や町名変更で、各地で昔の地名が消滅していく傾向にある昨今ですが、
4つのお寺の所在地の地名に国府・国分・国分寺というアザ名がしっかり残っており、
それぞれの地域にお住まいの方々とお寺のかかわり合いの深さを感じたことです。
  第15番国分寺 徳島市国府町矢野718-1
  第29番国分寺 南国市国分546
  第59番国分寺 今治市国分4-1-33
  第80番国分寺 高松市国分町国分2065 

追伸
 (林屋木久扇さんの寒いダジャレじゃないですが)
 ウイルスの怖さをサイキン知った私です。
 皆さん、インフルエンザにご注意を!
  
 
by jh5swz | 2012-02-07 17:27 | 4つの国分寺 | Comments(0)

この寒波で、今朝は南の島にも雪が降りました。
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         箱庭の
         千両役者
              雪に冴え




 豪雪でお困りの方々には申し訳ありません・・・
by jh5swz | 2012-02-03 21:16 | その後の徒然日記 | Comments(0)

引き続いて、四国4県霊場の伊予国分寺参拝の思い出を投稿します。

Wikipediaによると、
国分寺(こくぶんじ)、国分尼寺(こくぶんにじ)は、
741年(天平13年)、聖武天皇が国情不安を鎮撫するため、各国に建立を命じた寺院。
壱岐や対馬には「島分寺」(とうぶんじ)が建てられた。
正式名称は、
  国分寺が金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)、
  国分尼寺が法華滅罪之寺(ほっかめつざいのてら)と、記述してあります。

その3<伊予国分寺>
四国霊場第59番 金光山 国分寺 今治市国分4-1-33
参拝日:2010年6月4日

国分寺は、今治市内霊場6ケ寺最後の札所で、
58番仙遊寺から五郎兵衛坂を下り、6㌔ほど歩いた唐子山ふもとにあります。
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たくさんの幟旗に迎えられて石段を上がると、本堂と右手に大師堂が並びます。
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お納経中・・・
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「お線香の香りは仏様のご馳走です」と仏具屋さんはおっしゃいますが、「色」は?

(100mほど離れた)本堂裏の創建当時の国分寺があった場所には
花崗岩の13個の礎石があって国指定の史跡となっているとのことです。
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             この画像は、国分寺関連資料からお借りしております

ほか、境内には伊予国分寺らしき遺跡などは見当たらず、
私には印象の薄い参拝でしたが、
握手をしてお願い事をするという「握手修行大師像」がありました。
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 弘法大師のご意向でもあるまいに
 「願い事は一つにしてください、
 あれもこれもはいけません、
 お大師様も忙しいのです」と、
 料簡の狭い高札・・・
  
 「ワシはそんなに料簡狭くないぞ!」と、
 弘法大師の声が聞こえましたので、
 家内安全、病息災をお願いしました・・・


あまりにも達筆で、私には読めない納経帖墨書きと切手
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           意匠は本堂鬼瓦



<番外日記>
参拝後、参道のおみやげ屋さんに呼び止められ、
「お大師さん!お大師さん、お接待させて下さい」と、小さなタオルハンカチを頂いた。
  (お大師さん!って、自分のことだとは夢にも思わなかった・・・)
明るいノリに乗って、清涼ドリンク剤を一本購入、お接待返し!
 
 
次回は、讃岐国分寺の思い出をご紹介します。
by jh5swz | 2012-02-01 18:55 | 4つの国分寺 | Comments(1)