三坂馬子唄

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by jh5swz | 2012-04-22 20:58 | 坂本屋日記2012

48番西林寺

6年前の4月7日、
徳島の第1番霊山寺を出して歩き始めた記念日、
近郊を「気まぐれ歩き遍路」した日記の完結編です。

第47番八坂寺をあとに、
遍路の元祖?
衛門三郎の墓所(私宅跡とも聞く)文殊院と
その衛門三郎が弘法大師を追っかけて遍路に出立した場所と伝わる札始大師を参拝。
ここを参拝するたびに平成18年7月7日の第12番焼山寺からの下り坂にあった、この像を思い出します。

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         衛門三郎さん:「いつぞやの私の無礼をお許し下さい」
         弘法大師さん:「いいから、いいから、お手をお上げない」。


         ここまでは伝説の世界なのですが、
         許された三郎さんの生まれ変りが
         小石を手にして産声をあげ、「石手寺云々」になると
         もう、伝説から空想映画並みでありまして・・・

         ” いいから、いいから、なんでもありの四国霊場巡りですから ”。 


難しい話しはさておいて、
札始大師を出発したのは午後1時、
私もMさんも腹時計は、もうとっくに午後2時(過ぎ!!)
すきっぱら抱えて30分ほど頑張りました。
お目当ての「うどん屋」さん到着!
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いつも行列のできる この店は、
本場さぬきのうどん屋さんを1000軒以上食べ歩いたと云う、その道の達人で、
私の四国一周遍路のお先達(ニックネーム「うどん小僧」さん)の折り紙付き!

f0213825_1123273.jpg 4月7日、
  Mさん、釜揚げうどん大、
  私、やまかけうどん。
 4月8日
  私、奮発して天ざる! 
  妹はやまかけうどん。


 
左上の FREEは妹が飲みました。
  なぜだか勘定書は私の海老天の下・・・


うどん屋さんから少し回り道して、弘法大師ゆかりの「杖の淵(じょうのふち)」へ寄りました。
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   名水百選にも選ばれているこの池は、旱魃に悩む村民のため、大師が杖を突いて
   あちこちから清水を湧かせたという伝説の池で、以来、水は枯れた事がないと云う。

池の中央では、大師が今も杖を突き続けて?
(ここは48番札所西林寺の奥の院となっています)f0213825_11524967.jpg おかげ様で? 流れ込む溝すらないが、
       溢れる水は澄み切って透明度抜群
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全体が公園になっていて仲良し家族の格好の遊び場
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                   画像掲載ご承諾に「薄謝」もなくてすみません

そういえば今日は花祭り、お釈迦様は御座らぬか?
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全国名水百選・水汲み場(飲料可)
f0213825_120943.jpg 水汲み場 傍の高札
 18㍑ ポリ缶 1個につき?
 年間¥2000・・・ 
 維持管理費も必要なのでしょうね~
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杖の淵から少し歩けば第48番西林寺
この寺は前の小川の土手より低い場所に寺があることから、
罪深い人が境内に入ると無間地獄に落ちると云われ、「伊予の関所寺」と呼ばれるらしい。

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「無間(むげん)地獄」とは、
地獄の中で一番恐ろしい地獄で、
「無間」すなわち「間断のない苦しみに責め苛まれる地獄」のことで、
ここに堕ちて苦しむことに比べれば、これまでの地獄は天国みたいなものだそうです。  


鐘楼の奥に毅然とした佇まいの本堂とこじんまりした大師堂が建っています
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計画では、ここでゴールの予定でしたが、
健脚のMさんからもう少し歩こうとの提案で、
再出発して30分ほど飛行距離を延長、
その名も「遍路橋」を渡ると、
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看板が割れていますが、第49番浄土寺までは1,5㌔ほど

まもなく、
菜園で諸葛菜が満開の「へんろ宿・小僧の宿」へゴールイン!
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 ここまでの 4/7 携帯電話健康ツールデーター
  25861歩 19,5㌔
  消費カロリー 1206kcal
  脂肪燃焼   86㌘     

Mさんのメタボ対策にかなり貢献できたかも?
   実際は、本人と周りの者が言うほどでもなく、
   小僧には「恰幅のいい」うらやましい体格にしか見えないんだけどな~~
   メタボのMで、M・Mだと本人が名乗っているのは
   モテてモテてM・Mのカムフラージュに違いない!
 

奥さんに出発地・三坂峠まで送っていただいたお返しに、
我が SUBARU-IMPREZA-sports-wagon-ponkotu でMさんを豪邸まで送って、
記念すべき遍路・発心6周年記念日イベント「気まぐれ花遍路旅」は無事終わりました。

今回の気まぐれ遍路の足あと


桜満開の道中記の完結編を書いている今日(4/14)の新聞に
東日本震災で津波被害に遭ったいわき市の旧小名浜測候所で波を被った標本木の桜が
5月13日に開花基準となる「五輪以上」咲いて「開花宣言」した。
                           という記事を目にしました。
  桜前線みちのく入りです。  
  浮かれた遍路日記を書いていますが、 
  桜に負けないで、
  被災地皆様の”復幸”をこころから祈っております。
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                       門前の小僧  2012・4/14 
                          
  
 
by jh5swz | 2012-04-14 13:37 | その後の徒然遍路 | Comments(2)

浄瑠璃寺へ1,5㌔の標識が見えるとMさんの足はだんだん速くなって、
こちらはついて行くのが精いっぱい・・・
「満開の桜」撮影を理由に、ちょっとズル寄り道。
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立派な豪邸でも邸内桜並木はムリと見えて?、隣の畑へ植えた桜が絶好調!
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ここがウワサの「久谷里山劇場 大黒座」
  かつてこの地区で酒造業を営んでいた黒田家が、廃業後、酒造蔵を芝居小屋とした。
  建物は延べ面積約115坪。観客:最大200人収容。当時は桝席を設け、花道もあったという。
  その後、昭和38年まで映画館として使われた。<大黒座HPより抜粋編集>

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午後からのコーラスコンサートに備えてリハーサル中でした、
入口から、撮影許可願いの一礼をステージへ送って1枚撮らせていただきました。
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         コーラスも☆☆☆だったが、重厚な柱や天井の梁も☆☆☆!

第46番浄瑠璃寺到着
山門の無いことが、妙に印象に残る札所です。
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何度参拝しても境内はきれいに掃き清められています
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春遍路ご一行がお納経中、お先達の花木魚が早くて”駆け足般若心経”でした
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寺の裏、菜の花と桜の共演いや競演はたまた饗宴
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f0213825_15243198.jpg  空に桜花、
  地に菜の花、
  両手に般若湯でしょう!

  間もなく 開宴ですって?
  
  うらやましい限りです。



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仏さまだって幸せに違いない!
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花の浄瑠璃寺をあとに第47番八坂寺も桜に迎えられ
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正面の極楽橋の天井絵もなんだか春めいて見えました。
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                   よく見れば、桜吹雪?
 

花へんろ旅、まだ続きます
by jh5swz | 2012-04-11 20:53 | その後の徒然遍路 | Comments(2)

坂本屋から浄瑠璃寺

網掛石大師堂から少し歩いた石材屋さんの前でこんな道標を見つけました。
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松山札辻より四里とあります。
 ♪探してしていたんだよ~♪ 
 これがまさにここが土佐街道だった証しなのです。

松山市窪野町
  

実は松山市本町の西堀の角に小さな庭には、こんな石碑が建っています。
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        上下2枚の写真は4/6日、桜を撮ろうと堀端へ出かけたときのものです

桜の下の石柱には
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   松山札之辻
 松山藩道路元標
  と刻まれ
  傍の石碑には
  里程 
      金毘羅街道
        小松まで11里
        金毘羅 31里
     土佐街道 
        久万まで 6里
        土佐   25里
     大洲街道
        中山まで 7里
        大洲   10里
     今治街道
        北条まで 4里
        今治まで11里
     高浜街道
        三津まで 1里
        高浜    2里
 
 

  と、刻まれており、
  ここが藩政時代、
  四国各地への街道起点だったことが窺がえます。



松山市札の辻
 


窪野町へ話しを戻します、
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 石材屋さんの前の道標は、土佐街道・札之辻から4里(約16㌔)の証し。
 昔、殿様はさておいてお武家、商ん人、旅芸人、馬子、遍路・・・
 石材屋さん前は、さぞやにぎやかだったことだろう。

 とか、

 調べて判るものなら、
 札の辻からココまでの四里のルートを
 遍路むすび持参で歩き辿ってみたい。
 マジで。 

 などと、
 思いに耽って道草していたら、
 坂本屋で会った、本日結願の若者がニコッと笑いながら通り過ぎて行きました。
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 なるほど早い、今日まで1時間6㌔ペースで歩き通した若さに敬礼!
      「結願の石手寺まで頑張れよ~ おめでとう~」。
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                       断っていないが後姿ならOKかな? 

 桜遍路、まだ続きます
by jh5swz | 2012-04-09 20:14 | 坂本屋日記2012 | Comments(0)

坂本屋界隈

4月8日、潅仏会。
 お釈迦さまは、
 お生まれになってすぐ七歩あゆまれて「天上天下唯我独尊」と言われたと云う。
 お釈迦さまの誕生を慶び、
 天に九匹の龍が現れて甘露の雨を降り注いだ、という様子を模して
 「甘露の露」になぞらえて甘茶をかけるのだそうです。
 「天上天下唯我独尊」とはスゴイ! 

 それはさておいて、
 久しぶりの山下りに、昨夜は膝や腰が少々痛みましたが
 一夜明ければ、そこは”若さ!”か、快調な目覚め。
 夕べのみやげ話しの桜や土筆に釣られた?妹を乗せて
 心ばかりの(お接待用)饅頭、柏餅、団子等を用意して
 坂本屋さんの暖かった囲炉裏火のお礼に出かけました。

以後の記事と画像は、4月7日と8日のMix投稿となることをお断りします

今日も「お接待中」の小旗がゆれる坂本屋さん
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  昨日の寒さと
  打って変った春の陽気に
  囲炉裏火は遠慮がち、
  煙だけが屋根裏を煤らせていました。
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お接待当番の方々に昨日の二人分のお礼を申し上げて、
土間の縁台で熱いお茶を戴いていると、
三坂峠から学生風の若者が下ってきた。
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  「ひと休みして行きませんか?」と、坂本屋さん
  「ありがとうございます」と、礼儀正しい若者。

  聞けば、通し歩きで30数日?目(1時間6㌔計画だというから驚いた)
     今日の夕方、第51番石手寺で結願のゴールインとのこと!
     卒業春休み旅か?
     素晴らしい記念旅に私は思わず大拍手!

  「何処が一番辛かった?」と、私。
  「雨の日の大窪寺・女体山岩登りでした」と、若者。
     歩いた者だからこそ分かる苦労話しが暫く弾んだ。
  
  目元の涼しいシャイな若者だったので写真は遠慮したが、
  石手寺で家族と彼女に迎えられた若者、
  「まだ飲めません」とは言ったが、今夜は美味いビールだろうなと想像。
 
 その若者を拍手で見送ったあと、自分達も坂本屋さんを辞去。
 キット又来ます! 
       
坂本屋さんから車で数分、
昨日、ハイキング中?の中年山ガール皆さんが
キャーキャー言いながら採っていた土筆畑で、
妹は土筆採り、私、土筆目線でカメラ三昧
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これが今夜の卵とじになった土筆、ご法度の桜泥棒をお許し下さい。
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このあと、昨日取り壊し中で気になった網掛石大師へ

     2011年6月19日の網掛石大師堂
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                 それにしても、別名「クジラ石」とは言い得て妙! 
     2012年4月8日の網掛石大師堂
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数年前から、へんろ道を挟んだ向側に
 新しいお堂が出来たから
   壊してもいい ものでも無かろうと
      現場を見た者としては複雑な気持ち・・・
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因みに「網掛石」とは
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   弘法大師が運んだ
   網目の模様が残った石 だとの看板
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普段、相当歩き込んで訓練たっぷりのMさんの足どりも軽く、
      満開の桜を眺めながら46番浄瑠璃寺を目指しました。
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by jh5swz | 2012-04-08 22:11 | 坂本屋日記2012 | Comments(0)

三坂峠から坂本屋まで

 4月7日は門前の小僧の記念日。
 2006年4月7日
第1番霊山寺を出発、1200㌔・88ヶ寺巡拝のスタート記念日でした。
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 1番霊山寺お参りも考えましたが、
 前々から”歩くこと”を口説いていたMさんが、
 「メタボ対策で、お前さんの記念日歩きに付き合ってやろう」と、言っていただき、
 久万高原町の標高726m・R33号三坂峠から旧土佐街道へんろ道を下り、
 松山市の第46番浄瑠璃寺~第48番西林寺まで20㌔を歩いてきました。

 峠までの交通手段が頭痛のタネでしたが、Mさんの奥さんに出発地まで送っていただき、
先月、一部開通したばかりの松山~高知自動車道の走り初めもできました。
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峠まで送っていただいた
09:00 おしゃれなSUBARU-IMPREZAのドライバーさんありがとうございました。 
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第44番大宝寺から第45番浄瑠璃寺へのへんろ道の実際は、
車を降りた峠のドライブイン跡から100mほど久万高原町側の国道沿いから
旧へんろ道へ逸れるのですが、今日はその100mを省略(キセル)して・・・
三坂峠から、かっての土佐街道の旅籠「坂本屋」を目指しました。

ドライブイン横のへんろ道標に
「100mサボったのだから、45番浄瑠璃寺まで8,5㌔頑張れよ~」と睨らまれました。f0213825_1573677.jpg
  寒空の下、松山道後平野を眺めながら
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09:22 この二人の娘お遍路さんとは48番西林寺まで先になったり後になったり
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「花粉が飛んでる」と思ったら、舞っているのは「粉雪」だった、
というほど寒い今日の土佐街道でしたが、
霊場巡拝の本番で久万高原町を歩いた2010年1月8日
南国四国には珍しい雪の日でしたから、
「ホ~ホケキョ~」にはなりませんが、
「ホケッキョ」とデビュー前の鶯の声も聞こえた今日は天国でした。
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いろいろな遍路標識に励まされたり、
一の王子の東屋で、愛知県から巡拝中のおしどりお遍路さんと話し込んだりしながら
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10:00 知る人ぞ知る土佐街道旧遍路宿「坂本屋」へ到着 
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振り返ればスタートした三坂峠は山のかなた
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昭和初期まで行きかう遍路、商人や馬子で賑わったという「坂本屋」さん、
今日も地元のボランティアの方々がお接待中で、
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招かれるまま、奥の土間へ入ると
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なんと、本日は”囲炉裏火のおもてなし”!
粉雪舞う街道を下ってきた歩き遍路には感激のお接待に感謝!合掌。
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掲載をお断りできていませんのでトリミングしていますが、
峠から前後して歩いた娘お遍路さんや、
一の王子休憩所で話し込んだ、おしどりお遍路さん達と
囲炉裏火を囲んで、歩き遍路の思い出ばなしが弾みました。
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話しが弾み、休憩予定時間をはるかにオーバー、
坂本屋当番の方々のご丁寧な見送りをいただきながら
坂道をほんの少し下った所にあった”遍路墓”。
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きれいな草花も植えてあり、
遍路旅の途中、心ならずも行き倒れた?
無縁仏の供養を続ける窪野町桜の人々の琴線に触れた気がしました・・・


今宵はここまで、
6周年記念日の旅は続きます。
     -ちょっと膝が痛む 門前の小僧-

明日は、坂本屋さんの囲炉裏火にお礼に行こっ! 
by jh5swz | 2012-04-07 21:38 | 坂本屋日記2012 | Comments(0)

つるし雛と佐礼谷窯

春に誘われて

またまた妹のアッシー君で
春の伊予市「佐礼谷のつるし雛(Re.ぽっち工房)」と「佐礼谷窯」へ行ってきました。


佐礼谷はかって松山藩と大洲藩の国ざかいに位置し、
戦前は大洲街道が走る交通の要衝としてにぎわったそうですが、
戦後は過疎化の一途をたどり、かって2000人いた住民は半分を割り、
最近では小学校や農協などがある中心部ですら限界集落状態だとか・・・

そんな危機感から、
集落の有志の皆さんが学習会を開き「住民自治されだに」を立ち上げ、
豊かな自然の佐礼谷の魅力を発信し続けていると聞きおよび、
私自身が一度は訪れてみたかった所でした。

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   松山から25㌔,、
   高速道が開通して以来、
   めっきり車が少なくなった
   R56の犬寄峠トンネルから走ること数分、


   
   道を尋ねた人のよさそうな ばあちゃんが
   「もう ちょっと ですけんな」。


桜が咲けば、さぞやと思しき「つるし雛屋敷」は、山の中の一軒家
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鯉のぼりは浴衣の生まれ変わりだそうです。
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つるし雛屋敷・玄関
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静岡県伊豆地方由来のつるし雛に学び
この「ぽっち工房」を始められた主宰者・高市さんの遊び心は、とても74歳とは思えません。

玄関から上がらせて頂くと、部屋一面、手作りの「つるし雛」
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古布で作られたおびただしい「つるし雛」に圧倒されました・・・
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「入場無料」・「売り物は一切ありません」との
アマチュア精神の真骨頂に☆ ☆ ☆ ☆ ☆! 
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干支の貼り絵。売って欲しかった!
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   照明は電球を貝殻で包んだ はだか電球
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京都・清水寺参道のみやげ屋さんのつるし雛のような派手さはありませんが、
古布ならではの素材の渋さ?が、佐礼谷の春に溶け込んでとてもいい雰囲気でした。
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十数人のおばさん達が1年かけて作られたと聞いた、力作ぞろい!
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毎年3月下旬に開かれる「峠のつるし雛展」には、例年600人前後が訪れるとか。

つるし雛屋敷からちょっと離れた住宅でお茶のお接待を戴きました。
おいしいお茶と饅頭をご馳走になりながら眺めた庭は 春いっぱい!
赤花ミツマタ(三椏)
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サンシュユ(山朱臾)
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少し車を走らせて、「佐礼谷窯(されだにがま)」を見せていただきました。
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私も妹も焼物には興味津々なのですが、
実際には一度だけ備前焼きの猪口を作ったコトがあるだけで、まったく門外漢ですから・・・
以下、佐賀の唐津で2年間修行し、1990年に「佐礼谷窯」を開かれた
窯元:清家 久さんの栞のコトバを原文のママ、記事とさせていただきます。

  畑の土を掬いとってはうらがえし、
  掬いとってはうらがえし、そうした日々がありました。
  人のいのちが、どこからきてどこへ去っていったのかを念う日々でした。
  見えなくなってしまったその姿を、
  そのぬくもりを、その手ざわりを土に求めるようになりました。
  野の花も、木も鳥たちも、土に生まれ土に還っていくのだと思うようになりました。
 
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   焼物の仕事は、土づくり、灰づくり、薪割りなど、下準備も多様ですが、
  私にとって心なごむひとときは、
  轆轤で挽いたばかりの土の容(かたち)との出会いの刻(とき)です。
  たったいま、
  土の母胎から切り離されて
  板にのっている姿から産声が聴こえてくるように思えるのです。
  水を得て輝き誕生のよろこびを放っているように感じられるのです。

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工房裏庭の登り窯
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    佐礼谷窯の「炭化焼き」の特徴は、
     一度焼き上げた陶器をさらに燻して出る独特のしっとりした黒さが特徴だとか。
 


    私が手がける粉引・灰釉・焼きしめの焼物などは
    水を吸い、つかうほどに変化していきます。
    存分におつかいになり、育てていただく事を希っております。
 
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   土に還ることのない焼物たちに、一輪の花を添え送り出したいと思っております。
                              佐礼谷窯 清家 久
   〒791-3201 愛媛県伊予市中山町佐礼谷丙1259-3 ☎ (089)968-0657


 5月と11月の窯開きでは茶碗や皿など300点以上の展示、即売があるとのこと、
 「小遣い貯めとこ!」。

妹が行きたいと云うから務めたアッシー君、
(失礼ながら)「雛」も「窯」も期待以上!
なにより、田舎育ちには心なごむ佐礼谷の春の一日でした。 
「また、行こっ!」
by jh5swz | 2012-04-01 20:34 | その後の徒然日記 | Comments(2)