遍路茶屋・坂本屋入門

 訳はおいおい書きますが、
 節目の歳を迎えた昨今、思うところあって
 すでに数回訪れている「坂本屋」の遍路お接待のお手伝いさせて頂くこととなり、
   「お接待」という言葉の響きにはチョット抵抗があり、門前の小僧的には「おもてなし」かな? 
 平成24年6月24日(日)、今日は、その記念すべき第1日目。

 台風5号の余波か、朝から雨・・・
 09:30 決心したことだから、妹に弁当作ってもらって我が家を出発。

 遍路茶屋「坂本屋」は、自宅から車で約30分、
 第46番浄瑠璃寺から6,5㌔、三坂峠から約3㌔、
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 荏原(えばら)の人里を通過すると、車1台がやっと通れる細いつづら坂を爆走?
 手作りと思しき看板が誘導してくれます。
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 満開のユキノシタの花に出迎えられて、最後のカーブを曲がると
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10:05 窪野町桜の最後の民家が遍路茶屋「坂本屋」。
      ココから標高720mの三坂峠までは、車の通れない旧土佐街道(へんろ道)。
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10:05 すでに本日の当番の方が雨戸を開けて準備万端整えてありました。
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          いつ来ても、何度来ても、椿三十郎や木枯紋次郎が今にも現れそうな雰囲気。 
 「坂本屋」とは、
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正面看板
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   かって、土佐街道を行き交う旅人の必需品の名残りか 
   土間の天井には藁草鞋が・・・
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 遍路茶屋「坂本屋」は、 
 地元、窪簿町桜地区有志のボランティアで運営されており、
 本日当番の方々に、
 「坂本屋運営委員会会長 相原氏のご承諾を得て
 本日より、「おもてなしサポーター」をお勤めさせていただく」旨のご挨拶。
 「とにかくお邪魔にならないよう勤めますのでよろしくお願いいたします」
 と、緊張の門前の小僧。

 「お聞きしていますよ」と、笑顔で迎えて戴き、
 「まっ~ ゆっくりしてください」と、
 お接待のお手伝いに来た私にコーヒーのお接待があり恐縮したことです。

f0213825_8514717.jpg  6月のお接待当番表
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         坂本屋のオープン時間は
         3月から11月中の毎週土・日曜日、午前9時から午後3時までです。
         私は不定期ながら、せめて月に1~2回はお勤めしたい・・・            
            詳細は「徳島新聞・ぶらり四国遍路道」をご覧下さい。


 ほどなく、 
 10:40 小雨の中を三坂峠から下ってこられた二人連れのお遍路さんがひと休み。

       第44番大宝寺・45番岩屋寺を打ち終え、
       昨夜、久万高原町の民宿でたまたま同宿、「旅は道連れ」とばかり、
       今日は一緒に第51番石手寺付近まで進みたいとのこと。
       
       神奈川県藤沢市と東京・世田谷からの順打ち31日目とか。
       私のデーターでは、ここ坂本屋は第1番霊山寺から約750㌔地点だから
       1日24㌔のややハイペースですかね? などと、
       決して楽ではなかったが
       楽しかった自分の遍路旅に思い出を重ねながら暫し談笑。
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      今夜の宿を、(前泊民宿の紹介で)ここから6㌔(約1時間半?)先の
      浄瑠璃寺前の遍路宿「長珍屋」さんを予約しているのだが、
      「昼過ぎからお宿では時間がもったいない・・・」と、
      手頃なお宿のご相談があり、
      51番まで進みたいお遍路さんに46番前の宿を紹介する民宿も不親切?          
      当番の3人を交えて、急遽、推薦お宿選択会議。
      天下の名湯道後も楽しめて(失礼ながら)お財布の痛みも軽いと思われる
      50番と51番中間地点の某公共の宿をご推薦。
      「48番辺りの通過時間と御身足にご相談の上」と、付帯条件付き推薦状・・・

小雨も止んだ頃合いを見計らって、第46番浄瑠璃寺へご出発のお二人。
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         お断りできてないので、お見送りの後姿のみUPさせていただきます。 

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  たった一巡しただけの
  門前の小僧ですが、
  これから結願の88番までの
  苦労に思いを馳せながら
  「どうぞ道中ご安全に」と、 
  無口なクチナシの花と一緒に
  合掌、お見送り。  

         
        聞かれてご紹介した、
        第51番石手寺界隈の”手ごろなお宿”はご満足いただけただろうか?
        今頃、道後の湯上がりあとのBEERののど越しをお楽しみだろうか?
        気になるなあ~~クチナシの花ちゃんよ。 

 11:50 お接待の初体験のあと、
       「お昼にしますか!」 と、懐かしい囲炉裏のある台所に招かれ、
       妹が作った弁当をひろげると、
       「ソバ食いね~、むすび食いね~」と、
       優しくしてもらった今日の当番の三勇士。
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     左から、鎌田さん、西村さん、篠原さん。(ブログ掲載ご承諾済み)

 昼食のあと、築後100年という「坂本屋」探訪。
 1階の板の間です。
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 お2階へどうぞ。
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 その昔、旅人、商人、遍路、馬子で賑わったという「旅籠 坂本屋」の2階の座敷。
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2階から道後平野側の眺めです
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  三坂峠方面の眺めです。
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1階、土間の縁台に置いてあるお遠路さんの寄せ書き帖。
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このノートが東京大学名入り帖。
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         ここへ2回目に訪れたとき、当番のおばさんに
         「どなたの母校ですか?」と、尋ねたら、
         「私、私の母校よ~~~」と、カラカラお笑いになった
         明るいおばさんには、何度目のお手伝い訪問のとき再会できるかな~~

14:00 第46番浄瑠璃寺から登ってこられた娘お遍路さんがひと休み。
      広島県某市からフェリーで松山観光港へあがり、第52番太山寺から逆打ち
      昨夜は、第48番西林寺の紹介で杖の淵公園で(テント)野宿された由、
      4巡目にして、初めて坂本屋でひと休みできたと大喜び。
        (3月~11月の土曜・日曜の9時から3時オープンであることをご説明・・・)

      ご挨拶代わりに戴いた「納め札」入れ(ケース)が”広島カープ”グッズ!
      「山本浩二さんが~~~ 衣笠さんが~~」と、根っからのカープファン、 
      若い頃、広島で5年間転勤族だった門前の小僧、懐かしさいっぱい。
      「強かった頃のカープは・・・」と、彼女の嘆きに、
      「若鯉”堂林”が、4番定着の頃には優勝ですよ」と、激励。

 しばらく、流川や薬研堀の繁華街話しまで話しが弾んだあと、
 三坂峠目指してご出発。
 霧雨の中、3㌔の急坂登りはさぞキツいことだろう・・・  
                       祈:一路平安・願意成就。
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     テントで野宿の通し打ちとのことで、10㌔超のザックは娘さんの背には重そうでした。
       因みに久万高原町から大洲へは、かの難所 鴇田(ひわだ)峠越えコースとのこと、さすが!

                   
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 明るく振舞われたお遍路さんでしたが、
 戴いた納め札の裏書きの一行を読んだときから
 胸が熱くなっていた門前の小僧、

 帰宅すると、
 すぐに仏壇にお供えして
 母上様の快気をお祈りしたことでした。

 

表の願意
 祈願・心身安穏復興成満
 廻向・大震災物故者の霊 
 
 記事にすることを、書きながらも躊躇しておりますが、
 〇〇さんの裏書きが叶いますよう祈らずには居られません・・・

坂本屋の場所
卍大宝寺と卍浄瑠璃寺のほぼ中間、
R33三坂峠から旧土佐街道(へんろ道)を約3㌔下った初めての民家。
 

by jh5swz | 2012-06-24 21:45 | 坂本屋日記2012 | Comments(3)

私の生まれた双岩村

「週刊現代」は、一週間遅れで前の散髪屋さんから頂いて読ませて貰っているのですが、
今回は驚きました!  (本文は2012・05/28の記) 

毎号の巻末に【鉄道 お立ち台】というカラーページがあり、
鉄道マニアではないのですが、いつも楽しみに目を通す門前の小僧。

第109回には驚きました!
実はココ、私の生まれた村のワンシーンなのです!
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           講談社発刊・週刊現代2012・5/12号 巻末【鉄道 お立ち台】より  撮影/松本英一郎

次の写真は、2010年10月31日、
かって、海の八幡浜と山の宇和町を結ぶ生活道路であり、
その昔、九州からのお遍路が八幡浜港から第43番明石寺を目指した、
双岩村から笠置峠を越えて伊予岩城に至るへんろ道を歩いたとき、
釜倉(かまのくら)のこの里家の佇まいが懐かしくて、私が撮ったひとコマ。
アングルの違いと列車が走っていないことを除けば同じ場所なのです。
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 その3連橋梁を走る「アンパンマン列車」 ←クリック 
  http://www.youtube.com/watch?v=y5HdC_cUGJk
   You Tube  -HAMATAGUCHIさんのチャンネル-より

「週刊現代」記者さんの筆により、村も真に美しく紹介していただき感謝です!
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     講談社発刊・週刊現代2012・5/12号 巻末【鉄道 お立ち台】記事のママ 

チョイ悪(気取り)の汽車通高校生だった頃、
蒸気機関車に牽かれた満員の客車がトンネルに入るたびに煙にむせながら
英単をめくった(まっかなウソかも?)青春を思い出したことでした。
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                              2010・10/31撮影

通学生当時、このホームは通勤・通学生で溢れ、
車掌さんの尻押しなんぞは東京でなくったってタップリ経験できました。

2012・06/11追記
”京都を思わせるような”と嬉しいコメントをお戴いたお方へのオマケ
「週刊現代」に掲載された鉄橋は、正しくは「3連橋梁」と呼ぶのだそうですが、
村の駅を挟んだ八幡浜側には「4連橋梁」があります。
ウチの村は、山の中の、そのまた山の中なのです。
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                       画像は2008・11/29 里帰りのとき撮影
   この4連橋梁には、「戦争遺跡」としての歴史的背景も秘められているそうで、
   大変興味深い記述が、隧道探訪ブログで紹介されていますので是非ご覧下さい。
         ”探訪ブログ”管理人さん、勝手にリンクしました、すみません・・

2012・06/13追記
都のさるやんごとなき乙女から「雪の日もすばらしいのでしょうね」と、コメントを戴き、
その雪景色の中、4連橋梁を渡るSL写真が村の郵便局に飾ってあることを思い出しました。

今日、村へ帰るヤボ用があり、局長のお許しを戴きその原画を借りて帰りました。
汽笛を鳴らし、白煙を吐きながら、真っ白な雪の中を逞しく走る”蒸気機関車”。

門前の小僧ご幼少のみぎり、それが至って当たり前だった村の冬景色、
今となってはお宝画像です。それもモノクロ!
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                       昭和?年?月?日 撮影:中井 徹氏 無断転用お断り
撮影年月日メモが額縁に貼ってあるのですが、色あせて読めません・・・
撮影者 中井 徹氏は実家の隣の方であり、今度帰省したら撮影日を聞いてみたい・・・
それにしても、南の島に降った大雪の日、ジッと蒸気機関車を待った中井氏に最敬礼!

蒸気機関車と比べてみてもその大きさがご想像頂ける画面中央の巨岩。
抱き合い語り合っているような大小二つの奇岩を「夫婦岩(みょうといわ)」といい、
一本の根っこから、これまた夫婦のような二つ幹になった松の木の傍には
縁結びの出雲大社が迎えてあり、
村の実年会の方々がお社のお守りをされていると聞き及びます。
(現在、松の木は枯れてしまい、桜とイチョウに代わっていますが・・・)

 かつて、この巨岩、夫岩の上に
 樹齢百年位のかっこいい松が生えており、景観を一層引き立て、
 県道を行く人の足を必ず止め、目を引いておりました。
 この松を眺めた人の中から誰言うことなく、
 「夫婦岩の松が枯れたら、双岩村がなくなる。」と言い伝えられ、
 双岩にとってそれほど大切なシンボルともなったのでした。

 ところが、その預言は当たり、
 昭和29年秋の台風で松は倒れ
 昭和30年2月1日八幡浜市と合併し、双岩村も八幡浜市となりました。
 (郷土をみつめて)「ふるさと双岩」 八幡浜市 森分 菫(すみれ) 主婦 64才 平成六年一月三日著
  http://futaiwa.web.fc2.com/text/furusatofutaiwa.htm#双岩村のはじまり
 
                           より引用させていただきました。


昭和の強制?大合併で一部を三瓶町へ分村、八幡浜市と合併した私の古里は、
小中学校名と郵便局と駅名にのみ、その村名を留めますが、
村の名前はこの夫婦岩に因み「双岩(ふたいわ)村」と云いました。

昭和◇△年、大阪へ就職して以来、私の自己紹介は
今では無くなった「西宇和郡双岩村生まれ」が枕言葉です。


週刊現代の1枚の写真に端を発した村の思い出は、折に触れて書き綴ってみたい・・・
by jh5swz | 2012-06-13 21:25 | ふる里双岩村のこと | Comments(6)

薬用植物園見学

松山大学薬用植物園・春の一般公開見学
平成24年6月3日
私の生業と深く関わりがあり、薬用植物(盆栽仕立て?)植栽が道楽でもあった私、
この薬用植物園の公開日には皆勤なのですが、今年も心躍らせて出かけました。

薬用植物園は、ロシア人墓地のある御幸山のふもと、松大御幸キャンパスにあり、
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山頭火の一草庵から川沿いに少し歩いたところの
f0213825_17155998.jpg  第52番太山寺への道しるべが表札代りです
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この薬用植物園は平成19年(2007)、
「薬用植物標本園として薬学教育に資するとともに研究材料の栽培育種および
地域社会の教育活動への協力」を目的として設立されました。 -薬学部冊子より-

ほぼ10時開門と同時に入園したのですが、すでに園内は見学者でいっぱい
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さすがに春の植物園はハーブも咲き乱れて
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若い入場者の声も弾みます。
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こちらは水生植物(池)
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私ごとながら、
県□□□□課の依頼で、10年ほどかかって集めた薬用植物(鉢植え)100種を
数年前にこちらへ寄贈させていただいたのですが、大切に育てていただいており
「嫁がせた娘」と昨秋以来のご対面に感無量でした。
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            しっかりしたひな壇(棚)まで用意して頂きましてありがとうございます。
 嫁入り前、我が家の畑の薬用植物盆栽 2009・10/20撮影
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88ケ寺巡りならぬ「薬草クイズ 48種めぐり」
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園内には48種の植物標識板に質問用紙でマスクがしてあり、
入場者は入口で受け取った10種の問題植物を探しながら散策します。
添付のアンケート提出者には薬用浴用剤やポプリ・花の苗がおみやげに頂けるという企画。
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           このクイズ巡りが毎回大好評で
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       ちびっ子がコソッとマスクをめくってカンニングする後姿もご愛嬌!
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潅仏会には欠かせないお釈迦さまの大好物?
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中将湯でおなじみ。
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以上の効能があり重要な草だから?
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薬用・食用・染料に大活躍のベニバナ
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園内での質問には薬学部の学生さんが対応。
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6年間の学生生活中、
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このような貴重な経験も積まれて、国家試験を経て「薬剤師」になられるのでしょう。
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管理棟内で見つけた「カレーと薬草(生薬)」の関わりポスター
なるほどカラダに美味しいハズだ
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 秋の一般公開は9月30日、「くすりと健康の週間」に併せて行われる予定だそうです。
 皆さま是非ご来場を!
by jh5swz | 2012-06-03 20:25 | その後の徒然日記 | Comments(2)