平成26年 1月25日(日)の日記 (その3)
 出石寺から十夜ケ橋永徳寺への道

10:50 別格7番出石寺を後に、郷の峠(標高660m)から長浜(左)へ下ります。
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    県道28号線日土町経由でお参りの歩きお遍路さんは
            右上の車道手前のへんろ道を登られると約20分で出石寺、
            車道を歩かれるとかなり遠回りになるそうです、ご参考までに・・・


  長浜へ下りながら・・・
  松山から行先・出石寺をナビ検索すると、このルートへ誘導するハズで、
  こちらの道幅は広く「遍路にはもったいない」などと感謝しながら快適に輪行。

11:15 突然、大きなワラジが見えて看板があり、野次馬よろしく急停車。
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      ナヌ! 人面岩とな!
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    川向こうの山の左100mほど上にウワサの人面岩(H5m×W3m) 
    Nicon-COOLPIX P100 26倍ズーム 三脚ナシでフォーカスした長浜の人気者!
          TV「なにこれ珍百景」にはご出演済みかな?
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     自然のなせる神ワザか? 遊び心満点大人の芸術でしょうか? 
            実によく出来ていると感心、感心!

 さて、予定より早く肱川沿いの県道43号線まで下ったので
 足立さんには暫し観光客になって頂き、長浜の「赤橋」をご案内。
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          跳ね上がっているところなんぞは、おいそれ撮れませんので、
           この画像は観光パンフレットからお借り致しました、お許し下さい。


 赤橋を見るだけ・渡るだけのあと、肱川に沿って大洲市十夜ケ橋へ爆走。
11:45 別格第8番十夜ケ橋永徳寺着。
     深山霊峰から一転、R56号に面した永徳寺さんは都会の風情・・・
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     ちゃんとお納経を済ませて
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     橋元旅館へお泊りのお大師っさんにご挨拶に伺います。
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     宿が無かったのか? 宿を貸す者が居なかったのか? 定かではない・・・ 
       行きなやむ 浮世の人を渡さずば 一夜も十夜の橋と思ほゆ

  耳を澄ませば聞こえます、 
    昔は、たまに人馬が通るだけの静かな橋の下だった・・・
    いつの頃からか国道になって夜通し車が走ってうるさかった・・・
    最近、その上に高速道の高架がかかり、寝つきが悪うての~・・・
    かっては寒さ、今は騒音に耐え・・・、修行も楽ではないのだぞよ。 
                    と、お大師っさんの独り言が。
  
 国道を渡って橋元旅館へ伺ってみますと、
 お大師様は昨夜の寝不足を取り返さんと爆睡中でございました。
 涅槃像はそこかしこでお見受けしますが、布団被って爆睡中のお大師っさんはコチラだけでは?
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                 開創1200年ですから、お布団を新調されましたか?

 「ここに居りゃ~食いっぱぐれはない」と、鯉のエサに鳩が群れます。
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              傍らのオバさん、なんかブツブツ文句を言ってたなあ~

十夜ケ橋永徳寺ご朱印
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    開創1200年記念御姿
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お参りを終えて、近くの「うどんの亀屋」で昼食
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 足立さんに「山かけ定食」を
 お接待して頂きました、
 ゴチになりました!
 
 勤務時代から大洲を走れば「亀屋」、
 その頃、カウンター席へ座って
 水槽を泳ぐタナゴを見ながら
 うどんを食べるのが定番でした・・・  
 (懐かしい写真を引っ張り出してきた)




その後、大洲ICから高速道をひとっ走り。
13:40 JR松山駅でお別れする前にご無理を言って「黄色い旗」を付けて頂きパチリ。
    今後、どこかの国道・県道でこの「黄色い旗」がザックに立ててありましたら
    「便乗のお接待決してご遠慮致しません」印しですので、
    四国のドライバー皆さま、どうぞお声がけよろしくお願い致します(代弁)。
f0213825_15104143.jpg 車お接待御礼に戴いた納め札(裏面)
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 15:30発・難波行きの発車まで、
    一人旅の計画も有ろうかと、駅前でほったらかすようなお別れでしたが、
    あしからず・・・
 
by jh5swz | 2015-01-29 15:53 | 別格20霊場参り | Comments(8)

別格7番 金山出石寺

平成27年 1月26日(日)の日記 (その2)
 幻の四国霊場第37番 大黒山 吉蔵寺をあとに、
 いよいよ標高820m、山頂の別格霊場第7番出石寺へ出発します。


 「出石寺」は、一般的に「しゅっせきじ」と呼ばれますが、
 私たち地元の者が、
 霊場43番「明石寺」を「あげっさん」と呼ぶように、
 この寺に親しみを込めて「おいずしさん」と呼びます。
 <以下、本文中のおいずしさんは出石寺のローカル呼称であることをお断り致します>

 同行足立さんのアッシー君を買って出たまではカッコよかったのですが、
参拝ルートとその道路状況には大いに不安があり・・・、
かって5年半かけて一緒に歩き遍路をした地元の矢野さんに前以て電話でご相談、
登り口の日土町でお会いしてレクチャーを受けることになっていました。

 八幡浜市内から車で約10分、
09:10 指定された日土小学校校門で待機、程なくご対面!

 せっかくですからと、
   先般、国の重要文化財になった小学校を案内して頂きました。
   国の重文「日土小学校」の詳細は⇒「日土小学校と松村正恒展」をご覧下さい
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    校舎はすべて木造で、
    裏を流れる小川へせり出した廊下代わりのデッキがこの学校の特徴です。

 出石寺へのルートについて、
 県道28号を登るより、矢野さんの自宅前を通る道の方が短くて楽とのこと、
 「郷に入れば郷に従え」、ナビは電源OFF。
 
「今年はまだおいずしさんへ初詣をしていないので同行させて下さい」とのこと。
大変心丈夫なお先達さんができて大歓迎!、まずは矢野家を(手ぶらで)初訪問。
f0213825_8144326.jpg  立派に表装された88ケ寺のお軸が架かる
 座敷で美味いコーヒーのお接待を受けながら、
 四国霊場から高野山への楽しかった5年半の
 思い出話しが弾みました。

  座敷の窓越しに
 「あの山の山頂がおいずしさんです」
  アチャ!出石寺は矢野家の裏庭であったか!
  
  お四国参りが終わっても、こうしてお付合い
 頂く幸せをしみじみ感じたひと時でした。
  その上、お土産に伊予柑を2箱もお接待頂き
 恐縮の極み。


 (画像は結願寺の記念写真からスキャン転用)↑

 さて、矢野さんご夫妻のお先達よろしくおいずしさんお参りに出発。
 静かな山里の集落をあとに、かなり曲がりくねった山道を爆走?約30分。




10:05 別格7番出石寺駐車場到着、境内のそこかしこに雪が残っていました。
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      写真中央、こんもり茂った木立の向こうに↓
   振り返れば、見上げるような大きなお大師像が。
        パッと見でお大師さんの身長は4m50cm?、妙に錫仗が細い・・・。
         参拝者向きではなくて出石寺本坊に向かって立って居られるのが???
         出迎えではなくて、見送り姿なのかなあ~~~

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                      左の鳥居は熊野権現大社

標高820mの霊峰に建つ金山出石寺は真言宗御室派別格本山の古刹で、
本坊はここから100段以上(あったと思う)石段を登った山頂にあります。
  石段左右に地元信徒有志、篤志家の寄進石柱が屏風の如くびっしりと並びます。
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10番切幡寺、71番弥谷寺の石段を思い出しながら・・・
       やっと鐘楼を兼ねた仁王門が見えました、
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阿吽の仁王様の出迎えに、鐘を打って御礼を申し上げました。
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     よくある金網や格子戸がないので雨風に打たれ苔色の衣を纏っておわします。

出石寺境内は山頂に向かって三段の敷地になっており、
一段目には本堂かと見紛うほどの立派な護摩堂、客殿、お納経所などがあり、
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              一階の屋根は唐破風のようで二階は和風? なんと称する建築様式だろう???
 因みに、これは(大師堂の庭から撮影した)二階の屋根を支える垂木の骨組みです
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護摩堂から更に40段ほどの石段を登ると
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かなりの広場に大師堂があり(奥に本堂)
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さらに20段ほど登った標高820mの文字通り霊峰に本堂がありました。
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          山頂は八幡浜市と大洲市の境界にありますが、
           本堂は大洲市側に建っているので、住所は大洲市長浜豊重乙1 となっています。
           香川県の雲辺寺の住所が徳島県三好市みたいなものでしょうか。


出石寺は瀬戸内海国立公園に指定された区域内にあり、
   その本堂から豊後水道(川之石湾)がきれいに見えました。
        もっと天気がよければ遥かに九州までもが見えるとか。
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        ちょうど真ん中の大杉が落雷で消滅してよく見えるようになりましたと矢野お先達からのウラ話し。
            確かに火災から再建当時は四方の眺望が素晴らしかったと聞いていましたが、
            今は大木に囲まれて360度絶景とはいかないようです・・・  
                      欲を出してはいかん、いかん!


f0213825_16543547.jpg  本堂の前庭にあった
  周囲が八角形の丸い用水?
  薄氷が張っていました。

  いろいろ検索してみたら
  五右衛門風呂釜利用らしい、
  防火用水かな?







本堂の参拝を終えて、下段の大師堂へ下ります。
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大師堂お納経(左上、本堂)
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その大師堂前の広場に
出石寺開創の由縁たる「お手引き鹿」銅像がありました。
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                  うしろの「牛」の由縁は? 勉強しておきます・・・

寺縁起です。
f0213825_1712156.jpg 寺伝によれば、
 奈良時代初期の養老2年(718年)6月18日、
 宇和島郷の猟師・作右衛門が鹿を追いかけてこの山に分け入った、
 鹿は消えて暗雲が垂れ込め山中に地鳴りが響き渡った。
 鹿が消えた岩が割け、
 そこから金色に輝く千手観音が姿を現したという。
 作右衛門は殺生を生業とする猟師という職業を悔い改め仏門に帰依し、
 名を道教と改め、この地に堂宇を建立したという。

 この千手観音像が50年に一度御開帳されるという秘仏らしい。

 


大師堂から見て、右から
 仁王門・納経所(庫裡?)・客殿・護摩堂。
開創以降、何度も火災に見舞われたらしい・・・
直近の記録では昭和16年(1941)の大火で伽藍が焼失、昭和31年(1956)に復興した、とあり、
険しい山頂に建つお寺を守り支えた檀家、信徒、篤志家皆さんの熱意に思いを馳せたことです。

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客殿の玄関
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 前庭の切り株は?
 調べてみると、「弘法大師のお杖杉」
 と言い伝えられている千年杉の一部で、
 これで原型の五分の一だと云う。

 残りの五分の四を加えて
 全形を想像してみたが、「ナヌ!!!」
 





大変立派な客殿
 別格霊場HPによると、<宿泊 約300人(要予約)>と書いてありました。
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是非とも見ておきたい銅鐘を探して、もう一度護摩堂へ
 敷地70坪、総欅造りだとか・・・
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遥拝にあった朝鮮鐘と呼ばれる銅鐘<国の重要文化財>
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    高麗王朝の時代に朝鮮半島で鋳造されたものらしく、
    装飾、音響など梵鐘としてほぼ完成の域に達している、と銅版に記してある。
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    「豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に武将・藤堂高虎が持ち帰り、この寺に寄進した」
      と、聞いたことがあるのだが、
      思わず「返さんでもええんやろか?」と思った・・・
   
お納経を受けて
f0213825_937434.jpg      四国霊場開創1200年記念の御姿
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    決してスタンプラリーやシール集めをやってるワケではないのだが、
           別格寺の御姿も趣きがあっていいなあ~~~


お納経所脇にあった看板
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  四国ぼけ封じ33観音第18番札所
  108観音霊場
  弘法大師巡錫伊予21番霊場19番札所
  四国別格21霊場第7番札所
  う~~む
  数々の霊場・札所である古刹なのだ。

  約1時間の境内滞在中に
  スレ違った参拝者は
  15人を越えていましたから
  さすが~「おいずしさん」の感あり!
  




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 お納経を受けるあいだ気になったので
 ご住職に聞いてみると
 平成29年春、
 この寺は開創1300年なのだそうです。

 大師堂広場にあった寺縁起でも
 奈良時代の養老2年(718年)開創とあり、
 平成29年(2017年)は計算も合います。

 悪行を犯さなければ
 人間続けているであろうからして
 大祭には是非とも参拝しよう!
 
 





お納経所の対面には食堂があり、うどんが美味しくて名物だそうです。
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 霊場の境内に「うどん屋」さんがあるのも珍しく、ここで昼食の計画でしたが、
 11時前に参拝が終わり下山しましたので、ちょっと残念・・・です。
       (画像は「出石寺うどん屋」画像フリーサイトからお借りしています)


10:50 念願のおいずしさん参拝を終えて、霊気と冷気を感じながら下山、   
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           100段余を降りきった広場中央のお大師像の、
       「平成29年春にはゼッタイ来いよ~!」との声が聞こえた。
             ヤッパリ見送りお大師像だ!
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              門前の小僧、憚りながらこの美男の大師像を「お見送り大師像」と命名仕り候。
 
    矢野さんのおかげでスムースに参拝できた御礼を申し上げて
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10:55 足立さんと私は長浜へ、矢野さんは日土町へ、郷の峠でお別れしました。
     「ありがとうございました、また会いましょう!」
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     私だけかもしれませんが、
     若い頃から、船の見送りと峠のお別れは余韻を引いて心に残ります・・・
   
by jh5swz | 2015-01-28 20:55 | 別格20霊場参り | Comments(6)

平成27年 1月25日(日)の日記 (その1)
 遍路茶屋・坂本屋のご縁で知り合い、 
 現在三巡目のお四国参りをされている舞鶴の足立さんが
 40番から43番への区切り打ちの足を延ばして参拝されると云う、
 別格7番金山出石寺~十夜ケ橋永徳寺のお参りに同行、
 アッシー君を務めさせてもった、楽しい遍路道中日記です。


06:50 彼の前泊地43番の卯之町から八幡浜へのJR時刻に合わせて松山を出発、
08:06 八幡浜駅で合流、味わい深い遍路旅のスタートです。
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           汽車通学生だった高校3年間の思い出が満タンのJR八幡浜駅舎
 
 私の生まれた港町・八幡浜市にはミニ四国霊場「お四国山」がありますが
88ヶ所札所はありません。
 ですが、遍路を始めていろいろ調べていたら、
ある時期、37番霊場だったという「幻の札所」がある、と云う話に遭遇! 
 まずは、そのお寺さんへお参りすることも二人の大きな目的でした。

 遠来の足立さんに、古い八幡浜の歴史と
 「霊場ゆかりの物語」の起点に繋がるかも知れない
 埋め立て前の港を示す「船つなぎ石」などをご案内しながら
 幻の37番札所・吉蔵寺へ向かいます。

 大規模な埋め立てに尽力した豪商「大黒屋」の菩提寺、大黒山・吉蔵寺は
山号にゆかりの商店街・大黒町に隣接する旭町の一角にありました。

08:21 大黒山吉蔵寺山門
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          昭和39年頃まで37番札所という看板がかかっていたらしい・・・

      吉蔵寺本堂
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      社寺仏閣に詳しい足立さんのお話しでは、
      曹洞宗ながら大師堂があるのだから、お大師さん所縁の歴史があったに違いない。
      とのことで、ここでお光りを灯してお納経。
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     お納経帖を受けることはできないものかと、
     庫裡と思しき玄関から
     「おはようざいます、お納経帖は願いできますか?」。
     ご住職から開口一番、
     先代までお納経をしておりましたが現在は関わっておりません・・・」。

     巷間に伝わる幻の37番札所の物語は事実であったことが確認できたので
     それ以上詳しくお尋ねすることをご遠慮しました・・・

 ご参考までに、
 ◇古今御朱印研究室(岩本寺)には、次の記事があります。
    http://goshuin.ko-kon.net/shikoku88/037_iwamoto-ji.html
   岩本寺は明治の神仏分離で廃寺とされ、明治22年(1889)に再興された。
  その間、伊予八幡浜の大黒屋吉蔵が岩本寺(仁井田五社)の本尊と納経印を買い取り、
  明治18年(1885)八幡浜に大黒山吉蔵寺を創建して、37番札所とした。
   大正7年(1918)四国を巡拝した高群逸枝の『娘巡礼記』によれば、
  八幡浜に上陸した後、すぐに吉蔵寺に参拝しており、37番札所の本尊と納経の版が
  伝わっていることを記している。
   当時は札所が2ヶ所並立していたと考えられる。
   いつ頃、本尊などが返還され、札所が一本化されたのかなどは不詳である。
                        (以上、原文のママ)
  ※この不詳である、定かではない・・・と結ばれる物語が私は好きです、
   世の中にはシロクロの決着を付けないファジーなピリオドで
                   むしろホッとすることもありますから。

 ◇この曰く因縁、歴史の詳細は
  八幡浜史談会の調査・報告を基にされた
 【愛媛西方圏ブログ・幻の37番札所大黒山・吉蔵寺】をご一読下さい。
    http://ehimekennanyohokubu.blog.fc2.com/blog-entry-974.html

 
 
 八幡浜市に第37番札所があった、との
 「娘巡礼記」を記した高群逸枝(1184~1964)ほか、
 九州からのお遍路さんが四国巡礼の第一歩を残した八幡浜港で暫し休憩。
 沖は豊後水道、その沖は九州大分県
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             もう少し絵になる写真を撮りたかったのですが桟橋は駐車禁止のため・・・    
 
-これもご縁に違いない- 
 先ほど吉蔵寺の庫裡の玄関の表札を見て、
 校区違いの同級生に同姓のお寺の息子がいたことを思い出した、
 彼は、現在、宇和島市内某寺の住職のハズだが・・・ 
 と躊躇しながら彼の名前を出して尋ねた。
 ご住職、「それは私の弟です!」。

 帰宅後、同窓会名簿を辿って宇和島のお寺へ電話をしてみた。
 覚えていてくれた・・・
  彼:「へえ~~~、歩いてお四国参りをな?」。
  私:「若気の罪滅ぼしでな~」。
  
 なんと高校卒業後の長い年月を経て交わした初めての会話。
 これぞ「お大師っさんのお導きに違いない!」。
  
by jh5swz | 2015-01-26 19:45 | その後のきまぐれ遍路 | Comments(2)

平成26年 1月16日(金)の日記(その2)

 四国遍路の元祖? 衛門三郎伝説ゆかりの文殊院さんで
 八ツ塚巡り・別格20霊場お砂踏み・柴灯護摩法要が行なわれ、
 遠来の信徒さんはじめ大勢のお遍路さんで大変な賑いでした。

   私は素人ですので、
   この行事中、執り行われる儀式等の専門用語・固有名詞の使い方に間違いや
   不適切な表現がありましたら、コメント欄を通じてご指導をお願い致します。
 


<レポート その2>
  48番西林寺近くの「瓢月」で昼食を済ませて、再度、文殊院さんへ輪行。
  いよいよメインイベント ”柴灯護摩(さいとうごま)供養” 初の一般参加です。

11:50 文殊院さんの駐車場は県内外の参拝者で満車状態。
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      その駐車場から見ると、すでに文殊院さんも人で溢れています。
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      何度も参拝したお寺さんですが、これほどの参拝者は初めてです。
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      すでに結界が張られて護摩供養の準備万端整っています。
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      護摩壇は杉の枝葉で丁寧に覆ってあります。
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12:07 修行僧の問答のあと、儀式が始まりました。
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      結界の四方と護摩壇に清めの矢が放たれます。
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      初体験の私には、一番神聖な儀式のように感じました。
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      放たれた矢を受けるためか??? 人並みが動きます。
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      なんと なんと、儀式の〆の一本が私に優しく大当たり!
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   周囲の羨望の眼差しを浴びながら、門前の小僧有り難く拝受仕りました。
   あとで納経所でお尋ねすると、
   「粗末にならないように床の間とか神棚へお飾り下さい」
   とのお言葉どおり、神棚に鎮座ましておわします。

12:20 法螺貝が鳴り響いて、
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      護摩壇に火が入り境内は濛々と煙に包まれます、
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      参拝者の般若心経が流れる中、「添護摩」が焚かれます。
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      受けた守り矢を炎にかざして「家内安全」を願ったことです。
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      炎はますます強く
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  高く燃え揚がる柴火に    
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   添護摩を祈祷される方々に汗が光ります
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12:51 添護摩の焚き揚げが終って、「火伏せ」が行なわれます。
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      法螺貝が鳴り響く中
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      荒井ご住職の火渡り初めに続き
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      清め塩を踏んで、参拝者が次々と残り火の上を渡ります。
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    急いで渡ろうとすると、余計に火の勢いが強くなって熱いのだそうで
    かかとからゆっくり足を降ろして、
    正面を見つめながら静かに歩くと、「火もまた凉し」なのだとか・・・
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    素足の行列が出来た文殊院さん、
        なんだか女性が多いと感じたのは私だけかも知れない・・・
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      しばらく火渡りが続いたあと、
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13:15 柴灯護摩供養の終わりのお祈りがありました。
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  その後、境内では
  空手家二人の拳餅つきがあり熱い餅が参拝者に振舞われていました。
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  私は混雑を縫って写経を納め、本日新調したばかりの納経帖に
f0213825_12421049.jpg   御朱印と墨書きを受けて
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13:30 まだまだ参拝者で混雑する文殊院をあとに帰路につきました。
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      駐車場まで歩きながら、握り締めた「守り矢」を見た方々から
    「いい縁起を受けましたね~」と、声をかけられ「おかげさまです」。
     
     別格文殊院で100年も続く「柴灯護摩供養」。
     毎年熱心に通われる遠来の信徒さんをさしおいて
     初めて護摩供養に参拝した新参・門前の小僧に・・・
     「あな もったいなや!」
     帰宅後、神棚に守り矢を祀りながら
     「こいつぁ~春から縁起がいいわい」と、ツブやいたことです。
     文殊院さん、ありがとうございました。

御礼参りをしなければ
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◇歩き遍路のとき参拝した霊場
   4番 鯖大師本坊
   6番 龍光院
   8番 十夜ケ橋永徳寺
  11番 生木地蔵
  12番 延命寺
  14番 椿堂常福寺
◇縁あって参拝した霊場
  13番 仙龍寺
◇本日参拝
   9番 文殊院
☆お大師っさんに呼ばれて
    近々お参り予定の霊場

   7番 金山出石寺
by jh5swz | 2015-01-18 11:40 | 別格20霊場参り | Comments(4)

文殊院と八ッ塚参り

平成26年 1月16日(金)の日記(その1)

 自宅から車で約15分、
 別格霊場9番文殊院で、四国霊場開創1200年記念法要が行なわれました。

 四国遍路の元祖? 衛門三郎伝説ゆかりの文殊院さんで
 八ツ塚巡り・別格20霊場お砂踏み・柴灯(さいとう)護摩法要が行なわれ、
 遠来の信徒さんはじめ大勢のお遍路さんで大変な賑いでした。


<レポート その1>
 初めての歩き遍路では、八ツ塚の傍を歩きましたが、
 先を急ぐばかりに、ゆっくり参拝できなかった八ツ塚参拝から。

09:30 46番浄瑠璃寺前、遍路宿「長珍屋」へ。
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   遠来の参拝者で駐車場も満杯。
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     長珍屋の遍路用具売店で「別格20霊場お納経帖」を購入、
     大勢のお先達さんに混じって、素人の私、小さくなって
10:00 長珍屋の送迎バスで、まずは文殊院さん裏手の「八ツ塚」へ移動。
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      この広い田んぼの中に、まず5つの小さな古墳が点在します。

      以下、文殊院さんから、ていねいな説明があったのですが、
      ハンドスピーカーが声が小さくて、最後尾の私には聞こえず、残念・・・
      なお、文殊院さんから一番遠い古墳(塚)から参拝しましたので、
      松山市の史跡としての古墳標記番号と掲載画像の順番は逆になっています。
       【参考のため、松山市看板より、()内にその番号及び墳丘名を記しておきます】
 
 一番目(⑧円墳)
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 その正面から
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         画面右上、二つの怪しげなキノコはスタジアムのナイター照明施設 
二番目(⑦方墳)
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 ここまで来ると、5番目の小さな古墳もはっきり見えます。
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 三番目(⑥方墳)
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 そのお地蔵さん、いいお顔されていました。
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 ここで参拝者一同、般若心経を納めました
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 四番目(⑤円墳)
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 五番目(④方墳)
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 次の古墳は右手の民家の路地奥にあり
  (この子、ちゃんと輪袈裟をかけてます)
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  1列になってこの路地を入ります
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 六番目(③円墳)
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    お幸せに!(こんなことならお菓子でもポケットに入れとけばよかった・・・)
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 七番目(②方墳)
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 八番目(①円墳)
   (本来、ここを1番塚とか1号古墳と呼ぶべきなのでしょうか・・・)
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  この古墳はマイカーお遍路さんでも参拝できます、
  巡拝の節にはお立ち寄りなさってはいかがでしょう。
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 蝋梅の花が満開でいい香りが漂っていました。
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すべてのご説明はこの看板に尽きます。
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  (看板より)
    文殊院所有のこれらの墳丘の形は、後世の開発によって変形しているが、
        (中略)
    石室は未調査だが横穴式石室、時代は古墳時代終末期と言われている。
    この八ツ塚は、四国遍路の元祖といわれる衛門三郎の八人の子供を祀った
    との伝説もあり、塚には小祠がおかれ、石地蔵が祀られている。
    古墳と伝説の関係が、いつ頃から語りつがれているのかは不明である。
                      松山市教育委員会 

    
   不明である(定かではない)・・・とは、夢があっていいと思います。
   シロクロ決着をつけない(つかない)方がイイこともあるのですから。

   古墳時代終末期と云えば7世紀半ば? 
   以来1300年、幾多の戦いや周囲の開発にもまれながら
   今日まで墳丘の原型が残ったのも、
   弘法大師信仰に結びついた衛門三郎伝説のおかげと考えれば
   「定かではない伝承」にも大きな功績があるのでは?
   などと、八ツの古墳を見歩きながら、思いを巡らせた門前の小僧でした。
  
   
 このあと、文殊院さんの近くの公民館でうどんのお接待がありましたが、
 私は、午前中行なわれている別格20霊場お砂踏みが気になって、
 霊場関係者用の小型バスに便乗させて頂き長珍屋へ引き返しました。

10:50 長珍屋玄関
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 歩き遍路中、
 そこかしこの札所や高野山宿坊で体験しましたが
 ずいぶん久しぶりのことで、
 それも別格霊場のお砂踏みは初めてのことです。

 

 会場入り口で塗香をいただき身を清め、御加持を受け、
 まず、仏足石のレプリカ?の踏み石から20霊場お砂踏みへ出発です。
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            (この写真は浄瑠璃寺境内の仏足石です)
     
     お軸とは申せ、ご本尊像には厳しさあり、優しさあり・・・
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     ちょうど真ん中あたりでゾクっと身震いを覚えたのは、さてさて???
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     遍路道中体験したお砂踏みとは違った緊張感と気持ちよさがMAX!     
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  一巡後、もう一度御加持を受けて退室しました。
  ・撮影は場内の別格霊場関係者の許可を得て撮影しました。   
  ・作法の専門用語に間違いがありましたら、是非、コメント欄で教えて下さい。


 このあと、柴灯護摩供養まで少々時間があったので、
 車で48番西林寺近く、小僧贔屓の「うどん 瓢月」で昼食しました。
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 ここではいつも天ザルなのだが、
 本日は清水の舞台から飛び降りて「おろし海老天」¥980!
 昼食後、柴灯護摩供養が行われる文殊院さんへ移動。
 
 
by jh5swz | 2015-01-17 17:33 | その後のきまぐれ遍路 | Comments(2)

坂本の駅伝大会2015

平成27年 1月12日(成人の日の日記

新春恒例、坂本校区の第30回駅伝大会。 

例年通り、坂本屋運営委員会は窪野町・丹波バス停で
出場選手とギャラリーに「ぜんざいのお接待」をしました。

06:50 朝ご飯を食べていたら霰がバラバラ降ったのには驚きました。
07:30 自宅出発(早朝出勤)。
07:35 48番西林寺さんの駐車場は連休お遍路さんの車でいっぱい。
08:00 設営地は三坂峠から5,7㌔
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  46番浄瑠璃寺へ2,8㌔の  
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丹波バス停が坂本屋・ぜんざい亭の設営場所
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         この広場へ窪野集会所や坂本屋からテントなど資材を運び込み
10:00 ドラム缶ストーブ暖房完備・「ぜんざい亭」設営完了
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まずは、暮れに坂本屋で搗いた小餅を焼いて開店準備。
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             焼きたての餅をフ~フ~云いながらつまみ食い、これまた美味!

この頃、浄瑠璃寺近くの坂本小学校では、
元五輪マラソン選手・土佐礼子さんを迎えて記念講演のあとスタートの号砲が鳴ったハズ。
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                        ー1/13 愛媛新聞よりー
こちら、4区⇒5区中継地
    丹波バス停では選手・ギャラリー皆さんが三々五々集まりはじめ、
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例年ながら、ぜんざいは女生徒に大好評。
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  特製・坂本屋ぜんざい
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坂本放課後教室・きらきらクラブ手作りの
f0213825_12124523.jpg  小旗を持ったかっての女生徒皆さまにもモチロン好評!
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ドラム缶ストーブ担当の私に
「兄さん、
   薪の燃やし方が
       お上手!」と、
 褒められましたぞ!    


      「ハイ、ご幼少のみぎり、風呂焚きは私の仕事でしたから」
      「その焚き火の灯りで勉強をしましてな」と、門前の小僧。
      「そりゃあ~ あなた ホタルの光や窓の雪でしょうが」と、おばちゃん。

11:22 ぜんざい片手に、今や遅しと応援団が待ち受ける中
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11:27 坂本KOBANの先導パトカーに続いて
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  おらが町内代表が激走(しないことには町を歩けん?)
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             参加チームを背中でご紹介
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       この時間帯、えらいきれいな走りの女性が颯爽と通過、
       小僧 「かっこエエなあ~、あれどこのチーム?」
       裏方の婦人 「ありゃ~ あんた 土佐礼子さんじゃがな!」
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      30回記念大会開会式の特別講演に迎えられた土佐さんにとって、
      13,35㌔なんぞは近所へ買い物に行く程度の距離かも知れませんが、
      全コースを完走されて主催者と沿道の熱意に応えて頂いた様子です。                

 地元の会社チームが疾走(社長、見てくれましたか?)
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            いい思い出になることまちがいなし!
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 ウチの孫が快走した(と、婆ちゃんが喜んだ?)
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            全チームの撮影は出来なかったが・・・
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      「坂本屋」チームが出場したら優勝?それとも 全員救護車?           

11:45 参加20チームが無事タスキを繋いで、青いランプの救護車が通過
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 ゴールしたランナーズ皆さん、温かいぜんざいで疲労回復!
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 坂本体育協会などが主催して今年で30回、
 小学校・中学校・KOBANはじめ校区が一体となった手作りイベント、
 今回はゲストランナーに元五輪マラソン選手を迎えて
 繋いだものはタスキだけではなく、老若男女の地域のこころだったに違いない。
  ”地方創生” は、かけ声と補助金だけではないのですね~
 だから、門前の小僧は坂本屋が好きなんです。

 
選手の激走に寒さを忘れていましたが、
           三坂の山々はうっすら雪化粧。
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13:05 3連休利用の区切り打ちの福岡さんにぜんざいのお接待。
      「きゃ~嬉しい!」、とお代りして頂きました。
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     「久万高原町から三坂峠までは雪でした、
      今日は松山市内、歩けるところまで歩いて、夜のフェリーで帰宅します」。

13:25 お遍路さんを見送って、全員でテント撤収、皆さん手際のいいこと!
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本日の駅伝コース
第46番浄瑠璃寺近くの
坂本小学校~山口霊神~大久保(奥久谷)~桜~久谷~丹波~窪野~坂本小学校
 (表記は地図上の地名であり、正確な中継ポイントの地名ではありません)
  坂本屋のすぐ下、桜の三叉路までの登りは「箱根」ほどではありませんが、
  標高差も結構あり、ランナーには決して楽ではないコース設定となっています。

  選手、裏方皆さ~ん お疲れさまでした~~~~
by jh5swz | 2015-01-13 19:44 | 坂本屋日記2015 | Comments(4)

もういっぺん!宝厳寺

平成27年 1月 5日(月)の日記

 道後で行なわれた県年賀交歓会のあと、宝厳寺さんをお参りして帰りました。

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宝厳寺さんは、
 平成25年 8月10日、
 漏電?と思われる失火で全焼。
 国の重要文化財であった一遍上人像も焼失・・・
 
 この画像は8月19日
 失火お見舞いに行ったとき
 本堂跡に残っていた梵鐘です・・・

 

 現在、地元あげてその再建に向かった活動が盛んです。
 私にできるささやかな再建のお手伝いのつもりで
      「もういっぺん起き上がり小法師」を購入して帰りました。
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 地元の高齢者皆さん手作りの 
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  「起き上がりこぼし」です。
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                             動画でなくて残念・・・
 
     時宗の開祖 一遍上人 生誕の地・宝厳寺再建の願いを込めて
         「もういっぺん 起き上がりこぼし
         とは、粋な洒落で気に入っております。 
 
 さて、ブログで書くことではないかも知れませんが・・・
 宝厳寺ファンの門前の小僧からのお願いがあります。
 
  地元の皆さんはもちろん、
  お遍路や観光で道後へお立ち寄りの皆さま
  お買い求めの「起き上がりこぼし」の半額が再建募金となりますので
  どうぞ どうか 是非とも宝厳寺再建にご協力をお願い申し上げます。
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        地元高齢者の手作り紙?粘土グッズと聞き及びました。
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        道後温泉観光案内所や道後の町屋で取扱い中とのことです。
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                     完成予定 平成28年3月

 ※記事中、パンフレットからの写真及び文章の転用については、
  宝厳寺事務所様の了解を得て掲載させていただきました。
by jh5swz | 2015-01-11 19:35 | 道後 宝厳寺物語 | Comments(8)

2015年 初参り② 吉祥寺

平成27年 1月 3日(土)

 いろいろあって、恒例のお正月歩き遍路ができず、
 昨年12月中旬、愛媛新聞で紹介されていた
 本日一日限りの公開、
 第63番吉祥寺の寺宝ご開帳?参拝に行ってきました。
          (「公開」と書くべきかも)
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      以下、この新聞記事と吉祥寺さんの説明板から今日の日記を書きます。

 第63番吉祥寺(4回目の参拝)山門
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f0213825_150177.jpg 小まつの町城下ニ有
 六十三〃 吉祥寺平地 にしミなミ にゐ郡氷見村
 坐二尺
 本尊毘沙門
 大師御作
 ミの中のあしきひはうを打すてヽ
 ミなきちじやうをのそミいのれよ
 -四国徧禮指南本 P152より-


 本堂と左・大師堂
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        初縁日とあって地元農家の方の軽トラ野菜市やあめ湯のお接待もありました。

 もちろんココで、コノ運試しは欠かせません。
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         奥方、2度のトライで見事成就!、ゴキゲン!

 本堂内陣ではご住職による初縁日の納経が行なわれていました
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      お納経所で聞くと、このあと本堂では落語が演じられ
      続いて餅撒きもありますとの話し、粋なお寺さんだなあ~
      (よく見ると「笑門来福」の演目が写っています)
f0213825_11243157.jpg しばらく読経を拝聴のあと、お駕籠の鎮座する別室へ入ります。
 この種のイベントでよくある「拝観料」の類いの看板もありません。
 ご本尊は、そんなケチなことは申されません。 
 「撮影はOKですか?」
 「どうぞ どうぞ」と、お堅いことも申されません。
 因みに、
 吉祥寺のご本尊は四国霊場唯一の毘沙門天であり、
 愛妻・吉祥天とは今もラブラブなのだそうで、
 寺名も吉祥寺とは粋ではござらぬか!
 改めて親しみを覚えたお寺さんでした。
      


 さて、公開されたお駕籠のレポートです。

 黒漆塗梅唐草金銀蒔絵 女乗物
 (くろうるしぬりうめからくさきんぎんまきえ おんなのりもの)
 居室上部を、担い棒で吊り下げるお駕籠で、
 主に大名のお姫様の婚礼調度品に使用された、最上級のお道具にひとつ。

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  高さ約97㌢ 幅約80㌢ 奥行き約140㌢、江戸時代後期の作とみられ、
  1871年の廃藩置県の際、
  入札に出されたところを吉祥寺の檀家ら3人が共同購入し、寺に預けた、
  という新聞記事を読んだ昨年12月から今日の公開を待ち望んでおりました。

 女乗物
「女乗物にも数種あり、惣黒漆に金蒔絵を最上とす」 (「守貞漫稿」より)
 以下、②ビロード巻女乗物
    ③朱塗網代女乗物
    ④青漆塗女乗物
    ⑤茣蓙打女乗物などがあった。
     使用できるのは、藩主夫人、藩主息女などに限られ、
     婚礼行列などにも厳密な格式があった。


 「梅唐草」模様を施した屋根
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  -秋月家婚礼調度 女乗物ー
      外装:全体に黒漆塗に梅唐草蒔絵金銅飾金物と丸鋲を全面に打ち     
         正面に実家(秋月家)の家紋金物

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   高鍋藩秋月家の姫君が、ここ小松藩主一柳家へ輿入れする際に使用された駕籠。
   日向から伊予への婚礼行列のルート、日数は如何様なものであったのだろう? 
   野次馬・門前の小僧の興味と関心はつのる一方なのです・・・
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     内装:やまと絵による、
          吉祥文(鶴と亀・洲浜に松
          「子の日の小松引」(平安貴族の正月遊び)
           が極彩色で描かれた婚礼用の豪華なもの

    さしずめメルセデスベンツS65 AMGクーペといったところでしょうか!?
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     羽二重布団?の背もたれに両肘かけ、畳の敷物もさぞや!と思われます。

  説明板の この2行を見つけて
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         ウチの照子姫が喜んだことは云うまでもナイ。
       帰りの道中、目の回るような寿司をご馳走してくれました。

 
f0213825_15504176.jpg その姫が
 吉祥寺境内の軽トラ市で買ったネギ
 立派なネギが100円は安いとゴキゲン、

 ベンツで輿入れした姫が
 100円のネギを買ったと云う今日のオチ。

 おあとがよろしいようで♪
 
by jh5swz | 2015-01-04 09:49 | その後のきまぐれ遍路 | Comments(7)

平成27年1月2日(金) 初参り

 四国霊場開創1200年
   欲は申しません、去年よりちょっとだけいい年で ありますように! 
 
                       平成27年 元旦
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 思うところあって、今年の初参りは札始大師堂から
  松山市東方町の大蓮寺境外仏堂 四国88ケ所番外霊場 小村大師は
  通称・札始大師堂と呼ばれ、伝説の人物・衛門三郎ゆかりのお堂です。
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     此村の南に右衛門三郎の子八人の塚有
    石手寺の縁起にくハし〇小村大師堂
    此間
    川三瀬有〇たかゐ村九郎兵衛 吉右衛門其の外宿かす

              -四国徧禮道指南P129より-
                                         
 太鼓までは鳴らさなかったが、新年の初参りとて堂内で一人般若心経を唱えました。
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 続いて、自宅に一番近い第48番西林寺へ
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仁王門には立派な門松が、
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おそらく、奥之院仗の淵と水源を同じくするであろう手水舎の水の冷たかったこと!
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f0213825_1632474.jpg 四十八〃 西林寺 平地南向 浮穴郡高井村
 立三尺 本尊十一面
 御作
 ミた佛の 世界をたつねききたくハ
 にしの林の 寺へまいられよ
     

       -四国徧禮道指南 P129より-



 帰宅後、お正月恒例箱根駅伝の全チームを応援。
 初出場から90年目にして往路初優勝の青山学院のゴールに胸が熱くなったが
 駒沢大学最終ランナーのアクシデントには泣けました・・・



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 記事中の緑文字文章及びイラストは、
  知り合いのお先達さんのご紹介で
  入手することができた
  香川大学瀬戸内圏研究センター編集 
  稲田道彦先生著
  <四国徧禮道指南書>
  限定発行・非売本より
  転載させて頂きましたことをお断り致します。

  
by jh5swz | 2015-01-02 21:33 | その後のきまぐれ遍路 | Comments(6)

2015年 元旦

平成27年1月2日(金) お正月のご挨拶

 四国霊場開創1200年
   欲は申しません、去年よりちょっとだけいい年で ありますように!

                     平成27年 元旦
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       坂本屋は現在冬季閉鎖中ですが
       毎年3月1日~11月末日の土日、午前9時から午後3時まで
       お遍路さんの(無料)お接待所として
       地元有志28人が交替でオープン致します。
       三坂峠を登り下りの歩きお遍路さん、
       お通りがかりの節にはお気軽にお立ち寄り下さい。
                   遍路茶屋 坂本屋運営委員会一同
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 久万よりじょうるじへ五里 
 ひがし明神村 西明神村ゆきて坂有 
 見坂となつく
 此の峠より眺望すれハ ちとせことふく 松山の城堂々とし
     (中略)
 くだりて坂半過 桜休場の茶屋大師堂
 この堂ハ長右衛門建立して宿をほどこす

       -四国徧禮道指南P126より-
by jh5swz | 2015-01-02 19:35 | 元旦のメッセージ | Comments(0)