遅れ馳せの日記・・・・

◇平成27年7月25日(土)の日記
 
 朝から猛暑!
 土佐さんから贈られた evian pure 72本を坂本屋へ届けて帰りました。
f0213825_14533169.jpg  当日の当番さんにはお話をしたうえ、
 この坂本屋日記の一部分をコピーして
 台所の冷蔵庫に貼っておきました。
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  この炎天下を歩かれるお遍路さんには
 キット喜ばれるに違いない。


◇平成27年7月26日(日)の日記
  
  当番日ではなかったのだが、
  市消防ポンプ操作競技大会へ出場の坂本消防分団皆さんに代わって坂本屋へ。
  こんなときこそ校区外から押し掛けている小僧が役に立たなければ立場がない。

08:00 いつもの48番西林寺さんへ朝参り。
     うぬ!
     駐車場にfacebookで見たことのある車番の赤いPEUGEOT!
     関西から数日前よりお四国参りにお越しのあの方に違いない、
                      と、小走りで境内へ 
  なんと! なんと!
f0213825_9545021.jpg やっぱり、神戸の森さんでした! 
 facebookでお付き合いをいただきながら、
 お会いするのはこれが初めてにもかかわらず
 いきなり気さくにツーショット!
 門前の小僧、緊張の一瞬でござりました。
    小僧2度目の面出し・・・

 坂本屋へ通い始めて以来、西林寺さんへの
 朝参りはほぼ皆勤賞なのですが、これぞ将に
 お大師っさんのお導きに違いありません!

 せめて輪袈裟なりと架けていればまだしも
 お接待通いスタイルで誠に失礼しました。

    転用と掲載を快諾頂き感謝!


 森さんのことは、
 へんろ道保存協力会の活動の一環として四国各地に復元建立されている
「平成へんろ石」の寄進者の一人として、ご存知の方も多いと思いますが、
その森さんの「へんろ石」と、私の歩き遍路道中の思い出を少し書きます。

 実は、毎月1回、5年6ヶ月歩き繋いだ1200キロの歩き遍路の道中、
へんろ道のそこそこで無意識に撮影した4本すべての平成へんろ石が
その当時、まったく面識のなかった(当然、知る由もなかった・・・)、
森さんの寄進によるものだったことに気づいたのは最近のことなのです。

 私が撮影した森さんのへんろ石をご紹介します、
 まず、土佐・番外霊場岩不動さん峠道 
   2008年4月4日 撮影f0213825_10165027.jpg     次いで、54番霊場延命寺境内
       2010年4月2日 撮影
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そして、88番大窪寺裏の女体山
   2011年9月23日 撮影
f0213825_1171116.jpg  実はこの3本以外に
 12番焼山寺道中の長戸庵のへんろ石も
 森さん寄進の平成へんろ石で、
 2007年6月15日歩き遍路の憩時中に
 撮影しているのですが、
 大勢のお遍路さんが写り込んでいるので
 掲載を差し控えます・・・

 あと1本は久万高原町農祖峠にあるらしいのですが、
 私は鴇田峠を歩きましたのでご対面できていません。

 


 いつか農祖峠の道標も撮影して森さんの寄進された5本の「平成へんろ石」との
パーフェクトご対面を秘かに意識していたところ、この日、先にご本人とのご対面、
なんだかお大師っさんのお導きを感じずには居られない朝の出来事でした・・・
 
 そんな嬉しいご縁もあって、気分も爽快に坂本屋へ爆走。
 標高200m辺りからの三坂の山々。
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 今日は坂本屋の手前(標高290m)の坂道から松山市街地がよく見えました。
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 おお~久しぶりに瀬戸内の海も見えます!
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 遍路の開祖・真念著「四国徧禮道指南」にある
   三坂の峠より眺望すれば ちとせことふく 松山の城堂々とし
   三津の浜広々たり、碧浪渺茫洋 
   中ににょっと伊予の小富士 駿河の山のごとし  (一部現代字置き換え) 

 真念さんも見た風景は(ビルを除けば)こんな眺めだったに違いない。

 さらに「四国徧禮道指南」に
   三坂下りて坂半過 休み場の茶屋大師堂、
   此の村の長右エ門建立して宿をほどこす、とあるが、
 
 その宿がここ坂本屋、現住所は松山市窪野町
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11年前から、築後104年の旧旅籠を無償でお借りして、
 老若男女28人が交代で毎週土、日曜日、お遍路さんのお接待を続けています。
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標高360mの坂本屋の納戸の前から
 お遍路さんの目に映る三坂峠は標高718m、この炎天下の逆打ちは楽ではない。
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 足元の谷川のしぶき浴びてカンナちょっと涼しそう!
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 朝、48番西林寺さんでご縁を一人占めしたせいでしょうか、
 または連日のゲリラ猛暑のせい?
 はたまた、開創1200年イベントのファイナルの反動でしょうか?
 本日の坂本屋はお遍路さんの登り下りはナシ・・・。

   えひめノルディック・ウオーク協会の代表者が
   昨年に引き続き開催される全国大会の休憩・お接待場所として
   協力依頼にお越しになったのみでした。
 
 坂本屋、茶を挽きました~~~
 
   
by jh5swz | 2015-07-30 17:24 | 坂本屋日記2015 | Comments(8)

小島通いの郵便船との縁

おくればせながら・・・
平成27年7月20日(月)海の日の日記。

 春盆秋暮、恒例「名門?門前家」の墓参り。
 
 山が涼しい内にと早朝スタートして旧西宇和郡双岩村まで100キロ。
 我が家と跡継ぎのいない叔父、浪花に住んで帰ることのない遠い親戚、
三箇所のお墓掃除とお参りを済ませると11時。

 町へ出る前に難病を患って療養中のガキ大将時代からの朋輩を見舞う・・・
不治の病に耐える幼なじみとの対面は辛い。
 近所の人に信坊・健坊と可愛がられたハナ垂れ小僧時代の思い出が駆け巡り
言葉にならない目と目の会話が・・・弾んだ・・・
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      私にもあった ♪高校三年生♪ のある雪の日、
        双岩(ふたいわ)村のランドマーク「夫婦岩」の鉄橋を登坂する蒸気機関車

 
 村には食堂などない(のが又素晴らしいのだが)、
 10分ほど走った港町にある「海の駅・みなっと」で昼食。
 その後、女房は海鮮市場荒らし。
      私は内港に停船中の”気になる船”を訪問。

 彼女の名はたいゆう
 昭和〇〇年代、この船の初代船長とウチの親父がらみの思い出も尽きない・・・
 郵便局職員だっイチの親父が、
 この町の沖に浮かぶ小さな島(名前は大島という)への郵便船として業務委託、
 親父が冗談半分に ♪小島通いの郵便船♪ と呼んでいた「たいゆう(四代目?)」が接岸中。
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 現船長は当時の船長のお孫さんであることは
 facebookを通じて確認できて交流はあるのだが未だに会えていない。

 ちょうど桟橋で船員さんと業務中の美形に船長一家のことを尋ねたら、
 「あっ! 門前さん!ですか? それは私です!」。
 まさに邂逅! お墓参りのご利益にやあらむ!
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 定期便の出航で忙しく、短い時間だったがご挨拶が叶った「たいゆう」を見送る。
    初代「たいゆう」に乗って大島の船長さんの家で夏休みの数日を過ごした小学生時代、
   帰る日には魚やカバンいっぱいの文房具をお土産をもらった懐かしい記憶が蘇ります。

 いつか必ずこの船に乗って夏休みの数日を船長さん宅で過ごした大島へ行きたい! 
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      ◇大島の人々の唯一の交通手段としての「たいゆう」の詳細は    
          田中輸送(有) http://www.tanakayuso.co.jp/        
        ◇ 定期航路利用の湾内クルージング(海の散歩)などのご案内は
          たいゆうhttps://www.facebook.com/tanakayuso?pnref=story をご覧下さい。        



 さて、松山へUターンの途中、
 先週に引き続き、
 久万高原町から1泊2日で内子町まで歩くと聞いていた土佐さんに??してみると
約5キロ(一時間?)で内子町、そこからJRで松山経由で帰宅するとのこと。
 歩き区切り地点のJR内子駅から「お車お接待」を申し出るとOK!
 
 時間稼ぎは、女房のリクエストで内子町・産直市場「からり」。
 おそらく、今、大流行「産直」の元祖だと思われるこの市場は私もお気に入り。

 なんと云っても売り場を通り抜けると目に飛び込むこの「緑」こそお宝!
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 緑の天然テラスの遊歩道沿いにパン屋、突き当たりのレストランKARARI.
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 レストランの前にかかるつり橋などがあり、
 買い物以上に楽しめるところが☆☆☆☆☆!で、お遍路さんの休憩にもお奨め。
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13:30 土佐さんの予告どおり、
      小雨の「水戸森峠へんろ道」を歩いて町へ入ったと??あり町内へ移動、
      商店街で後ろ姿を見つけて乗ってもらおうとしたら、
      「次回の歩きスタート地点がJR内子駅前なので駅まで歩きます」。
      私もそうだったが、区切り歩き遍路・究極のこだわりを垣間見たことです!

 JR内子駅前広場のSL
 機関車の写真で始まったこのページのトリはSLでなくっちゃ~!
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       車の窓越しに撮った「怪我の功名ならぬ雨粒の巧妙?」ショット

 振り込む雨粒を気にしながら窓を開けて撮るとこの通り・・・
                    雨粒の演出に喝采を送りたい!!!
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   土佐さんに乗ってもらって三人で愉快に松山まで「お車お接待」。
14:30 松山ICでお別れ。
      先祖敬って、朋輩見舞って、
      親父の親友のお孫さんに会って
      緑の産直で遊んで、
      友達お遍路さんに「お車お接待」して、中身の濃い一日でした。
       
by jh5swz | 2015-07-22 23:55 | 小島通いの郵便船・たいゆう | Comments(4)

お遍路さんからの贈物

平成27年7月19日(日)の日記

 少し早いがお盆を前に、田舎の墓掃除を予定していたところ、
 台風の置き土産か、朝から雨・・・、あれこれ雑用片付けの一日。
 
 そんな夏の夕方、嬉しいプレゼントが届きました。
 
 7月11日(土)当番の日、
 今回は逆打ちの土佐さんが坂本屋でしばらく休憩されたあと、
炎天下を三坂めざして出発の折り、小僧、ひょいと思いついて
冷凍庫の氷をビニール袋に入れて差し上げたところ、
ザックと背中の間に括って「溶けたら飲みます」と歩き始められた。
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 後日、
 「アレで背中は冷や冷や、溶けたら冷い飲料水、最高のお接待でした!」
 と、わざわざお電話をいただき、
 ついては、
 この夏歩かれるお遍路さんにもお接待して欲しいので、
 「持ち歩きに手頃なミネラルウオーターの小瓶を送るので使って下さい」とのお申し出。

 本日、着荷して驚いた!
 なんと かの evian pure 330cc24本×3ケース、72本!!!
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 早速、寄贈のあったことを坂本屋会長に電話報告。
 次のオープン日(7/25)に搬入し、冷凍若しくは冷蔵し、
ありがたくお接待に使わせていただくこととなりました。

    土佐さんありがとうございました。
       坂本屋は皆さんに支えてもらっております。


ひょっこり思いついてと書いたが、この方がカチ氷お接待の元祖。
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 2007年10月5日、27番神峯寺参拝の日、
 昼食をしたドライブイン27のオバちゃんが 
 「今日の陽射しはきついきに、
       これ持ってを登りいや~」と、
 ビニール袋いっぱいのカチ氷をいただき、
 同行とその氷を口に含んだり、
 溶けた氷水を分け合って飲みながら、
 無事、真っ縦の坂を登りきった思い出が
 8年経った今も忘れられないのです。

 門前の小僧、本日のつぶやき・・・
    真ごころがにじみ出るのが「おせったい」
    下ごころがありそうなのが「おせっかい」


 
by jh5swz | 2015-07-21 17:05 | 坂本屋日記2015 | Comments(5)

平成27年7月11日(土)の日記。

 坂本屋当番日。
 ちょいと出遅れて、
 西林寺さん、八坂寺さん、浄瑠璃寺さん何処へも朝参りできず直行。
 
08:45 坂本屋到着、すでに暑い!
     揃ったメンバー4人でオープン仕度。
     「今日は熱い茶のリクエストは無かろう」と、
     冷やし麦茶に茶菓子と少々持参した水羊羹をスタンバイ。

09:05 坂本屋へ来るとき、 
     すぐ下のS字カーブで追い越したお遍路さんが気になりながら仕度中、
     舗装道路の照り返しをまともに受けて、ゆっくり ゆっくり ゆっくり
     最後の坂を登って来られる菅笠が潜り戸越しに見えました!
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      御歳80歳、お四国参り13回目の江戸さんがひと休み、
      流れる汗を拭きながら、
      「やっぱり逆打ちはイイことあるんかいな、初めて坂本屋の茶が飲めた」。
      と、当番には元気の出るお言葉!

今日は久万高原町泊りだからとごゆっくりお遍路談義。
f0213825_7513683.jpg  
 遍路の礼儀も大切だが、
 納経所の応対に問題がある寺もある・・・、

 十宿十色?お宿のあれこれ・・・
 各地のお接待いろいろ、

 高速道の延長工事とへんろ道の移り変わり
 その余波?で無くなった「へんろ宿」。
 
 静かな口調でしたが、
 13回の巡拝を重ねられたお方ならではの
 鋭いご感想あれこれでした。

10:07 「やれやれ生き返りましたぞ、ではボツボツ」と。
  数歩歩いて「暑いなあ~・・・」
f0213825_11393519.jpg  「山へ入れば木陰もあろう~」と、
   標高差300mの三坂峠めざしてご出発。
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       まずは今夜のお宿まで道中ご安全に

 いつもならこの時間帯には、
 久万高原町前泊お遍路さんが三々五々下られるのだが静か・・・
 やっぱり、開創200年記念行事が終わった余波かなあ~
 いやいや、元の静かな「お四国参り」に戻っただけのことやろう。

11:55 当番4人、奥の囲炉裏部屋で早弁当が終わる頃、
    超ベテランと思しきお遍路・阿波さんがひと休み。
    基本・野宿遍路で、
    「50歳頃には1年中、四国をグルグル廻っていた」のだとか。

    お四国参り各地の野宿地情報をたっぷりお聞きできました。

12:35 「今晩の野宿地は未定、行ける所まで歩く」とご出発。 
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           いやはやものすごい身支度でした、道中ご安全に!

 ますます日差しは厳しくなり、
 留守宅から「下町はゲリラ猛暑なり」とのメールあり。

 涼しさ求めて裏の谷川を覗いてみた。
f0213825_16293119.jpg この小さな滝に打たれて
 座り込むと気持ちいいやろうなあ~

 涼しげなキキョウの花が
 「座り込んでみたら?」。
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14:05 先週末、松山市内の48番西林寺さんまで逆打ち巡拝されて一旦帰宅。
     この週末、再度来松、
     弘法大師創建の香積寺(隻手薬師)を出発、
     47番八坂寺さん、46番浄瑠璃寺さんを歩き繋いで急坂を登って来られた
     土佐のdaboさん到着、ひと休み。

     したたり落ち汗を拭きながら・・・
     白衣を脱いで、手甲脚絆を解いて、素足になって寛いでもらいながら、
     冷え切った麦茶と水羊羹で水分補給のお接待。
     弱音?っぽい言葉を聞いたことが無いdaboさんなのだが、
     今日の蒸し暑さはかなり堪えた様子・・・

     山頭火さんもどきの一句進呈
         菅笠の中にも猛暑         

f0213825_1236252.jpg 
 実は、先週我が家でひと休みして貰ったとき、
 私が試作中の
 「坂本屋・道中安全木札」を気に入って頂き、
 早速にお杖に付けて出発されたのだが、
 今日もちゃんと付けて歩かれていました。
 門前、なんだかメチャクチャ嬉しかったです。 
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 お杖は撮影したが、ひと休み中の写真を撮り忘れて誠に残念・・・


14:40 「桃李庵さんまで頑張ります!」とご出発。
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   明日は45番~44番を巡拝後、
   久万高原町からバスで松山へ引き返し、マイカーで帰宅されるらしい。

     
 daboさんを見送って、「そろそろにしますか?」と、店じまい。
 幟旗仕舞い、雨戸閉め、ガス元栓確認、勝手口施錠。
 猛暑の中、お遍路さんは三人、
 営業しているワケではないが「今日もお茶挽いた」。

 いつものコトながら家へのみやげは、
 会長から「たくさんの新鮮無農薬野菜」。
 ありがとうございます、家計に大きく寄与しております!

 さすがに暑さに負けて、早風呂浴びて、缶ビール1本と大勝負したら、
 7時前から眠たくなって水平飛行、
 四万十市の入野砂浜を歩き遍路しているイイ~夢をみました。

 
 余談ながら・・・
  これが先日の雨の日、試作した「坂本屋・交通安全御守り(仮称)」。 
f0213825_15125862.jpg 自宅で ”ヒノキ風呂が楽しめる” と云って
 買い置きしていた檜の木っ端に穴を開けて
  表に「道中安全」
  裏に「坂本屋」と手書きして
 女房の手芸箱からパクった紅紐を付けて
 坂本屋の土間の柱へぶら下げておいて、
 ご所望のお遍路さんにお持ち帰り頂こう 
      と云う目論み・・・



f0213825_1550018.jpg 
 試作品を持ち込んで皆さんに相談。
 乗りのイイ会員皆さん大賛成!
 運営委員会会長に、
 雛祭りなどイベントで接待する草餅に焼く
この焼印の使用をお願いしたら快諾!
 
 檜の木っ端は、長老が地区の森林組合へ
 掛け合ってみようと、嬉しい返事!

 
高野山から帰ったあと、
自主・自発・無償を勝手に誓って通い始めた
坂本屋のお接待につき、
作れる範囲のささやかな道中手形(これも仮称)作りを
のんびり、ゆっくり取り組んでみます。
   たとえ、限定88個で終わってもお大師っさんお許し下さい。 


7月12日(日)の日記
 今朝メールを開いてみたら、
 坂本屋メンバーのkimikoさんから「小鴨健在!」のNEWSあり、
 朝ご飯を済ませて、早速、小野川散歩。
 
 居た、居ました高津橋の下。
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           枯れ草の上に「亀」、中央下の川の中に「鯉」、判るかなあ~

 すっかり大きくなって、親子の区別が付きません。
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    盛んに羽ばたきをするところを見ると本当に巣立ちが近いのカモしれません。 
      
by jh5swz | 2015-07-12 18:46 | 坂本屋日記2015 | Comments(4)

平成27年7月5日(日)の日記。

土曜日(4日)、
 いつもながら新鮮無農薬野菜を差し入れて貰った坂本屋の相原会長が、
「浄瑠璃寺裏の弁天池の蓮の花が咲き出したぞな」、との一報があり、
写真撮りと朝一番参りも意識して出かけました。

 浄瑠璃寺前には以前から気になる小路があり・・・
 駐車場へ車を置いてお寺に沿ったへんろ道を下って県道を横切り、
民家の小路をしばらく歩いて振り返ると、この眺め。
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          これって、門前のへんろ道ではござらぬか?
          11日の当番日に長老に尋ねてみなければ・・・

真っ直ぐ歩けば緑の木々が山門代わりの浄瑠璃寺正面なのですから・・・
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 山門代わりの?子規さんの句
   永き日や衛門三郎浄瑠璃寺
f0213825_14525037.jpg   石段から振り返れば「長珍屋」さん
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 いつもきれいに清掃の行き届いた境内参道    
   今朝の一番参りは、母さんに手を引かれたご近所の子供さんだな。
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           こうして普段の生活リズムにとけ込んでいる「お参り」のあることこそ
          むつかしい屁理屈やスローガン抜きで、本当の日本の「遺産」だと思います。

さて、浄瑠璃寺さんは、
 人呼んで「ご利益のよろず寺」と親しまれるほどさまざまなパワースポットがあり
   ・撞けば12の願いが叶う鐘楼堂の「十二願の鐘」
   ・本堂前には、よだれ掛けを着けた「さすり仏」
   ・大師堂には、幼名真魚さまと書かれた「抱き大師」
   ・このほかに

 松山市指定文化財(天然記念物)イブキビャクシンの巨木と籾大師像、
 籾に弘法大師を刻んだ現物があまりにも小さいので拡大模造した石像。
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 お釈迦様が説法し、修行を積んだインドの霊鷲山の石が埋め込まれた「説法石」
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 健脚・交通安全を願う「仏足石」。

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 ウロキョロしていると
 本堂で夫婦づれのお遍路さんのお納経が始まったので
 小僧は大師堂から参拝、写経代参。
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 大師堂と渡り廊下で繋がる本堂濡れ縁の隅っこで納経と写経代参。
      おん ころころ せんだり まとうぎ そわか~ 
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 ただ一つの願いを叶えてくれると聞き及ぶ「一願弁天」。
 芸術の守護神らしいのだが、無芸につき「家内安全」をお願いした。
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 弁天様の左手の木立を抜けると弁天池
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 弁天池の18種の蓮の花の説明看板。
 非常に興味深いことがたくさん書かれているのだが、
 書いてある蓮は、咲いているどの花なのか判らずいささか消化不良・・・
    (せめてイラストでもあれば・・・)
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  君の名は?
f0213825_15123061.jpg    蓮野八重子と申します
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  門前の小僧は貴女が好きです!
f0213825_15144863.jpg    貴女も嫌いではないです・・・
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       この浮気者め!と一斉にこちらを向いた(気がした)蓮の花。
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f0213825_16575558.jpg 看板によると、
 日の出と共に開き始め午前中に閉じます。
 三日の間は開閉をくりかえし、
 四日目には開いたまま散っていきます。
     と、説明があり・・・
 この白い花は今日が四日目?
 余りにも儚い・・・


 居合わせたセミプロと思しきカメラマン氏に花の撮影のコツなど教えて貰ったあと、
例年、菜の花と桜を撮る場所の様子が変わっているので現場へ行ってみた。
  これは2012年4月7日の桜と菜の花
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  こちら2015年7月5日の同じ場所、
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                 花壇には芍薬や牡丹を植えられる計画らしい。
 
 目下整備中のこの公園の中央へ
 浄瑠璃寺境内の木立に埋もれていた「鎮魂の皿」の移転工事中でした。
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  なんとなんと!
  「鎮魂の皿塔」の台座部を一人でコツコツと工事中の職人さんは、
  三代目?相原石材彫刻店主、 坂本屋運営委員会相原会長!
  「この塔には親父も深くかかわっていたものでなあ~」と、
  終戦後の建立に至る来歴、エピソードをいろいろ聞かせて貰いました。
  
  以下は、相原会長の話しと
  坂本屋へ通い始めた頃、中川長老から購入した
  山野芳幸氏著「伊予久谷界隈はええとこぞなもし・(株)エーシー出版より
  抜粋、編集させて頂きましたこと、お断りと感謝を申し上げます。

     この「鎮魂の皿」は、
         太平洋戦争で亡くなった地元久谷出身者の慰霊のため
        郷土史家相原熊太郎が遺族の家を一軒一軒訪ねて巡り、
        戦死者の人となりを四行詩にまとめ、それを皿に焼付け、
        準備は整ったが多額の建設費用が集まらず計画は頓挫、
        300枚の皿は寺の床下に入れ置かれた。
         爾来25年、人々の記憶から忘れ去られていた・・・
         昭和49年、NHKの遍路番組取材班が床下から発見し、
        撮影、編集し全国放送され大きな反響を呼んだ。
         放映を見た地元の診療所三好かつみ先生は寺と諮り
        この慰霊塔建設に尽力された。
         仏教の六道にヒントを得て、六角の塔の六面の壁面に
        300枚の皿をはめ込むことに苦労を重ね完成させた。
         地元の石材彫刻店 相原誠一さんは、るり観音を刻み
        塔の上部に安置した。
            
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      砥部焼皿の四行詩からなる戦死者の略伝を拝読したが、重かった・・・
           心からご冥福を祈り合掌を捧げました・・・

        尚、菜の花畑の桜並木の根元にずらり並んでいた無縁仏は
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     お大師さんに守られるように大師堂の裏に整然と安置されていました。      
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 広い公園が完成すれば、    
  戦死者の霊は桜や菜の花、牡丹や芍薬に囲まれた青空のもとで
  ご遺族、浄瑠璃寺さん、地域檀家、お遍路さんの供養を受けることでしょう。
   

  
  私事ながら・・・  
   南方へ出征した叔父が、戦死した小島の海岸の小砂になって
  小さなマッチ箱ほどの桐箱に入って村へ帰って来た話しを聞いて育った私は、
  春秋の墓参りの度に青春真っ只中で散ってしまった多くの若い人々の無念に思いを馳せます・・・
   
   戦争は いけん! 
    
by jh5swz | 2015-07-07 21:06 | その後の徒然日記 | Comments(6)