平成18年4月7日、思うところあって始めたこの歩き遍路旅。
 4年後の平成22年2月になって,
 撮り溜めた写真の整理中、ふとブログ編集を一念発起。
 以来、いささか駆け足気味に投稿を続けました。

 どなたのお目にとまるか判らないブログ世界の怖さを感じながら
 このページ訪問者の励ましメールに支えられ、
 前回の投稿を以って、「現在」に追いつき
 次回からは、参拝当月の「現在進行形」で編集できることとなりました。

 たくさんの応援メールありがとうございました。

 今日からは、
 バタバタと駆け足で投稿した記事を、
 ゆっくり読み直し、書き直し、写真を入れ替え、
 或いはレポート不足を補いながら
 平行して
 その月の「歩き遍路白書」は、
 その月に書き終わるよう頑張ってみたいと思います。
  (8月は、熱中症対策のため夏休みですが・・・)
 
 巡拝を体験された方々には懐かしいアルバムページとして
 今から思い立ってみようかな?と計画中の方々には参考資料として
 ご笑覧いただければ幸いです。

 「歩けない」?
 いえいえ、自家用車、自転車、バイク、バスツアー、歩き遍路etc
 手段は、お一人お一人の御意のまま、気の向くまま。
 たまたま、私の遍路は、
 心優しいお先達のお世話になりながら 
 今では家族になってしまった楽しい同行20人の仲間に恵まれて、
 ヘコたれることなく、歩き続けることができている次第です。

 因みに、世間様は 信仰 信仰 信仰とおっしゃいますが、
 私のモットーは
 1に健康 2に観光 3・4が無くて 5に信仰であり・・・
 弘法大師”不肖の弟子・指定席”の
 最末席への着席を目標としております。
       
 
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               2010/7/2 霊峰石鎚山に抱かれた横峰寺めざして

歩き遍路、約100K毎の通過年月日と到達場所
   (日付をクリックするとそのページへ飛びます)
         2006年04月07日 1番霊山寺出発
 100Km  2006年11月03日 19番立江寺出発直後       
 200Km  2007年06月01日 室戸岬道中 ゴロゴロ石海岸       
 300Km  2008年02月01日 南国市 絵金蔵     
 400Km  2008年05月02日 須崎市焼坂峠手前 道の駅森林
 500Km  2008年12月04日 足摺めざして窪津港出発直後       
 600Km  2009年04月03日 愛南町菊川
 700Km  2010年01月08日 内子町大瀬
 800Km  2010年07月02日 北条市鎌大師
 900Km   2010年10月01日 新居浜市関の戸 
1000Km   2011年03月04日 多度津・道隆寺から3K 
1085Km   2011年09月23日 結願の第88番大窪寺 
1125Km   2011年10月13日 願行成圓 第1番霊山寺
1150Km   2011年11月 3日 満願成就 慈尊院から高野山奥之院へ

<このブログ編集にあたり、参考にした書誌及び閲覧サイト>
  「四国八十八カ所を歩く」  発刊:山と渓谷社 2006年2月初版1刷
    歩き遍路を始めるにあたり購入した本 ¥1500+税
  「四国八十八ケ所巡り」  発刊:昭文社  1997年1月1版10刷
    歩き遍路を始めるにあたり同級生が貸してくれた本(¥1333+税)
  「四国八十八カ所霊場」  発刊:NPO伊予路おへんろ倶楽部
    おへんろ倶楽部より戴いた小冊子
  「癒しの遍路旅」  発刊:愛媛新聞社月刊アクリート特集号
     愛媛新聞エリアサービスより戴いた小冊子
   四国八十八所霊場会公式ホームページ
    http://www.88shikokuhenro.jp/index.html 
   通過各市町村ホームページ観光サイト
 
ご叱正・ご意見は jh5swz@orange.ocn.ne.jp までお願い致します。
        
 
# by jh5swz | 2010-08-13 10:19 | はじめに・・・ | Comments(0)

-続き-
歩いた日>第50回・2010年 7月 2日 晴れ~霧雨~晴れ
コース>石土神社から湯浪登山口~60番横峰寺~61番香園寺 
           登って下って 17,4K  
疲労度>☆★★★★


13:00 霧に浮かぶ 第60番 石鉄山 横峰寺(いしづちさん よこみねじ) 本堂
             これでこそ 登りし甲斐あり 霧の寺 門前の小僧
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     かくして屈指の難所横峰寺参拝を終えて下山することになるのだが、
     上り下りの標高差を示す断面図があったので転載させていただきます。
     林道終点休憩所(登山口)から2K歩いて500m登り、
     今から香園寺まで8Kを歩き700m下ることとなる。
     一難去って又一難か・・・
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13:25 歓喜天の前から裏山へ出て、平野有料林道を下り始めます。  
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13:35 林道を10分ほど下った所から、
        今朝出発した小松町方面を眺める  
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              晴れていれば絶景らしい・・・
                写真提供:運のいい友人
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13:45 さらに10分ほど下った所で林道を逸れてへんろ道へ急降下   
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14:00 霧雨の中でトラノオウ(虎の尾)が咲いていたが、
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    実際は、平成16年の台風で、
    流れたへんろ道を応急修理?した坂道が続き
    ところどころ、崩れた斜面に架けた丸太橋や鉄製梯子を渡り
    転がるように下って行くので花などゆっくり眺める余裕はなかった・・・
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    おまけに霧雨に濡れた石段は滑り、時折日差しを浴びるとむし暑く、
    弘法大師さまは、門前の小僧に七難八苦を与え給もうた次第で・・・
     ~ありがたや ありがたや~

14:15 下る一方かと思いきや、馬の背の登り坂あり  
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       まれに、平坦な馬の背もあり
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14:25 下り始めて1時間、ベンチで一休みして  
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14:50 へんろ道沿いのきれいなウラジロ   
      こんなきれいなウラジロを飾って正月を迎えたいものだ
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15:15 奥の院まで2Kの東屋で一休み  
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             相変わらず霧雨・・・
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15:47 長い長い下り坂のラストは傾斜角35度?、足元は砂利・・・  
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16:00 2時間半下って、やっと車道と合流し  やれやれ・・・   
       帰宅してみると両足親指の爪は見事に紫色のアートネイルができていた
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16:06 大変モダンな香園寺 奥の院到着
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ここで同行皆さんは、滝不動の参拝などしてご休憩、
私は香園寺本堂近くの知人を訪問すべく、お先達の許可をもらって先発、
(同行仲間から「冷えたスイカを買ってきて」との携帯電話注文もしっかり承り)
まったく知らない道約2Kを初めて一人で歩きました。

     一人で歩いて、”本当にありがたい”と感じたこと、
      ☆お先達の存在感、
      ☆ちょっとした分かれ道に必ず建つ道しるべ、
      ☆「右じゃ」、「「左だよ」と教えて下さる地元の方々、
      今日までも思わぬではなかったが、とにかくありがたかった。 


16:25 本日の終点近しのランドマクーク「大谷池」土手を通過 
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    雨に濡れた紫陽花が「がんばりなさいよ~」と、声をかけてくれました。
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17:00 訪ねた同業のお店で、冷えた高級栄養剤を飲ませて頂いたうえ、
    遍路隊全員分の高級ドリンク剤(冷蔵パック付き)のお接待があり感激!
    調達希望のあった”冷えたスイカ”もスーパーで切って頂きゲット。
    ドリンク剤とスイカを箱に入れて香園寺へ急いだ。 

(お断り)
 急いだが、参拝に間にあわず・・・
 以下は、7月18日に家族とお参りしたときの写真(記事)を投稿致します。
 
f0213825_1553839.jpg       香園寺伽藍図
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  大聖堂(本堂・大師堂)と納経所が巨大!、ほか何も感想ナシ・・・


第61番 栴檀山 香園寺 本堂・大師堂  
  会館を思わせる超モダン建築だが、歴史は古く聖徳太子が創建したと伝わる。
  が、今までの霊場のような風情はなく、ちょっと戸惑った。
  重厚な山寺・横峰寺から下った私には、戸惑ったと云うより、
  「なんじゃコレは?」と思ったと書くほうが自分に正直であろう・・・
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        1階が大講堂、2階が本堂・大師堂になっており
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      向かって右側の階段を上がって、靴を脱ぎ本堂へ入ると、
      ホールの如き827の固定椅子席に囲まれて大日如来が鎮座まします。
       秋川雅史さんの「千の風になって」一曲限定独唱会がとても似合いそうです・・・
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この香園寺は、
国内外に40万人以上の子安講員を持つ「子安大師」として女性の人気は高い。
境内の一隅に建つ、これも鉄筋建ての子安大師堂
(香園寺の象徴的お堂にしてはチト小さ過ぎるのではないでしょうか?!) 

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香園寺ご朱印
f0213825_16183974.jpg 昼間、深山幽谷?の霧に浮かぶ
     神殿風権現造りの横峰寺を参拝し、
 夕方、超近代的な鉄筋造りの香園寺を見ると、
     ちょっと頭がクラクラしたことです・・・

 それはさておき、帰路の高速道のPAで、
 調達した冷えたスイカを
 皆さんが「うまい 美味しい」と食べて頂き、
    門前小僧の嬉しかったこと。




<私の遍路と、このブログ参考書>
  「四国八十八カ所を歩く」  発刊:山と渓谷社 2006年2月初版1刷
    歩き遍路を始めるにあたり、購入した本 ¥1500+税
  「四国八十八ケ所巡り」  発刊:昭文社  1997年1月1版10刷
    歩き遍路を始めるにあたり、同級生が貸してくれた本(¥1333+税)
  「四国八十八カ所霊場」  発刊:NPO伊予路おへんろ倶楽部
    おへんろ倶楽部のご好意で戴いた小冊子 
              
# by jh5swz | 2010-08-08 07:33 | 61番香園寺へ下る | Comments(0)

歩き遍路・60番横峰寺へ

歩いた日>第50回・2010年 7月 2日 晴れ~霧雨~晴れ
コース>石土神社から湯浪登山口~
 60番横峰寺~61番香園寺登って下って 17,4K  
疲労度>☆★★★★

    四国霊場88ケ寺の中でも屈指の遍路ころがし(難所)と云われる横峰寺、
    確かに難所!!、途中、進むも地獄、戻るも地獄の心境を味わいました。
     ですが、懲りずに又参拝してみたい 
         と(ちょっぴり)思わせるほど
               山の緑のすばらしさでした(小声)。
                    

08:20 前回のゴール地、石土神社で身支度整え
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          うわさの難所へ8,9K、いざ出発!
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石土神社隣りの新四国曼荼羅霊場妙雲寺にあった二つの石標
「是より横峯寺迠百丁」と彫まれた、知る人ぞ知る百丁石
f0213825_1911859.jpg   その百丁石に並ぶ石標
   「是ヨリ第六十番横峰寺へ
          實測六十七丁」
と読める
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     妙雲寺は、かって第60番前札の旧跡をもつ寺で、
     いつの時代か、ここから横峰寺まで百丁(約11K)あった、
     後年、へんろ道を「実測」したところ、六十七丁(約7K)だった、
     ところが平成16年の台風21号で大きな被害を受けた遍路道は
     ルート変更を余儀なくされ、現在では8,9Kだと、私流に解釈した。
                      (1丁=60間=109mとして換算)

08:32 いざ出発、正面の山のほぼ頂きが横峰寺らしい・・・
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09:00 第1へんろ小屋を横目に(休ませてもらえません・・・)
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09:05 小さな大師堂があったが(休ませてもらえません・・・)
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09:10 山と清流に吸い込まれるように・・・
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09:15 妙の谷川に沿ってさらに山奥へ進みます
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                 「人」は確かに山や川に生かされおります・・・

09:30 山の喫茶店「てんとうむし」到着  
     小松町K・Hさんお奨め”山の湧き水を使った自家焙煎COFFE”が評判の喫茶店
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        門前の小僧は店の名前が気になってしかたが無かった・・・
        帰宅後、写真を拡大してみると、店のガラス越しに見えたクルマは、
        今も”てんとうむし”の愛称で親しまれる、かのSUBARU360
        マスターは筋金入りのSUBARERにちがいない。
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      360の愛称”てんとうむし”について
           1960年代、Volks Wagenの
           ビートルズ(かぶとむし)よりひとまわり小さいので「てんとうむし」と呼ばれた。
           なんとも奥ゆかしいではございませんか!
 

         7~8人がCOFFEを、
         ほか多数は駐車場で休憩させてもらっただけだったが、
         全員に米菓子のお接待・・・ 
         ありがとうございました!  ”てんとうむし”さん。
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        親子でSUBARUに乗ってる門前の小僧が書く初めてのコマーシャル。
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         てんとうむしの居場所:西条市小松町石鎚字湯波3776-10
           々   の活躍時間:午前9時~午後5時
           々   の休養日:毎週火曜日と水曜日


09:45 横峰寺とのほぼ中間点を通過
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09:55 湯浪の尾崎八幡宮前を右折、誰も救援バスに乗らない・・・
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        山はますます深くなり
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       里では殆ど見ることがなくなった「マタタビ」の白くなった葉が鮮やか!
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            ~~~~ -ちょっと いっぷく- ~~~~
初夏、葉先が白くなったマタタビ
f0213825_20112922.jpg       葉先が白くなったころ咲くマタタビの花
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 マタタビは、花期に葉の上半分が白くなることが多く、
 夏ごろ枝先の葉腋に1~3個の梅の花に似た芳香のある5弁の白い花をつける。
 果実にマタタビアブラムシが寄生すると虫瘤ができる、これに熱湯を注いで中の幼虫を殺したあと、
 乾燥させたものを生薬名「木天蓼(もくてんりょう)」といい、疲労回復に効くマタタビ酒の材料となる。
 ”ネコにマタタビ”といわれるほどネコが好み、ネコの万病薬になる。
                          拙書「愛媛の薬用植物図鑑」より抜粋
            
           ~~~~ ~~~~~ ~~~~~
10:10 へんろ休憩小屋のある横峰寺への参道登山口到着 
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          舗装道路はこの先で行き止まりとなり、サポートバスは小松町へ引き返し、
          R11~R142~黒瀬峠~有料平野林道を経て、横峰寺で待機してくれる。
          バスや自家用車で巡拝する場合は、上記の交通経路が参拝コースとなる。

          私達は、地図左の四国のみち(四国自然歩道:細い赤い線)に沿って
          大頭~湯浪~Ⓟ(現在休憩中)~横峰寺~香園寺奥の院~香園寺まで
          17,4Kを歩きます。「こんな贅沢な旅がございましょうや」などと呟きながら。

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               -地図は横峰寺でいただいたパンフレットより転載-

10:20 休憩後、いざ横峰寺をめざし、うわさの遍路ころがし坂へ出発
     「距離2,2K、標高差500m、1時間20分の予定」と、お先達。
       この先の”怖いもの知らず”の一同は簡単に「ハイッ!」と答えてしまった・・・

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             結局、この石段の角度の坂が山門まで続いたワケで・・・

10:30 マイナスイオンたっぷりの参道を(この辺りまでは)快調に
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      沢に沿って、オゾンたっぷりの杉木立を登り
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10:40 登り始めて20分、小さな遍路橋で休憩  
          沢を流れる水の冷たかったこと!
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       なるほど一休みさせてもらえるハズで・・・
       休憩後は、平成16年の台風で流れてしまった遍路道を迂回して、
       張られたロープにすがりながら、急勾配の道なき道を登攀。

10:55 難所街道の始まりか? ここは地獄の1丁目か知らん・・・    
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11:20 昔の人の苦労が偲ばれる石段を登り 
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11:25 登り始めて1時間、あと900m=まだ900m!  
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「まだ行けます!」と、若い?遍路のカラ元気             撮影:T・Tさん
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「まだ行けます!」と、言いながら、
            息は上がってますが・・・
f0213825_14471670.jpg   足が上がってません!
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11:50 古坊休憩所で一息入れて、最後の難所を”がんばる歩き遍路”
          ※古坊は、元々山門と仁王像があった所で、今は木製のベンチだけがあった。
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       登っても 登っても これでもか これでもか と続く坂・・・ 

11:55 2~3歩登って立ち止り、肩で息してまた登り・・・ 
        最大の難所と云われた12番焼山寺よりはるかにキツかった門前の小僧でした
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      「あと400m!」だと、三代の道しるべに励まされて又一歩登り   
        左から、お地蔵丁石・へんろみち保存協力会道しるべ・四国のみち標識
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      四国のみち」とは、
      国土交通省と環境省が四国の歴史・文化・自然を体感するために作った道で、
      へんろ道と重なる部分が多いが、微妙に違うところもあり、歩き遍路は要注意!


12:08 見えた!見えました!横峰寺仁王門!
      威勢よく「着いたぞ~」と、
       後続に声をかけたとたん、丸太の上にヘナヘナと座り込んでしまった。

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12:11 30数段の丸太を這うように登り、山門で大師の出迎えを受けた
        結局予定より30分遅れて、登山口から1時間50分かかったことになる・・・
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f0213825_15154755.jpg        横峯寺伽藍図
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     山門の正面に平成11年新築落成の庫裏、左手に客殿と納経所。
     ”石鉄山別當横峰寺”の石柱が石鎚山西遥拝所横峰社だった歴史を物語る
     本堂は右手苔生した石垣の奥、手水舎の脇から石段をさらに登る。
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本堂への石段。
f0213825_7565013.jpg  急峻な山の斜面に
  庫裏や本堂、大師堂などを
  建てるのは難事業だったハズ、
  お寺さんもえらいが
  瓦1枚からの普請に応えた
  里の人々や幾多のお遍路に
  思いを馳せた遍路小僧・・・



元気盛々組は、山門から更に500mほど坂を登り、奥の院「星が森」で昼食。
疲労困憊組は、客殿前の休憩所で昼食休憩することとなった。

門前の小僧はモチロン後者。
 広げた弁当は、ご飯一口と梅干1個しかのどを通らず、お茶のガブ呑み。
 休憩所のベンチで大の字になって寝転んでいた。
 居合わせた通し歩き42日目という広島の娘さんと話しが弾み元気が出た。
 まことにゲンキンナモノだ。
 一足先に下山するという娘遍路さんに皆で激励の拍手を送った。
 あの娘さん無事結願して、今頃は広島カープの応援三昧だろうか?

       奥の院・星が森を参拝した元気盛々組の面々 -写真提供:T・T氏-
          天気さえ良ければ西日本最高峰(1982m)霊峰石鎚山が見えたハズ、残念!
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       そもそも星が森とは
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  山裾より山頂まで
  全景が見られる場所でもある。
  弘法大師が
  この地で星供(星祭り)を行った所で
  星が森と呼ばれる。
   <画像共横峰寺栞より>

 どうしてもこの奥之院はお参りしたかったので
 平成26年9月21日、林道経由でお車遍路、念願の星が森参拝が叶いました!

12:55 ふと休憩所の窓から下界を見ると、山は霧で墨絵の如し  
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        霧に浮かぶ第60番 石鉄山 横峰寺(いしづちさん よこみねじ)本堂  
         神殿風の権現造りの本堂は、深山の霧の中でまことに神秘的でした。
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           これでこそ 登りし甲斐あり 霧の寺 -小僧-
  消えては
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        浮かぶ・・・
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    横峰寺は白稚2年(651)修行僧の開祖といわれる役行者小角の開祖と伝わる。
    開祖当時は多分小さなお堂?だったのかも知れないが、以来1360年に亘り、
    寺を守り支えた石鎚山信徒さんの計り知れない力量に思いを馳せたことでした。
    現本堂にしても、こんな山の上へ、誰がどのようにして建てたものだろう? と
    今回のお参りはいろいろ考えさせられた。

          横峰寺大師堂(本堂の真正面、向かい合って建っている)
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       歓喜天堂
        夫婦円満、商売繁盛願いに応じ降魔調伏された大聖歓喜天王を祀り、
        除病、延命等望みに従って成就させる功徳がある。(横峰寺栞より原文のママ)
        どこかの札所の「忙しいから願い事は一つにしてくれ」とは懐の深さが違います。 

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ご朱印
石楠花が満開の頃、是非もう一度お参りしたい
f0213825_12444154.jpg            横峰寺切手(仁王門)
              ヘトヘトの遍路は私かも?
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     かくして、屈指の難所横峰寺参拝を終えて下山することになるのだが、
     上り下りの標高差を示す断面図があったので転載させていただきます。
     林道終点休憩所(登山口)から2K歩いて500m登り、
     今から香園寺まで8Kを歩き700m下ることとなる。一難去って又一難か・・・

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13:25 歓喜天の前から裏山へ出て、平野(有料)林道を下り始めます  
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 「61番 香園寺へ下る」へ続く・・・ 

# by jh5swz | 2010-08-01 08:44 | 60番横峰寺へ登る | Comments(0)

今治から石鎚山麓まで

歩いた日>第49回・2010年 6月 4日 快晴
コース>59番国分寺から世田薬師~生木地蔵~石土神社まで20,7K  
疲労度>☆☆☆★★


前回(5/7)ヘトヘトで辿り着いた国分寺駐車場でストレッチを済ませて
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            国分寺伽藍図
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09:00 参道の石段を上がる 
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第59番 金光山 国分寺(こんこうざん こくぶんじ) 本堂 右大師堂
天平13年(741)に聖武天皇の勅命により全国に建立された国分寺の一つで、
国の史跡として指定されています。
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お納経中
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ご朱印
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         国分寺切手
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握手修行大師
f0213825_14435089.jpg お大師様も「拙者、忙しいから」って、
  「願い事は一つだけにしてくれ」だって・・・
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      モデルお遍路さんにお断りできてないので顔半分

    看板(原文)
     修行大師様と握手をしてお願いしてください
     願い事は一つにしてください。
     あれもこれもはいけません。
     お大師様も忙しいですから! という、了見の狭い看板。          
               空海師の真意に非ず!~~~

10:00 JR桜井駅前通過
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10:10 国道を逸れてへんろ道を歩き  
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10:35 第1休憩地 みちの駅 湯ノ浦温泉到着 
      今治市の東のはずれR196号沿いにある湯ノ浦温泉の源泉地。
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  なんと
  100リットル100円で源泉が買える
  「温泉スタンド」があった!
  100円はあったが
  100リットル容器が無かった・・・


道の駅のランドマークは湯煙を噴き上げるモニュメント。
ちょうど休憩中の娘へんろさんにCMモデルになっていただきました。
    (2010/08・09 専属モデル契約完了につきノーカットUP)
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20分ほど休憩して歩き始めましたが、暑さに負けて歩速はかどらず・・・
11:00 「お~~~い 待ってくれ~」。
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11:20 世田薬師<世田山 医王院 栴檀寺(せんだんじ)>を参拝
      このお寺は、年一回夏の土用丑の日に
       『きうり封じ(胡瓜に病気を封じ込め、身代りになって頂き病を治す)』という、
       江戸時代より300年に亘って伝わる祈祷祭で知られるお寺です。

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-伝統行事を伝えるローカル新聞-
 今年は全国から7000本の願いが寄せられ、
 願主の氏名と願い事や直したい病名を書いた紙を貼ったキュリに
 住職が1本ずつ「えいっ」と念を込めて災いを封じ込め、身代わりとして境内に埋められた。
                          2010・7・27 朝刊から抜粋
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世田薬師の前からへんろ道を歩きJR予讃線の踏切を渡り
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11:30 のどかな田園を歩くと(祈祷祭用か?きゅうりが沢山植えてあった)
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伊予三芳町界隈で咲いていた風蘭
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番外霊場 臼井の水へ
f0213825_9423060.jpg  手元の参考書では
  「弘法大師が老婆の願いで、
  臼に加持祈祷して
  五色の後光を発した旧跡」と、
  書いてあるが、意味不明・・・ 
  虹でも映ったのかな~?
  いや、虹なら七色だ・・・
   -にわか遍路の悲しさ-


12:00 「臼井御来迎(うすいごらいごう)」の祠 
       祠の名は臼井山 微笑庵とは、なんともほほえましい!
       本坊は近くの道安寺らしい。
       こじんまりした東屋(善根宿?)もあり、しばし休憩。
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       祠の前の石囲いの底から冷たいきれいな水が静かに湧いていた、
       ひょっとして、この丸い石が「臼」かも?
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休憩後30分ほど歩き(この辺りには適当な食堂がないとのことで)、
遍路サポートバスに乗り、R11沿いの「りんりんパーク」へ移動して
12:35~13:50 昼食休憩
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ここは大きな錦鯉がたくさん泳ぐ庭園が看板で、
錦鯉のウロコの漢字「鱗々」から「りんりんパーク」と呼ばれるのであろう?

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13:50 昼食後、「掟」に従い食前の乗車地点まで連れ戻されて再出発
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14:40 「猛暑」と言っても過言ではない暑さの中を黙々と歩き・・・
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15:20 世田薬師から10K、ようやく別格霊場 生木地蔵へ到着
 霊場は左手なり。(正面の森は福岡八幡宮というお宮)
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別格11番 生木山 正善寺(いききざん しょうぜんじ) 
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目標 壱億円!
f0213825_15182426.jpg  石段脇に、かなり大きな看板があり、
  「ご覧のとおり寺の傷みが激しいので、
  寄進を願う」との文字が読めたので、
  お賽銭とは別に100円を納めた・・・
  よく読んでみると、目標 壱億円!
  小さくなった門前の小僧でした。



正式な寺号より生木地蔵(いききじぞう)と呼ばれることの多いワケとは?
f0213825_12304366.jpg看板(要約)
 この霊木は樹齢1200以上と推測され、
 周囲は約9~10m位の「楠」です。
 元々、本堂と大師堂の間に立っており
 その中に弘法大師空海が「お告げ」より一夜にて
 地蔵菩薩を刻まれたのであります。
 生きた木に刻まれたお地蔵様で
 「生木地蔵」と呼び親しまれております。
  
 昭和29年の洞爺丸台風の烈風により倒れましたが、
 お地蔵様はいささかの傷もなく現在は本堂に安置致しております。
 特に耳病平癒にご利益があり、各地より深く信仰されております。




 本堂に安置されているというお地蔵様が見たくて覗いて見た、
          アレかなあ~?と思しき姿はあったが確認に至らず・・・

その倒れた楠がコレ
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    生木地蔵さん境内で少し休憩したあと最後の4K。
16:20 がんばる歩き遍路は丹原町から中山川を渡り小松町へ
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小松町大頭の陸橋を渡って
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16:40 小松町妙口・石土神社到着
     鳥居の神名額は「石鉄山」。
      昔から石鎚山登山口の一つとして、お山へ登る大勢の人々を見守ったことだろう。
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     鳥居をくぐると、いきなり高さ10m近い高灯籠が目に飛び込んだ。
     昭和6年に建立され、現在も街路灯として活躍中の優れもの! 
       正面の白い高架は高速道路、後方の山々が石鎚連峰。  
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f0213825_15451039.jpg 昭和6年に建造されたコンクリート製の高灯籠で、
 今も道の安全と地域の人々の暮らしを照らしているという。
 平成13年に貴重な近代文化遺産として
 登録有形文化財に指定されています。
  
 写真は地元の知人K・Hさんが、わざわざ
 夕暮れどきの点灯した灯籠を撮影して送って
 いただいたものです。
 アングルまで合わせていただきまして
 ありがとうございました。
        2010/07・27 19:20 




石土神社本殿
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       斯くして、炎天下を20,7K歩き、
       おl寺さん、お薬師さん、お地蔵さん、お宮さんを参拝し
       健康・観光ちょっと信仰、門前の小僧流歩き遍路旅はゴールイン!
       次回は標高700m石鎚中腹の横峰寺参り!
       私の細い太もも殿 頼んまっせ~!
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本日の足あと  今治市59番国分寺から小松町石土神社まで20,7K

# by jh5swz | 2010-07-24 09:23 | 59番国分寺から小松町 | Comments(0)

今治市内霊場五ヶ寺巡拝

歩いた日>第48回・2010年 5月 7日 快晴
コース>延命寺から
55番南光坊~56番泰山寺~57番栄福寺~58番仙遊寺
                国分寺駐車場まで18,0K  
疲労度>☆☆☆★★


本日の巡拝コース

54~55~65~57~58番を巡拝して59番国分寺まで
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08:50 前回(4/2)ゴール延命寺の満開のサツキが見事でした!
・・・境内に四季折々の花が咲くお寺として親しまれるだけのことはある・・・
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今治城から譲り受けたと云われる山門もサツキの彩りに冴えていました
<サツキの向こうの高札要約>
 この門は、元今治城門の一つで、
 建造は定かではないが天明年間(1781~1788)とも云われ
 明治3年(1870)今治城取り壊しの際、当山に譲り受けたものである
                                 (阿方文化連盟)

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少し歩いた丘から振り返ってもサツキが見事!
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09:20 「左折だよ~!と、お地蔵さん
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09:25 「直進ですよ~」と、道しるべ
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09:30 大谷霊園への階段へんろ道
f0213825_1293488.jpg      09:40 へんろ道沿いの藤の花
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09:50 お城は個人のマンションだと云うから驚いた  
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出発して1時間、
南光坊に隣接する、別宮大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)大鳥居
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f0213825_1722599.jpg 南光坊伽藍図
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10:00 55番南光坊仁王門 到着
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       この山門は、四天王が四方に睨みをきかしていました 
        外側に仁王像がある山門の形ではなく
         内側も加えた四箇所に四天王を配置している。
         これは四国八十八ケ所では唯一の珍しい山門形式だという。

         ・・・ 84番屋島寺もこの形でしたので訂正します 2011・6/3・・・

悪の懲罰を司る広目天(西)
(最高裁判所長官?)
f0213825_13352119.jpg            五穀豊穣を見守る増長天(南)
               (農林水産大臣?)
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護法の力を持つ多聞天(北)
(法務大臣?)
f0213825_13373499.jpg          国を支える持国天(東)
          (そりゃあ 納税する国民でしょう!)
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第55番 別宮山 南光坊(べっくざん なんこうぼう) 本堂
  <手元参考書によると・・・>
   今治の沖、来島海峡を隔てた大三島には、
   中世、河野水軍の守り神でもあった伊予一宮・大山祇神社があったが、
   海を渡らなければ行けないため、その別宮を今治に移した。
   それが、南光坊に隣接する別宮・大山祇神社で、
   明治の神仏分離まで、南光坊は別宮の法楽所だった。
   ※ 法楽所とはお経を読んだり、神仏に能を奉納する所という意味らしい・・・
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 南光坊ご朱印
f0213825_1940090.jpg           南光坊(仁王門)切手
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11:15 南光坊から南へ3,4K、石垣の上に白壁が巡らされた泰山寺到着
      なぜだかこの寺には山門が無く、武家屋敷か豪農家のお屋敷モード? 
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f0213825_17322342.jpg           泰山寺伽藍図
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第56番 金輪山 泰山寺(きんりんざん たいさんじ)本堂
<寺略縁起抜粋>
この地域は、昔から蒼社川の氾濫に苦しんでいた。
弘仁6年(815)、この地を訪れた弘法大師は、
河原に堤防を築き、土砂加持の秘法で治めた。
そのとき現れた延命地蔵の姿を彫って本尊とした、と伝わる。

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  泰山寺ご朱印
f0213825_11595964.jpg            泰山寺切手
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11:45 参道のお店で冷たい飲み物のお接待をいただきました。
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泰山寺駐車場から某ホテルへ移動、昼食休憩後再スタート。
 わざわざ移動して食べるほどのメニューではなかった・・・

13:00 栄福寺をめざし炎天下の蒼社川を渡り 13:00
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岩清水八幡神社あたりのへんろ道を歩き
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桐の花を愛でながら
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13:20 泰山寺から3,1K歩いて、栄福寺到着
f0213825_1737227.jpg        栄福寺伽藍図
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ここにも山門は無かったが、参道には修業大師像とかお願い地蔵尊が並ぶ参道を登り
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第57番 府頭山 栄福寺(ふとうざん えいふくじ)(正面・本堂 右・大師堂)
大師が海神供養をしたこの寺は、
   海陸安全、福寿増長の祈願所としても信仰がある。<手元参考書より>
      
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本堂と回廊で結ばれた大師堂の外回りには十二支の彫刻が施されていた
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薬草を煎じる土瓶を形どった珍しいお守りを買った
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    ご朱印
f0213825_11355580.jpg            栄福寺切手
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14:10 仙遊寺へ出発  
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犬塚池の土手を登り
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  昔、栄福寺と仙遊寺を兼務する住職が飼っていた犬は、
  山の上の仙遊寺で鐘が鳴れば駆け登り
  ふもとの栄福寺の鐘が鳴れば駆け下りる利口な犬だった、
  ある時、両方の寺の鐘が同時に鳴って
  犬はどちらへ行けばよいのか迷ってしまった。
  これではお寺の御用は務まらないと池に身を投げてしまった。
  これを悲しんだ村人は犬塚を設けて
  この池を犬塚池と呼ぶようになった。
           と云う昔話の証し。




その伝説を秘めた犬塚池は水のきれいな広い池だった
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池に沿って、緑の中を歩き
f0213825_11282087.jpg           坂道をひたすら登り
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14:35 正面の山が仙遊寺のある作礼山(標高300m)
       車道歩きとはいえ、ガードレールの仰角を見たとき、疲れがドッとでた・・・
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中腹からの今治市街地と来島海峡眺望
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最後の難所を前にひとやすみ・・・  
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しゃくなげの花に背中押されて
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f0213825_174748100.jpg          仙遊寺伽藍図
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14:50 仙遊寺仁王門
       山門額は「補陀洛山」。足摺岬の金剛福寺は「補陀洛東門」だった。
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       「あと500m、10分少々」と、お先達はおっしゃいますが
       まさか山門をくぐってから、遍路ころがし坂が続くとは驚いた。
       手すりとお杖におすがり致しまして・・・
       この参道途中に弘法大師が錫杖で掘った「お加持水」と呼ばれる湧き水があり、
         この霊水は多くの村人を諸病から救ったと伝えられている。(手元、参考書より)
              それにしても、この種の伝説の多いこと・・・

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15:00 第58番 作礼山 仙遊寺(されいざん せんゆうじ) 手前、鐘楼  2
     養老2年(718)までの40年間、阿坊仙人という僧がここで参籠し、
     七堂伽藍を整えたある日、雲と遊ぶが如く忽然と姿を消してしまった、
     この伝説に由来し仙遊寺と呼ばれ、地元では「おされさん」の愛称で親しまれる。
                            (手元、参考書より)
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本堂内陣でお納経(この旅開闢以来のことだった)
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仙遊寺ご朱印
f0213825_1973393.jpg         仙遊寺切手
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圧倒された境内の千体仏
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千体仏最前列中央のミニ?千体仏
分けて頂けるものなら授かって帰りたかった・・・
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下山打合せがあり、しばし休憩
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休憩後、境内を後にして少し下った所から国分寺側への山道を下ると、
途中、「五郎兵衛坂」と呼ばれる急坂があり・・・
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16:00 この坂道からの来島海峡の眺めも素晴らしいものでした
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       20分ほどで新谷の里、ここからゴール地国分寺まであと5,2K、嗚呼・・・
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          栄福寺から池沿いに登り、仙遊寺から新谷の里へ下ったことになります。

16:15 どんなもんじゃ~い と なんじゃもんじゃの花  
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16:30 今治市内、R196沿いの休憩地コンビニめざして頑張ります!
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   _(._.)_ 
   この間、暑さと疲労でシャッターを押す馬力もなく
              記録写真が撮れなかったのは誠に残念
                         _(._.)_


17:27 なんとか、全員そろって59番国分寺駐車場へゴールイン!
     あちこち参拝したうえ、計画表より3分も短縮してゴールとは、お先達さんはエライ!
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# by jh5swz | 2010-07-19 14:52 | 55番南光坊から59番 | Comments(0)

瀬戸内に沿って今治へ

歩いた日>第47回・2010年 4月 2日 快晴
コース>北条鹿島桟橋から
 鎌大師~遍照院~
       今治市第54番延命寺まで
       24,2Kキロ (一泊コース以外では最長歩行距離更新) 
疲労度>☆☆☆★★


08:00 前回ゴール地点、北条鹿島桟橋駐車場で出発準備  
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08:15 北条港をスタート!  
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ここ北条は、
「夢千代日記」「花へんろ」などの作家早坂 暁(はやさか あきら)の出身地で、
TVドラマでもお馴染みの「花へんろ」に因み、
弘法大師ゆかりの4つの大師堂が、北条”花へんろ札所”として制定されている。
  第1番 鎌大師堂 (このあと参拝)
  第2番 粟井坂大師堂 (前回の3月5日、休憩した大師堂)
  第3番 高縄寺
  第4番 杖大師 
 「花へんろ」というお酒や「花へんろ饅頭」もあるそうです。

と云うことで、その1ケ寺「鎌大師」をめざします。
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08:50 番外霊場 鴻之山 鎌大師(こうのさん かまだいし) 北条・花へんろ1番札所
       鹿島桟橋から3K、腰折山のふもとにあり、
       悪病に悩む里人の病平癒を祈り、
       鎌で自らの姿を彫ったとういう像が本尊と伝わり、
       境内には東屋風のお接待施設もあり、思ったより大きな大師堂でした 
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データー上、ここで1番霊山寺出発以来、800Km到達!

09:20 参拝、休憩後今治めざして
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  腰折山の鴻之坂を登り
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峠を越えると
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09:40 眼下に浅海(あさなみ)の町と瀬戸内が  
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峠から急坂を一直線に浅海の里へ下り、
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10:15 瀬戸内海とJR予讃線に挟まれたR196今治街道を歩きます 
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歩道がない・・・
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 白線だけの、それも左側歩道というものは、余り気持ちのいいものではない・・・
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    追記:2013年春、このカーブには海側にせり出すように歩道が出来て歩きやすくなりました。

10:30 田ノ尻漁港辺り  
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11:00 瓦の町 菊間の巨大な鬼瓦  
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 瓦が町の一大産業の菊間町では、
 節分の豆まきも
 「♪福は内~鬼も内~ ♪」だそうだ。


 国道沿いの瓦屋さんのお接待は
 瓦で造った小指の先ほどの
 ”無事カエル”!
 私の分までは数が足らず・・・残念。


 「名物 鬼がわら饅頭」もありました。



11:10 厄除け大師 遍照院到着
       四国の厄除け寺としては第28番薬王寺が有名であるが、
       愛媛では、ここ遍照院も”厄除け大師”として参拝する人が多い。
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  山門の両側には、
  菊間名産の鬼瓦が
  仁王像気取りで睨みを利かせていた。

  また、この町では
  毎年、節分には厄年の男たちが
  この巨大な鬼瓦を担いで町中を練り歩くという。

番外霊場 法佛山遍照院(ほうぶつざん へんじょういん)本堂
   <寺略縁起抜粋>
     弘仁6年(815)弘法大師が42歳のときこの地に巡錫、
     自身の像を彫り、自身と末代諸人の厄除けを祈願した。
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遍照院で12:00まで昼食休憩後、8,7Kを歩き、
13:50 大西町星の浦海浜公園へ到着、満腹と炎天にかなりバテ気味・・・
        「遠い昔、このあたりに星の神が天降った。」との伝説からついた地名とか?
          隕石と云わないで星が降ったとはポエムだなあ~~
          造船の町、大西町らしく沖に新造船?が浮かぶ

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公園内のモニュメント(巨大なスクリュー)
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14:20 R196の下、JR予讃線に沿って大西町旧道を延命寺めざして
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14:40 大西町内で屋根に「防火設備」を備えた旧家(廃屋?)がありました 
f0213825_9452339.jpg よく見ると水を張った壺?
 今にも纏をもった
 火消しが現れそう・・・
 なにやら由緒がありそうです
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15:00 満開の桜に励まされて  
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15:30 54番延命寺仁王門到着  
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延命寺山門
この山門は今治城門の一つを譲り受けたもので総檜造りだという 
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第54番 近見山 延命寺本堂(ちかみざん えんめいじ)  本堂
     寺名は、明治維新まで近見山不動院圓明寺(えんみょうじ)と称したが、
     第53番圓明寺と紛らわしいので「延命寺(えんめいじ)」と改号した。
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大師堂への石段
(境内の遍路は混雑防止のため?左側・時計回り歩行なのです)
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    延命寺ご朱印
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16:30 本日のゴール地、延命寺は春爛漫でした  
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今日の足あと
 北条鹿島桟橋⇒菊間遍照院⇒今治延命寺 24,2K 完歩!

次回は今治市内5ケ寺巡拝です。

<私の遍路とこのブログ参考書>
  「四国八十八カ所を歩く」  発刊:山と渓谷社 2006年2月初版1刷
    歩き遍路を始めるにあたり、購入した本 ¥1500+税
  「四国八十八ケ所巡り」  発刊:昭文社  1997年1月1版10刷
    歩き遍路を始めるにあたり、同級生が貸してくれた本(¥1333+税)
  「四国八十八カ所霊場」  発刊:NPO伊予路おへんろ倶楽部
    おへんろ倶楽部のご好意で戴いた小冊子 
# by jh5swz | 2010-07-16 19:41 | 北条港から54番延命寺 | Comments(0)

歩いた日>第46回・2010年 3月 5日 晴れ
コース>第51番石手寺から
 第52番太山寺~第53番円明寺
~北条鹿島桟橋
          23,2Kキロ (一泊コース以外では最長距離) 
疲労度>☆☆☆★★


07:50 ガランとした朝の石手寺回廊(参拝みやげ売店)
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      この回廊は縁日には大勢の参拝者で大混雑です(撮影2010・2/3節分祭)
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08:05 23キロの長距離に備えて入念なストレッチを済ませて石手寺を出発
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石手寺裏山の小さな峠から松山市街地を眺めながら
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08:30 札所ではありませんが、
     時宗の開祖・一遍上人誕生地、宝厳寺を参拝して
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     <追記> 平成25年8月10日、宝厳寺は失火により全焼しました。
            誠に悔やんでも悔やみきれない出来事でした・・・

08:40 伊佐爾波神社(いさにわじんじゃ)から道後温泉街へ下り
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道後温泉「又新殿(ゆうしんでん)」 写真右・銅葺きの建物
          日本唯一の皇室専用の浴室「又新殿」は明治32年(1899)竣工。
            温泉本館に続き五年目に「また新しく出来た」という意味で命名された。

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三層楼の道後温泉本館(重文)
        古くは聖徳太子、小林一茶、夏目漱石など多くの文人が通ったという。
          3000年の歴史を誇るこの道後温泉本館を中心にホテル、旅館街が広がる。
          建物はアニメ「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルにもなったともいわれる。
 

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08:50 道後温泉本館正面、朝湯をお楽しみの旅の人 
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道後温泉本館前、商店街(おみやげ屋さん通り)で小休止
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今は商店街になった往年のへんろ道を歩きます
        四国では、ホテルは勿論、デパートや商店街、電車やバスの中でも
         遍路姿が周りにしっくり溶け込み、違和感を生じないからまったく不思議です。

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道後駅前のからくり時計と足湯
          足湯は街角や随所のホテルの外に設けてあり、
            歩き遍路道中の疲労回復にはお薦めの”おもてなし”です"
                          -平成22年7月7日撮影

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09:15 一笠一杖一鉢の行乞行脚を続けた自由律俳人、
    種田山頭火(たねださんとうか)終焉の地、一草庵を訪れました 
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   山頭火の自由律句
  ・鉄鉢の中へも霰
  ・分け入っても分け入っても青い山
  ・おちついて死ねそうな草萌ゆる 
 など
 
 
現在地
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松山市郊外の田畑の中を道しるべに導かれ太山寺をめざします
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11:00 菜の花遍路  
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11:16 ”ニッポンの宝”に出会いました
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いい子達に励まされて足どりも軽く、太山寺は近い!
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         太山寺伽藍
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11:30 52番太山寺一の門  
         ここから二の門を通り山門まで1Kの登り坂となる
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11:42 太山寺二の門(仁王門)
金剛力士像を安置した国指定重要文化財                      
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                   無粋な自動車であることよ・・・


11:51 太山寺三の門
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山号額とおびただしい数の納め札
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第52番 龍雲山 太山寺(りゅううんざん たいさんじ)本堂 山門から撮影
鎌倉末期の嘉元3年(1305)創建、
現存する四国88ケ寺の中で2番目に古い木造建築(昭和31年国宝指定)
桁行7間、梁間9間、本瓦葺屋根の広がりが美しくお見事!
 
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         屋根の広がり全景を納めようと後すざりしたら山門の中まで戻ってしまいました

  ご朱印
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        太山寺本堂全景
          切手でも収まっていません・・・
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       「香りは仏様のおご馳走でございます」と、
       仏具屋さんはちょっとお高いお線香をお奨めになります・・・
       色即是空と申しますが、さて「色」は?

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「裃腰」と呼ばれる曲線を持つ鐘楼堂は、
明暦元年(1655)再建されたもので、梵鐘には永徳3年(1383)の銘がある
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鐘楼内の壁に描かれているおどろおどろしい地獄絵図
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下山参道、咲き乱れるヤブ椿は極楽絵図でしょうか?
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2巡目の同行女性の笈摺(おいずる)のご朱印
    一番上に上に高野山、鶴林寺と延光寺の鶴亀を抱いて、
     下に発心の1番霊山寺と結願88番大窪寺の御朱印

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    白衣(びゃくえ・はくい ともいう)について
     背中の「南無大師遍照金剛」は弘法大師に帰依しますという意味。
     「同行二人(どうぎょうににん)」は弘法大師と一緒に歩いていますという意味。
                                 と、耳にタコができるほど聞かされた。
     白衣には袖つきと袖なし(おいずる)があり、
     正式には、袖つきに笈摺を重ね着するが、季節によってはどちらかだけでもいい。
                                -以上、ガイドブックより転記-
     落ちこぼれの私は、
     ”馬子にも衣装”の倣いに従い、どちらかを着用してカッコ付けております(笑)。


13:00 駐車場で昼弁当を済ませ、53番圓明寺をめざして再スタート  
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         圓明寺伽藍図
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13:30 太山寺から、坂を道なりに約30分ほど下り圓明寺へ到着 
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県・重要文化財の仁王門から中門を見る
     <寺略縁起>
       天平勝宝元年(749)聖武天皇の勅願により行基菩薩が和気の海岸に建立、
       海岸山・円明密寺と名付けました。
       後に弘法大師がこの地を訪れ堂宇を修復、第53番札所として定められました。
       その後兵火に遭い焼失、寛永10年(1633)豪族須賀重久が現在の地に再建し、
       寛永13年、仁和寺(にんなじ)末寺となり須賀山・正智院・円明寺と改めました。

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第53番 須賀山 圓明寺(すがさん えんみょうじ)境内
 正面、中門の奥が本堂、右方丈(納経所)
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        本堂には慶安3年(1650)の銘がある四国最古の銅板納経札が残されている。
          昔は木札を打ちつけることはあったが、銅版は貴重な存在といわれる。
          大正時代に四国遍路をしていたシカゴ大学のスタール博士が発見したという。


大師堂左奥のマリア像らしき姿が刻まれた石塔
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         キリシタン禁制の江戸時代、
            ひっそり礼拝する信者を寺では黙認していたと思われる。
                    -手元、参考資料より引用-

            室戸岬や岩屋寺で会った若い歩き遍路さんに又出会い、
              「いい修行ができたかい?」と聞くと、
              「いえ、未だ煩悩去り難く・・・」と、素直な返事。
 写真提供:T・T氏         
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 14:50 園明寺から40分歩くと堀江の町、粟井海岸。
      2009年5月1日、南宇和郡愛南町柏坂越え以来の「海」と合流。 
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 室戸岬から足摺岬、豊後水道と、ず~っと太平洋をみていた目には、
 瀬戸内の波のなんと穏やかなこと!。
 来年秋の結願まで、この瀬戸内の潮風のお世話になります。 
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15:10 粟井坂着  (写真は決して一六タルトのCMではありません・・・)
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番外霊場 粟井坂大師堂前で、ひとやすみ  
 (ゴール地まで約7K、5時到着の予定なり)
  涼しさや 馬も海向く 粟井坂  -子規-の句碑がありました。
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15:45 柳原界隈の彼岸桜や
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16:05 R197沿い某薬局のパンジーも満開
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16:30 国道を逸れて海沿いにしばらく歩くと鹿島が見えた! 
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16:55 (計画通り)ヘトヘトになって鹿島対岸駐車場ゴールイン!
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あんたらはエライ! とカモメに褒められた(TT撮影)
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今日の足あと  石手寺⇒道後温泉⇒太山寺⇒北条鹿島桟橋 23,2K


<私の遍路とこのブログ参考書>
  「四国八十八カ所を歩く」  発刊:山と渓谷社 2006年2月初版1刷
    歩き遍路を始めるにあたり、購入した本 ¥1500+税
  「四国八十八ケ所巡り」  発刊:昭文社  1997年1月1版10刷
    歩き遍路を始めるにあたり、同級生が貸してくれた本(¥1333+税)
  「四国八十八カ所霊場」  発刊:NPO伊予路おへんろ倶楽部
    おへんろ倶楽部のご好意で戴いた小冊子 
 
# by jh5swz | 2010-07-09 12:36 | 51番から53番円明寺 | Comments(0)