有頂天にはなるまいぞ!

 いつぞや「韋駄天」と「四天王」について書きましたが、
 古代インドの修行者たちが来世に生まれることを希求した”天上界”とは
 いったいどんなところでしょうか?

  手元に、天上界についておもしろ可笑しく、楽しくまとめられた
 30年前の新聞の切り抜きがあります。
  長くなりますので、少々かいつまんでご紹介します。
 (新聞名・日付・筆者不詳。
   なお、文中の青字と改行は門前の小僧の加筆につき、筆者お許しあれ)


 持国天・広目天・多聞天・増上天の居所を四天王界といい、
須弥山(しゅみせん)の中腹にある。
 その上が忉利天(とうりてん)で、須弥山の頂上にあり、
帝釈天(たいしゃくてん)の居所である。
 その上を夜魔天といい、ここに生まれた者は※五欲の楽しみを受ける。
 その寿命は2000歳、しかも一昼夜は人間界の200年に相当するから
人間なれば1億4000万歳ということになる。
※仏教で五欲とは
 我々の眼(目)、耳、鼻、舌、身の五つの感覚器官(五根)の対象となる
 夫々色、声、香、味、触(五境)であると考える。
 五境は人の欲を引き起こすので、「五欲」とも呼ばれた。
 また、財欲、色欲、食欲、名誉欲、睡眠欲などを「五欲」とする場合もある。
                             -仏教雑学入門より-
 

 その上が兜率天(とそつてん)で、
 次の世に仏陀となるものの居所であり、
 釈尊はここからインドに下生して仏陀となられた。

 弥勒菩薩は現在ここで修行中であり、
 次の世に下生せられて仏陀となる方である。

 その上が化楽天(けらくてん)で、
 さらにその上を化他自在天といい、
 以上六つの天国を欲界といい、またの名を六欲天ともいう。

 化楽天の寿命は8000歳、一昼夜は800年に相当するので
 人命なれば23億3600万歳に当たる。
 この天人は、自ら妙薬の境地を作って楽しむとされ、
 化他自在天は他の天の化作(けさ)した
 妙薬の境地を自在に享受して楽しむことができる。

 上述のように欲界に生まれた者は肉体を所有し、
 五欲の楽しみを受けられるが、
 年齢や楽しみの受用に段階のあることは先にも触れたとおりである。
 特にセックスについては各天によって享受の仕方に次元の差がある。
 四天王天は二根交わるが、 
 夜魔天においては相抱くのみであり、
 兜率天では手をとり合うだけで満足が得られる。
 化楽天においては相互に笑むのみであり、
 化他自在天ではただ見つめあうだけで妙薬の境地に達するという。
 これらは長年月にわたる夫婦生活についての深い洞察の比喩的表現であると思われる。
 蛇足ながら、
 四天王の一天、多聞天(別称・毘沙門天)の妻は吉祥天で、
 二人は今もアツアツのラブラブだそうだ。


 欲界六天の上には無欲界の四禅天があり、
 四禅天は合わせて十七天に分かれている。
 まず梵衆(ぼんしゅう)天・梵輔(ばんほ)天・大梵天を初禅天といい、
 少光天・無量光天・極光浄天を第二禅天という。
 この極光浄天の天人は話す言葉がたちまち光に変わり、
 光耀(こうよう)相和して楽しみの極まるとところとされており、
 別の名を光音天ともいう。
 人生無上の楽しみを”光音天上の楽しみ”というのはこれに由来する。

 次の第三禅天も三天から成り、その上の第四禅天には八天がある。
 その最高の天を色究竟(しきくきょう)天といい、
 別名を有頂(うちょう)というのである。
 この天は存在領域の絶頂にあるが、
 肉体はあっても欲望の無い世界であるので、
 俗人が有頂天になる”のとは全く次元の異なる世界である。
                 -以上、筆者不詳の新聞の切り抜きより-
 
    そうか~、有頂天にはなるまいぞ なるまいぞ!
    赤提灯の灯る須弥山のふもと辺りで
    五欲の煩悩にさいなまれながら
    修行の身を晒しておく方がシアワセかも・・・
 

余談ながら・・・
 私は、四国88ケ寺を巡拝しながら般若心経の意味がよく解らない・・・
 が、同行お遍路さんの読経は超真面目に聞いている・・・
 今日書いた有頂天までの話しの中に般若心経の文言がある・・・
     無眼耳鼻舌身意(むげんにびぜつしんに)
     無色聲香味触法(むしきしょうこうみそくほう)
     究竟涅槃(くぎょうねはん)  のくだり、いつか意味を調べたい・・・
               -不勉強にわか遍路 大師不肖之弟子-

     
 ご意見、ご叱正は  jh5swz@orange.ocn.ne.jp -門前の小僧-まで
# by jh5swz | 2010-09-22 14:40 | 有頂天にはなるまいぞ | Comments(0)

水の都西条市の霊場巡り

<水の都西条のお寺参り>
歩いた日>第51回・2010年 9月 3日 快晴猛暑!
コース>61番香園寺から
 62番寶寿寺~63番吉祥寺~64番前神寺
         ~加茂川武丈公園~新居浜市中萩まで17,8K  
疲労度>☆☆★★★当日の外気温35,1度


前回7月2日、
08:30 艱難辛苦の横峰寺から下山、辿り着いた香園寺で準備体操 
f0213825_18531271.jpg

61番から63番までは3キロ足らず

スタートして15分も歩くと62番寶寿寺の標識が見えてきた
f0213825_18555449.jpg

f0213825_19152577.jpg
         寶寿寺伽藍図
f0213825_19155966.jpg
 寺名と伽藍図は、
 NPO四国おへんろ倶楽部発行、小冊子より




08:50 第62番 天養山 寶寿寺本堂 
f0213825_1858374.jpg

  ☆印象に残った「一国一宮別當寶寿寺」の石碑☆
   天平年間(729~48)、聖武天皇の勅願により、
   伊予一国一宮の御法楽所(経を上げる所)として建立され、
   当時は、近くを流れる中山川流域にあり、金剛宝寺と称していたという。
   その後、洪水・大修理、焼失・再興、廃仏毀釈を経て明治10年復興。

   近代になっても、この寺の苦難は続く・・・
   現在のJR小松駅付近だった(もちろん鉄道はまだない)が、
   大正10年、鉄道計画で境内を汽車が走ることになってしまったため100m西へ移建。
   その後、さらに国道11号線の拡張で境内が削られてしまったという・・・
   時代の変遷に翻弄されながらも伝統を守り抜いたお寺さんと檀家さんに感服。
      (なお現在の伊予国の一宮は今治市大三島の大山祇神社である。)

香炉堂と本堂・大師堂
f0213825_1921330.jpg

   寶寿寺ご朱印
f0213825_14395530.jpg   
   61番香園寺の
   超モダンナな鉄筋コンクリート造りに
   圧倒されながら参拝したあとだけに、
   JR小松駅から徒歩1分の町中に建つ
   こじまりした寺の佇まいは
   近所の町屋にとけ込んで
   なんだかホッとした札所でした。


  
寶寿寺から国道11号線を車に怯えながら20分ほど歩くと
f0213825_1964283.jpg

09:30 第63番吉祥寺山門到着
f0213825_1985610.jpg

f0213825_19204868.jpg
        吉祥寺伽藍図
f0213825_19211294.jpg


吉祥寺手水舎
f0213825_19124242.jpg

第63番 密教山 吉祥寺本堂
四国霊場の中で唯一、毘沙門天を本尊としている寺。
(余談ながら)
毘沙門天は四天王の一人、多聞天の別称で妻は吉祥天。
ものの本によると、二人はアツアツのラブラブだそうです。
寺名・吉祥寺に関係があるのかなあ~~~

f0213825_815256.jpg

この寺には、お遍路に人気の願掛け石があり、
f0213825_1147199.jpg

その名を成就石といい
本堂前から目を閉じて願い事を唱えながら石まで進み、
金剛杖を穴に通すことが出来れば願いが叶うという。
f0213825_19184692.jpg
      私はこの遊びごころが大好きです
f0213825_19223066.jpg

  吉祥寺ご朱印
f0213825_14353964.jpg
            成就石の穴から本堂覗けば・・・
f0213825_1437504.jpg

10:00 吉祥寺をあとに国道11号線を少し歩き、次の信号を右折して
f0213825_19273736.jpg

10:10 本来の「へんろ道」、旧讃岐街道を前神寺めざして歩きます
f0213825_19305369.jpg

10:30 炎天下、ただひたすら歩きます、暑い・・・
f0213825_19341493.jpg


10:45 鳥居の奥、遥かに山門が見えたので
       前神寺へ辿り着いたと喜んだら「石鎚神社」だった
      (因みに、山門と見間違った建造物は「神門」と呼ぶのが正しいのだそうだ)
f0213825_19413081.jpg
       石鎚神社は日本七霊山の一つ霊峰石鎚山を神体山とする御社にて、
       山頂に頂上社、中腹に成就社と土小屋遥拝殿、そしてJRや国道近くの本社と、
       4社をあわせて石鎚神社と申します。(石鎚神社HPより)
 


神社参道入口に、「注意!前神寺は200m先!」 と、道標があるではないか。
f0213825_19455130.jpg

10:50 第64番前神寺総門到着
f0213825_19501158.jpg

f0213825_1923324.jpg
         前神寺伽藍図
f0213825_1924775.jpg
        -イラストはNPO伊予お遍路倶楽部資料より-
                           

         
極楽橋を渡り、手水舎前の坂を登ると大師堂があり
f0213825_8253389.jpg

大師堂正面の扉には三葉葵の紋が燦然と
f0213825_8293389.jpg
   手元の参考書によると、
   江戸時代に西条藩主 松平氏の
   尊信と保護を受け、
   藩主はここに東照宮を祀り、
   三葉葵の寺紋を許したという。


水戸黄門さまが参拝したという話しではなかった


三葉葵の謂れは判ったが、大師堂格子に掛かる沢山の「よだれかけ?」、
  赤ん坊の成長祈願か?
  後期高齢者の無病息災祈願か?
         聞くのを忘れた・・・
f0213825_8451542.jpg

浄土橋から石段を登り本堂へ
極楽橋と云い、浄土橋と言い、ネーミングが巧いなあ~!
f0213825_903858.jpg

第64番 石砆山 前神寺(いしづちざん まえがみじ)本堂
前神寺は真言宗石鉄派総本山で石鉄修験道の根本道場でもある
f0213825_1930401.jpg
                2010・09/04撮影 左右の回廊増築中

回廊?増築落成後の本堂(2012・05/13撮影)
f0213825_1936187.jpg


f0213825_9234791.jpg
 石鎚連峰を背に静かに建つ本堂は
 なんとなく横峰寺を連想。
 本堂工事中のため、仮本堂・薬師堂でお納経を済ませました。

 本堂脇には、立派な石鉄権現(神社?)もあり、
 先ほど通過した石鎚神社と石鉄権現との
 謂れ縁起、因縁は
 にわか遍路・門前の小僧には頭の整理がつきません・・・




浄土橋のたもとにあった御滝不動尊
 水しぶきを浴びる御滝不動尊の足元へ1円玉を投げ入れ
f0213825_13503819.jpg 見事にくっつくとご利益があるという・・・
  63番吉祥寺の成就石といい、
  この御滝不動といい
  皆さん今日は大当たり大吉!

f0213825_13505267.jpg


11:30 参拝後、6月にも昼食した「りんりんパーク」へバス移動、
      昼食休憩後、前神寺総門まで引き返し、
      春なら桜の名所、西条市武丈公園経由新居浜市まで
12:45 12Kの歩き行脚再出発、 
f0213825_20101049.jpg

外気温は35,1度・・・
     「暑い」というより「熱い!」と感じる炎天下・・・
12:56 木蔭一つ無い住宅地  
f0213825_13535211.jpg

13:22  「蔭」といえば、己の影法師だけが「影」・・・ 
f0213825_13584558.jpg

飛び込みたくなるような 水の都 西条の疎水
          写真提供:添乗M・Mさん
f0213825_9531282.jpg
       その天地の
       恵みを受けて
       今年も豊作
f0213825_8565100.jpg




    13:34 加茂川に到達  
f0213825_19571113.jpg

     川を渡る”伊曾の橋”は、別名、メロディー橋と呼ばれ
f0213825_9402076.jpg

      欄干には鉄琴が1枚ずつ取り付けられており、
      順番に叩いていくと「さくらさくら」や「ふるさと」が奏でられるユニークな橋
              ♪弘法大師さまと合奏中の娘遍路さん♪
f0213825_9451159.jpg

      俳人  山頭火は、「はっきり みえて 川底の秋」と詠んだそうだが
      門前の小僧には、「はっきり みえた 川底の夏」だった・・・
            河川敷の河原の白線は加茂川名物「いもだき」座敷の区画線と思われる
f0213825_205771.jpg

         伊曾の橋の鉄琴を楽しんでいると武丈公園をめざす先頭隊に遅れてしまった
         その武丈公園で一休みしたのだが、木蔭が無くて早々に再出発・・・

   14:05 旧街道のお地蔵さん
      「おまえさん 今日も暑いねえ~」   
      「おれの せいじゃねえ~! 足元の溝へでも飛び込みな!」  
f0213825_20131479.jpg

         その足元には 水浴びしたくなるような疎水が滝の如くに
f0213825_14205515.jpg

夫婦地蔵(私が勝手に付けた名前)から90分、サヨナラ西条
f0213825_2017717.jpg
    15:33 松山自動車道西条IC入口を横目に
f0213825_2025353.jpg






15:58 ここから新居浜市。ゴールまであと30分・・・ 
f0213825_2023820.jpg

16:32 新居浜市中萩のCVSゴールイン証明書
f0213825_8531366.jpg
  暑さに負けて
  再三再四の休憩にもかかわらず、
  先頭で機関車して貰うお先達と
  後尾で励まして貰う添乗さんの
  チームワークよろしく
  我が軍団は計画書どおり
  ドンピッタリ午後4時30分
  17,8Kmを完歩\(^o^)/

  いちご練乳アイスクリームの
  美味かったこと!!
  103円ナリ。
# by jh5swz | 2010-09-04 16:03 | 61番から64番前神寺 | Comments(0)

 7月19日投稿の今治市内巡拝編・南光坊」のとろこで、
「韋駄天(いだてん)」について、
クイズ ? もどきの出しっぱなしになっていましたので、
今日はその結末と余談を書きます。
 <前置き>
  第55番南光坊山門で四方に睨みをきかす四天王
  
   持国天(東方)
f0213825_8181951.jpg     広目天(西方)
f0213825_819365.jpg
多聞天(北方)
f0213825_8212633.jpg     増長天(南方)
f0213825_8203482.jpg
この持国天・広目天・多聞天・増長天を四天王と呼びます、
ところで、「韋駄天」って?? とクイズもどきの書きっぱなしでした。
     ~~~~  ~~~~  
その解答などと大げさなものではありませんが、
以下、手持ちのいろいろな本やWebサイトを参考に編集を進めます。
            ~~~~ ~~~~ 
                ☆ ☆ ☆
この四天王にはそれぞれ八将が仕えており、四天王×八将=32将の内、
増長天の一将「韋駄天」は32将の首位に位置するのだそうです。

 「韋駄天」の謂れ partⅠf0213825_951034.jpg  釈迦様が亡くなったときのこと・・・
 捷疾鬼(しょうしつき)と言う足の速い者が、
 お釈迦様の遺骨を奪い須弥山へ逃げた。
 それを見た「韋駄天」が、
 一瞬の内に頂上まで追いかけて
 無事遺骨を取り戻した。
 約132万Kmを一瞬のうちに走ったので、
 韋駄天は足の早い事で有名になり、
 韋駄天走りという言葉が生まれた。
 また、この由来から、
 修行をさまたげるものがあると、
 走ってきて魔障を除くといわれ、
 修行をする場所に守護神として祀られる。 
     (「仏像辞典」より)


「韋駄天」の謂れ partⅡ
NHK教育テレビ、
2006年9月~11月の「趣味悠々・はじめてのお遍路」を
ご覧になられた方も多いことと思いますが、
2010年6月~7月の「和の極意・とっておきの宿坊を楽しむ」のテキストP40
「精進料理とは」のページに次のような記事がありました。f0213825_952343.jpg 禅寺では、台所に祀られる韋駄天。
 韋駄天が釈迦のために
 ほうぼうを駆け回って
 食材を集めたという話しに由来する。
   (写真、記事は原文のママ)
 なるほど、
 できた料理が「おご馳走」、
 馳せ走ると書きますなあ~。
    -門前の小僧-

 


うむ!
元阪急ブレーブスの盗塁王福本選手はじめ
足の速い人が「韋駄天」と呼ばれ、
物流、運送関係の社名や、
Web関連の検索簡易ソフト名にも「韋駄天」があり、
お寿司屋、割烹料理屋さんの暖簾が「韋駄天」だったりするのも
むべなるかな!

ただ、迅速を以って善しとする とは云え、
どこかの国の総理大臣のように
あまりにも早くコロコロ交替なさるのはいただけない・・・(小僧の脱線)。

      ☆☆☆~~~☆☆☆~~~
7名の方から「韋駄天」についてのご返事(メール)をいただき、
 1・「俊足」というキーワードでご返事を頂いた方 6名
 2・「俊足」+「食材・料理」というキーワードでご返事を頂いた方 1名
 皆さま 大正解!
 賞品がなくてすみません・・・
 それぞれの方と愉快な韋駄天談義やお遍路よもやま話しが弾み
門前の小僧は幸せでした、ありがとうございました。
     ☆☆♪♪~~♬♬☆~~☆☆♪♪~~    

さて、古代インドの修行者たちが希求した「天上界」とは、
一体どんなところだろう?
「韋駄天」は書いたとおりだが、
フーテンの寅さんが産湯をつかった「帝釈天」や
そもそも「有頂天」の意味とは?
ものの本によると、これがまた楽しくておもしろい!

興味とご関心がありましたら
「有頂天にはなるまいぞ!」ページをご笑覧下さい
抱腹絶倒まちがいなし!

        
  
# by jh5swz | 2010-08-19 07:44 | その後の徒然日記 | Comments(0)

 平成18年4月7日、思うところあって始めたこの歩き遍路旅。
 4年後の平成22年2月になって,
 撮り溜めた写真の整理中、ふとブログ編集を一念発起。
 以来、いささか駆け足気味に投稿を続けました。

 どなたのお目にとまるか判らないブログ世界の怖さを感じながら
 このページ訪問者の励ましメールに支えられ、
 前回の投稿を以って、「現在」に追いつき
 次回からは、参拝当月の「現在進行形」で編集できることとなりました。

 たくさんの応援メールありがとうございました。

 今日からは、
 バタバタと駆け足で投稿した記事を、
 ゆっくり読み直し、書き直し、写真を入れ替え、
 或いはレポート不足を補いながら
 平行して
 その月の「歩き遍路白書」は、
 その月に書き終わるよう頑張ってみたいと思います。
  (8月は、熱中症対策のため夏休みですが・・・)
 
 巡拝を体験された方々には懐かしいアルバムページとして
 今から思い立ってみようかな?と計画中の方々には参考資料として
 ご笑覧いただければ幸いです。

 「歩けない」?
 いえいえ、自家用車、自転車、バイク、バスツアー、歩き遍路etc
 手段は、お一人お一人の御意のまま、気の向くまま。
 たまたま、私の遍路は、
 心優しいお先達のお世話になりながら 
 今では家族になってしまった楽しい同行20人の仲間に恵まれて、
 ヘコたれることなく、歩き続けることができている次第です。

 因みに、世間様は 信仰 信仰 信仰とおっしゃいますが、
 私のモットーは
 1に健康 2に観光 3・4が無くて 5に信仰であり・・・
 弘法大師”不肖の弟子・指定席”の
 最末席への着席を目標としております。
       
 
f0213825_10155616.jpg
               2010/7/2 霊峰石鎚山に抱かれた横峰寺めざして

歩き遍路、約100K毎の通過年月日と到達場所
   (日付をクリックするとそのページへ飛びます)
         2006年04月07日 1番霊山寺出発
 100Km  2006年11月03日 19番立江寺出発直後       
 200Km  2007年06月01日 室戸岬道中 ゴロゴロ石海岸       
 300Km  2008年02月01日 南国市 絵金蔵     
 400Km  2008年05月02日 須崎市焼坂峠手前 道の駅森林
 500Km  2008年12月04日 足摺めざして窪津港出発直後       
 600Km  2009年04月03日 愛南町菊川
 700Km  2010年01月08日 内子町大瀬
 800Km  2010年07月02日 北条市鎌大師
 900Km   2010年10月01日 新居浜市関の戸 
1000Km   2011年03月04日 多度津・道隆寺から3K 
1085Km   2011年09月23日 結願の第88番大窪寺 
1125Km   2011年10月13日 願行成圓 第1番霊山寺
1150Km   2011年11月 3日 満願成就 慈尊院から高野山奥之院へ

<このブログ編集にあたり、参考にした書誌及び閲覧サイト>
  「四国八十八カ所を歩く」  発刊:山と渓谷社 2006年2月初版1刷
    歩き遍路を始めるにあたり購入した本 ¥1500+税
  「四国八十八ケ所巡り」  発刊:昭文社  1997年1月1版10刷
    歩き遍路を始めるにあたり同級生が貸してくれた本(¥1333+税)
  「四国八十八カ所霊場」  発刊:NPO伊予路おへんろ倶楽部
    おへんろ倶楽部より戴いた小冊子
  「癒しの遍路旅」  発刊:愛媛新聞社月刊アクリート特集号
     愛媛新聞エリアサービスより戴いた小冊子
   四国八十八所霊場会公式ホームページ
    http://www.88shikokuhenro.jp/index.html 
   通過各市町村ホームページ観光サイト
 
ご叱正・ご意見は jh5swz@orange.ocn.ne.jp までお願い致します。
        
 
# by jh5swz | 2010-08-13 10:19 | はじめに・・・ | Comments(0)

-続き-
歩いた日>第50回・2010年 7月 2日 晴れ~霧雨~晴れ
コース>石土神社から湯浪登山口~60番横峰寺~61番香園寺 
           登って下って 17,4K  
疲労度>☆★★★★


13:00 霧に浮かぶ 第60番 石鉄山 横峰寺(いしづちさん よこみねじ) 本堂
             これでこそ 登りし甲斐あり 霧の寺 門前の小僧
f0213825_7382044.jpg

     かくして屈指の難所横峰寺参拝を終えて下山することになるのだが、
     上り下りの標高差を示す断面図があったので転載させていただきます。
     林道終点休憩所(登山口)から2K歩いて500m登り、
     今から香園寺まで8Kを歩き700m下ることとなる。
     一難去って又一難か・・・
f0213825_736434.jpg

13:25 歓喜天の前から裏山へ出て、平野有料林道を下り始めます。  
f0213825_7412997.jpg

13:35 林道を10分ほど下った所から、
        今朝出発した小松町方面を眺める  
f0213825_7444075.jpg







              晴れていれば絶景らしい・・・
                写真提供:運のいい友人
f0213825_7462135.jpg

13:45 さらに10分ほど下った所で林道を逸れてへんろ道へ急降下   
f0213825_7482620.jpg

14:00 霧雨の中でトラノオウ(虎の尾)が咲いていたが、
f0213825_7502880.jpg
f0213825_7513254.jpg

    実際は、平成16年の台風で、
    流れたへんろ道を応急修理?した坂道が続き
    ところどころ、崩れた斜面に架けた丸太橋や鉄製梯子を渡り
    転がるように下って行くので花などゆっくり眺める余裕はなかった・・・
f0213825_7563323.jpg

    おまけに霧雨に濡れた石段は滑り、時折日差しを浴びるとむし暑く、
    弘法大師さまは、門前の小僧に七難八苦を与え給もうた次第で・・・
     ~ありがたや ありがたや~

14:15 下る一方かと思いきや、馬の背の登り坂あり  
f0213825_1034313.jpg

       まれに、平坦な馬の背もあり
f0213825_10354983.jpg

14:25 下り始めて1時間、ベンチで一休みして  
f0213825_1055339.jpg

14:50 へんろ道沿いのきれいなウラジロ   
      こんなきれいなウラジロを飾って正月を迎えたいものだ
f0213825_1043898.jpg

15:15 奥の院まで2Kの東屋で一休み  
f0213825_11133512.jpg






             相変わらず霧雨・・・
f0213825_1114535.jpg

15:47 長い長い下り坂のラストは傾斜角35度?、足元は砂利・・・  
f0213825_11262671.jpg

16:00 2時間半下って、やっと車道と合流し  やれやれ・・・   
       帰宅してみると両足親指の爪は見事に紫色のアートネイルができていた
f0213825_11333094.jpg

16:06 大変モダンな香園寺 奥の院到着
f0213825_12405121.jpg

ここで同行皆さんは、滝不動の参拝などしてご休憩、
私は香園寺本堂近くの知人を訪問すべく、お先達の許可をもらって先発、
(同行仲間から「冷えたスイカを買ってきて」との携帯電話注文もしっかり承り)
まったく知らない道約2Kを初めて一人で歩きました。

     一人で歩いて、”本当にありがたい”と感じたこと、
      ☆お先達の存在感、
      ☆ちょっとした分かれ道に必ず建つ道しるべ、
      ☆「右じゃ」、「「左だよ」と教えて下さる地元の方々、
      今日までも思わぬではなかったが、とにかくありがたかった。 


16:25 本日の終点近しのランドマクーク「大谷池」土手を通過 
f0213825_14511831.jpg

    雨に濡れた紫陽花が「がんばりなさいよ~」と、声をかけてくれました。
f0213825_14534037.jpg

17:00 訪ねた同業のお店で、冷えた高級栄養剤を飲ませて頂いたうえ、
    遍路隊全員分の高級ドリンク剤(冷蔵パック付き)のお接待があり感激!
    調達希望のあった”冷えたスイカ”もスーパーで切って頂きゲット。
    ドリンク剤とスイカを箱に入れて香園寺へ急いだ。 

(お断り)
 急いだが、参拝に間にあわず・・・
 以下は、7月18日に家族とお参りしたときの写真(記事)を投稿致します。
 
f0213825_1553839.jpg       香園寺伽藍図
f0213825_1563360.jpg
  大聖堂(本堂・大師堂)と納経所が巨大!、ほか何も感想ナシ・・・


第61番 栴檀山 香園寺 本堂・大師堂  
  会館を思わせる超モダン建築だが、歴史は古く聖徳太子が創建したと伝わる。
  が、今までの霊場のような風情はなく、ちょっと戸惑った。
  重厚な山寺・横峰寺から下った私には、戸惑ったと云うより、
  「なんじゃコレは?」と思ったと書くほうが自分に正直であろう・・・
f0213825_1527170.jpg

        1階が大講堂、2階が本堂・大師堂になっており
f0213825_11335082.jpg
      向かって右側の階段を上がって、靴を脱ぎ本堂へ入ると、
      ホールの如き827の固定椅子席に囲まれて大日如来が鎮座まします。
       秋川雅史さんの「千の風になって」一曲限定独唱会がとても似合いそうです・・・
f0213825_15501118.jpg

この香園寺は、
国内外に40万人以上の子安講員を持つ「子安大師」として女性の人気は高い。
境内の一隅に建つ、これも鉄筋建ての子安大師堂
(香園寺の象徴的お堂にしてはチト小さ過ぎるのではないでしょうか?!) 

f0213825_13544026.jpg

香園寺ご朱印
f0213825_16183974.jpg 昼間、深山幽谷?の霧に浮かぶ
     神殿風権現造りの横峰寺を参拝し、
 夕方、超近代的な鉄筋造りの香園寺を見ると、
     ちょっと頭がクラクラしたことです・・・

 それはさておき、帰路の高速道のPAで、
 調達した冷えたスイカを
 皆さんが「うまい 美味しい」と食べて頂き、
    門前小僧の嬉しかったこと。




<私の遍路と、このブログ参考書>
  「四国八十八カ所を歩く」  発刊:山と渓谷社 2006年2月初版1刷
    歩き遍路を始めるにあたり、購入した本 ¥1500+税
  「四国八十八ケ所巡り」  発刊:昭文社  1997年1月1版10刷
    歩き遍路を始めるにあたり、同級生が貸してくれた本(¥1333+税)
  「四国八十八カ所霊場」  発刊:NPO伊予路おへんろ倶楽部
    おへんろ倶楽部のご好意で戴いた小冊子 
              
# by jh5swz | 2010-08-08 07:33 | 61番香園寺へ下る | Comments(0)

歩き遍路・60番横峰寺へ

歩いた日>第50回・2010年 7月 2日 晴れ~霧雨~晴れ
コース>石土神社から湯浪登山口~
 60番横峰寺~61番香園寺登って下って 17,4K  
疲労度>☆★★★★

    四国霊場88ケ寺の中でも屈指の遍路ころがし(難所)と云われる横峰寺、
    確かに難所!!、途中、進むも地獄、戻るも地獄の心境を味わいました。
     ですが、懲りずに又参拝してみたい 
         と(ちょっぴり)思わせるほど
               山の緑のすばらしさでした(小声)。
                    

08:20 前回のゴール地、石土神社で身支度整え
f0213825_1694090.jpg

          うわさの難所へ8,9K、いざ出発!
f0213825_8501124.jpg

石土神社隣りの新四国曼荼羅霊場妙雲寺にあった二つの石標
「是より横峯寺迠百丁」と彫まれた、知る人ぞ知る百丁石
f0213825_1911859.jpg   その百丁石に並ぶ石標
   「是ヨリ第六十番横峰寺へ
          實測六十七丁」
と読める
f0213825_19121314.jpg

     妙雲寺は、かって第60番前札の旧跡をもつ寺で、
     いつの時代か、ここから横峰寺まで百丁(約11K)あった、
     後年、へんろ道を「実測」したところ、六十七丁(約7K)だった、
     ところが平成16年の台風21号で大きな被害を受けた遍路道は
     ルート変更を余儀なくされ、現在では8,9Kだと、私流に解釈した。
                      (1丁=60間=109mとして換算)

08:32 いざ出発、正面の山のほぼ頂きが横峰寺らしい・・・
f0213825_16142497.jpg
       
09:00 第1へんろ小屋を横目に(休ませてもらえません・・・)
f0213825_16174159.jpg

09:05 小さな大師堂があったが(休ませてもらえません・・・)
f0213825_1620460.jpg


09:10 山と清流に吸い込まれるように・・・
f0213825_9234279.jpg

09:15 妙の谷川に沿ってさらに山奥へ進みます
f0213825_13521925.jpg
                 「人」は確かに山や川に生かされおります・・・

09:30 山の喫茶店「てんとうむし」到着  
     小松町K・Hさんお奨め”山の湧き水を使った自家焙煎COFFE”が評判の喫茶店
f0213825_1622427.jpg
        門前の小僧は店の名前が気になってしかたが無かった・・・
        帰宅後、写真を拡大してみると、店のガラス越しに見えたクルマは、
        今も”てんとうむし”の愛称で親しまれる、かのSUBARU360
        マスターは筋金入りのSUBARERにちがいない。
f0213825_16262598.jpg
      360の愛称”てんとうむし”について
           1960年代、Volks Wagenの
           ビートルズ(かぶとむし)よりひとまわり小さいので「てんとうむし」と呼ばれた。
           なんとも奥ゆかしいではございませんか!
 

         7~8人がCOFFEを、
         ほか多数は駐車場で休憩させてもらっただけだったが、
         全員に米菓子のお接待・・・ 
         ありがとうございました!  ”てんとうむし”さん。
f0213825_16363698.jpg

        親子でSUBARUに乗ってる門前の小僧が書く初めてのコマーシャル。
f0213825_16394426.jpg
         てんとうむしの居場所:西条市小松町石鎚字湯波3776-10
           々   の活躍時間:午前9時~午後5時
           々   の休養日:毎週火曜日と水曜日


09:45 横峰寺とのほぼ中間点を通過
f0213825_17135311.jpg

09:55 湯浪の尾崎八幡宮前を右折、誰も救援バスに乗らない・・・
f0213825_17213013.jpg

        山はますます深くなり
f0213825_1726271.jpg

       里では殆ど見ることがなくなった「マタタビ」の白くなった葉が鮮やか!
f0213825_18265093.jpg

            ~~~~ -ちょっと いっぷく- ~~~~
初夏、葉先が白くなったマタタビ
f0213825_20112922.jpg       葉先が白くなったころ咲くマタタビの花
f0213825_18485385.jpg

 マタタビは、花期に葉の上半分が白くなることが多く、
 夏ごろ枝先の葉腋に1~3個の梅の花に似た芳香のある5弁の白い花をつける。
 果実にマタタビアブラムシが寄生すると虫瘤ができる、これに熱湯を注いで中の幼虫を殺したあと、
 乾燥させたものを生薬名「木天蓼(もくてんりょう)」といい、疲労回復に効くマタタビ酒の材料となる。
 ”ネコにマタタビ”といわれるほどネコが好み、ネコの万病薬になる。
                          拙書「愛媛の薬用植物図鑑」より抜粋
            
           ~~~~ ~~~~~ ~~~~~
10:10 へんろ休憩小屋のある横峰寺への参道登山口到着 
f0213825_822212.jpg

          舗装道路はこの先で行き止まりとなり、サポートバスは小松町へ引き返し、
          R11~R142~黒瀬峠~有料平野林道を経て、横峰寺で待機してくれる。
          バスや自家用車で巡拝する場合は、上記の交通経路が参拝コースとなる。

          私達は、地図左の四国のみち(四国自然歩道:細い赤い線)に沿って
          大頭~湯浪~Ⓟ(現在休憩中)~横峰寺~香園寺奥の院~香園寺まで
          17,4Kを歩きます。「こんな贅沢な旅がございましょうや」などと呟きながら。

f0213825_13454313.jpg
               -地図は横峰寺でいただいたパンフレットより転載-

10:20 休憩後、いざ横峰寺をめざし、うわさの遍路ころがし坂へ出発
     「距離2,2K、標高差500m、1時間20分の予定」と、お先達。
       この先の”怖いもの知らず”の一同は簡単に「ハイッ!」と答えてしまった・・・

f0213825_8224076.jpg
             結局、この石段の角度の坂が山門まで続いたワケで・・・

10:30 マイナスイオンたっぷりの参道を(この辺りまでは)快調に
f0213825_7451064.jpg

      沢に沿って、オゾンたっぷりの杉木立を登り
f0213825_152492.jpg

10:40 登り始めて20分、小さな遍路橋で休憩  
          沢を流れる水の冷たかったこと!
f0213825_7321313.jpg

       なるほど一休みさせてもらえるハズで・・・
       休憩後は、平成16年の台風で流れてしまった遍路道を迂回して、
       張られたロープにすがりながら、急勾配の道なき道を登攀。

10:55 難所街道の始まりか? ここは地獄の1丁目か知らん・・・    
f0213825_992769.jpg

11:20 昔の人の苦労が偲ばれる石段を登り 
f0213825_1152861.jpg

11:25 登り始めて1時間、あと900m=まだ900m!  
f0213825_11424992.jpg

「まだ行けます!」と、若い?遍路のカラ元気             撮影:T・Tさん
f0213825_10483687.jpg

「まだ行けます!」と、言いながら、
            息は上がってますが・・・
f0213825_14471670.jpg   足が上がってません!
f0213825_14561044.jpg

11:50 古坊休憩所で一息入れて、最後の難所を”がんばる歩き遍路”
          ※古坊は、元々山門と仁王像があった所で、今は木製のベンチだけがあった。
f0213825_20322378.jpg
       登っても 登っても これでもか これでもか と続く坂・・・ 

11:55 2~3歩登って立ち止り、肩で息してまた登り・・・ 
        最大の難所と云われた12番焼山寺よりはるかにキツかった門前の小僧でした
f0213825_756387.jpg

      「あと400m!」だと、三代の道しるべに励まされて又一歩登り   
        左から、お地蔵丁石・へんろみち保存協力会道しるべ・四国のみち標識
f0213825_12235177.jpg

      四国のみち」とは、
      国土交通省と環境省が四国の歴史・文化・自然を体感するために作った道で、
      へんろ道と重なる部分が多いが、微妙に違うところもあり、歩き遍路は要注意!


12:08 見えた!見えました!横峰寺仁王門!
      威勢よく「着いたぞ~」と、
       後続に声をかけたとたん、丸太の上にヘナヘナと座り込んでしまった。

f0213825_1173270.jpg

12:11 30数段の丸太を這うように登り、山門で大師の出迎えを受けた
        結局予定より30分遅れて、登山口から1時間50分かかったことになる・・・
f0213825_1951189.jpg

f0213825_15154755.jpg        横峯寺伽藍図
f0213825_15161153.jpg



     山門の正面に平成11年新築落成の庫裏、左手に客殿と納経所。
     ”石鉄山別當横峰寺”の石柱が石鎚山西遥拝所横峰社だった歴史を物語る
     本堂は右手苔生した石垣の奥、手水舎の脇から石段をさらに登る。
f0213825_1994674.jpg

本堂への石段。
f0213825_7565013.jpg  急峻な山の斜面に
  庫裏や本堂、大師堂などを
  建てるのは難事業だったハズ、
  お寺さんもえらいが
  瓦1枚からの普請に応えた
  里の人々や幾多のお遍路に
  思いを馳せた遍路小僧・・・



元気盛々組は、山門から更に500mほど坂を登り、奥の院「星が森」で昼食。
疲労困憊組は、客殿前の休憩所で昼食休憩することとなった。

門前の小僧はモチロン後者。
 広げた弁当は、ご飯一口と梅干1個しかのどを通らず、お茶のガブ呑み。
 休憩所のベンチで大の字になって寝転んでいた。
 居合わせた通し歩き42日目という広島の娘さんと話しが弾み元気が出た。
 まことにゲンキンナモノだ。
 一足先に下山するという娘遍路さんに皆で激励の拍手を送った。
 あの娘さん無事結願して、今頃は広島カープの応援三昧だろうか?

       奥の院・星が森を参拝した元気盛々組の面々 -写真提供:T・T氏-
          天気さえ良ければ西日本最高峰(1982m)霊峰石鎚山が見えたハズ、残念!
f0213825_93250.jpg


       そもそも星が森とは
f0213825_83885.jpg  霊峰石鎚山の西の遥拝所であり、
  山裾より山頂まで
  全景が見られる場所でもある。
  弘法大師が
  この地で星供(星祭り)を行った所で
  星が森と呼ばれる。
   <画像共横峰寺栞より>

 どうしてもこの奥之院はお参りしたかったので
 平成26年9月21日、林道経由でお車遍路、念願の星が森参拝が叶いました!

12:55 ふと休憩所の窓から下界を見ると、山は霧で墨絵の如し  
f0213825_10291216.jpg

        霧に浮かぶ第60番 石鉄山 横峰寺(いしづちさん よこみねじ)本堂  
         神殿風の権現造りの本堂は、深山の霧の中でまことに神秘的でした。
f0213825_1042113.jpg

           これでこそ 登りし甲斐あり 霧の寺 -小僧-
  消えては
f0213825_15142870.jpg       
        浮かぶ・・・
f0213825_15155777.jpg
 
    横峰寺は白稚2年(651)修行僧の開祖といわれる役行者小角の開祖と伝わる。
    開祖当時は多分小さなお堂?だったのかも知れないが、以来1360年に亘り、
    寺を守り支えた石鎚山信徒さんの計り知れない力量に思いを馳せたことでした。
    現本堂にしても、こんな山の上へ、誰がどのようにして建てたものだろう? と
    今回のお参りはいろいろ考えさせられた。

          横峰寺大師堂(本堂の真正面、向かい合って建っている)
f0213825_11245278.jpg

       歓喜天堂
        夫婦円満、商売繁盛願いに応じ降魔調伏された大聖歓喜天王を祀り、
        除病、延命等望みに従って成就させる功徳がある。(横峰寺栞より原文のママ)
        どこかの札所の「忙しいから願い事は一つにしてくれ」とは懐の深さが違います。 

f0213825_1721655.jpg

ご朱印
石楠花が満開の頃、是非もう一度お参りしたい
f0213825_12444154.jpg            横峰寺切手(仁王門)
              ヘトヘトの遍路は私かも?
f0213825_12423687.jpg

     かくして、屈指の難所横峰寺参拝を終えて下山することになるのだが、
     上り下りの標高差を示す断面図があったので転載させていただきます。
     林道終点休憩所(登山口)から2K歩いて500m登り、
     今から香園寺まで8Kを歩き700m下ることとなる。一難去って又一難か・・・

f0213825_12565779.jpg

13:25 歓喜天の前から裏山へ出て、平野(有料)林道を下り始めます  
f0213825_13455953.jpg


 「61番 香園寺へ下る」へ続く・・・ 

# by jh5swz | 2010-08-01 08:44 | 60番横峰寺へ登る | Comments(0)

今治から石鎚山麓まで

歩いた日>第49回・2010年 6月 4日 快晴
コース>59番国分寺から世田薬師~生木地蔵~石土神社まで20,7K  
疲労度>☆☆☆★★


前回(5/7)ヘトヘトで辿り着いた国分寺駐車場でストレッチを済ませて
f0213825_1519421.jpg
            国分寺伽藍図
f0213825_1520566.jpg



09:00 参道の石段を上がる 
f0213825_9212531.jpg

第59番 金光山 国分寺(こんこうざん こくぶんじ) 本堂 右大師堂
天平13年(741)に聖武天皇の勅命により全国に建立された国分寺の一つで、
国の史跡として指定されています。
f0213825_9474515.jpg

お納経中
f0213825_14335620.jpg

ご朱印
f0213825_16174037.jpg
         国分寺切手
f0213825_16141598.jpg


握手修行大師
f0213825_14435089.jpg お大師様も「拙者、忙しいから」って、
  「願い事は一つだけにしてくれ」だって・・・
f0213825_14451210.jpg
      モデルお遍路さんにお断りできてないので顔半分

    看板(原文)
     修行大師様と握手をしてお願いしてください
     願い事は一つにしてください。
     あれもこれもはいけません。
     お大師様も忙しいですから! という、了見の狭い看板。          
               空海師の真意に非ず!~~~

10:00 JR桜井駅前通過
f0213825_16221940.jpg

10:10 国道を逸れてへんろ道を歩き  
f0213825_1633474.jpg

10:35 第1休憩地 みちの駅 湯ノ浦温泉到着 
      今治市の東のはずれR196号沿いにある湯ノ浦温泉の源泉地。
f0213825_1633283.jpg

f0213825_17331483.jpg
  なんと
  100リットル100円で源泉が買える
  「温泉スタンド」があった!
  100円はあったが
  100リットル容器が無かった・・・


道の駅のランドマークは湯煙を噴き上げるモニュメント。
ちょうど休憩中の娘へんろさんにCMモデルになっていただきました。
    (2010/08・09 専属モデル契約完了につきノーカットUP)
f0213825_15224125.jpg

20分ほど休憩して歩き始めましたが、暑さに負けて歩速はかどらず・・・
11:00 「お~~~い 待ってくれ~」。
f0213825_20224583.jpg

11:20 世田薬師<世田山 医王院 栴檀寺(せんだんじ)>を参拝
      このお寺は、年一回夏の土用丑の日に
       『きうり封じ(胡瓜に病気を封じ込め、身代りになって頂き病を治す)』という、
       江戸時代より300年に亘って伝わる祈祷祭で知られるお寺です。

f0213825_7382977.jpg

-伝統行事を伝えるローカル新聞-
 今年は全国から7000本の願いが寄せられ、
 願主の氏名と願い事や直したい病名を書いた紙を貼ったキュリに
 住職が1本ずつ「えいっ」と念を込めて災いを封じ込め、身代わりとして境内に埋められた。
                          2010・7・27 朝刊から抜粋
f0213825_1384463.jpg

世田薬師の前からへんろ道を歩きJR予讃線の踏切を渡り
f0213825_9122289.jpg

11:30 のどかな田園を歩くと(祈祷祭用か?きゅうりが沢山植えてあった)
f0213825_13341144.jpg

伊予三芳町界隈で咲いていた風蘭
f0213825_9221499.jpg

番外霊場 臼井の水へ
f0213825_9423060.jpg  手元の参考書では
  「弘法大師が老婆の願いで、
  臼に加持祈祷して
  五色の後光を発した旧跡」と、
  書いてあるが、意味不明・・・ 
  虹でも映ったのかな~?
  いや、虹なら七色だ・・・
   -にわか遍路の悲しさ-


12:00 「臼井御来迎(うすいごらいごう)」の祠 
       祠の名は臼井山 微笑庵とは、なんともほほえましい!
       本坊は近くの道安寺らしい。
       こじんまりした東屋(善根宿?)もあり、しばし休憩。
f0213825_1175160.jpg

       祠の前の石囲いの底から冷たいきれいな水が静かに湧いていた、
       ひょっとして、この丸い石が「臼」かも?
f0213825_1113323.jpg

休憩後30分ほど歩き(この辺りには適当な食堂がないとのことで)、
遍路サポートバスに乗り、R11沿いの「りんりんパーク」へ移動して
12:35~13:50 昼食休憩
f0213825_12173855.jpg

ここは大きな錦鯉がたくさん泳ぐ庭園が看板で、
錦鯉のウロコの漢字「鱗々」から「りんりんパーク」と呼ばれるのであろう?

f0213825_1219221.jpg

13:50 昼食後、「掟」に従い食前の乗車地点まで連れ戻されて再出発
f0213825_13385660.jpg

14:40 「猛暑」と言っても過言ではない暑さの中を黙々と歩き・・・
f0213825_13425684.jpg

15:20 世田薬師から10K、ようやく別格霊場 生木地蔵へ到着
 霊場は左手なり。(正面の森は福岡八幡宮というお宮)
f0213825_15271744.jpg

別格11番 生木山 正善寺(いききざん しょうぜんじ) 
f0213825_15373486.jpg

目標 壱億円!
f0213825_15182426.jpg  石段脇に、かなり大きな看板があり、
  「ご覧のとおり寺の傷みが激しいので、
  寄進を願う」との文字が読めたので、
  お賽銭とは別に100円を納めた・・・
  よく読んでみると、目標 壱億円!
  小さくなった門前の小僧でした。



正式な寺号より生木地蔵(いききじぞう)と呼ばれることの多いワケとは?
f0213825_12304366.jpg看板(要約)
 この霊木は樹齢1200以上と推測され、
 周囲は約9~10m位の「楠」です。
 元々、本堂と大師堂の間に立っており
 その中に弘法大師空海が「お告げ」より一夜にて
 地蔵菩薩を刻まれたのであります。
 生きた木に刻まれたお地蔵様で
 「生木地蔵」と呼び親しまれております。
  
 昭和29年の洞爺丸台風の烈風により倒れましたが、
 お地蔵様はいささかの傷もなく現在は本堂に安置致しております。
 特に耳病平癒にご利益があり、各地より深く信仰されております。




 本堂に安置されているというお地蔵様が見たくて覗いて見た、
          アレかなあ~?と思しき姿はあったが確認に至らず・・・

その倒れた楠がコレ
f0213825_161108.jpg

    生木地蔵さん境内で少し休憩したあと最後の4K。
16:20 がんばる歩き遍路は丹原町から中山川を渡り小松町へ
f0213825_1904798.jpg

小松町大頭の陸橋を渡って
f0213825_15434774.jpg

16:40 小松町妙口・石土神社到着
     鳥居の神名額は「石鉄山」。
      昔から石鎚山登山口の一つとして、お山へ登る大勢の人々を見守ったことだろう。
f0213825_19324965.jpg

     鳥居をくぐると、いきなり高さ10m近い高灯籠が目に飛び込んだ。
     昭和6年に建立され、現在も街路灯として活躍中の優れもの! 
       正面の白い高架は高速道路、後方の山々が石鎚連峰。  
f0213825_1955672.jpg

f0213825_15451039.jpg 昭和6年に建造されたコンクリート製の高灯籠で、
 今も道の安全と地域の人々の暮らしを照らしているという。
 平成13年に貴重な近代文化遺産として
 登録有形文化財に指定されています。
  
 写真は地元の知人K・Hさんが、わざわざ
 夕暮れどきの点灯した灯籠を撮影して送って
 いただいたものです。
 アングルまで合わせていただきまして
 ありがとうございました。
        2010/07・27 19:20 




石土神社本殿
f0213825_19564488.jpg

       斯くして、炎天下を20,7K歩き、
       おl寺さん、お薬師さん、お地蔵さん、お宮さんを参拝し
       健康・観光ちょっと信仰、門前の小僧流歩き遍路旅はゴールイン!
       次回は標高700m石鎚中腹の横峰寺参り!
       私の細い太もも殿 頼んまっせ~!
f0213825_8471323.jpg

本日の足あと  今治市59番国分寺から小松町石土神社まで20,7K

# by jh5swz | 2010-07-24 09:23 | 59番国分寺から小松町 | Comments(0)