初遍路2019

2019年1月10日(木) 曇天・肌寒し
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 元旦の朝、女房と鎮守の森の「軍ヶ森(いくさがもり)神社」へ初詣、
 例年、その足で近くの霊場数ヶ寺を一人初遍路をするのだが、
 一番近い霊場しかお参りしてないものだから、なんだか落ち着かない・・・
 過ぎ去った年への感謝と迎えた新年へのお願いごとは
             ちゃんと済ませておこうと初遍路に出かけました。

 
おクルマ遍路 
 始めに第47番霊場熊野山八坂寺さんへ
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   まずは修験の根本道場を見守る「いやさか不動尊」へお参り、
   今年一年の家族と知り合いの無病息災をお願いしたことです。 
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      駐車場でお出かけ前のご住職にばったりお会いして、
 昨年、坂本屋へ寄贈頂いたお大師像のお礼を申し上げることができました。

    
    いらんことを申しますが・・・
    駐車場から境内へ入ってお参りされるクルマお遍路さんがありますが
    八坂寺さんの玄関はちょっと下った朱塗りの極楽山門橋ですから・・・
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                              後方は客殿とお納経所

  山門橋の天井絵に合掌、お納経所前の石段を上ります      
   見上げれば、昨年末新しく鎮座ましました観音様のお出迎え。
 
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 石段途中、縁石左、伝説の「救いの手」石
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 その昔、
 石段の上から転げ落ちた遍路の手の跡と云われ、
 そのとき、遍路さんに怪我が無かったことから、
 「九難を去る救いの手跡」とされる伝説の石です。
 
 豆腐の角につまずいても転げる歳になりましたら
 どうぞお守り願います・・・ 

 
 誰も居ない本堂・大師堂でお納経 
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 今日のお参りは、下手な般若心経唱えながら
 関東に住む同級生が、年末にたくさん送ってきた写経奉納。

 歩き遍路を始めた頃からだからもう十三年、
 高野山への満願成就その後のさみだれ参りも続行中、
 多分、述べ数百巻になる写経奉納代参、
 アイツ門前より信心は篤いのかも知れない・・・


 2019年の初遍路ですから重ねご朱印受けました。
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 本堂に置いてあったチラシより
  <八坂寺大祭・火渡り修行>のお知らせ
  日時 平成31年4月29日(昭和の日)
   ・徳島やんちゃ連阿波踊り
   ・高知おきゃく屋よさこい踊り
   ・柴燈大護摩供火生三昧ほか催事多数 
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  お納経所での話し。
  今年は第15回記念大祭なので、山伏行列に参加のお稚児さん(小学6年生以下)30名を募集中だそうです。
         詳細お問合せは 八坂寺 089-963-0271 まで 
   
 
  門前の小僧新年の墓参り
   ココは八坂寺に隣接する八坂霊園です。
   ここ数年さんざん悩みましたが、昨年春、息子の二度目のNY転勤があり、
   子供達にお墓のことで負担が罹るのは私の代までで良かろうと改葬を決意、
   まず女房に本音を打ち明け、息子と娘、二人の弟、親族の賛意を得て、
   村の墓前でお線香手向けて歴代の仏さんに報告、
   臨済宗東福寺派東林山禅興寺には檀家の籍は不変にお願いして快諾を頂き、
   今は更地にした実家の向こう三軒両隣りにも不義理にならぬよう挨拶回り。
   昨年初夏、大雨の墓所で村のご近所皆さんにも揃ってご焼香頂き閉眼供養、
   まさか自分の代でとは・・・
   昨年夏のお盆を前に禅興寺住職を迎えて開眼供養を執り行って頂きました。
   生まれた村が遠くなったような寂しさが無いと言ったら大嘘になりますが、
   旧・西宇和郡双岩村若山は紛うこと無き私の「田舎」です。 

    数年がかりの大仕事でしたがご縁を得て歴代のお墓をここに「改葬」しました、
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          (株)石材振興会が管理運営する宗旨・宗派不問の八坂霊園は現在3000区画
           今なお山の上へ造園拡張中の公園墓地でウチの墓はふもとの辺りです。

 上の写真からをトリミングして拡大、
    門前の小僧の終の棲家・・・

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 <後日談>
 実は長男同輩はみんな「お墓のこと」で悩んでいました・・・
  ・今住んでいる所とお墓が遠い
  ・子供達が里の近くへ帰ってくるとは考えられない
  ・改葬場所と霊園管理業者さんの選択と費用
  ・元の墓所の整地と檀家籍のことetc etc
 同輩にはよく聞かれますので、
 私の備忘録「平成改葬白書」を残して置きたいと思います・・・

  
  お墓にお線香立てて親父に訊いた、
  『お寺さんとも相談して、今年か来年、
   親父の33回忌とおふくろの13回忌を一緒にやろうと思うけん
   二人で旅支度しといてくれんかなぁ~? 』
  『よっしゃ!』と聞こえた。

  振り返ると、先ほど写真を撮った高台から山の上へさらに五段の墓所造成中・・・
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                           需要が多いということか・・・


  八坂寺さんから数キロ
  四国別格霊場第九番文殊院徳盛寺    
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            ここ荏原の里に衛門三郎という強欲非道の富豪が居て・・・云々      
            ご存知、伝説の遍路開祖・衛門三郎旧跡として語り継がれる文殊院さんです。 
            別格寺参りの納経帖を忘れたので、重ねご朱印なしで次なるお堂へ進みます。


 文殊院さんからさらに数キロ、
 初参りには欠かせないでしょ、「札始め」ですもん。
 番外霊場(小村)札始大師堂 確認したいこともあって参拝。
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       確認したかったこととは、
       以前、お納経は約2㌔歩いた伊予十三仏一番大連寺で墨書きご朱印を受けていたのですが、
       昨年いつ頃だったか?ここ大師堂に隣接する住宅玄関脇のお納経所が再開されていると云う
       話しを聞いていたものですから・・・
       その通りでした。

 蝋燭、お線香を灯して一人静かに写経を奉納して参拝、
          お納経所の呼び鈴に応えて温和な庵主さん?に重ねご朱印を頂きました。 f0213825_11184689.jpg
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   「墨書きはいつ頃?」
   「三年前のお正月に大連寺さんで受けました」
   「お参りご苦労さまです」
   「ありがとうございます」
    短いやり取りでしたが気持が和みました、遍路のためにもず~っとお納経所が続きますように。

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  手水舎の道しるべ。
  さあ~、お大師っさんも苦労したと聞く重信川を渡って
  48番西林寺さんへしゅぱ~つ。
  47番八坂寺付近までバス便でもあれば、
  半日歩き遍路には絶好の距離なのだが、
  本日はクルマ遍路なり・・・





 自宅に一番近い第48番霊場清滝山 西林寺
   立派な門松は、お正月に駆け足初詣したときのワンショット、めでたい!
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   松も取れた今日、山門から見る境内はいつもの静かな西林寺でした。
   本堂・大師堂へ写経奉納代参。
   お納経所でいつも元気なおばあさんと賀詞交歓。
      「お風邪引きなさんなよ」と言葉のお年玉、
      「奥さんこそ!」と、笑顔のお返し。
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 2019年の初参りですから、西林寺ご本尊さまにお願いがあります。
 これは仁王門前・駐車場の道案内看板です、
  紅い線は私が画像に加筆しました
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 団体バスや普通車はこの黄色い県道で正解だと思います。
 が、地図を片手にこの看板とにらめっこして悩まれている
 国内外の歩き遍路さんをしばしば見かけます・・・
 それは看板が「四国の道」に準拠しており
 遍路地図や外人さん用の地図と異なっているからなのです。
 せっかく設置下さった看板を決して間違いとは申しません。
 加筆した赤い線を「古来の歩きへんろ道」として
 駐車場の看板にも書き加えて下さいませんでしょうか?

 その道中には開創300年の大日堂や遍路橋、馬頭観音、
 歴史ある金毘羅街道との交差道しるべ石や
 古い指差し遍路石も見ることができます、
 最後の角を左折すると正面に49番浄土寺さんの本堂が見えて
 仁王さんが遠来のお遍路さんをお出迎えになります。
 是非ともご検討下さいますようお願い申し上げます。

 
 
 古来のへんろ道沿いの
 高井の里の大日堂さんお参り
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 西林寺からへんろ道を約1㌔進むと
 県道との合流手前に小さなお堂があります。
 お線香灯しながら
 お堂の中の普請寄進者板を読んでびっくり。
 なんと「開祖300年記念修築寄進」とあり、
 このお堂を守ったこの地域の人々の気持が
 ひしひしと伝わってきました・・・

 遍路道沿いの小さな伝統を守る方々に敬礼!
 初遍路の〆にいいお堂を見せて貰いました。
    めでたし!



# by jh5swz | 2019-01-11 16:54 | その後のきまぐれ遍路 | Comments(0)

      皆さま
      あけましておめでとうございます。
     
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旧遍路宿・坂本屋は2月末まで冬季休館しておりますが、      
3月2日(土)よりお接待を再開させていただきます。
登り下りのお遍路さん、ウオーカーズ、サイクリスト、農家の皆さま
本年もどうぞお気軽にひと休み下さい。
            新参お茶くみ当番 -門前の小僧ー
       


# by jh5swz | 2019-01-01 09:36 | 元旦のメッセージ | Comments(0)

2018年12月27日(木)今年最後の贅沢
新年1月15日から向こう7年計画で道後温泉本館の保存修理工事が始まります。
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 工事中は1階神の湯浴場のみの営業となり 
 2階・3階の大広間休憩室は休業になるらしい・・・
 休憩室が利用できる内にもういっぺんと虎視眈々でした。

 年末年始は県外からのお客さんで大混雑しそうだし、
 その後1月14日までは地元ファンのカウントダウンで混みそうなので、
 観光客気分で1250円を奮発して2階霊之湯席を満喫して帰りました。
 今日はブラタモリもどきの贅沢絵日記を描きます。

 イラスト画像帰属:「いらすとや みふねたかし氏」。 

   朝は前泊のお客さんと地元の朝湯の常連さんで混みそう・・・
   夕方は当日泊の外湯客で混むだろう・・・と御託を並べて真っ昼間に道後温泉現着。

 12:50 まずは冠山駐車場から温泉本館と道後ホテル街をパチリ、
        坊っちゃん湯の本館だけ「Back to the Future 明治27年(1984)版」。
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     冠山から「空の散歩道」をゆっくり下りながら
       公衆浴場として初めて国の重要文化財に指定された「道後温泉本館」全景をショット。
         春の連休には入浴待ちのお客さんが銅葺き屋根の「又新殿」辺りまで三列に並ぶ日もありました。
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工事が始まるとあちこちシートに包まれるのかなぁ~・・・


       新参の遍路でも、やっぱり目に飛び込んできますね~ 行政主導型?歩き遍路道標識。
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お遍路さんや道沿いに住む方々が善意で付けたシールや案内板を
目の仇のように撤去した所もあって物議を醸したとか聞きますが

                 ふところ深い松山では個人作成シールと同居です。

     皇室専用の浴室「又新殿(ゆうしんでん)」の前を廻って「玉の石」側から本館表に歩きました。
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                                   (2010年3/5撮影)     

本館周辺ではどうしても記念写真を撮る多くのお客さんの顔が写り込んでしまいますので、
 2010年3/5 第51番石手寺から北条・鹿島桟橋までの歩き遍路途中の私達グループの写真を掲載します。    

        「千と千尋の神隠しの湯屋」油屋のモデルの一つとも云われる本館正面
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                                   (2010年3/5撮影)

         そう云えば「千と千尋の神隠し」油屋の雰囲気たっぷり・・・正面の破風屋根。                                  
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              この看板は昭和25年、ある映画の撮影のために付けた年代物だそうです。    

         ◇以下、県外の友達皆さまへ門前の小僧からの「観光案内」でございます。
             「長いとか写真が過ぎる」とかお思いの方はどうぞスルーして下さい^0^   

                      玄関前で入浴券を買います。
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        半券切り取られて証拠にならないが、大奮発して今日は霊之湯(たまのゆ)2階席¥1250ナリ!        
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        下足番はいらっしゃいませんが下駄箱へブランド品?の靴を預けて、
        女性職員さんの案内でちょっと迷いそうな?館内を霊之湯2階席へ上がります。
        
            因みに、私の村の小学校の修学旅行は、県庁でエレベーターに乗って
            松山城登って、道後で一泊、「泳いではイケナイ」坊っちゃん温泉入って、
            爺ちゃんに「やいと(灸)」をみやげに買って帰るのが定番でした・・・ 
    


        ここが霊の湯席。
         神之湯席はずいぶん前に江戸の取引先の営業マンと上がったことがありますが、
         初めての霊之湯席はこじんまりとして家庭的な雰囲気が漂ってくつろげました。
        「乱れ箱」に道後オリジナルの浴衣とタオルが入れてあり着替えて階下の浴室へ。      
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       接客係の女性に「ほかのお客さんの顔が写らなければいいですよ」との許可を得て撮影しました.
  
       ここが霊の湯。     
       真っ昼間、5分ほど左の浴槽独占、貸切状態!
       湯気が舞ってほっこり、お湯の中の足の指先まで透き通って見えるきれいな湯船でした。
        小学校の修学旅行は「神の湯」だったハズですが・・・
        小説「坊っちゃん」にある『泳ぐべかず』と書いてあったかどうか定かではありませんが、
        この結構深い湯船を私は確かにひと泳ぎした覚えがあります、懺悔。

        あとで入ってきた二人の中学生?は、そんなイケズではありませんでした。
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               (さすがにカメラ持ち込むほどクレイジーではありませんので、館内でもらったパンフレットからご紹介)
            

        これが神の湯席・霊の湯席名物天目のお茶。
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  普段はカラスの行水の私ですが、
  今日は至ってのんびり”ご湯っくり”楽しんで部屋へ帰ると
  砥部焼きの湯呑み茶碗のお茶が輪島塗の天目台で運ばれます。
  茶菓子は”坊っちゃん団子”を期待していたが道後焼き煎餅。
        団子は霊の湯・個室専用らしい・・・
  ほどなく隣りに湯上りの新婚さんと思しきカップル、
  「どちらから?」初々しい奥様が「横浜からです」。
  「お幸せに」男前の婿殿が「ありがとうございます」。


  お熱い新婚さんの湯上りのひとときをお邪魔してはらなじと着替えて浴衣をたたんで濡れタオルを返したら、
  「又新殿をご案内いたします、霊の湯席のサービスでございます」と係りの女性。
  見学料¥260を払ってでもと思っていたので遠慮なくガイドを受けました。
  国内唯一の皇室専用浴室とあって一切撮影禁止でしたので、もらったパンフレット中唯一の画像から・・・
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             この画像は天皇が入浴前後に座ってくつろがれる「玉座」。
    ご入浴時には庵治石の浴室壁にヒノキの板を張って「檜風呂」をお楽しみに頂いたとのガイドでした。             
    又新殿へ通じる廊下・階段がやたら狭いのでワケを尋ねたら「暴漢が刃物を振り回せない設計」なのだとか、
                       なるほど納得。 
             お使いになったことはないという「雪隠」も見せてもらいました。


    「又新殿」を案内・ガイドしてもらった係りの女性が、
    興味がありましたら、3階の「夏目漱石・坊っちゃんの間」の見学もご自由ですからどうぞとの由。
    実際に見たことがないので、とことん ”なりきり観光客” になって3階へ上がりました。

   両側の個室(¥1550)に挟まれた狭い廊下の一番奥だそうです、
f0213825_14512218.jpg      松山はなんでも「坊っちゃん」だなぁ~
      小説の実際はケチョン ケチョンなのだが・・・   
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       ココが「坊っちゃんの間」
  夏目漱石が道後温泉へ通った頃、好んだと云われる個室
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    外の廊下から外を眺めると保存修理工事中に
   建替えようと?するホテルがそこかしこに見えました。    
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     床の間の軸は「則天去私」、漱石さんの造語らしいが
        『小さな私にとらわれず、身を天地自然にゆだねて生きて行くこと』という意味なのだそうだ。

    
   「障子が開いている部屋は写真撮っていいですよ」って、お言葉に甘えて「霊の湯・個室」をショット。f0213825_14373114.jpg
  小粋な部屋で私 ”お気に入り
  ここでは湯上りの茶菓子は「坊っちゃん団子」だそうです。 
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       ↑画像は道後温泉観光資料より借用


  長居をしましたが、そろそろ御いとましましょうか。
  「七年計画の保存修理工事」の開始までに、もう一度堪能しておきたかった道後温泉、
  それも霊の湯2階席から湯浴みして、館内をくまなく見学できて大満足しております。

  冠山の駐車場へ戻って、本館三層楼大屋根の赤いギヤマン窓の「振鷺閣」を眺めたことです。
  振鷺閣の刻み太鼓は朝6時6回、正午12回、夕方6時6回に湯之町に時を告げるのだそうです。
               いいではないか、温泉情緒たっぷりで!  
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        いで湯と城と文学のまち、四国・松山    
       古くから松山の観光キャッチコピーですが、大地の恵み「温泉」に感謝しなければ!
  

       <追記> 
        道後温泉本館の保存修理工事中は、まったく温泉に入れないというワケではありません、
        2階・3階の休憩施設は休業となりますが、本館1階の「神の湯」は工事中も営業します。
        併せて、本館近くのお馴染み「椿湯」の隣に新しい外湯「飛鳥之湯」ができております。

      新しい「飛鳥之湯」    
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         お馴染みの「椿湯」  
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    上の二枚は2018年10月14日 遠来のお遍路友達と道後でイッパイ飲んだ夕刻に撮影したものです。



# by jh5swz | 2018-12-30 09:03 | 伊予路 ぶらタモリもどき  | Comments(2)

2018年12月23日(日)天皇誕生日 
  お接待所・坂本屋は冬眠中ですが、
  今日は地元公民館とのコラボレーションで恒例の「餅つきとお正月飾り作り」を行いました。


 07:30 自宅発。
     へんろ道沿いの網掛け大師堂をお参りして坂本屋へ快速直行。
 08:10 遍路墓下の親切なお爺さんが
     「今日は駐車場が混もうがな、ウチの庭へクルマ置いたらええわい」。
     助かった~!
     「ありがとうございます」。
 08:15 15分遅刻して坂本屋現着。
     すでに地元会員さんが降雨に備えてテント設営中。
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 08:38 先をお急ぎのお遍路さんが下られました。

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        一階座敷奥の    
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 先般、八坂寺さんより寄贈された
 お大師さんにお燈明が灯してあり、
 登り下りのお遍路さんの道中安全と
 今日の事業の平安を願って合掌・・・

 やっぱり坂本屋にはお大師さんに
 座ってもらってよかった、落ち着きます。
  



 表ではモチ米一俵の餅つき準備が着々進行中です、
         三連蒸篭                    三連石臼
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        餅つきにやって来るふもとの坂本小学校の生徒さん30数人を待ちかねています。

  ドラム缶かまどでは昼食のシシ鍋準備中
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 生徒さん30数人とご父兄
 公民館関係者、坂本屋スタッフ、
 地元大学の留学生10数人 etc
 総勢100人分近い参加者用ですから
 野菜なども盛り沢山です。
 シシ肉はモチロン窪野町桜で獲れた絶品だとか。





  参加者が揃ったところで餅つきが始まりました。
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 オジさんの相の手のリズムを合わせて
 子供達と留学生みなさんが
 代わる代わる一俵のモチ米をつきあげます。
 蒸篭係りも大忙しです。
 
 何しろ石臼が3台ですから早い 早い!
 つきあがったモチは座敷へ運ばれて、
 小さくちぎって丸めて小餅になります、
 ヨモギ餅やアン入り餅もあります。
 




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 午後から降雨の予想もあり、
 納屋の前では餅つきと平行して、
 長老の指導よろしきを得て
 参加者一人一人がお正月の玄関飾りを作ります。

 長老が用意された青いワラを数本手にとって
 「ワラをよってナワをナッて輪っかにして・・・」
 子供さん達の目が輝きます!
 
 ウラジロとダイダイを付けて完成です!



 坂本屋メンバーさんの許可を得て「コレが松山飾り」です。
             玄関用?
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         勝手口用かな?   
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 因みにコレは私の生まれた南予地方の玄関飾り、
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  大洲地方と八幡浜地方ではシデが3本と2本の違いがあり、
  これが西予市と宇和島地方でも異なるらしい、
  いわんや今治や新居浜方面になると???

  それぞれの町や村がそれぞれの形のお飾りを玄関につけて
  新年を迎える慣わしのおもしろさ、楽しさを感じたことです。

2015年12/26 大洲市「愛たい菜」で撮影



11:35 坂本屋賄い昼食
    シソとノリタマのにぎりめしに沢庵、白いケースにはつきたてのモチがいっぱい!
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  大鍋いっぱいのシシ鍋
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   お代わりクン続出で
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 ほどなくナベの底が見えつ隠れつ
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    昼食が終わった頃を見計らったように小雨がポツリ ポツリ、
    スタッフ一同「弘法大師さんのおかげに違いない!」。
12:36 急いでテント撤収、参加者皆さんは下山。
 
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   坂本屋側もお借りした石臼や杵、もろぶたなどを夫々に返却確認、
   皆さん、その手際のいいこと!
   新参、門前の小僧はシシ鍋と窪野米のぎりめしを食べに行ったようなものだったなあ~


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  それでも、私にもらった小餅と、
  長老が「作っとるまいが、持って帰れ」と貰ったお飾り、
  ウラジロ、ダイダイまで・・・ありがとうございました。

  愛原さん、今日も野菜をたくさんありがとうございました。
  クルマ置かせて貰ったお爺さん、ありがとうございました。
  スタッフ皆さん、一年お世話になりました。
  帰り道、預かったお餅を八坂寺さんに届けて任務完了です。



   坂本屋つながりの全国のお遍路さん、
               どうぞ亥亥お年をお迎え下さい。 
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    平成三十年 戊戌 年の瀬
           門前の小僧              

    


# by jh5swz | 2018-12-24 12:23 | 坂本屋日記2018 | Comments(4)

ふいご祭り2018

2018年12月8日(土)
 相原石材彫刻店、創業以来110回目の「ふいご祭り」にお招きいただきました。
 
 夕やみせまる三坂峠のふもと丹羽の里の相原家。
 「ふいご祭り」の参列者は、家紋を染め抜いた幔幕のお出迎えを受けます。 
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 ところで「ふいご祭り」の
 「ふいご」とは、ご存知の童謡”村の鍛冶屋”に
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 ♪ 暫時(しばし)も止まずに槌打つ響
   飛び散る火の花 はしる湯玉
   (ふいご)の風さへ息をもつがず
   仕事に精出す村の鍛冶屋 ♪♬
    と歌われる「ふいご(鞴)」のことなのですが、

画像帰属:https://yousakana.jp/doshu-katsuhide/
 
  ではなぜ、相原石材彫刻店で「ふいご祭り」なのかと
  2013年、この祭事に初めてお招き頂いた晩にお尋ねしたところ、
  「石」を彫り加工形成するとき傷んだ鑿(のみ)などを修理するための
  「鞴」は鍛冶屋さん同様或いはそれ以上に
   石屋にとっても大切な大切な道具だった、とのお話しでした。

   相原家歴代のお仕事は石屋さん、
   近郷の墓石はもちろん、お寺や四国88ヶ所霊場の石仏やお大師像、
   各地の句碑・歌碑はじめ土木建築物の石材加工等々、
   三代に亘り残された作品は数え切れない相原家ならではの伝統の祭りに納得した私でした。
 
  「ふいご」の仕組み       
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  左の写真は、2015年のふいご祭りの晩、
  玄関で披露されていた「ふいご」です。

  歳月を経て蓋の墨書きは読みづらいのですが
  祭主の説明書きによると、
 【大正5年5月10日、伊予 今治 製作・・・】
  なんと今から102年前今治市で作られ
  ここ松山市窪野町の
  相原石材彫刻店で戦前まで使われていたものです。



   箱の中は「鞴」の文字の成り立ちのごとく
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 中央の部品(中央、間仕切りのような部分)
 確かにケモノの革で出来ていました。
 外から棒状の柄を押し出し、引き出しながら
 底のパイプ穴から炉へ風を送り込み火を熾して鉄を溶かして
 鑿(のみ)などの修理していた歴史が窺えます。

画像帰属:https://touroji.com/manufacture/fuigo.html
  


  <いつもの門前の小僧の余談>
  アニメ「もののけ姫」の中で左右数人ずつが交替で「たたら」を踏むシーンがありましたが、
  「たたら」は「ふいご」の大型人力送風機で
  坂本屋の囲炉裏端にある「火吹き竹(ひゅきだけ)」は一人馬力の小型送風火熾し機ではないか!と思います。

  18:00 二階座敷床の間には、すでに祭壇が設けられ、
      ほどなく二人のご神職により神事が厳かに始まりました。
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 祭主からお聞きしたご神名
  火明神   ほあかりのかみ    太陽の神
  埴安彦神  はにやすのみこと   土の神様
  火彦霊神  ほぶすなのかみ    火の神様
  金山彦神  かなやまひこのかみ  鉱物の神
  天目一箇神 あめのまひとつのかみ 製鉄の神

  年々お招きにあずかる度にメモって帰るのですが、
  聞き間違い、書き間違いがありましたら教えて下さい。



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  「鞴」は昔の金属の精鉄や加工には欠くことのできない、
  火をおこすための道具で、暮れの十二月八日、
  鍛冶屋、刀工、鋳物師などが仕事を休んで鞴祭りを行いました。
  火を操る職業の守護神のお札を受け仕事場に注連縄を張り、
  お神酒や餅を供え祭事を行いました。

              サイト<お話し歳時記>より
  
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  ふいご祭りの記事を書くとき、間違いを書いてはいけないのでネット各サイトを調べるのですが、
  下町の鍛冶屋さんから大手の製鉄関係社のふいご祭りの写真をみても、ここまで厳かな祭壇を設けて
  お二人の神職の祝詞を受けて神々に御降臨願う、という祭式記事にはなかなかお目にかかれません。 

        ご神職の祝詞のあと、祭主の玉串奉奠に次いで参列者も玉串を捧げるのですが、
        私は、このふいご祭りのときしかその経験が無いものですから緊張マックス!!

  18:30 一連の神事を終えて、御神酒(生酒)のお下がりを受けて「直来」の開宴です。
      相原家ふいご祭りには、地元坂本・久谷地区のお歴々はじめ石材関係の方、
      坂本屋運営委員有志が参会、例年のことながら宴は弾み盛り上がりました。
                (個人情報に配慮して宴の詳細はカット)
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                 行きに所要のあった私はALL-FREE

 
  今年もご馳走になりました「自然薯」、
     大鉢の中の青海苔の冨士山から紅しょうがの日の出が昇っています。
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   厚かましくも自然薯は取り皿に三杯のお代わりは誰や! 
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           やっぱりスーパーの山芋と山里の自然薯はネバリ方が月とスッポン違います!


   お堅い石屋さんの直来かと思いきや、恒例、参会者の3分自己紹介タイムもあって、
   ALL-FREEで酔ったのでしょうか、今はなくなった「西宇和郡双岩村生まれ」とやってしまった私でした。

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   飲めるけど今日は呑めない鍵付きの私(宴席の艶消し男)、
   祭主から「おみやげ」と器いっぱいの自然薯も頂いて少し早めの早退。
          
   飲めない私の隣りに座った呑めるSさんから、
  「奥さんのおみやげにどうぞ」と、もらった坂本屋草餅!
  「Sさん、ありがとう、宿六点数稼いだ^0^」、ペッコリ。

                   
 
 静かな山里の一軒の石屋さんが
  創業以来110年に亘って稼業の守り神を敬い、祭事を執り行われるという
 「新日本紀行・ふるさとの祭り」の原風景に溶け込ませて頂き感無量の夜でした。
         相原家へのお礼と御降臨の神々への感謝をこめて。    

# by jh5swz | 2018-12-11 15:24 | 坂本屋日記2018 | Comments(0)