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    お待たせしました、火の鳥 降臨!
      (詳細はページ後半の 7/17 投稿記事ご笑覧下さい)
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                    火の鳥を纏った「道後REBORN」プロジェクトPR車                     
                               提供:アルファロメオ松山販社(車種・Stelvio)

                                

  平成6年(1994)公衆浴場として初めて国の重要文化財に指定された道後温泉本館は
  道後湯之町初代町長の伊佐庭如矢が、100年後の道後の繁栄を見据えて苦労を重ね
  明治27年(1894)に改築した木造3階建ての建物で、その後、明治32年(1899)に
  国内唯一の皇室専用浴場「又新殿(ゆうしんでん) 」を建築して今日に至っております。
                     (参照:道後温泉本館パンフレットより)

 
  2018年12月27日(木曜日)     
   その道後温泉本館は
   新年1月15日から向こう7年計画で営業しながら保存修築工事が始まるそうな・・・ 
 
      
旧西宇和郡双岩村で生まれた私が
      初めて道後温泉に入ったのは小学校六年生の修学旅行のときだった。
      そういう意味では移民族なのだが、それだけに思い入れは深い。
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 着工までに
 「泳ぐべからず」と書いてあった当時のままの風呂に
 もういっぺん入ってみたくて秋頃からウズウズしていた。
 
 年末年始は県外からのお客さんで混雑するに違いない、
 1月14日までは地元のカウントダウン客で混みそうなので、
 今日(12/27)なりきり観光客気分で
 1250円を奮発して2階霊之湯席を満喫して帰った。
イラスト画像帰属:「いらすとや みふねたかし氏」。 

      浴場施設を部分的に供用しながらの工事だから入浴は可能だが
      修築が始まると、安全防護シートに囲まれて
      数年の間、この外観は見納めになるかもしれないので
      道後温泉本館を冠山駐車場からバチバチ撮りまくった・・・、
      温泉本館を囲むように居並ぶ今風ホテル群の中央にあって
      坊っちゃん湯の本館だけは
      建設された明治27年当時のまま「Back to the Future 1894」。
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                               冠山の足湯から本館の眺め
     
      長期間の工事になるので
      折りにふれて、この場所からの保存修築現場の様子を定点観測撮影してみたい



   2019年06月07日(金曜日)
      いよいよ本格的な保存修築工事が始まったという新聞記事を読んで
      7年の長期にわたる修築工事開始の様子が気になって出かけてみた。
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                                 後方の防護シートは某ホテルの改築工事です


     なるほど鉄骨素屋根で本館全体を覆いますか。
     公衆浴場として初めて国の重要文化財に指定された道後温泉本館ゆえ
     解体した建材の再利用できるものはとことん再利用し
     建築当初の132年前を限りなく再現するという工事だからナルホドの感。
             
     全体を覆う防護シートには、ちょっと楽しみな計画があるらしい!
     御成門があって銅板、桧皮葺きの皇室専用休憩浴室はどうするのかな?
     後日、また覗いてみよう。



  2019年6月23日(日曜日)
     午後から道後のヤボ用を済ませて帰りがけ、
     気になっていた道後温泉本館、その後の修築工事現場を覗いてみた。 

     まずは工事の全容が見える冠山駐車場から定点記録撮影。
     又新殿もすっぽりと鉄骨素屋根の中。 
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                             後方の防護シートは某ホテルの改築工事です             
             
      俗に「坊っちゃんの湯」と呼ばれる道後温泉本館東側の「又新殿」は  
      明治32年(1899)建てられた日本で唯一の皇室専用の休憩室と浴室で、
      桃山時代風様式の御成門からなる銅板と桧皮葺の豪華な造りの建物も
      工事用の鉄骨足場ですっぽり覆われていた。

      曰く「見せる保存修築工事」の目的を果たして、
      冠山に新設された足湯に浸かりながら現場を眺めている人、多数あり。            
      

   NEW  
  2019年7月17日(水曜日)     
     「見せる工事」のお披露目が近いと風の便りあり。
     手塚 治虫プロダクション渾身のラッピングが気になって
     道後湯之町・冠山の駐車場へひとっ走りして来た。

     火の鳥 降臨! 
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            「道後REBORN」って 「道後は生まれ変わる」と訳してでいいのかな? 

                人気アニメ「火の鳥」が、
               縦34m、横19m、高さ20mの鉄骨素屋根をラッピング、
               お約束の『七年に及ぶ見せる工事』を演出?しています。               
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                冠山の空の散歩道の「足湯」の傍から、火の鳥をワンショット! 
  
    さて、いつも冠山からトンボ帰りなのですが、
    今日は空の散歩道をブラブラ下って、
    化粧直し中の温泉本館と湯の町ハイカラ通りを ”ブラタモリもどき” してきました。

落ちこぼれ遍路なんですね~
お代官所指導型?の道しるべが目に止まりました。                                  
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 51番石手寺さんの境内参道を県道へ出て右折し 
 お遍路民宿「みよし」さん前を道なりに歩いて
 この道しるべを右折すると
 道後温泉・皇室専用浴場・又新殿  
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   ここには温泉の開闢につながる白鷺の絵が・・・


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  しばらく休憩所から本館北側に立つこの胸像を眺めていたのだが、
  振り返る人が・・・無い・・・
  明治27年(1894)道後温泉本館建設当時の苦労に敬意を表して、
  もう少しスポットライトを当ててあげれませんか?
   
道後湯之町初代町長 伊佐庭如矢



 その伊佐庭如矢が見つめる現在の本館北側の入り口、 
 明治の改築当初はこちらが正面入り口だったらしい。             
f0213825_14570014.jpg  現在は使われていませんが 
  この玄関だけは工事中も「見てもらいたい」玄関だそうです。 
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もともと本館同様市民の銭湯?だったおなじみ「椿之湯」                                   
     本館工事中の助っ人として新築された「飛鳥乃湯」                         f0213825_15101517.jpg
     どうして飛鳥なのかなあ~ 聖徳太子???  
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  落ちこぼれ遍路が前々から気になっていた
  椿の湯角の「道しるべ」
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  指差し(直進)
   太山寺道
    為小林家先祖代々菩堤
  指差し(左折)
   松山道
    施主 岡山市 山長事
         小林嘉四郎
  
  裏側には明治四十一年十月建立とある、
  西暦1908年、ちょうど111年前・・・
  
  文字読み下しは
  愛媛県生活環境部環境整備課 企画・編集
     『伊予路のへんろ道(1987発行)』より 



 帰りの駄賃でラッピングシートをよく見ると、
 道後温泉所縁の人物や創建当時の職人さん達が丁寧に描かれており
 白鷺や聖徳太子に始まるの道後湯之町の歴史絵巻を見るようでした。

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  次回、もう少し絵物語りを探してみよう

  編集中

by jh5swz | 2019-07-17 16:30 | 伊予路 ぶらタモリもどき  | Comments(2)

2018年12月27日(木)今年最後の贅沢
新年1月15日から向こう7年計画で道後温泉本館の保存修理工事が始まります。
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 工事中は1階神の湯浴場のみの営業となり 
 2階・3階の大広間休憩室は休業になるらしい・・・
 休憩室が利用できる内にもういっぺんと虎視眈々でした。

 年末年始は県外からのお客さんで大混雑しそうだし、
 その後1月14日までは地元ファンのカウントダウンで混みそうなので、
 観光客気分で1250円を奮発して2階霊之湯席を満喫して帰りました。
 今日はブラタモリもどきの贅沢絵日記を描きます。

 イラスト画像帰属:「いらすとや みふねたかし氏」。 

   朝は前泊のお客さんと地元の朝湯の常連さんで混みそう・・・
   夕方は当日泊の外湯客で混むだろう・・・と御託を並べて真っ昼間に道後温泉現着。

 12:50 まずは冠山駐車場から温泉本館と道後温泉街をパチリ、
        温泉本館を囲むように居並ぶ今風ホテル群の中央にあって
        坊っちゃん湯の本館だけが建設された明治27年で「Back to the Future 1894」。
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     冠山から「空の散歩道」をゆっくり下りながら
       公衆浴場として初めて国の重要文化財に指定された「道後温泉本館」全景をショット。
         春の連休には入浴待ちのお客さんが銅葺き屋根の「又新殿」辺りまで三列に並ぶ日もありました。
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工事が始まるとあちこちシートに包まれるのかなぁ~・・・


       新参の遍路でも、やっぱり目に飛び込んできますね~ 行政主導型?歩き遍路道標識。
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お遍路さんや道沿いに住む方々が善意で付けたシールや案内板を
目の仇のように撤去した所もあって物議を醸したとか聞きますが

                 ふところ深い松山では個人作成シールと同居です。

     皇室専用の浴室「又新殿(ゆうしんでん)」の前を廻って「玉の石」側から本館表に歩きました。
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                                   (2010年3/5撮影)     

本館周辺ではどうしても記念写真を撮る多くのお客さんの顔が写り込んでしまいますので、
 2010年3/5 第51番石手寺から北条・鹿島桟橋までの歩き遍路途中の私達グループの写真を掲載します。    

        「千と千尋の神隠しの湯屋」油屋のモデルの一つとも云われる本館正面
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                                   (2010年3/5撮影)

         そう云えば「千と千尋の神隠し」油屋の雰囲気たっぷり・・・正面の破風屋根。                                  
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              この看板は昭和25年、ある映画の撮影のために付けた年代物だそうです。    

         ◇以下、県外の友達皆さまへ門前の小僧からの「観光案内」でございます。
             「長いとか写真が過ぎる」とかお思いの方はどうぞスルーして下さい^0^   

                      玄関前で入浴券を買います。
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        半券切り取られて証拠にならないが、大奮発して今日は霊之湯(たまのゆ)2階席¥1250ナリ!        
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        下足番はいらっしゃいませんが下駄箱へブランド品?の靴を預けて、
        女性職員さんの案内でちょっと迷いそうな?館内を霊之湯2階席へ上がります。
        
            因みに、私の村の小学校の修学旅行は、県庁でエレベーターに乗って
            松山城登って、道後で一泊、「泳いではイケナイ」坊っちゃん温泉入って、
            爺ちゃんに「やいと(灸)」をみやげに買って帰るのが定番でした・・・ 
    


        ここが霊の湯席。
         神之湯席はずいぶん前に江戸の取引先の営業マンと上がったことがありますが、
         初めての霊之湯席はこじんまりとして家庭的な雰囲気が漂ってくつろげました。
        「乱れ箱」に道後オリジナルの浴衣とタオルが入れてあり着替えて階下の浴室へ。      
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       接客係の女性に「ほかのお客さんの顔が写らなければいいですよ」との許可を得て撮影しました.
  
       ここが霊の湯。     
       真っ昼間、5分ほど左の浴槽独占、貸切状態!
       湯気が舞ってほっこり、お湯の中の足の指先まで透き通って見えるきれいな湯船でした。
        小学校の修学旅行は「神の湯」だったハズですが・・・
        小説「坊っちゃん」にある『泳ぐべかず』と書いてあったかどうか定かではありませんが、
        この結構深い湯船を私は確かにひと泳ぎした覚えがあります、懺悔。

        あとで入ってきた二人の中学生?は、そんなイケズではありませんでした。
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               (さすがにカメラ持ち込むほどクレイジーではありませんので、館内でもらったパンフレットからご紹介)
            

        これが神の湯席・霊の湯席名物天目のお茶。
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  普段はカラスの行水の私ですが、
  今日は至ってのんびり”ご湯っくり”楽しんで部屋へ帰ると
  砥部焼きの湯呑み茶碗のお茶が輪島塗の天目台で運ばれます。
  茶菓子は”坊っちゃん団子”を期待していたが道後焼き煎餅。
        団子は霊の湯・個室専用らしい・・・
  ほどなく隣りに湯上りの新婚さんと思しきカップル、
  「どちらから?」初々しい奥様が「横浜からです」。
  「お幸せに」男前の婿殿が「ありがとうございます」。


  お熱い新婚さんの湯上りのひとときをお邪魔してはらなじと着替えて浴衣をたたんで濡れタオルを返したら、
  「又新殿をご案内いたします、霊の湯席のサービスでございます」と係りの女性。
  見学料¥260を払ってでもと思っていたので遠慮なくガイドを受けました。
  国内唯一の皇室専用浴室とあって一切撮影禁止でしたので、もらったパンフレット中唯一の画像から・・・
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             この画像は天皇が入浴前後に座ってくつろがれる「玉座」。
    ご入浴時には庵治石の浴室壁にヒノキの板を張って「檜風呂」をお楽しみに頂いたとのガイドでした。             
    又新殿へ通じる廊下・階段がやたら狭いのでワケを尋ねたら「暴漢が刃物を振り回せない設計」なのだとか、
                       なるほど納得。 
             お使いになったことはないという「雪隠」も見せてもらいました。


    「又新殿」を案内・ガイドしてもらった係りの女性が、
    興味がありましたら、3階の「夏目漱石・坊っちゃんの間」の見学もご自由ですからどうぞとの由。
    実際に見たことがないので、とことん ”なりきり観光客” になって3階へ上がりました。

   両側の個室(¥1550)に挟まれた狭い廊下の一番奥だそうです、
f0213825_14512218.jpg      松山はなんでも「坊っちゃん」だなぁ~
      小説の実際はケチョン ケチョンなのだが・・・   
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       ココが「坊っちゃんの間」
  夏目漱石が道後温泉へ通った頃、好んだと云われる個室
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    外の廊下から外を眺めると保存修理工事中に
   建替えようと?するホテルがそこかしこに見えました。    
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     床の間の軸は「則天去私」、漱石さんの造語らしいが
        『小さな私にとらわれず、身を天地自然にゆだねて生きて行くこと』という意味なのだそうだ。

    
   「障子が開いている部屋は写真撮っていいですよ」って、お言葉に甘えて「霊の湯・個室」をショット。f0213825_14373114.jpg
  小粋な部屋で私 ”お気に入り
  ここでは湯上りの茶菓子は「坊っちゃん団子」だそうです。 
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       ↑画像は道後温泉観光資料より借用


  長居をしましたが、そろそろ御いとましましょうか。
  「七年計画の保存修理工事」の開始までに、もう一度堪能しておきたかった道後温泉、
  それも霊の湯2階席から湯浴みして、館内をくまなく見学できて大満足しております。

  冠山の駐車場へ戻って、本館三層楼大屋根の赤いギヤマン窓の「振鷺閣」を眺めたことです。
  振鷺閣の刻み太鼓は朝6時6回、正午12回、夕方6時6回に湯之町に時を告げるのだそうです。
               いいではないか、温泉情緒たっぷりで!  
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        いで湯と城と文学のまち、四国・松山    
       古くから松山の観光キャッチコピーですが、大地の恵み「温泉」に感謝しなければ!
  

       <追記> 
        道後温泉本館の保存修理工事中は、まったく温泉に入れないというワケではありません、
        2階・3階の休憩施設は休業となりますが、本館1階の「神の湯」は工事中も営業します。
        併せて、本館近くのお馴染み「椿湯」の隣に新しい外湯「飛鳥之湯」ができております。

      新しい「飛鳥之湯」    
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         お馴染みの「椿湯」  
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    上の二枚は2018年10月14日 遠来のお遍路友達と道後でイッパイ飲んだ夕刻に撮影したものです。



by jh5swz | 2018-12-30 09:03 | 伊予路 ぶらタモリもどき  | Comments(2)

平成28年11月某日(木)の日記。

 道後湯之町、某会館で薬事衛生推進大会があり、
 「懇親会の中締めをやるべし」とのご下命、酔えないではないか・・・

 会場への乗り継ぎ便が悪くて例年TXI利用なのだが、今年は電車で往復した。
 松山に住みついて以来、電車で道後温泉を往復するのは始めてのことでワクワク!
 往復する間、思いっきり観光客になりきってキョロキョロと道後をぶらタモリもどき。

 自宅から徒歩20歩のバス停から『円バス』に乗って郊外電車「久米駅」まで5,6分。
 『円バス』というのは、久米駅から48番西林寺近辺の間を循環する小さなバスで、
 何処まで乗っても110円なので円ショップに引っ掛けて、みんな『円バス』と呼ぶ。
  (消費税が8%になってから110円になったが愛称は変らず)。

 郊外電車「久米駅」から「市駅」まで約10分、210円。
 松山には「国鉄松山駅」と「伊予鉄松山市駅」があり、地元ではこちらの駅を「市駅」と称している。
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          以前は「伊予鉄そごう」だったが、今「いよてつ 高島屋」        
          郊外・市内電車と殆んどのバスが乗り入れているターミナルデパート、
          一番町にある「三越」さんと繁華街商圏を競っています。
          毎年、坊っちゃん球場では東京ヤクルトスワローズの秋季キャンプもあって、
          ほどほど田舎でちょっと都会な城下町松山が私は好き。

 「市駅」・いよてつ高島屋前の市内電車乗場。
 絶好のタイミングで普通電車と観光用?の「坊っちゃん列車」のそろい踏み。
        
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 普通電車なら道後温泉まで160円だが、
 坊っちゃん列車は¥800円だとおっしゃる・・・
 今日は観光客なんだからと、奮発して坊っちゃん列車に乗った。
f0213825_13375777.png 電車の乗客はガイジンさん5人と私を入れて17人。
 床も板張りの客車は、
 小説「坊っちゃん」に書いてある通り、
 『マッチ箱のような電車だ』。

 汽笛だってちゃんと鳴る、 「ピ~ポ~」。

 狭い車両の中では、
 どうデジカメを構えても
 お客さんの顔が写るので撮影は諦めた。

 電車の窓から眺める城下町の景色は
 クルマ族の私には真に新鮮でした。

 イラストはイヨテツHP「坊っちゃん列車路線図」より。

 ガタゴトと20分ほどゆられて、道後温泉駅到着。
 駅前の観光案内所横・放生園の「カラクリ時計」と「足湯」。
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                     (カラクリ時計の人気ぶりは最後の写真を見て下さい)

 道後湯之町おみやげ街入口の道後アート「鈴生り門」(山口 晃氏作)。
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 平日の昼下がりでも大勢のお客さんがお土産買い物を楽しんでおられます。
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 「椿湯」、
  道後温泉本館は来年の愛媛国体が終わったあと、
  7~8年かけて耐震改修工事が予定されており、
  その間、この「椿湯」を代替の外湯としてお客さんに利用して貰うのだそうだが・・・
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  スタジオジブリの映画「千と千尋の神隠し」の銭湯「油屋」のモデルだったのかも?
  と、話題にもなった道後温泉のシンボルのこの本館とのギャップが頭痛のタネなのだとか・・・
  観光客の繋ぎ止め?のため、一挙に全面工事でなくて、
  部分改修を重ねながら耐震工事を完了する案に落ち着くらしい。
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  小説「坊っちゃん」七人衆が勢揃いで「いらっしゃい!」。
   左から野だいこ・赤シャツ・マドンナ・坊っちゃん・山嵐・うらなり・校長。
   個人的には、「清(キヨ)」も加えて欲しかったなあ~  
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           それにしても、「松山人」の人の好さと懐の深さか商人根性か?
                  アノ小説、松山をちっともホメてないんやけどなあ~

 私、観光客ですから
f0213825_124281.jpg       初めて「玉の石」も、ゆっくり見ました。
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ご駐駕のところ とは なんともへりくだり過ぎではなかろうか?
f0213825_1355592.jpg    皇室専用浴場「又新殿(ゆうしんでん)
     詳細は↑クリックして松山市HPを是非ご覧下さい。
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    本館落成直後に竣工したので、
        市民は「 しく 湯殿を作ったのか」と言ったとか。



 私の好きなアングルなのだが、11月の「すだれ」はいささか場違いではござらぬかな?
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       全国122,371人の読者の皆さま、
       お正月は是非とも天下の名湯道後温泉でご湯っくりお過ごしになりませんか?


 さて、某会館で大会式典から特別講演、懇親会を無事終えて・・・
 来た道、戻ります。

 夕暮れの道後温泉本館前。
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         週末とか連休がらみになると
         入湯客が2列に並んで 本館をクルリと一周することも珍しくはないホントです。
 
 やっぱり商店街は明るくなくちゃあ~いけません。
 浴衣に羽織、湯篭を手に下駄履き風情のお客さんは湯の街のスターです。
 
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  道後駅前の坊っちゃんカラクリ時計は、
  時間がくるとメロディにのって時計台がせり上がり、
  小説「坊っちゃん」の登場人物が現れる人気のスポット^.^
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                        ほとんどの人がスマホ族でびっくり! 
 



 坂本屋は来春3月まで冬眠・・・
 お遍路はちょっとシーズンオフ?
 しばらく、お膝元松山市内のあっちこっちをぶらタモリ気分で歩いてみたい。

by jh5swz | 2016-12-01 19:51 | 伊予路 ぶらタモリもどき  | Comments(4)

平成28年10月30日(日)の日記。

      市内朝日丘の「松山総合公園」で、
      10月28日(金)から11月7日(月)まで 
      第113回松山植木祭りが開かれており、
      庭木や草花(それぞれ300種以上)と盆栽や庭石など計3万点の展示販売と、
      花や庭木の育て方などについて「緑の相談所」が開設されており、
      毎年恒例なのですが、私は日頃の罪滅ぼしで女房のアッシー君。

        好天に誘われたのは
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        ウチの女房だけではないようで
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 いろいろな庭木や
f0213825_1129121.jpg    10万円から1500円までの盆栽とか
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        数百円の草花などが公園内の会場イッパイに並んで
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        オープン1時間後には、おおにぎわいなのです。
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 毎年のことながら
 うん十万円前後の沓脱ぎ石を横目に女房が数百円の小花を4,5点お買い上げ。

 植木市会場をあとにして
 10年前、仏壇を購入した京都仏壇さんで毎朝のお燈明ロウソクを買って、
 「おっ、ねだん以上のニトリ」で「あったらイイなあぁ~」と思える家具をひやかして・・・
 クルクル廻るスシローさんで昼食を済ませたあと、

 「堀の内公園」へ。
 お目当ては第3回四国松山ノーマルレトロカーミーティング
 懐かしい昭和時代の自家用車100台が集まっている ハズ でしたが・・・
 
 二日前の新聞の早読みトチリで、コレは昨日のことでした・・・
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     初めて買った自家用車が初代「カローラ」だった私には懐かしい名車が見れるハズだったのですが、
                     まことに残念無念・・・


 せっかく久しぶりに堀の内公園へき来たのだからと、
 文字通り「秋や昔十五万石の城下かな」などと一句パロってみながら公園ブラブラ。
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 松山や秋より高き天守閣 子規
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 肩透かしを食ったレトロカー見物を悔やみながら 
 ふと、前々から気になっていた公園近くの
 「八股榎大明神(やちまたえのきだいみょうじん)」をお参りすることにした。
 祀られているのは、松山一の美女狸”お袖さん”です

 その「八股榎大明神」は松山市役所前、東堀と南堀の角に鎮座まします。
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 松山城を眺める堀の一角、赤い鳥居が”お袖さん”のお住まいの門扉です。
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 南堀を眺めて本当にリッチな立地条件です。
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 電車道に面した歩道から(短い)参道を堀へ降ります。
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鮮やかな朱塗りの鳥居をくぐると
f0213825_12421246.jpg   小さいながらも神仏習合の立派な祠。
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 狭い境内?をぐるりと廻って歩道へ登る石段には三つの祠があり、
 最後の祠のお袖狸さんにもお賽銭を。
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 お参りを終えて、歩道のベンチに腰掛けていたら「坊っちゃん列車」がきました、
 運転手さんが汽笛ならして笑顔で手を振ってくれました、すっかり観光客気分。
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     運転手さんのこのサービス精神こそ観光温泉文化都市・松山のおもてなしの長たるものでしょう。
by jh5swz | 2016-11-01 12:53 | 伊予路 ぶらタモリもどき  | Comments(2)

平成28年7月20日(水)の日記。<その2>
     見たかった渡ってみたかった「屋根付き・田丸橋」を堪能して、
     ”地物うな重”は食べ損ねたがレストランKARARIで昼食を済ませ、
     内子座の開場まで、古い街並みのが残る町内をブラタモリ。
 
11:50 内子座に近い同業の駐車場へクルマを置かせてもらって
     なるべく軒下の日陰を選びながら炎天下の商店街を歩きます、暑い!!!

     おっ! いいなあ~  
        『おばちゃんの店、今日はお休みかなァ~』とか、聞こえそう。
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             「本日休業」とかの味気ないぶら下げ看板よりはるかに効果満点!

     表通りの一角にある「商いと暮らしの博物館」。
     大正時代のくすり屋の店頭とその家庭の暮らしぶりが再現してあります。
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 「おいでなはい」と、アナウンスが流れて・・・
f0213825_7553065.jpg 「今朝、大阪から新しい荷が入りましてな」と続く。
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       道修町育ちとしてはちょいと「お宝」に見えます天井看板、
             知る人が見たらノドから手が出るシロモノではござらぬか?
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            遊びに来たときくらいは業界忘れたい、とも思ったり・・・

 お嬢さん、なるほど蕎麦もよろしゅうございますなァ~
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 表通りの銀行の角を曲がると「八日市・町並み保存地区」の坂道です。
               醤油・味噌の老舗「森文」さんは通りの左右に店があります。
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f0213825_12362230.jpg  7/29 今朝、ひょいと冷蔵庫を開けて気が付いた。
  実は、昔から同級生が営んでいる酒屋で買っていたのだが、
  「刺し身好き」の我が家で使っている「刺し身醤油」がコレで、
  ラベルをよく読んでみると「森文醸造株式会社」と印刷してあり、
  「ミトセ」とは、仕込んでから三年を経過して商品になるから、と記してある。 
  へえ~~そうなんだ、この町のこの店の天然醸造品なのだ・・・
  今晩、しみじみ味わってみよう!
  森文さんを含めて、掲載写真・記事は私の気の向くままに編集したもので広告等の意図はまったくありません。

  六代目 大森蝋燭店、
f0213825_8333037.jpg  7年前の歩き遍路の思い出・・・(大森蝋燭前)
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  炎天下、「美しい日本の歴史的町並み」を汗水流して観光しているのは何処の誰だ!
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  喫茶店だって
f0213825_921634.jpg  小物屋さんだって開店休業状態です・・・
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  坂道をほぼ登り詰めた辺りにある、
  重要伝統的建造物群保存地区のシンボル?「木蝋資料館 上芳我邸」、
  国内でも有数の製蝋業者だった本芳我家の筆頭分家・上芳我家の邸宅。
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  邸内(白い看板から先は入場料¥500)
            ゆっくり時間のあるとき入ってみたい気もする・・・
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  Uターン。
  登って来た坂道の白壁土蔵を眺めながら表通りまで下ります、
  木蝋の原料となるハゼの販売で財をなした商家が建ち並びます。
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  山裾の傾斜地にあったことから都市開発が遅れ、
    結果としてこれだけの建物が数多く残されることになった(Wikipedia)のだとか、ナルホド!
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  現役の御宿
f0213825_9413525.jpg  暑いものだから
   メダカ鉢の水にさえ
    いっぷくの涼しさを感じます。
  
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  最後の下り坂、やっぱり誰も歩いていません、私アホでしょうか?
  絞ればポタッと水滴が落ちそうな・・・ポケットタオル。
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  商店街に隣接した公園の東屋で「お~いお茶」など飲んでいっぷくして内子座へ。

  内子座前の広場では、
  ご他聞にもれず演者の手拭いはじめ木久扇ラーメンまで売られていましたが、
  暑いものだから、氷柱に並べたペットボトル茶が一番よく売れておりました。
    
13:00 内子座開場、場内は冷房が利いていてやれやれ。
         日陰はこの軒下だけなのだから、開場待ちのお年寄りは大変やったと思う・・・    
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f0213825_9571748.jpg  先週、新聞に小さな広告を見つけた。 
  「桂 歌丸芸歴65周年落語会in内子座」  
  歌丸さん、三遊亭小遊三、三遊亭円楽さんのそろい踏みとは豪華! 
  
  モジモジしていたら、
  「談春さん以来やろ、行っといでや」と、女房より福沢諭吉様お一人拝受。 
  即、お江戸の勧進元へ電話! 
  1階マス席は完売、2階向正面3列1番をゲット、¥6500也!
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 芝居小屋「内子座」の1階桝席(今夜は?ベンチスタイルなのだ!)
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 黒・柿・萌黄、三色の引き幕がなんとも内子座らしくていいなあ~ 
  大ホールの豪華絢爛な緞帳ではこの雰囲気にはなれない・・・
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          内子座の総定員は650人、私の席は2階向正面 3列目ー1。   
           場内全体の雰囲気を楽しむにはココが大正解だったかも。
           「大向こうをうならせる」とはココのことですから(笑)

当然のコトながら開演後の撮影はご法度につき・・・舞台の写真はありませんが、
 座席に配られたパンフレットから顔写真をお借りします。
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 ・桂 歌丸さんの独り口上に始まり、
 ・前座 三遊亭愛楽さん(「笑点」で山田隆夫に座布団を渡す役だと、まくらネタ)
 ・三遊亭小遊三さん 「あわびのし」
 ・歌丸・円楽・小遊三さんの芸談(トークショー的な時間)
 ・三遊亭円楽さん(演目がわからない・・・)
 ・桂 歌丸さん 「紙入れ」
   歌丸さんのアンコール小噺まで中入りを挟んで2時間の舞台は
   ホールの寄席や独演会とは一味違ったすばらしい落語会でした。
  
  
f0213825_14284976.jpg  ここ20日ほど殆んど食事が咽喉を通らず・・・
  入院先の病院から羽田へ直行、日帰り舞台だった歌丸さんの体調を
  知る由もなかった入場者全員のアンコールが止まず、
  小噺を一席応えた歌丸さんは車椅子、
  気の毒なくらい痛々しかった・・・ 
  知っていたら誰も舞台へは呼び戻さなかったと思います・・・
  どうぞご自愛願います。



  おしゃれで粋な内子座の歌丸さんの高座模様が掲載できないのは残念・・・
    
 
by jh5swz | 2016-07-24 08:28 | 伊予路 ぶらタモリもどき  | Comments(6)

内子町紀行❶ 田丸橋

平成28年7月20日(水)の日記。<その1> 
 先週、新聞に小さく「桂 歌丸芸歴65周年落語会in内子座」の広告を見つけた。
 歌丸さんはモチロン、三遊亭小遊三、三遊亭円楽さんのそろい踏みとは豪華!
 モジモジしていたら、
 「談春さん以来やろ、行っといでや」と、女房より聖徳太子お一人様派遣賜る。
 即、お江戸の勧進元へ電話! 
 1階マス席は完売、2階向正面3列1番をゲット、¥6500也、釣り銭で地うなぎでもと舌なめずり。
  

 さて、内子町にはどうしても行ってみたい「橋」があり、早目の出動、
 平日でガラガラの高速道をひとっ走り。

 アナログ人間なのでナビが信用できず、内子駅でTXI運転手さんに道を尋ねます。
09:20 JR高架下の内子驛(の文字がよろしい)
f0213825_851294.jpg     内子驛もう一つの目的はコレ
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 客待ちのドライバーさんに聞くと、
  「田丸橋? ここから15分くらいよ 小さい橋やけんスピードだして走ったら見落とすぜ~」。
  
  県道243号を慎重に疾走?
f0213825_8571925.jpg  目印の下河内バス停
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  いっぺん来て見たかった、麓川に架かる屋根つき「田丸橋」です。
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         地元の人々の生活のための里道として静かに守られてきた「屋根つき橋」。
         橋の屋根は欄干や床板の耐久性を保つために設けられたが、
         時が流れて、穀物倉庫や里の集会所としても利用される時代があったらしい。
         数年前のNHK-TVドラマ「坂の上の雲」で、
         正岡子規の妹・律が幼馴染の秋山真之を追い駆けていく場面が撮影された橋です。
 
 県道からきれいに草刈りがしてある里道を歩きます。
f0213825_917750.jpg   静かな佇まいです。   
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  人が歩き磨いたような床板と蜘蛛の巣一つ無い天井
f0213825_13373681.jpg  巾2m 全長15m
  内子町指定
  有形民族文化財
    として地元で大切にされていながら
  土木學会選奬土木遺産
    それも2002年指定とすれば、
    すごいことではないのだろうか?     
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       橋のうえから眺めた上流と下流、コンクリートのかけらもないイイ小川です。
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       じっと川面を見つめるとショウハチかハヤだろうか岩藻を食む小魚が泳いでいました。
      ※因みに「ショウハチ」は昭和8年頃から見られるようになったからだと云う・・・定かではない。   

 渡りきった対岸から見た田丸橋
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             おっ! さすればこの橋はウチの親父と同級生ではないか、

 なるほど橋脚がありません
f0213825_10184764.jpg  台風の大水で橋脚が流された
  橋脚を再建してもまた流される
  なれば橋脚のない構造にしよう
  と、考えた地元の大工さんはエライ!
  必要は発明の父か。
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     このあと、”青年”は、床板の上へちょっと寝ころんでみました、
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                  川面も渡るそよ風がメタボの腹にとても涼しかったです。

 県道へ引き返して、どうしても来て歩いてみたかった「田丸橋」を今一度眺めて町内へUターン。
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 町内で天然のうな重が食べたかったのだが、
 観光歩きマップに「うなぎ屋」らしき店は無い・・・
 わざわざ買ったりしなくても地物ウナギが採れるから?かも知れない・・・

 ちょっと ”旅の人” 気分で、産直「からり」内のレストランKARARIへ直行。
 また「橋」かって? 園内の「からり橋」。
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 数年前の歩き遍路のとき以来のKARARIです。
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 つり橋を眺めながら
f0213825_1103668.jpg  スポンサーに感謝しながら
   エビと内子ブタのナントカコース昼食¥1296なり。
   BEERはがまん がまん!

   オトコ一人で楽しむにはもったいない・・・
   連れてくればよかったなあ~ 
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11:30 窓の下ではファミリーが夏休みを堪能中。
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  お目当ての落語会の開場までには時間はたっぷりある、
  町内へ引き返して「重要伝統的建造物群保存地区」散策と洒落こんでから
  内子座の歌丸さん、円楽さん、小遊三さんに会いに行こう!
  すっかり、観光客気分なり。
  スポンサー様ありがとうございます、です。

  続きは次稿にて
by jh5swz | 2016-07-22 13:05 | 伊予路 ぶらタモリもどき  | Comments(0)

平成28年2月3日(水)の日記。
    今年厄年の息子と今日が誕生日の女房の健康を願って、
   第51番霊場 熊野山 石手寺へお参りに行ってきた。


      毎年のことながら、「渡らずの橋」の上に架かる歩道橋から眺めると
     この寺のランドマーク?「参拝おみやげ屋」が左右に並ぶ回廊は大混雑。
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      国宝・仁王門
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           昨秋お参りしたときには、このお寺の強い主張で扉は堅く閉ざされており、
          遍路は山門脇の軒下から入山したが、今日の扉は開かれており安堵しました。

      準備万端の柴燈護摩壇と餅撒き舞台
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      正面の本堂・右手の大師堂をお参りしてお納経所へ
                節分だから、皆さんお線香も奮発して一束灯してお参り
            おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
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 隣りの茶堂で厄除けと家内安全の御札に墨書きを受けます。
 上段から五千円・参千円・壱千円、女房迷わず大奮発! キットいい年まちがいなし。f0213825_1023257.jpg

     一札ごとに丁寧に墨書きを受けます。
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      いつも世話になるご近所さんへおみやげに御加持豆も買って・・・
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     仁王門を出たところにある
        伊予十三仏霊場第五番、石手寺塔頭 横谷山 地蔵院を参拝。
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 地蔵院お納経
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 伊予十三仏霊場
 1981年9月に創設された霊場で、
 13の仏菩薩を本尊とする13の寺と
 発願の寺と結願の寺合わせて
 15の寺に構成されている 。
 その内四国八十八箇所の札所が4ケ所
 (太山寺、浄土寺、西林寺、八坂寺)ある。  
          (Wikipediaより)

 近頃お遍路に出かけることが少なくなって
 ちょっと反省している門前の小僧・・・
 幸い15のお寺は松山市とその近郊にあり、
 今年は、自動車・歩き・電車・バスを利用して
 ちょっと丁寧に巡拝してみようと思っています。
 


 地蔵院を参拝した後、
 女房は石手寺へ引き返して「餅撒き」の賑わいを見たいと言うので、
 私はその間に
 先日NHK-TV「ブラタモリ」で放映されていた
 松山の一大治水工事跡「岩堰(いわぜき)」まで歩いてみることにした。
 
 
      石手寺前の県道を奥道後方面へ少し歩いて、
      疎水に沿って民家の並ぶ路地から石手川土手の公園へ抜け出ると
      この公園のシンボル?石手川両岸を結ぶ赤橋があり、
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      吊り橋から見る川の流れは深い蒼
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      対岸の遊歩道を上流へ向って約200m?ほど歩くと「岩堰橋」が見えます。
                 中央、滝の落差にご注目!
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        滝の高さだけ川床を掘り下げて川の流れを変えた岩堰治水工事跡。
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        ざっと400年前、鑿(のみ)や槌だけで、わずか一年で竣工させたと云う現場。
        藩士・足立重信の技量もさることながら、掘削に携わった人々の苦労や如何に・・・
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      堰の上流が昔からの川床で、
      流れ落ちる滝の高低差が掘り下げた岩盤の深さ、
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      鑿と槌だけでで川床を掘削した荒削りの痕跡が下流両岸の岩に残ります。
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            初代松山藩主 加藤嘉明の右腕として活躍した武人足立重信は、
           慶長6年(1601)、石手川の氾濫に苦しむ道後平野の人々を救うため、
           藩主の命を受けて、ここ岩堰の数十メートルの大岩盤を深く掘り下げ、
           石手川の流れを変えて重信川と合流させた一大治水工事を成し遂げました。

           この大改修のおかげで、松山お城下では水害が無くなったそうです。
           岩堰が現在の松山の繁栄をもたらしたといっても過言ではありません。
     
           上の記事は、NHK-TV番組「ブラタモリ」の案内人様の解説に
           あっちこっちの関連サイトを調べて書き足しましたが、
           間違い書いていましたら、コメント欄から教えて下さい。

           そろそろ、石手寺の餅撒きも終わる頃、引き返します。

      風情ある赤橋は界隈の人々の生活道として欠かせない橋なんだろうなあ~
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      昭和50年頃歩いた道後句碑巡りの八番はこの橋のたもとにあったハズだが・・・
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      この頃から、アチコチうろうろするのが
      趣味だったような門前の小僧、
      28の句碑を巡ったらもらえる
      「道後村名誉村民証」が今もある。
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      道後温泉ご招待券となっているのだが、
      もう時効かなあ~~~
         (宝川は石手川の旧名)

  
 俳人・酒井黙禅は鮎を詠んだが、立春につき公園の梅を詠んでみた。
  寒空にメジロ鶯待つ紅梅 ー門前ー 
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        71番弥谷寺山門前の俳句茶屋のおやじが「俳句は下手でいい、度胸です」と持ち上げてはくれたのだが・・・

 約束の30分を少々オーバーして石手寺へ帰還、
 女房、若い坊さんが遠投してくれたと紅い餅を一個にぎってご機嫌。
   
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 「よ~し、
   今日は世間がイイということ全部やろう!」と、
 恵方寿司買って帰って、
 「切って食べたらいけんのんよ」と言うので
 南南東見てニッコリ笑ってがぶり昼飯!
 いつ頃からか定かではないが、
 しっかり市民権を得たような恵方寿司。
 
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 方や、ご幼少のみぎり、
 ヒイラギの枝に焼いた鰯の頭を括りつけて
  (あまり いいとこの子ではなかった?)
 意味も判らず玄関の鴨居に挿していたのだが
 今は、懐かしい思い出になってしまった。
 田舎暮らしがしてみたい・・・ 

 
(お断り:上2枚はYahooフリー画像より借用しました)

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 さて、夜の石手寺御加持豆撒きだが
 我が家の玄関には
 自宅の新築祝いに
 恩師が紙粘土で手作りしてくれた牛鬼が
 悪魔の侵略から家を守ってくれていますもので、
 そりゃあ~大声で
 福はぁ~内~、
    鬼もぅ~うち~
  

 孫でも帰っていたら
 「爺ちゃん 違うよ」と言うのかも知れないが、
 門前流を貫いた小僧の節分でした。

 


 2/6追記
    今夜のNHK「ブラタモリ」は先週に続いて松山から「道後温泉」。
    温泉と石手寺の関わりについて番組が進行するシーンがあった・・・
      女房が「父さん、私に餅を投げてくれたお坊さん、この人よ」。
      なんと、そのお坊さんは石手寺加藤ご住職ご本人ではないか!
      「作務衣着ておいでたけん、住職さんと思えんかった」と、ケロッ。
      「お前、今年は ”もっとるかもなあ~”」。

      「私に投げてもらった」のではなくて
      「投げられた餅が私に飛んできた」ワケだが、
      いい誕生日の贈り物になった様子です、
      加藤ご住職様、”遠投”ありがとうございました。 -宿六ー
 
by jh5swz | 2016-02-04 17:35 | 伊予路 ぶらタモリもどき  | Comments(8)